33.呪いの塔の魔法使いと令嬢でいたい魔女(4)
「つまり、貴方は眠っている間に、泥棒に大切なものを盗まれるうっかり屋さんなのね」
「うるせぇ。さっきの嫌味返しかよ。……ったく」
ファウストは頭をかき、深い溜め息を吐いた。
「お前たちは、そのまがい物の賢者の石を持ってここに来たんだったな。誰から手に入れた?」
「……知人よ。不老になれる薬だと言っていたわ」
「そんじゃあ、そいつが盗んだのか?」
「……いいえ。彼はそんなことする人じゃない。でも彼はもう――」
私はマルクのことを思い出す。
彼の呪いは治せなかった。彼はダリアに会いに行って姿を消した。
きっとその後は――
私は服の袖をぎゅっと握りしめる。
「彼はそれを財産と命を対価にして、売ってもらったと言っていたわ。そして彼には呪いがかけられた。命をとられる呪いをかけられて……」
「……つまり、俺の発明品を使って、無断で儲け話をしてるヤツがいるってことだな」
ドンッと、鈍い音が響いた。ファウストが壁を殴っていた。
「しかも紛い物の対価が命だ? ふざけるにも限度がある。ボッタクリすぎだろう」
「ねぇ、ファウスト。盗んだ人に覚えはないの?」
「俺はここで数十年寝てたんだぜ? この時代を生きているヤツで、知り合いなんていない。心当たりのあるヤツなんていねぇよ」
言われてみればそのとおりだ。
「……売っている側は命を集めて、何をするつもりなのかしら」
「本物の賢者の石を作るか、不死になるか、国王になるか、ただ遊んでいるだけか。そいつの野望は知らねえけど、俺のモンに手を出したんなら、筋を通してもらわなきゃならんな……」
ファウストはめちゃくちゃ怒っている。
「アー……んっ、姫様、また明日ここに来てくれ。それまでに用意をしておく」
「私は姫じゃないわよ?」
「いつか姫になるんだろう?」
そう言われると、何も言葉を返せなくなる。
「わかったわ。明日の夜にまた来る。カンパネラも連れてきていいかしら?」
「カンパネラ――ああ、竜か。もちろんだ」
「言われなくても、アーさん一人で来させませんけどね」
カンパネラは何故かファウストに対抗意識を向けていた。
「あと、それから100年程の歴史本を持ってきてくれ。あとここ最近の国についてまとめた本を」
「……がっかりしないといいわね」
私は皮肉を込めて笑った。
ファウストが眠りについたのは、エドアルトが国王になる、ずっと前。
さて、私はファウストという知人を手に入れた。
「ねぇ、ファウスト、貴方は何なの? 賢者の石ってことは錬金術師? それとも医者? 科学者? それとも――魔法使い?」
「俺は自分から自分の身分を名乗ったりしたことはねぇ。だけど、周りからはいつも『魔法使い』と呼ばれるぜ」
やはりそうか。
コート掛けにかかっている、黒いコートに翡翠の色で刺繍されたものは、どう見ても魔術師系統の服だ。
「そうだ、お前。一応忠告しておくけど、ここは夢の世界なんかじゃない。現実と夢の狭間だ。だからお前たちはここで過ごしているってことは――眠れてないってことだ。しっかり寝てからまた来い」
まだ寝起きで本調子でないというファウストの言う通り、私達は一旦出直そうと思った。
「ねぇ、どうやって帰ればいいの?」
「そんなんお約束だろ。かかとを三回鳴らしたら、家に戻れる」
「わかったわ。それじゃあカンパネラ、一緒に帰りましょう。明日も来るわね、ファウスト」
「……あいあい」
ファウストは絶妙に嫌そうな顔で言った。
私とカンパネラは恐る恐る、かかとを三回鳴らした。
すると、元のベッドに戻っていた。
「お嬢様、朝ですよ~」
侍女がカーテンを開ける。
「おはよう。良い天気ね」
そう言って私は起き上がる。
「はい、洗濯物がしっかり乾きそうな天気――で……あ、えっと、す、すみませんー!!」
侍女の子は顔を真っ赤に染めて、走り去ってしまった。
どうしてかしら……と思ったら、人間姿のカンパネラが私の横で寝ているのを見たからだろう。
また侍女たちの話のタネになってしまう・
起きたときから握っていた手を離すと、そこには真紅の石があった。
「やっぱり夢じゃなかったのね」
よかった。ここまで明確な夢かとは思わなかったけど、万が一ということもあった。
庭で引きちぎった光る草なども、ちゃんと手元に残っている。
カンパネラはまだ眠っている。
そういえばファウストは、あの夢と現実の狭間にいても、眠っているわけではないと言っていた。
強い眠気が襲ってくる。
行儀よろしくないけれど、私は机の上にメモを残して、二度寝をすることにした。
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