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竜と悪役令嬢だった魔女  作者: 六花さくら
【第二章】馬鹿国王による貧困政治
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 19.幸せな王子(2)

 翌朝、私はイヴァンの瓦礫の家に向かった。


 ホーエンハイムの家からくすねた薬草と、料理、そしてカンパネラの血の入った小瓶を持って、カンパネラ自身を連れて。


「……もう来ないと思ってたよ」


 イヴァンは悲しそうな声で言った。


「約束はできるだけ守る主義なのよ」


 私はそう言って、片腕を前に出した。


「昨日預けたルビー、返して頂戴」



「……ちっ、今日売りにいこうと思ってたのに」


 そんな悪態をついて、イヴァンはあっさりとルビーを返してくれた。

 傷一つついていない。


――よかった。


 モノ(じち)となるものがなかったから、咄嗟(とっさ)にルビーを渡してしまったけれど、本当は少し後悔してしまっていた。

 だって、これをくれたのは、もうこの世にいない家族だから……。


「それで、単刀直入に聞くぜ? 俺の妹は助かるか?」

「嘘をつくのが苦手だから、はっきり言ってあげるわね。やってみないとわからないわ」


 正直に言った。

 昨日、血液から水銀を吸い取ったカンパネラが、人の身体からちゃんと吸い出せるかどうかはまだ試していないから分からない。


 それに、量が多かったり、水銀以外の混ざりものが多かったら……カンパネラだけでは助けられないかもしれない。


 だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが医学に携わる者だ。


「それじゃあ、イヴァン。戸を閉めて。貴方はこの家から出ていって」


「なっ――」


「これは取引よ。(サーシャ)が助かるために、小一時間家を開けるか、妹の傍にいて治らないまま過ごすか」


「俺がここであんたらを見張るっていう選択はないのかよ」


 チッと彼が舌打ちする。


「残念ながら企業秘密なの。他の人にバレたら商売にならないから。それくらい、貴方もわかるでしょう?」

「……あぁ、わかった。わかったよ。小一時間だな。きっちり一時間で帰ってきてやるから、治ってなかったら覚悟しとけ。もしも助かってなかったら――その時は」


「無茶言わないで。私はこの子を診るけど、最初から助けるなんて言ってないわ。助けるために努力はするけれど」


 彼の瞳に殺意がまとわれる。

 やばい。と思ったら、やっぱりカンパネラも若干怒っていた。


『アーさんが治すって言ってるんだから、素直に聞けよ』


 そんな心の声まで聞こえてきそうだ……。

 そしてぐちゃぐちゃ言いながら、イヴァンは家を離れてくれた。


「はい、彼の足音がなくなりました。彼の足音の癖も掴みましたし、ひっそりと戻ってきても分かるように耳を研ぎ澄ませておきますね」


「……すごく用心深いわね、今日のカンパネラは」

「実は前、アーさんを(さら)われたことを根にもってるんですよね」


 つい昨日の出来事だ。彼にとっては思ったよりも私の竜は、心が狭い子だった。

 そして私はサーシャの治療に専念した。まず全身に麻酔をかけて、意識をなくす。


 その後に血管からカンパネラの血を入れる。

 カンパネラはサーシャの身体の血脈とやらを探って、水銀をちょっとずつ、抜いていく。


「ぷはぁ……これ、結構根気がいりますね」

 大きく息をつくカンパネラ。


「ごめんね。大役を任せちゃって」

「いえいえ。アーさんの役に立てるなら、これくらい朝飯前です」


 彼の額には汗が浮かんでいた。


 私はその汗をそっとハンカチで拭く。


 そうとう神経を使う作業なのだろうと思った。


「……ありがとう、カンパネラ」

「あ、アーさんが笑ってくれた」


 カンパネラは私の笑みに気づいて、すぐに笑い返してくれた。

 

「じゃあ、術式を始めるわね。……さて、下半身はどうかうごいてほしいけど……」


 カンパネラの血でも、恐らく治せるのは腐り()()()場所のみ。

 すでに腐っていた両足は正直諦めたほうが良いかもしれない


 ――そう思っていたのだけれど、カンパネラの血はサーシャの全身を巡り、どくんっと大きく脈を立て、黒い痣がすぅうーーーっと消えていった。


「……え」

「お、ちゃんと適合したみたいですね」


 カンパネラは感心する。

 『適合』というワードに私は引っかかった。


「……適合ってどういうこと?」


「あ、えっと、言ってませんでしたっけ。竜の血には合う合わないがあるんです。人間で言う血液型の違いみたいな、そんなかんじで……って、アーさん怖い顔しないで」


 つまり、彼女は運で助かったのか。


 そして、同時に私も運で助かった。

 だってサーシャを助けられなかったら、私はイヴァンに殺されていただろうから。


 一時間後――


「足の調子はどう?」

「まだ、歩けるほど動かないです、力もうまく入らなくて……痛みも感じるんですけど、今までの痛みとは違って筋肉痛みたいな……」


「長い間、動かしてなかったものね。しばらくはリハビリが必要よ。でもしっかり練習したら、元のように動けるようになりますから」


 私が診断内容を話すと、サーシャはボロボロと大きな涙を流した。


「こ、これで兄ちゃんの役に立てますかね……。私も、兄ちゃんと一緒に仕事をしたいです。足手まといはもう嫌なんです……」


「そうね。しっかりと毎日毎日リハビリをして。しすぎたら駄目よ。たまに私も見に来るから、一緒に頑張りましょう」


「……ぷっ、な、なんだか私くらいの齢の子に励まされるなんて、すごく不思議な感覚」


「そ、そう?」


「……本当に魔女みたい。……あ、へんな意味で言ったわけじゃないんです。魔法で私の怪我を治してくれた――そんな、良い魔女さんだと思って言ったんです」


「……あ、ありがとう……」


 魔女と呼ばれると大きな鍋で、ぐるぐると気味が悪い薬草を混ぜている姿が思い浮かぶ。


 けれど、彼女が言いたいことは『良い魔女』。

 つまり、魔法の力のように、治せた――魔法使いといったところか。

 

 古来より、薬売りのことを魔女と呼ぶ人たちがいる。

 次に失恋したら、魔女として周り歩くのも悪くないな……と思った。


――ふと、気づいた。


 今回が失敗しても、また別の道があると、前向きな気持ちになれていることに。



 いつも失敗を恐れていた。


 いつになったら、呪いは解けるのだろう。

 いつになったら、死を迎えることができるのだろう。

 いつになったら、いつになったら――


 胸の中のつっかえがなくなる。


 この気持ちを誰かに話したくてたまらなかった。

 振り向けば後ろにカンパネラがいる。


 私はカンパネラに抱きついた。


「……えっ!? あ、アーさん!?」

「ありがとう。カンパネラ。こんな気持ち、産まれて初めてよ」


「俺はなんにもしてないですけど……」

「いえ、お前がいるから私は前を向くことが出来たの。下だけじゃなく視界を上に向けることができたの。空が青いなんて、当たり前のことに、やっと気がついたのよ」


 ぎゅーっとカンパネラを抱きしめる。


 カンパネラはあたふたしていた。なにがどう起こったのかわからないという感じだろう。


 目の前の少女、サーシャは立てないけれど、座ったままの体勢で


「いい恋人同士さんですね」


 なんて恥ずかしいことを言ってのけたのだった。


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