10
世界の狭間に飛び込み、見た光景は踝ほどの水が敷き詰められた水面の世界が広がっていた。
これはあの世界の地面、きたのか。
「れ、い……」
辺りを見渡し、ボクはキミを探す。
身体を動かすと冷たく、周囲は暗いこと、いつもと違う風景に気付く。
だけど冷たすぎる。
体感で冷蔵庫の中にいるみたいだ。
「零、零!!」
その声は冷たい空気にかき消される。
しかしここに彼女はいるはず、彼は再び歩き出す。
すると――
『こんな、のって――』
またしても彼女の声が聞こえたが、前とは異なることが起きた。
その声の後に見えたのは、幼い彼女が自分の手を見つめる光景だった。
「これは……」
周囲には彼女はいない。
じゃあ今見た光景は……と考えると当てはまるのは、キミの記憶。
この世界はキミの力であるなら、こうゆう現象もあり得る。
でも何でこの世界にキミの姿が見えないのか?
再び進むとまた記憶が彼の頭に流れ込んでくる。
『こんな力があっても……』
でも私は嫌なものから逃れるために自分が想像した世界に閉じ籠った。幸いなことにその間は私が他の誰かから認識されないことが分かって、更に籠った。
でも普通ならこんな力、授けられないだろうに私は幸せではなかった。
いや、この世界に私の幸せなんて存在しない。
自分も他人も世界も嫌いな人に幸せなんてものは当然存在しない。
生きがいも人間が生きる意味なんて、そもそも人間が生まれた理由でさえあり得るわけがない。
自然から生まれ、ただ今まで生きてきた存在。
理由なんて見出すこと自体がおかしい、生きる理由がないが、生まれたからには生きなければならない。
ならせめて……生きる理由を与えてほしかった。
何故、生まれたのか?
そんなものに理由はない。
何故、人間は生きるのか?
そんなものに理由はない。
何故、人間は生きがいというものを見出そうとするのか?
そんなものに理由はない。
人間という存在にそもそも理由がないのなら、人間が創り出したものにも理由はなくなってくる。
生きるというものに理由がない、なら何で今も人間は存在しているのか?
「……理由がないなら、それを探すために――」
『え――』
彼女の言葉が頭の中を埋め尽くす。
当然ボクも全てに同意するが、キミが悩んでいるのなら導いてあげたい。
なら、ボクが答えを出そう。
「キミを慰めるために、キミを支えるためなら、ボクがキミの悩んでいる答えを出す。確かにキミが思っていることは正しい。人間が生きる意味はないし、生きがいなんて初めから存在しない。存在しないなら、それを探すのが生きるって意味……だけどキミにはそんなもの慰めにもならないよね」
そう、キミは自分が、他人が、世界が、嫌なんだ。
だからこんな理由を探すなんて言葉はそれこそ無意味だ。
『理由を、探す……』
「ボクはキミを許しているし、別にボクもキミの意見には同意だ。だからキミを責めることはないし、ボクが聞いたいのは、これからキミはどうしたいかだ」
『……私は』
私はもう目的がない。
この世界を壊すために今もっと大きく世界の範囲を広げている。
最初から無意味なら、壊しても別にいい。
全てが嫌いなら全てを壊すだけ……。
一見、身勝手であるが人が生じる理由なんてこんなものだ。
『私はこれが終わったら、死ぬよ。最初からそのつもりだし……』
予想はしていたが、それが真実なのに少し納得する時間が掛かる。
キミには普通のことだ。
なんせ生きる理由がないんだから……。
「分かった。ならせめてボクも一緒に……」
『え……そんなの、いいの?』
「あぁ、ボクは最後にキミと一緒に居たい。それがボクの願いだ……」
彼女は見えないが、声は聞こえる。
だから目の前にいると信じ、ボクは手を伸ばす。
『うぅ……うぅ』
彼女の啜り泣きが聞こえ、目の前に顕現した。
やっと見つけた。
「キミに否定されると思った……」
「いや、そんなこと……キミとボクはどこか似ている」
本当に似ている。
ボクとキミは本当に似ている。
だからキミと一緒に居てあげる。
その言葉に彼女は歓喜し、力を広げ、その範囲は首都を含むまで届いた。
「……」
「……」
二人は世界の破壊を感じていた。
もう言葉を交わさず、理解できる。
「今日は、死ぬのにはいい日だ」
「うん……そうだね」
ボクはもう一度キミの顔を見る。
もう終わりの時だ。
「大好き……」
キミの最後の告白。
「あぁ、ボクも大好きだ……」
ボクは優しく彼女を抱きしめ、両手を彼女の後ろに回し、手の中に一つの刃を顕現させる。
力を理解したボクに唯一できたことだ。
その刃は物々しくなく、白い形。
でもその威力は通常の刃より遥かに鋭いと理解する。
そしてボクは彼女の方へ思いっ切り、引き戻し、グサッという音と共に、力を流してその刃を伸ばす。
白い刃はボクの心臓を穿ち、二人は水面の世界で命を絶った。
「……唯一者である君が、このような形で出会えたこと……関係性は根源だけだけど、同族として疑問も浮かびますね」
それは水という液体が少女の形を成して、あろうことか声を発している。
「ここは……」
ボクも生きているのか、話せている。
記憶は朧気だが、何か別のものから感じたものが身体に染みついている。
「端的に言うなら、ここは魂が行きつく場所です。天国、冥界、終わりの世界……様々ですが、貴方は死んだのです。普通ならこの世界を管理する私と会話することは出来ませんが、同族ということで一つ質問をしないのです」
「何ですか?」
その質問に疑問も抱かない。
どうやら心が空っぽのように感じる……あぁ、死んだからか。
「唯一者の特徴は無であり、それが精神面に影響しているのは、私が見てきたもので判断するなら、欠陥品と言われますが、今までの唯一者の中でも適正が高かったのでしょう。さて、質問ですが、存在証明に関してですが……貴方は存在を証明するために何か一つを上げてください」
質問の感想は難しいだ。
こんなボクに目の前の存在が納得できるような答えが出来るとは思えないが、ボクという存在の意見としていうなら……。
人の形、物理的な問題か……いやそれ以前に……。
「心、魂じゃないですか?」
「それが存在の証明だと……」
「簡単な問題です。ボクでもそれを感じることが出来ましたから――」