55.パラケルススとファウスト
朝方までルーンの勉強をした。
そこからぐっすり眠っていたら、もう夕方になってしまっていた。
「なんだ、お前の知人ってのは町医者か」
「ええ。ずっと昔の先代から付き合ってるの。今回で何代目かしらね……覚えてないけど」
ずっと塔に籠もっていたファウストには、街の景色は新鮮だったようだ。
いろんなものをみて、驚いたり、考えたりしている。
そして、ホーエンハイムの家に辿り着いた。
「たぶん、往診は終わってるから、もう家にいるはずだけど」
私はドアを開けた。患者がいつでも来られるようにと、いつもどおり鍵はかかってなかった。
「うお、びっくりした。嬢さん、お願いだからベル鳴らしてくれや。いきなり開けられるとびびるわ」
ホーエンハイムは往診が終わって、医学書を読んでいるところだったようだ。
「カンパネラと、もうひとりは……友達か? 同い年の友達ができたんだな。よかったよかった」
「……私をボッチ扱いしないでくれる? ……ちゃんと友人は、いる、わよ」
「どんな?」
「カンパネラとか、ホーエンハイムとか、ファウストとか……」
「……ほぼ、いねぇじゃん」
「う、うるさい! というか今日はそんな話をしにきたんじゃないの! 薬草を貰いに来たのと、友人を紹介にきたの」
私はずかずかと、ホーエンハイムの家に入ったが、ファウストは玄関で立ち止まっていた。
「……パラケルスス?」
ファウストは、小さな声でそう言った。
「ん?」
ホーエンハイムが首をかしげる。
「……パラケルスス、お前、生きてたのか。ホムンクルスの実験は成功したか? フラスコから出すことはできたか? なぁ……久し振り、だな」
ファウストの声は泣き出しそうなほど、か弱く、歓喜に震えていた。
「……あー。すまん。残念ながら、パラケルススは俺のご先祖様の名前だ。ホムンクルスの実験は祖父様の代でやめてしまって、今は町医者で過ごしてる」
ホーエンハイムは少し気まずそうだった。
確か、彼の先々代のホーエンハイムは、フラスコの小人と呼ばれるホムンクルスを作り出そうとしていた。
ホムンクルス――簡単に言えば人造人間だ。
何代にもかけて、ホムンクルスの実験をしていたホーエンハイム家。
研究中のホムンクルスを私も見たことがある。
知識もあって、喋ることもできる人造人間だった。けれど、決してフラスコから出ることはできなかった。出たら死んでしまうから。
結局、実験は何代にもかけて行われた。
だけれど、何度も宗教団体が『命の冒涜だ』とおしかけてきて、ホーエンハイム一族は医学界から干された。
そして現在、ホーエンハイムは新しい命を生み出すことよりも、今ある命を助けることを選んで、医学の道を進み、ホムンクルスを作る実験をやめたのだった。
百年程前のことだったから、すっかり忘れてた。
「なんだ……あのパラケルススじゃないのか。そうか、そうだよな。あまりにも似てたから。つい誤解しちまった。ごめんな。ホーエンハイム」
ファウストの声は酷く落ち込んでいた。
旧知の仲の人物に会えて嬉しいという気分があったのだろう。
私にも経験がある。
友人だと思っていた子が、その友人の子だったりとか。
「今日は顔合わせで来たんだけど……。また話が合うようだったら、色々議論したら良いんじゃないかしら。そしたらもっと医学は発展するもの」
はぁ、とはホーエンハイムとファウストが同時にため息を吐く。
そして、彼らは目を合わせて、腕をがっと組んだ。
「お前も、嬢さんに苦労させられてるんだな」
「……お前もそうなんだな。くそ、昔の知人と同じ顔だから知らんぷりできねぇ」
なんだかムカつく理由で意気投合している。
思った通り、彼らはいい友達になるだろう。
けれど、ファウストがパラケルススの友人だとは思わなかった。
世の中は思ったよりも狭いのかもしれない。
◆
そして私はホーエンハイムのところから薬草を貰って、毒薬と自白剤を作った。
ファウストとホーエンハイムは意気投合して、酒を飲みに出ていってしまった。
「ねぇ、アーさん。俺にも薬を作ることは出来ますかね?」
「どうして作りたいの?」
「アーさんを助けたいからです。前みたいな状況になったとき、俺はなにもできなかった」
「ホーエンハイムのところに送ってくれたじゃない」
「そうじゃなくて、もっと、できるならもっと役に立ちたいんです。竜は長寿ですし、時間ならいくらでもあります。だから、俺に教えてください。医学を」
彼の熱心な言葉に諭されて、少しだけなら、と答えてしまった。
魔法と違って、薬学にセンスはいらない。ミリ単位で測ることが大切である。
でも薬は簡単に毒になる。
だから、しばらくは見て学んでもらうことにした。
そして、朝になると酒酔したファウストが戻ってきた。
ものすごく酔っ払ってる。
「すごいぞ、ピンクの象がダンスを踊ってる」
「めちゃくちゃ酔ってるわね」
カンパネラに運んでもらって、彼の部屋に運ぶ。
侍女が水の入ったボトルを持ってきてくれた。
ついでに頭を冷やす氷枕も。
「なぁ、姫様、いや、アナスタシア。俺がお前のことが好きだって言ったらどうする?」
「え?」
「俺はお前と永遠に生きることができる。同じ存在だ。だから王子なんて諦めて、俺と一緒にいよう。好きだ。アナスタシア。誰よりも、何よりも。お前に恋い焦がれている」
彼は頬を真っ赤に染めていた。
そうとう酔っ払っているんだろう。
「タイプじゃないから無理」
と、私はあっさりと酔っぱらいの告白を拒絶した。
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