50.姉と妹(1)
新章突入です。前の章が思ったよりも長引いてしまった。
◆―――視点
「お姉ちゃんを殺したいの」
それがあたしの願いだ。
ペスト仮面の男は、あたしに赤い宝玉を与えてくれた。
命を3つ集めたら、本物の賢者の石となり、願いを一つ叶えてくれるだろうと。
――命を3つ集める?
「それは人を殺めろと?」
あたしは仮面の男に問いただした。
「受け取り方次第だ。死にかけている人間から吸い取っても構わない。直接手を下しても、勿論構わない」
あたしはお姉ちゃんを殺したい。
だけど、だけど、何の関係もない人を殺めてまで叶えたい願いではない。
だって、そんなことをしたらお姉ちゃんと同じに成り下がってしまう。
あたしはペスト仮面の男から受け取った宝玉を、ネックレスにしてつけておいた。
細工をして、金で囲って、禍々しい雰囲気を感じ取れないようにした。
あたしは人を殺さない。
お姉ちゃんと一緒になんて成り下がらない。
だけど、願いは叶えたい。
だって、私はお姉ちゃんが大嫌いだから。
◆アナスタシア
白蛇に力を返してもらったおかげで、一年の休息の話は無しになった。
「……白蛇ねぇ」
ファウストは頭を抱えていた。
「多分、ろく……昔にここで出会って私を唆した蛇ね。彼は否定をしなかったし」
思わず年齢をうっかり漏らしてしまうところだった。
危ない。年齢不詳を名乗っていたけれど、なんだかんだで私は女だし、歳について探られたくない。
「……ろく?」
しかし、ファウストという男は聞き流してくれなかった。
あぁ、そうよね。彼は意地悪だものね。
「そういえば姫様は俺より年上だって言ってたな。……で、何歳なんだ? ろく?」
「……」
「そう人を殺めそうな目で見るなよ。そうか、姫様は600歳なんだな」
「すごいです! アーさん! そんなに長生きしているんですね!」
ファウストは失笑し、カンパネラは瞳を輝かせた。
ホーエンハイム一族にもバレたことなかったのに。
うっかり口を漏らしてしまったせいで、弱みを握られてしまった。
まぁ、弱みといっても恥ずかしいだけだから……問題はない――けど、もし年齢をネタにしてくるようだったらビンタしてやろう、と心に誓った。
「一応、白蛇のおかげで生命力も戻ったんだな。……しかしだなぁ、姫様が呪いの果実を食べた時や、今回のことといい……そいつは味方なのか? なんなんだ?」
「貴方は会ったことないの? ファウスト」
「一度もねぇな」
そう……と私はため息をついた。
「そいつが何の関わりのないやつなら別に放っておけばいい。ただ、俺の作った研究物で遊んでいるようなら、ぶっ潰してやる。姫様、なんかその蛇に言われなかったか?」
『貴方が好きですからよ。美しい花のような貴方を』
蛇はそう言っていた。
姿が蛇だから、ふざけていったのか、本気で言ったのかは分からない。
でも、こんなこっ恥ずかしい台詞を言われたなんて、ファウストに言ったらゲラゲラ笑われるに違いない。
「特に。力を返すということと、もう私に危害をくわえない……みたいなことは言われたわ」
「
「5つ盗まれた賢者の石もどきのうち、一つは壊れ、一つは灰になった。あと三つ残っている。……仕方ねぇな」
ファウストはそう言って、しぶしぶ指を鳴らした。
すると、彼の身体が縮み、私と同い年くらいの少年になった。
「え! すごい! 手品ですか?」
私よりも先にカンパネラが食いついた。
「魔法だよ。簡単なヤツだけど、カンパネラがよく使ってる変化みてぇなもんだ」
「……貴方、魔法が使えるの? そんなの御伽噺の世界だけだと思ってたわ」
「へぇ。竜やら喋る蛇やら、奇天烈な連中を見てるのに、魔法を見るのは初めてか? 姫様もできるはずだぜ。俺と同じ体質だし、力のコントロールをすればいい。ほら、そこにある書物にやりかたを記しているから持っていけ」
ファウストが指した先にあったのは、手書きの日記のよう本だった。
すごく分厚い。
けれど、中身はぎっしりと書かれている。
魔法の定理、熱エネルギーの変換。賢者の石の仕組み、制御方法。
「これ、出版したら売れるんじゃないのかしら」
ぱらぱらとめくって、私は言った。
「恐ろしいこと言うなぁ。賢者の石もどきなんて量産されてみろ。地獄だぜ」
確かにファウストに言われたとおりだ。
賢者の石を完成させるために大量殺人が起こってしまったら――もうこの本は発禁ものだわ。
「そうね。借りて帰ってもいい?」
「どうぞ」
私は彼の書いた本を鞄に入れた。
「で、どうして貴方は若返ったの?」
「俺も塔を出て、姫様の傍にいる。最後の賢者の石もどきを回収するまでな」
ファウストはそう言って、ニヤリと笑った。
「……えぇ」「……えー」
私とカンパネラはほぼ同時に、嫌そうな声をだした。
「アーさんと二人っきりでデートしてるのを邪魔するんですか?」
「デートじゃないわよ。ただの買い物でしょ」
「うるせぇ。とりあえず今回、姫様に実害が出たんだ。だからカンパネラだけじゃ足りねぇ。今後、どうなってくるかもわからねぇ。賢者の石もどきを誰が手にしたのか、悪用される前に潰す。それまで傍に居させてもらうぜ」
「……だる」
「おい、姫様。嫌そうな目をしないでくれよ。むしろ塔の魔法使いだぜ? 心強い仲間が加わったと思えばいいじゃねぇか」
「私、賑やかなのは嫌いなのよね」
ワイワイと騒ぐパーティーも嫌いだ。
世間がわいわいと楽しんでいるお祭りは好きだけど。
「とりあえず、貴方の目的はわかったわ。ちょうど貴方に紹介したい野郎がいるの。そいつに会ってくれないかしら」
引きこもりの彼が外に出てくれるなら丁度いい。
彼はいつも着ているローブよりも、少し厚手のものを羽織った。襟元にもこもことした毛皮がついている。
「…………」
「なぁ、姫様。無言でローブのファーを触るのはやめてくれねぇか?」
「気持ちいいから、つい」
これから苛ついたときや、落ち込んだ時は、このファーを触ろう。そう思った。
「アーさん! アーさん! 俺もできますよ! ほら!」
そう言って、カンパネラは腕を竜のものに戻した。そこには鱗がびっしりと詰まっていて……。
「そうじゃないのよ。そうじゃないの……カンパネラ……」
対抗意識だったんだろうなぁ。でも私が求めていたのはもこもこのもふもふであって、固い鱗ではない。
でも私を喜ばせようとしてくれた好意が嬉しかったから、カンパネラの頭を撫でておいた。
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