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竜と悪役令嬢だった魔女  作者: 六花さくら
【第二章】馬鹿国王による貧困政治
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 16.国の裏側(2)

 彼に案内された家は、家というよりも瓦礫の中だった。

 ところどころから太陽の光は入ってきているし、風も防げていない。


 その瓦礫の家に横たわっていたのは、12歳くらいの少女だった。

 地面に布を敷いて、彼女の身体に布をかけて、布団っぽくしている。

 けれど、これじゃあ疲れもろくに取れない。床で寝ているようなものだ。

 そして彼女の身体には、黒い斑点がぼつぼつと浮かび上がっていた。


「失礼するわね。サーシャ」


 私はそう言って、彼女の服をはだけさせる。足は真っ黒になっている。もうこの足は動かないかもしれない。黒い点は上半身にいけばいくほど薄くなっていっているが……」


「この症状はいつから?」


「1年前から。最初は痣だと思っていたんだが、ここ数週間で一気にひどくなって、どうすればいいかわからねぇんだ」


「……なるほど。まず先に一言謝るわ。ごめんなさい。彼女(サーシャ)を今日すぐに救うことは出来ない」


「……なっ!」


 イヴァンの瞳に殺気が混じる。

 その瞬間、カンパネラも動こうとするので、私は彼らの間に立った。


「早とちりしないで頂戴。今日救えないと言っただけ。早ければ明日。遅くても明後日までには原因を突き止めるわ」


「……で、でも……その間に死んでしまったら……? こんなに弱ってるのに」

「その時はその時よ」

 私はハッキリと告げた。


 残酷だけど本当のことだ。


 原因はあらかたの予想がついている。

 けれど数年抱えてきた病なら合併症もありえる。


 正しいと思った処置が悪い結果を招いてしまったら元も子もない。


「おまえっ……! このクソガキっ!」


 イヴァンが私の襟元を掴んだ。

 まずい――と思った。

 次の瞬間、イヴァンの頭をカンパネラが掴んでいた。


「……アーさん――アナスタシア様に手を出すな」

 彼の声は地の底から震え立つような声で、思わず私も萎縮してしまった。


「ご、ごめんなさい。アーさんを萎縮させるつもりはなくて、えーっと」

「わかってるわ。カンパネラ。私を守ってくれようとしたのね。ありがとう」

「……アーさん」


 彼の行動は正しい。連れ合いの女が胸ぐらを掴まれて黙っている方がおかしい。

 けれど一番の問題は彼が竜であることだ。


 人と人の争いなら、殴り合いでもなんでもしてほしい。

 けれど人と竜の対決なんて、もう考えただけで寒気がする。


「サーシャ、すぐに苦しさをとってあげられないけど、ちょっとだけ血をもらっていくわね」


「……ん」


「……ちくっとするから、針を抜いたあとは、この小さいガーゼをしばらく押さえておいて」


 私はそう言って、注射器を使って彼女の血を抜いた。

 そして持ち合わせの小瓶にいれて保管する。

 このままホーエンハイムのところに持っていったほうが早いわね。


「カンパネラ、行くわよ」


「……ちょいと待ってくれ。嬢さん」


 イヴァンが私の肩を掴む。またカンパネラの目が光るから、私は大丈夫と目配せした。


「何?」


「このまま『はい、そうですか~』って返すほど、俺はイイ子ちゃんじゃないんだよ。妹のためならなんだってする。だから――」


「そう? じゃあこの宝石を置いていくわ。モノ(じち)として。それでいい?」


「……うわぁ……でかいルビー。こんなのを持ってるなんて、やっぱりあんたって――」


「詮索は禁止よ。じゃあまた明日会いましょう」


 私はそう言って、カンパネラと手をとって外に出た。

 あのルビーは100年程前のお父様からもらった大切な遺産。

 あとで返してもらえるとはいえ、簡単に手放したくないものだった。

 だけど彼の誠意に見合うものじゃないと対価にならないと思ったのだ。


「カンパネラ、ホーエンハイムのところに行くわよ」

「……なんとなくそういう返事がくると思ってましたが……」


「屋敷のモノには速達で手紙を出して。あ、お前が届けてくれればいいわね。透過で空を飛んで届けてきてくれない?」


「わかりました。ただホーエンハイムさんのところにつくまでは送らせていただきますよ。ここの空気はとても悪い。殺意や嫉妬、羨望色んな感情が渦巻いていて……正直頭がいたいんです。ここにアーさんを置いていけませんので」


「ええ。ありがとう。お前はほんといい子ね」


 私は背伸びしてカンパネラの頭を撫でようとした――けど、届かなかった。

 カンパネラは優しく微笑んで、私の身長に合わせるようにしゃがみこんで、頭を撫でさせてくれた。




「ホーエンハイム。入るわよ」

ドアを思いっきり開けた。彼は居間にいなかった。夜だから寝室にいるんだろうか。それにしては眠るには早いような。


「アーさん、ノックを忘れてますよ」

「あ……本当ね。自分の家のように思っていたから。つい」


 不在――というわけではないだろう。

 彼の靴もコートも玄関にある。


 そのあと二階からどったんばったん音がして、服を乱れさせたホーエンハイムが降りてきた。


「嬢さん……あのさぁ、せめてアポとってくれよ」

 ホーエンハイムはため息をついた。


「あら。私はここを第二の自宅のように思ってるわ」


「勘弁してくれって。で、何の用なんだ?」


「……ちょっと実験をさせてほしいの。いま往診をしている患者の中に重症の子がいてね。その子の血液検査と、資料と薬草を貰いにきたのよ」


「まったく。相変わらずお人好しだことで。そんなことしている暇があるなら自分の領地に尽くしたほうがいいんじゃねーの?」


「シャターリア家はきちんと役目を果たしているわ。この困窮している中でも私財を売ったり、税を減らして、なんとかやりくりしている。あの子達は関与しなくてもやってくれるから任せているの」


「……はぁ。わかった。俺も協力するよ畜生。あ、カンパネラ。10分でいいから嬢さんの目を塞いでくれ」


「……? はい」

 カンパネラはホーエンハイムに言われたとおり、私の目を塞ぐ。

 視界が真っ暗になる。


 聞こえるのは声。そして香水の匂い。女物の香水だ。

 女の声が聞こえる。

「ここまでしといて!?」「ほんと最低!」「ばかばか!」とホーエンハイムを罵っている。

 そしてバタンと強い力でドアを閉められた。


「もういいぞ。カンパネラ」

「はーい」

「……なんだ。恋人がいるならそのまま続けてて構わないのよ? 私は下で勝手に実験器具を借りるから」

「で・き・る・か・よ!」


 ホーエンハイムの言葉は怒りで満ち溢れていた。あとついでに呆れも。


「ああ、もうここまできたんならしゃーねぇ。患者の情報を教えてくれ。一緒に考えよう」

「有り難いわ」


 私はそう言って、ホーエンハイムに助けを求めた。


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