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竜と悪役令嬢だった魔女  作者: 六花さくら
【第二章】馬鹿国王による貧困政治
19/81

 18.幸福な王子(1)

 私は息を呑んだ。

 目の前にいる竜は、水銀を吸い取れると当たり前のように言ったのだ。


「神経を汚染しているのよ? それでも取れるの?」


「水銀だけ抽出するくらい簡単ですよ。脈を辿ればいいんです。ほら、無から有を作る時は地脈を意識するじゃないですか? それと同じ様に血脈を意識すれば、アーさんにもきっとできますよ」


 カンパネラはハッキリとそう言った。


「……いや、それは竜の特技だと思うわ」


「たとえばよ、カンパネラ。お前が水銀を吸い取って、弱るってことは無いのか?」

 ホーエンハイムが尋ねる。


「いえ。逆に俺にとっては栄養のようなものです。吸い取って、別のものに変換することが出来ます。たとえば金とか」

「……なるほど」


 ホーエンハイムは私の首根っこを掴んで――


「なぁなぁ、嬢さん。アレは金のなる木じゃねぇの?」


「……下賤な目でカンパネラを見ないで頂戴な」


 まぁ、ホーエンハイムの言いたいことはわかる。

 水銀に汚染された人を簡単に救えると言いのけた彼はすごい。


 そしてその身体に有害物質を入れても、別の物質に変換できるなんて、竜って本当にすごい生き物なのね。


「カンパネラ、あなたはそれをどこで覚えたの? でまかせ、言ってみただけじゃ通じないわよ?」


「俺が生きてきた100年で知りました。最初は驚かれましたけど、こういうもんだと思い切ってますね」


 あっさりと言いのけるカンパネラ。


 確かに100年前までは水銀を使った治療も、ありふれていた。

 そこでカンパネラが知識をつけたのかもしれない。


 私はカンパネラのことを何も知らない。


 誰に育てられたのか、誰とどう生きてきたのか。


 いつか聞こう。

 ゆっくりと時間のあるときに。


 今はサーシャを救うことが大切だ。


「カンパネラ、お願い。この血液から水銀を抽出してみせて。それから、この水銀の薬という名の害のある物質も」

「はい。アーさんの仰せのままに」


 カンパネラの瞳がぼぉっと光る。

 まるで月の光のようだなと思った。


 彼は水銀を飲むわけでもなく、それを光で浄化してみせた。


 そして、彼の手からじゃらじゃらと銀貨が出てきた。


「……こんな感じですね」


 そう言って、カンパネラは恥ずかしそうに笑った。

 私はその凄さに圧巻されてしまった。


「おい姉さん、すごいものを拾ったな」

「……えぇ。私も竜ってこんなにすごいものだとは思わなかったわ」


 開いた口が塞がらないというのは、こういうことを言うのだろう。


「この銀貨はすぐに消えるのか?」

「いえ。物質として残りますよ。本物なので」


 くらっとした。

 カンパネラの――竜の常識は、人の理をぐるっと一回転させる。


「よし、カンパネラ。次は(きん)を行こう!」


 ホーエンハイムが鼻息荒くカンパネラに食いつく。

 カンパネラは面倒くさそうな顔をして、えー……と不満を漏らしていた。


「坊。私の竜に変な絡みをするのは、そこまでにして頂戴。カンパネラ。一度だけお願いするわ。……サーシャを助けてあげて」


あの子(サーシャ)だけでいいんですか?」


 カンパネラはもっと出来ますよとアピールしてくる。


「だけ、でいいわ。お前の力を使いすぎて、変に噂が広まったら大変だもの」

「……それはアーさん的に、ですか?」


「お前的に、よ。竜は御伽噺(おとぎばなし)や空想上の生き物と思われているのよ。万が一、面倒くさい輩に疑われたら、お前は実験動物にされてしまうかもしれないから……」


「……アーさんはお優しすぎますね」


 カンパネラは微笑んだ。


「わかりました、元々アーさんの言われたとおりに力を使う気しかなかったですし。あとお役に立てれば良いんですが……ホーエンハイムさん、ナイフかメスをいただけます?」


「お、おう。何に使うんだ?」


 ホーエンハイムはカンパネラにメスを渡した。

 するとカンパネラは躊躇いなく、指の先を切った。


「――っ! な、何してるの!?」


 私は慌ててカンパネラからメスを取り上げた。


「竜の血って、治療薬にもなるんです。あと竜の涙は宝石に。だから、この血を使って、何か治療薬にしてくれたら――」


 カンパネラは笑顔で指先の血を小瓶に入れようとする。

 思わず私は彼の頬を引っ叩いた。


「……やめなさい」

「どうしてですか? アーさん。貴方は医学の発展を」

「お願いよ。やめて。自分の身体を自分で傷つけるのは……やめて。私はお前にそこまでしてほしいと願ってないわ」


 自己犠牲――それは美しい言葉ではあるけれど、その先にあるのは絶望だ。

 自分を傷つけて、他人を救うなんて……。


 そういえば、遠い国の御伽噺(おとぎばなし)でそんな話があったわね。


 王子の像が、友人のツバメにお願いして、貧しい人々に目のルビーやサファイアや、身体中の金箔を分け与えてあげて、最期にはみすぼらしい姿になってしまう。


 それで王子の像は救われたの? 幸せになれたというの?

 私はその物語を最後まで読むことが出来なかった。


 私は彼の胸ぐらを掴んで言う。


「いい? カンパネラ。私の傍にいてくれるというのなら、これだけは約束して。

 その一、自分を一番に考えること。

 その二、自分を傷つけて他人を助けようとしないこと。

 その三、自分で幸せを見つけること――いい?」


「三番目がとてもむつかしいですね。……幸せってなんなんでしょう?」

「そんなの私にもわからないわ。だから自分で見つけなさい。他人に頼らずに」


 私は気づけば息が上がっていた。


 興奮しすぎてしまったのだろう。

 竜の血を見て――躊躇いなく自分の身体を傷つける彼を見て、その自己犠牲っぷりに、かつての自分を重ねてしまった。


「まぁまぁ、嬢さん。落ち着けって。ここは俺の家だ。痴話話なら屋敷に戻ってやってくれねぇかなぁ」


 ホーエンハイムはそう言って、私の肩を掴んで、そっとカンパネラから離してくれた。

 カンパネラは、私が何故ここまで怒っているのかあまり理解していないようだ。


「……まぁつまり、だな。お前はもっと自分を大事にしろ。嬢さんのことを傷つけたくなければな」


 ホーエンハイムは言った。けれど、カンパネラにはまだピンと来ていないようだった。



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