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いつものように陰気な天気だ。まだ昼前だが重く厚い雲が浮かぶ空は暗く淀んでいる。
今日は満月。夜には月から魔獣が溢れ出して来る。
丘の上の研究所までリニアバイクを走らせていたボクは薄着で家を出てきたことに今更ながら後悔をしていた。でもまあ、それも研究所に着くまでの間。あと数分の我慢。スロットルを回す。
古いリニアバイクがカタカタと小さな悲鳴をあげて加速した。そろそろ換え時かも知れないな。口座の残高を思い起こす。経費で落ちればいいのだが。
白衣を身に付け、研究室に入ると、中はさながら夜通しのパーティーが開かれた後のような有り様だった。
床にはゴミが散乱し、倒れたカップから飲みかけの飲料水が机の上に溢れ、ソファーの上では助手の山崎がイビキを掻いていた。
「おい。起きろ」
ボクはソファーからだらしなく伸びた山崎の足を蹴った。
「う……あれ、主任?」
山崎がビックリしたように飛び起きる。
「ここで寝るなといつも言っているだろ」
「ああ、すみません」
「それにしても、これはどうしたんだ」
「……シノヴァクですよ。暴れたんです。昨夜はホント手がつけられなくて」
山崎は身体を起こして、まだ寝足りないというように瞼をこする。
ボクは頭を掻いて一先ず自分の椅子へと腰を下ろした。
数日前まで弱っていたが、元気を取り戻したのだろうか。ウィルス投与したのが幸をなしたのか、またケージに戻すのが大変になりそうだ。
山崎が唸りながら腰を上げて、ノロノロと散らかった部屋を片付け始めた。
「そういえば、所長が響主任のこと探してましたよ」
山崎がゴミ箱に拾ったゴミを投げ入れながら言った。
「所長が? なんで?」
「知りませんよ。とにかく顔を出して来たらどうですか」
「今、所長室にいるかな」
「さあ、どうでしょう」
出勤してきた時のことを思い起こしてみる。リニアバイクを停めた時に、駐車場に所長の車があったかどうか。
「うん。あったな、確か」
仕方なしにボクは所長室へと向かう為、腰を上げた。
「響、ノックはするようにといつも言ってるだろう」
「鍵が開いていたので居るのは解ってましたから。あと、いつも言っていますが、余計な行程を省いているまでです」
「全く、お前ときたら……」
白州はしょうがない奴だと言わんばかりに首を振った。
「それで、何か用ですか」
ボクは控え目にため息を吐いた。全く時間の無駄だ。
部屋には所長の白州の他に見知らぬ金髪の男二人が実験動物を診るようにボクを眺めていた。全く不快だ。
「不躾だが、手間が省けて丁度良かったのかもな」
白州が二人を指して紹介した。
「今日からウチに勤務することになったグレン兄弟だ。眼鏡をかけてる方が考古学者のフィディック博士。もう片方は言語学者のリベット博士」
「どうも」
ボクは軽く頭を下げる。二人も会釈を返した。
「こいつはウチの主任だ。今後、君たちはこいつの指示に従ってもらう」
「よろしくお願いします」
リベットがそう言って微笑む。
「……どうも」
ボクは何ともいえない居心地の悪さを感じて、ぎこちない返事を返した。
リベットの隣でフィディックが黙ったまま、眼鏡の奥の目を細めてボクを見つめていた。




