29.竜を想いし永遠に(10) マルク視点
その日――俺は彼女と待ち合わせをした。
劇団の稽古は暫く無い。
だから今日は空いているだろう。俺はダリアに思いきって声をかけた。
「マルクから誘われるなんて思わなかったぞ! アフタヌーンティーといきたいところだけど、昼酒といこうか。昔みたいに」
そう言って、ダリアは笑みを浮かべた。
あぁ、本当に彼女は変わらない。
容姿が変わったとしても、彼女の本質は揺らがない。
「いいなぁ、昼酒。是非とも行こうじゃないか」
俺はそう言って、彼女と馴染みの酒場に顔を出した。
そしてたくさんのことを語り合った。
あの劇団員がうまくておいつきたいとか、あいつは下手だとか、くだらない話をずっとずっと話した。
元々酒に強くないのに、ガバガバ飲んで、彼女はジョッキを空にする。
彼女の目指す男らしさに、ジョッキを飲み干す男というのもあるのかもしれない。
「なぁ、マルク。昔は楽しかったよなぁ。飲んで飲んで飲みまくって、店から追い出されて、路上で酒飲んで、万歳万歳言ってさ、ほんとアホみたいだけど、楽しかった」
「いまでもできるだろう?」
「今のボクがしたら、花形から降ろされてしまう」
「そりゃそうだな、はは、そうだ」
俺たちはいつの間にか、何も持たない者から、色々なモノをもつ者になってしまった。それが肩書だったり、知名度だったり、金だったり。
何もないときは笑い合えたけど、もうそんなことはできやしない。
あの時、彼女が言っていたことは真実だった。
――女になんてなりたくないんだよ。君と馬鹿騒ぎをしたい。
――ずっとずっと、永遠に――あぁ、時が止まればいいのに。
俺もずっとずっとそう思っていたよ。ダリヤ。
「昔、マルクに言ったことあるんだけどさ、ボクはマルクの一緒の親友になりたいんだ」
「言ってたな」
「それを魔女殿に言ったんだよ。そしたら『恋』じゃない?って言われてさ、慌てて否定したんだよ」
酒を飲んでいるからか、彼女は非常に多弁だった。
すらすらと話を続ける。
「なぁ、マルクはボクらのことはどう思う? 友情だと思う? 恋とかそういうふんわりしたものだと思う?」
「俺は、友情であればいいと思う。永遠に君と仲良くしたいからな。欲にまみれた感情に穢されたくない」
「そう! そうなんだよ! さすがマルク! わかってるなぁ!」
どんどんっと、強い力で背中を押される。
「愛には欲がついてくる。でも友情にはついてこない。だからボクは君と永遠の友人でいたいんだ」
「そうだな……永遠の――」
あぁ……なんて俺は愚かなことをしてしまったのだろう。
何もしなければ、こうして彼女とずっと酒を飲めたのかもしれない。
彼女の願いは叶えられないけれど、飲み友達として、親友としてずっとつるんでいられた
かもしれない。
俺は結局、命の無駄遣いをしただけだった。
「よーし! マルクと一対一で喋るのは久し振りだからね。追い出されるまでは行かなくても、閉店まで酒を飲んで話をしまくろうじゃないか!」
かっかっかと笑うダリア、彼女は変わらない、昔から。
そして何時間かが過ぎ、外がぼんやりと明るくなってきた頃、彼女はほぼ潰れてしまっていた。
「マルク、なぁ、マルク。そこにいる?」
「ああ、いるよ」
「ボクは、散々時を止めたいと言ってきたけど、最近ちょっと、気持ちが変わりつつあるんだ。なんていえばいいんだろうなぁ。根幹は変わりたくない――なんだけど、変わっていって、たくさんの人と交流をもつのもいいなぁと思うんだ」
机に突っ伏したダリアは話を続ける。
「スポットライトの光、音楽、薄っすらと見える観客の歓声に拍手。そして幕がおりたあとのカーテンコールでみんなが幸せに笑っているのをみると、ボクはもうなにもかもどうでもよくなるんだよ。この瞬間も、あの瞬間も、たくさんの瞬間を切り取りたいって。……なぁ、マルク。思い出ってこうやってつくっていくのかなぁ」
俺は彼女の言葉を聞いて、そうか……と自分で納得した。
彼女は前を見ている。
いやだいやだと駄々をこねる子どもを卒業して、新しい未来を見つめている。
一瞬をたくさん手に入れようとしている。
「……でも、やっぱりマルクと一緒が一番安心する……また、飲もうな」
ダリアはそう言って、すぅすぅと眠りについた。
俺は彼女を背負って、家まで送った。
ボロボロと流れた涙のせいで、服はぐっしょりと濡れていたけれど、彼女に見られなくてよかった。
――今夜、俺の命は終わる。もう後悔はない。
どうか、真実は彼女に知られないでほしい。
猫のように何処かに消えてしまったと思ってほしい。
あぁ、どうか。彼女が一瞬をたくさん残して、悔いのない人生を送れるように。
心から応援しよう。
万歳。万歳。
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