05.たった6年間の空白と国の衰退
「りゅ、竜? はぁ……また嬢さん、ヤケになって洞窟でも探索してたんかいな?」
ホーエンハイムは目を丸くして驚いている。
そして何度も何度も、私とカンパネラを交互に見た。
「いえ、ただ拾っただけよ。6年前に眠る前に」
私は事実を伝えた。
「拾った? 竜を? そんな偶然あるわけ――」
「……それがあったのよねぇ」
ふぅ、と息をつく。まずいお茶だけど、シナモンでなんとか味を誤魔化せた。
お茶を飲みながら、この6年間、彼が研究してきた資料に目を通す。
「あら、緑化症の薬を見つけたのね。これで助かる人たちはいっぱいいるわね。うん……それから……ん、んん?」
私は疑問に突き当たった。
いつもよりも資料の数が少ない。
先祖代々、彼らは私に資料を与えてくれる。
私はそれで薬草学に興味を持った。
もしも、永遠に生きるのかもしれないのなら、一人でも多く誰かを救いたいと。
薬を煎じたら、人の病を治したり、怪我の応急措置ができたりする。
だから、この数百年でたくさんの知識を頭に入れた。知識はいくらあっても無駄にならないし、私を裏切らない。
ホーエンハイムの一族は私にデータを提供し、私は過去の知識を提供した。
病気っていうものは不思議なもので、新しい技術ばかりで救えるものではなく、簡単なものの組み合わせで救えたりすることもあるのだ。
だから『〇〇という病気が流行った』『△△っていう病気の症状と似てるわね』と、情報を照らし合わせることができる。
――というのは名目で。
人を救いたいなんてのは綺麗事。
私は数百年の暇を潰したかっただけ。
「ここ数年のデータ、ほとんど症状が飢餓じゃない。それから破傷風とか……早期に薬を処方すれば治る病気ばかり……。ホーエンハイム、お前はちゃんと仕事をしたの?」
「失礼だねぇ。嬢さんは。俺だって医者としてのプライドはちゃんと持っている。嬢さんが眠ったあとから、この国は歪みだしたんだ」
「一体何があったの?」
「まず、不運なことに国王と第一王子が死んだ」
「……もうわかったわ」
わかった。
……その一言だけでわかってしまった。
私に婚約破棄を叩きつけてきた馬鹿王子のエドアルトは第二王子だった。
王位継承権で第二位の男。そしてその横に立つのはあのソフィアという女。
「物資は十分に渡らない。水も高値で取引され、国民はみんなヒィヒィ言ってる。国税も上がって、食べ物もろくにとれないやつがあちこちにいる」
「……何故そこまで酷いことになっているの?」
「王と王妃の浪費だな。他国から高額な金品や衣類を取り寄せて、浪費し、足りなくなったら国税を上げる。6年前はまだまともだった。でも、ここ数年でガタがきて、本気で国民は困窮している。でも、王は民のことなんか見ちゃいねぇ」
「……指摘するものはいないの? 王だけの意見がなんでもとおるわけがないわ」
「いたらしいけど、なんだろうな、勝手に消えるらしいぜ。煙みたいに」
――恐らく邪魔な意見をするものは消されたのだろう。
ここ数年の病のデータを見ると本当に酷い。
載っているのは、医学で救えた人たちばかりなのだ。
「薬草の値段も高騰してなァ。ありゃ大学か国か、どっかが利権を買い占めてやがる。最近手に入るのも少ないから、ちまちま栽培してはいるけど、やっぱり足りねぇもんは足りねえ」
「……ひどい」
あの王子、馬鹿になってしまったと思っていたけれど、ここまで救いようのない馬鹿になったなんて。
少しでも彼に愛情を抱いてた頃があったというのが恥ずかしい。
「……、っ……はぁ……」
その時、私はようやっと気づいた。
自分の脳がぼんやりしていることに。思考が停止しそうになる。眠い。
「……ホーエンハイム、あんた、一服盛ったわね」
「嬢さんが味をごまかすからだ。まぁ竜のあんちゃんには全く効いてないみたいだけどな」
「……この子に、手ぇ出したら……承知、しない、か……ら……」
私は横に倒れた。そこにはカンパネラがいて、私を抱きとめてくれた。
彼の膝の上で目を瞑る。……少しだけ、会話が聞こえてくる。
「竜って……また嬢さんは面白いものと会うなぁ。なぁ、兄さんは本当に偶然彼女に出会ったのか?」
ホーエンハイムがカンパネラに突っかかってる。止めないと、と思ってるのに、身体が動かない。
私は最後の最後の、意識の糸を手放した。
・・・
「そうですね。偶然なんかじゃないですよ」
カンパネラは笑顔で答えた。
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