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エレベーターに乗り地上階へと戻った二人は研究室のフィディックのデスクへと向かった。
「職場環境にそれほど不満は無いんですがね、仕事中タバコ吸えないのだけは辛いですねえ」
山崎は自分の場所から椅子を引っ張ってきてデスクを挟んで座ると、白衣のポケットから禁煙ガムを取り出して包みを開け、口に放る。
山崎の独り言を無視し、フィディックは地下の様子を映すモニターをちらりと確認してから口を開いた。
「本部からはデータを共有するように云われてますが、こちらが与える一方では面白くないのでね。ここはどの程度のデータの蓄積があるんですか」
山崎はガムを噛みながら、相手を値踏みするように少し間を置いて答える。
「どうでしょう。実験的な部分も多いもので、他の研究施設とは内容が多少異なるかとは思いますが」
「……前回の月生物とのコンタクトを拝見させて頂きましたが、かなり独特ですね。あれが毎回とは驚きです」
山崎は椅子の肘掛けに手を付いたまま、僅かに前のめりになって正面に座る男に問い掛けた。
「“アポトーシスのパン”は知ってますか」
「思考実験の?」
「ええ」
フィディックは少し考え、やがて何かに気付いたように眼鏡の奥で僅かに目を見開いた。
「あの思考実験を提唱したのは一世紀以上前になりますが、オリジナルの仮説を今、実証している最中といいますか……」
「この事はアレには?」
「伝えていません。知る必要も無いでしょう。彼女は同じ時間を生きているんです。繰り返し、ずっとね」
「“アポトーシスのパン”か……響博士は確か、微生物の研究者でしたね」
「ええ……それにしても、仮にも上司に向かって“アレ”呼ばわりとは頂けませんね」
「……私は“アレ”の存在を認めてません。倫理に反する」
フィディックの言葉に、山崎は小さく鼻を鳴らした。
「博士は科学者なのに神を信じていらっしゃるのですか」
「……私は考古学者です」
「ああ、そうでしたね。失礼」前のめりの身体を起こして背もたれに寄り掛かる。
「まあでもね、神を信じていようがいまいが構いませんが、私から言わせればね、神は何も禁じてなどいないんじゃないんですか。それを禁忌とするのは我々人間の法だけですからね」
そう言って山崎は嗤った。




