21.竜を想いし永遠に(2)
「相席……?」
よく見渡せば、喫茶店の席は全て埋まっている。
あぁ、そういうことか。
「どうぞ。良いわよね、カンパネラ」
「ええ。アーさんが言うなら」
彼は私に返事をすると、その後ろから黒い人がぬっと現れた。
表すならば――黒い大きな影のような。
体長はカンパネラよりも高く、190cm近い高身長。
銀色の長髪を一つに結び、肌は青白く、生気のないように見えた。
最初、体調が悪いのかと思ったけれど、違った。
そういうメイクをしているのだ。
「アーさん、今日のパンフレットって持ってます?」
「ええ。『竜を想いし永遠に』のパンフレットよね。えっと」
カンパネラが何を言いたいかわかった。
私たちの目の前に立っている人物――彼らは私たちが今から観る演劇の俳優だ。しかもメインとサブ、どちらも一緒という贅沢ずくめである。
「いやぁ、驚かせてすみません」
少年のような子は笑って紅茶を注文し、黒い影のような男は珈琲を注文した。
「今日で千秋楽なんです」
美少年はそう言った。
「レディも今日の舞台を見に来てくださるんですか?」
「え……えぇ……」
私はパンフレットはまだ全部見られていないけれど、主演の子――つまり目の前に立っている美少年は――女性らしい。
確かに第二次性徴がまだな男性と言い切れなくもないくらい、男性っぽく寄せている。
でも、やはり役者だからだろうか。細かい仕草が、今まで出会ってきた貴族たちの中でも群を抜いて美しい。
彼――いや、彼女の目線、手、口元、すべてに目を奪われてしまう。
「レディ。ここで出会えたのは運命だ。貴方様は、かの有名な魔女様ではないでしょうか?」
「か、かの有名な!?」
そういえば、イヴァンに連れ去られたときも、私は魔女と呼ばれていた。
――誰よ。
私が魔女と風潮しているのは……と憤慨する気分を抑え込んで……。
「もしかして、偶然ではなく……私のことを知って……?」
「はい。失礼ながら。どうかボクらの願いを叶えてほしくて」
魔法なんてこの世界にはない。竜はいるけれど。
私は医者でもない。医師の真似事はするけれど、正確な医師免許を持っているわけでもない。だから名乗るとしたら薬師くらいだ
「私はただの小娘です。願いなんて大層なものを叶えることはできません」
「……では、話を聞くことだけでも」
彼女は話を続ける。
まぁ、話すくらいならタダだ。
どうせまだ時間はある。私は彼と彼女の話に付き合うことにした。
「まず、ボクは女性です。……しかし、だんだんと第二次性徴が過ぎて……胸が大きくなったり、喉仏が出ていなかったりと、男性のフリをして演技をしても、男性のふりをした女性になってしまうのです」
つまり、男形になってしまって、素の演技ができず困っていると。
「それで、お連れの男性は?」
私は影のような男に話を振った。
男が口を開く。
とても透き通った、綺麗な声が耳に届いた。
「……私は、彼女の意思を尊重したい。そして、この時が止まってしまえばいい。そう思ってしまうんです」
時が止まる――それは永遠のテーマだ。
不老不死と同じくらい深いテーマである。
例えば、初めて好きな人と結ばれた時。
舞台を成功させた時。
パーティーで成功を収めた時。
人はその一瞬の輝きを、切り取って閉じ込めたりしたがる。
何故なら記憶は退化してしまうから。
記憶というのは色褪せる。
その瞬間を完璧に覚えていたとしても、どこかでほころびがでる。
「残念ながら、それは薬ではどうも解決できない問題ね」
「やはりそうですか……」
「けれど、気持ちはよくわかります。私も時を止めたいと思ったことは何度もありますから」
私は不老だ。
けれど厳密に言えば老化と幼化を繰り返しているだけ。竜のように寿命が長いというわけじゃない。
だからこの世界に不老不死は見つかっていない。
時を止める力もそうだ。
できればこの一瞬、一日を永遠に味わいたい。
この一瞬のために産まれてきた。そんなの誰だって感じる瞬間がある。
「魔女様に言われて、はっきりと気持ちに区切りをつけられました。ありがとうございます」
そう言って女性は笑った。悲しそうな笑顔で。
「アナスタシア。それが私の名ですわ」
「おや、申し訳ない。名乗るのを忘れていましたね。ボクはダリヤともうします。そして連れはマルク。どうか今日の舞台を楽しんでいただけることを祈っております」
そう言って、彼らは離席をした。
「なんだか、最近不思議なことが多いですね。アーさんを魔女って呼ぶ人が多かったり」
「カンパネラもそう思う? 私も思っていたのよ」
まず、私を魔女と広めているのは誰だ。
患者の誰かだろうか。
でも医者と呼ぶのはいいけれど、魔女と呼ばれるのは少し悲しい。
まぁ12歳の少女が傷口を躊躇いなく縫合していたら、魔女と言いたくなるのかもしれないけれど。
「……あ、そろそろ時間よ。カンパネラ、舞台に行きましょう」
私は彼に手を差し伸べる。
彼は微笑んで『はい』と言って、私の手をとった。