23.竜を想いし永遠に(4) マルク視点
マルク視点です。
「きみは一瞬を永遠にしたいのかい?」
ペスト仮面を付着けた男が、言った。
そうです、と私は祈った。
「その対価に君は何を差し出す?」
仮面の男が嘲笑う。
「この命を、私の持つ私財を全て」
彼女の病が治るのなら、私はこの命くらい捧げてみせる。
こうして話をしている間にも、彼女は少しずつ死へ向かっていっている。
私はそれを止めたい。
この命をかけても構わない。
私の命も記憶も、全部捧げてやる。
彼女のために。
彼女の願いのために。
◆
彼女に出会ったのは二年前。
髪を短髪に揃えていたので、最初は男の子だと思っていた。
彼女は本当の性も年齢も明かしてくれなかった。
そして彼女の近くに保護者はいなかった。彼女は夕暮れになると教会に帰っていく孤児だったのだ。
彼女の知識や仕草、すべてが大人と近く……私はいつしか彼女の姿を目で追っていた。
ある日、彼女は劇団に入った。
「劇で花形になれば、たくさんの人を魅了することができるだろう」
そう言って笑う彼女は、太陽よりも眩しく輝かしい存在になっていた。私も追うように劇団に入った。
彼女は演技力で、私は見た目でのし上がり、最初の舞台の千秋楽が終わった。
「酒だ、酒をもっと!」
彼女はまだ若いのに、酒を浴びるように飲んだ。
「ほら、マルクももっと酒を飲もう! 今日はいい日だ! このまま死んでも構わない! それくらいボクは幸福を感じているんだ!」
彼女はにかっと笑い、私のジョッキにエールをどばどばと注いだ。
注ぎ方が下手で泡だらけになったエールを、私は一気飲みする。
「万歳! 万歳! この舞台に、今日という日を大親友のマルクと迎えられたことを!」
彼女は完全に酔ってしまっていた。けれど潰れなかった。意外と酒に強かった。
そして1時間後、閉店時間になった店に、私達は追い出された。
私たちに怖いものはなかった。
誰もいない路上で、朝が来るまで飲み明かした。
「ビバ! ビバ! って、どこの言葉だったっけ。 万歳って意味だったよなぁ。はぁ、マルク、ほら、もっと飲んで」
彼女は笑いながら、空になったジョッキにエールを注いでくる。
こうして何度も何度も乾杯をして、私達は本物の親友になった。
「やぁ、マルク。よぉ、マルク。なんだ? ぐにゃっと歪んでるじゃないか」
「だいぶ飲んだからね、ほら、この指は何本に見えるかい?」
私は二本指を立てて、彼女の前に差し出す。
「17本かな!」
かっかっかっと笑いながら、彼女は答えた。
「相当酔っているね」
「いやぁ、あはは、マルク、ボクは怖くて仕方がないよ。こうやってボクらは今、酒を交わして交流を深めているのに、世の中には男女の友情は無いというじゃないか。ボクは君とずっと友人でいたい。でも、君が妻を持ったら、きっと嫉妬に狂うだろう。いいなぁ、マルクは」
「酔ってるのかい?」
「そうさ。ボクは酔ってるんだ!」
彼女は空を仰いで笑う。
「男女の友情は永遠にならない。
でも決して君と恋仲になりたいわけじゃない。
一生の親友でありたいんだ。君と二人で、ずっとこうやって馬鹿騒ぎをしたい。
でも、ボクらはどんどん大人になっていって、そんなことができなくなってしまう。
大人という義務が課せられてしまう。ボクはそれが悲しくてたまらないんだ」
彼女は笑いながら大粒の涙を流した。
「ボクが男なら、こんな感情を持たなくてよかったのかもしれない。
ボクは君に何をしてほしいんだろう。君に幸せになってほしいと思うんだ。
でもボクは女になりたくない。大人になんてなりたくない。
少しずつ胸が大きくなって、くびれができて、ボクの身体は女になっていく。
いくら筋肉をつけても、男の身体にはなれない」
「君は――男になりたいのかい? それとも私の親友でいるために男になりたいのかい?」
「どっちもだ。ボクは永遠の存在になりたい。
女になんてなりたくないんだよ。君と馬鹿騒ぎをしたい。
ずっとずっと、永遠に――あぁ、時が止まればいいのに」
いつしか彼女は笑うのをやめて、大粒の涙を流して、年相応の子供のようにわんわんと泣いた。
友人として一緒にいたい――それなら死ぬまで一緒にいると誓う。伴侶も作らないように誓う。
――でも、彼女が求めているのはそんなものじゃない。
男同士の永遠の友情を。
いまこの瞬間を――永遠に続かせることを。
生きることは病だ。
身体を変化させ、老い、死んでいく。
もう彼女に時間はない。
彼女の男装にはすでに違和感が出始めていた。
前は男として通していたが、今は男形として話を通している。
そのパンフレットを観るたびに、彼女は悲しそうに笑う。
そんな笑顔を見たくなかった。
だから、私は彼女の時を止めるために、悪魔と契約をする。
「……どうか、時を止める魔法を――」
私はペスト仮面の男に頼る。
男はくすくすと笑った。
「魔法なんてないさ。この世界には。あるのは現実だ」
ペスト仮面の男は、私をあざ笑っていた。
「この薬を飲ませればいい。そうだな。酒と一緒に飲ませたらもっと効くだろう。たくさん飲ませるんだ。例えば対象の飲むもの全てに混ぜても良い。そうしたら、その者の時は永遠に止まるだろう」
そうして、私は悪魔と契約をした。
――時よ止まれ。君は美しい。
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