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竜と悪役令嬢だった魔女  作者: 六花さくら
【第五章】革命家と反逆者
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 47.お嬢様と騎士様(3) カンパネラ視点

カンパネラ視点です。

 最初、アーさんがいなくなったのに気づいたのは、林檎を買ったときだった。

 一瞬目を離しただけで、アーさんは消えた。


 でも彼女は背が低いから、いつもひょいひょいと消えることが多い。


 もしかして先にホーエンハイムさんのところにいったのかもしれない。そう思って、俺は林檎を紙袋いっぱいに抱えて、ホーエンハイムさんのところへ行った。


「嬢さん? 来てねぇぜ?」

 ホーエンハイムさんははっきりと言った。


「おかしいなぁ、ホーエンハイムさんのところに行くって言ってたんですけど」

「もしかして、誘拐されたんじゃねぇの?」


「アーさんが、ですか?」

「……んー。ありえなさそうだな。むしろ誘拐するやつの肝っ玉を知りたいくらいだ」


 アーさんが誘拐された?

 可能性はゼロではないけれど、自由人の彼女のことだ。

 少し街をフラフラしているのかもしれない。

 そう思っていた――けれど、1時間経っても、彼女はホーエンハイムさんの家を訪ねてこなかった。


 もしかして、と思ってファウストさんのところに行く。


「姫様ぁ? 来てねぇぜ。……というか、俺は夜行性なんだよ。ふぁあ……まだ起こすな」

 とファウストさんは大あくびをした。


「ってことは一体何処に行ったんでしょう」


「家に帰ったんじゃねぇの?」


「俺を置いて……帰っちゃったんですかね……」


「おい、そんなにしょんぼりするなって。ちょっと待ってろ」


 そう言って、ファウストさんは小袋を渡してくれた。

 中には青い石が入っていた。


「その石は探し主に近づけば近づくほど光る道具(アイテム)だ。もし家に帰ってなかったら、それに従って探してみろ。万が一、誘拐されていたのなら、それで見つけられるかもしれない。一応姫様は王子の婚約者候補で、ご令嬢だろう?」


「……でも、アーさんですよ?」

「――万が一、って言っただろう」


 ファウストさんもアーさんが(さら)われるなんて思っていないらしい。

 ってことはやっぱり家か。

 そう思って、俺はシャターリア屋敷に戻った。


 そこにもアーさんはいなかった。


 そこで、やっと俺は気づいた。


 アーさんが姿を消してしまったことに。


 可憐だけど強い彼女だから、攫われるなんて考えてもいなかった。

 普通、彼女の眼光に射抜かれたら攫う気なんて失せてしまうだろう。


 でも、たしかに彼女は令嬢で、王子の婚約者候補だ。

 攫われる理由は十分ある。

 前にだって一度あった。あの貧しい兄妹に攫われたことが一度。


 俺はファウストさんから貰った石を頼りに、彼女を追った。

 街を越え、山に辿り着くと、石は強く光りだした。


「……ここにアーさんが」


 どうもなっていなければいいけれど……。

 俺はそう祈りながら、山奥へ進んだ。


 ぼんやりと光る建物があった。

 窓からそこを覗き込む。


 そこには――探し求めていた彼女(アーさん)がいた。

 けれど彼女は床に突っ伏していた。そんな小さな彼女の上に乗って、男が何度も、何度もナイフを振り下ろしていた。


 男の足元には赤い石があった。その石は徐々に黒く染まり――灰になった。


 気づけば――俺は竜の姿に戻っていた。


 アーさんを苦しめる男をひとかじりし、吐き捨てた。

 そして、アーさんを口に咥えて、ホーエンハイムさんの元へ向かった。



「おう、カンパネラ。嬢さんは――」

 血だらけになった彼女の姿を見て、ファウストさんは言葉を失った。

「ひでぇ傷だな。後ろから何度も刺されたのか。骨も折れてやがる……」


「アーさん、アーさん……死なないでください……!」

「あぁ、うるせぇ! お前は離れてろ」

 ホーエンハイムさんから、無理やりアーさんと引き離された。


「傷は治せる。嬢さんなら自力でな。だから落ち着け。いまから止血をするから」

「でも、こんなに血が流れてるんですよ? 骨も折れてるんなら、死んじゃ――」

「言っただろう? 嬢さんなら治せるって。おい、嬢さん、意識はあるか?」


 アーさんの目が開かれる。虚ろな瞳だった。


「……るさい」


 うるさい、と言いたいのだろう。アーさんらしい一言で、少しホッとした。


「嬢さん、巻き戻せ。……二日分でいい。寝続けろ」

「言われなくても……そのつもりよ」


 俺は彼女と彼の話の意味がわからなかった。


「……どういうことですか?」

「カンパネラ……ここまで、運んできてくれたのね。ごほっ、ありが、と……」


「そんな……無理に話さないでください。俺は、俺……は、アーさんがいなくなったら、どうやって生きていけば――」

「大丈夫。ちょっと眠るだけだから……。二日ほど眠るわ。ちゃんと治るから、安心、して……」


 そう言って、アーさんは目を閉じた。


「アーさん、本当に治るんですか?」

「一応骨は固定したし、出血も塞いだ。……あとは嬢さんの根気だな。お前も知ってるだろう? 彼女の呪いを」

「……あ」


 アーさんは不死ではない。

 けれど、意識して眠った時、自分の身体の時間を巻き戻すことができる。

 二日前――つまり、傷を負っていなかった時に戻せるのだろう。


「……よかった」

「カンパネラ、ひでぇ顔してるぜ。ほら、茶でも飲め」


「……ありがとうございます。いつものまずいお茶ですね……」

「お前、段々と性格が嬢さんに似てきたな……」



 そして二日間。俺は眠ることも出来ず、彼女の手をずっと握っていた。


 一晩経つと、彼女の傷は治ったのか、苦しそうな呼吸が正常に戻っていった。

 そして二日目の晩を迎えても、アーさんは目を開けなかった。


 三日目になっても、彼女は目を開けない。けれど、呼吸は安定している。鼓動もちゃんと脈打っている。


「……おかしいな。いつもならここで目覚めるはずなんだけど」


 ホーエンハイムさんは首をかしげた。

 こっそり見させてもらったけれど、アーさんの背中の刺し傷は、綺麗に消え去っていた。


 あんな大怪我なんてなかったかのように、彼女は静かに眠っている。だけど、目覚めない。


「……ホーエンハイムさん、ちょっと知人を当たってきます」


 俺は赤い石を握りしめた。アーさんにも同じ様に握ってもらう。

 そして睡眠薬を飲み、アーさんと手をとって、ファウストさんの元へ向かった。


「ファウストさん!」


 俺はいつもどおり窓から部屋に入った。


「……お前らは、いつも窓から入ってくるなぁ……ふぁあ……なんだ、今日は一体」

「アーさんが、目覚めないんです」


「疲れてぐっすり寝てんじゃねぇのか?」

「そうじゃなくて――」


 俺はここまでの経緯をファウストさんに話した。

 アーさんが攫われていたこと。


 背中を何度も刺されて大量出血していたこと。

 アーさんを刺した男の足元には赤い石があったこと。

 そして、巻き戻りを使っても、アーさんの意識が戻らないこと。


「……赤い石は灰になったんだな?」

 ファウストさんは、アーさんのことではなく、石のことを気にしていた。


「石なんてどうでもいいです。問題はアーさんの意識で……」


「どうでもよくねぇんだよ。賢者の石絡みなら、特に。賢者の石に魂をとられただけならなんとかなる。けど、姫様の魂は他の人間とは違う。重てぇんだよ。その命を紛い物の賢者の石が吸って、耐えきれずに姿を壊したなら……最悪、意識は戻らねぇかもしれない」


 ファウストさんの言葉は、俺を絶望に突き落とした。




『大丈夫。貴方の怖がることはしないわ』

――怪我を負った俺を助けてくれた彼女。



『……カンパネラなんて、どうかしら』

――俺に新しい名前をつけてくれた、アーさん。



『……お前は、良い子ね』

――優しく頭を撫でてくれたアナスタシア様。



 俺は、貴方を失いたくない。

 貴方が不死だから共にいたいんじゃない。

 貴方が、貴方だからこそ、傍にいたい。


 失いかけて、ようやくわかった。


『依存しているだけよ。私の呪いに』


 アーさんは俺の気持ちを依存と否定した。確かにそのとおりだった。俺は人と違い、生きる時間が長い。逆に言えば人の流れる時間は一瞬なのだ。

 だから、ずっと一緒にいてくれるアーさんを好きになった。彼女に依存した。


 でも、今抱えている想いは違う。

 彼女に生きてほしい。笑ってほしい。喜んでほしい。悲しまないでほしい。


 きっと、この気持ちのことを愛と呼ぶのだと、俺は思う。


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