47.お嬢様と騎士様(3) カンパネラ視点
カンパネラ視点です。
最初、アーさんがいなくなったのに気づいたのは、林檎を買ったときだった。
一瞬目を離しただけで、アーさんは消えた。
でも彼女は背が低いから、いつもひょいひょいと消えることが多い。
もしかして先にホーエンハイムさんのところにいったのかもしれない。そう思って、俺は林檎を紙袋いっぱいに抱えて、ホーエンハイムさんのところへ行った。
「嬢さん? 来てねぇぜ?」
ホーエンハイムさんははっきりと言った。
「おかしいなぁ、ホーエンハイムさんのところに行くって言ってたんですけど」
「もしかして、誘拐されたんじゃねぇの?」
「アーさんが、ですか?」
「……んー。ありえなさそうだな。むしろ誘拐するやつの肝っ玉を知りたいくらいだ」
アーさんが誘拐された?
可能性はゼロではないけれど、自由人の彼女のことだ。
少し街をフラフラしているのかもしれない。
そう思っていた――けれど、1時間経っても、彼女はホーエンハイムさんの家を訪ねてこなかった。
もしかして、と思ってファウストさんのところに行く。
「姫様ぁ? 来てねぇぜ。……というか、俺は夜行性なんだよ。ふぁあ……まだ起こすな」
とファウストさんは大あくびをした。
「ってことは一体何処に行ったんでしょう」
「家に帰ったんじゃねぇの?」
「俺を置いて……帰っちゃったんですかね……」
「おい、そんなにしょんぼりするなって。ちょっと待ってろ」
そう言って、ファウストさんは小袋を渡してくれた。
中には青い石が入っていた。
「その石は探し主に近づけば近づくほど光る道具だ。もし家に帰ってなかったら、それに従って探してみろ。万が一、誘拐されていたのなら、それで見つけられるかもしれない。一応姫様は王子の婚約者候補で、ご令嬢だろう?」
「……でも、アーさんですよ?」
「――万が一、って言っただろう」
ファウストさんもアーさんが攫われるなんて思っていないらしい。
ってことはやっぱり家か。
そう思って、俺はシャターリア屋敷に戻った。
そこにもアーさんはいなかった。
そこで、やっと俺は気づいた。
アーさんが姿を消してしまったことに。
可憐だけど強い彼女だから、攫われるなんて考えてもいなかった。
普通、彼女の眼光に射抜かれたら攫う気なんて失せてしまうだろう。
でも、たしかに彼女は令嬢で、王子の婚約者候補だ。
攫われる理由は十分ある。
前にだって一度あった。あの貧しい兄妹に攫われたことが一度。
俺はファウストさんから貰った石を頼りに、彼女を追った。
街を越え、山に辿り着くと、石は強く光りだした。
「……ここにアーさんが」
どうもなっていなければいいけれど……。
俺はそう祈りながら、山奥へ進んだ。
ぼんやりと光る建物があった。
窓からそこを覗き込む。
そこには――探し求めていた彼女がいた。
けれど彼女は床に突っ伏していた。そんな小さな彼女の上に乗って、男が何度も、何度もナイフを振り下ろしていた。
男の足元には赤い石があった。その石は徐々に黒く染まり――灰になった。
気づけば――俺は竜の姿に戻っていた。
アーさんを苦しめる男をひとかじりし、吐き捨てた。
そして、アーさんを口に咥えて、ホーエンハイムさんの元へ向かった。
◆
「おう、カンパネラ。嬢さんは――」
血だらけになった彼女の姿を見て、ファウストさんは言葉を失った。
「ひでぇ傷だな。後ろから何度も刺されたのか。骨も折れてやがる……」
「アーさん、アーさん……死なないでください……!」
「あぁ、うるせぇ! お前は離れてろ」
ホーエンハイムさんから、無理やりアーさんと引き離された。
「傷は治せる。嬢さんなら自力でな。だから落ち着け。いまから止血をするから」
「でも、こんなに血が流れてるんですよ? 骨も折れてるんなら、死んじゃ――」
「言っただろう? 嬢さんなら治せるって。おい、嬢さん、意識はあるか?」
アーさんの目が開かれる。虚ろな瞳だった。
「……るさい」
うるさい、と言いたいのだろう。アーさんらしい一言で、少しホッとした。
「嬢さん、巻き戻せ。……二日分でいい。寝続けろ」
「言われなくても……そのつもりよ」
俺は彼女と彼の話の意味がわからなかった。
「……どういうことですか?」
「カンパネラ……ここまで、運んできてくれたのね。ごほっ、ありが、と……」
「そんな……無理に話さないでください。俺は、俺……は、アーさんがいなくなったら、どうやって生きていけば――」
「大丈夫。ちょっと眠るだけだから……。二日ほど眠るわ。ちゃんと治るから、安心、して……」
そう言って、アーさんは目を閉じた。
「アーさん、本当に治るんですか?」
「一応骨は固定したし、出血も塞いだ。……あとは嬢さんの根気だな。お前も知ってるだろう? 彼女の呪いを」
「……あ」
アーさんは不死ではない。
けれど、意識して眠った時、自分の身体の時間を巻き戻すことができる。
二日前――つまり、傷を負っていなかった時に戻せるのだろう。
「……よかった」
「カンパネラ、ひでぇ顔してるぜ。ほら、茶でも飲め」
「……ありがとうございます。いつものまずいお茶ですね……」
「お前、段々と性格が嬢さんに似てきたな……」
そして二日間。俺は眠ることも出来ず、彼女の手をずっと握っていた。
一晩経つと、彼女の傷は治ったのか、苦しそうな呼吸が正常に戻っていった。
そして二日目の晩を迎えても、アーさんは目を開けなかった。
三日目になっても、彼女は目を開けない。けれど、呼吸は安定している。鼓動もちゃんと脈打っている。
「……おかしいな。いつもならここで目覚めるはずなんだけど」
ホーエンハイムさんは首をかしげた。
こっそり見させてもらったけれど、アーさんの背中の刺し傷は、綺麗に消え去っていた。
あんな大怪我なんてなかったかのように、彼女は静かに眠っている。だけど、目覚めない。
「……ホーエンハイムさん、ちょっと知人を当たってきます」
俺は赤い石を握りしめた。アーさんにも同じ様に握ってもらう。
そして睡眠薬を飲み、アーさんと手をとって、ファウストさんの元へ向かった。
「ファウストさん!」
俺はいつもどおり窓から部屋に入った。
「……お前らは、いつも窓から入ってくるなぁ……ふぁあ……なんだ、今日は一体」
「アーさんが、目覚めないんです」
「疲れてぐっすり寝てんじゃねぇのか?」
「そうじゃなくて――」
俺はここまでの経緯をファウストさんに話した。
アーさんが攫われていたこと。
背中を何度も刺されて大量出血していたこと。
アーさんを刺した男の足元には赤い石があったこと。
そして、巻き戻りを使っても、アーさんの意識が戻らないこと。
「……赤い石は灰になったんだな?」
ファウストさんは、アーさんのことではなく、石のことを気にしていた。
「石なんてどうでもいいです。問題はアーさんの意識で……」
「どうでもよくねぇんだよ。賢者の石絡みなら、特に。賢者の石に魂をとられただけならなんとかなる。けど、姫様の魂は他の人間とは違う。重てぇんだよ。その命を紛い物の賢者の石が吸って、耐えきれずに姿を壊したなら……最悪、意識は戻らねぇかもしれない」
ファウストさんの言葉は、俺を絶望に突き落とした。
『大丈夫。貴方の怖がることはしないわ』
――怪我を負った俺を助けてくれた彼女。
『……カンパネラなんて、どうかしら』
――俺に新しい名前をつけてくれた、アーさん。
『……お前は、良い子ね』
――優しく頭を撫でてくれたアナスタシア様。
俺は、貴方を失いたくない。
貴方が不死だから共にいたいんじゃない。
貴方が、貴方だからこそ、傍にいたい。
失いかけて、ようやくわかった。
『依存しているだけよ。私の呪いに』
アーさんは俺の気持ちを依存と否定した。確かにそのとおりだった。俺は人と違い、生きる時間が長い。逆に言えば人の流れる時間は一瞬なのだ。
だから、ずっと一緒にいてくれるアーさんを好きになった。彼女に依存した。
でも、今抱えている想いは違う。
彼女に生きてほしい。笑ってほしい。喜んでほしい。悲しまないでほしい。
きっと、この気持ちのことを愛と呼ぶのだと、俺は思う。
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