6.ループのきっかけ
拭っても、拭っても涙は止まらなかった。
嬉しい涙なんて初めて体験したけど、自分の意思で止められないことは同じらしい。
助けてくれた先生に改めてお礼を言いたかったけど、感情が高ぶって上手くおしゃべりもできない。
そんな私のことを、先生は黙って見守っていてくれた。
次第に涙の量が減っていき、胸のドクンドクンという鼓動も落ち着いていく。
「少しは落ち着いたかい?」
「……はい」
「そう」
先生の笑顔が見える。
それだけでホッとして、動悸は完全に治まってくれた。
「少し待っていて」
先生はそう言って立ち上がる。
「紅茶を淹れてくる。話の続きはその後で」
「それなら私が」
「良いよ。今日の主役は君なんだ。疲れてもいるだろう?」
先生は振り返らず、キッチンまで歩いていく。
私も手伝おうと立ち上がったけど、先生の後ろ姿が休んでいなさいと念を押されたように見えて、ゆっくり腰を下ろした。
それから五分くらい経って、先生がカップを二つ持ってきてくれた。
中身はハーブティー。
冷えた身体を温めたり、心を落ち着かせるのに最適だ。
「さぁ、飲んで」
「ありがとうございます」
勧められて、一口飲む。
美味しい。
温かくて落ち着く。
ハーブティーにも種類があるけど、これは私が好きな味だ。
そういえば前に、このハーブティーが好きだと話したことがあったっけ?
もしかすると先生は、そのことを覚えていてくれたのかも。
だったら嬉しいなぁ。
「落ち着くだろう?」
「はい」
「良かった。それじゃ、話の続きを始めても良いかな?」
不意に真剣な顔を見せる先生に、思わず背筋がピシッと伸びる。
「は、はい」
「そう畏まらないで。お互いの状況を確認するだけだ。難しいことも、危ないこともしないよ」
「お互いの状況、ですか?」
「そう。さっき私は、君と同じ境遇だと言ったよね?」
私はこくりと頷く。
同じ境遇。
つまり、先生もループしている。
「同じ境遇……だが、厳密に私たちは同じではないんだ」
「え?」
「繰り返していることをは同じだよ? 私も君も、同じ人生を何度も繰り返している。ただし、同じでも条件が違うんだ。繰り返す条件が、私と君じゃ違う」
「条件……」
そこまで言われても、ピンとこなかった。
先生は私が察していないことも気づいて、懐から紙とペンを取り出しテーブルに置く。
それから、文字や絵を交えて説明を続けてくれた。
「えーっとね。まず君の場合は、ループしているのは十五歳の誕生日からで間違いないね?」
「はい。目が覚めるといつも、誕生パーティーの後日でした」
「ありがとう。そして、君の繰り返しのきっかけは殺されることだ」
そう言われた瞬間、不意に思い出してしまった。
繰り返した記憶……その最後の光景を。
ビクッと身体を震わせる。
「ごめんね? 嫌なことを思い出させたかな」
「い、いえ大丈夫です」
「無理はしてほしくないな。けど、もう少し続けさせてくれるかな?」
「は、はい」
今度は驚いたり、怯えたりしないように覚悟を決める。
私はぐっと力強く自分の手を握った。
そして、先生は続ける。
「繰り返しにはルールがある。まず、戻る地点が同じだということ。次いできっかけがあるということ。君の場合は死、私の場合はある地点への到達」
「ある地点?」
「実際の場所じゃないよ。今から二年後、ある日を境に戻されるんだ。その日は特別でもなくて、ただの普通の一日だ。何気なく終えようとも、劇的に終えようとも、次に目覚めた時は手遅れさ」
先生はその日までの間に、あらゆる手段を尽くしてループについて調べたそうだ。
宮廷付きという立場もあって、お金や設備には困らなかったという。
だけど、調べても成果は得られなかった。
「調べたし、試しもした。別の生き方をすればあるいは……と思ったけど、全然ダメだったよ。どこで何をしていようと、たどり着くその日が違っても、未来は手に入らなかった」
「あ、あの……先生は何度目なんですか?」
「さてね。もう繰り返し過ぎて、何度目かもわからないよ。百を超えたあたりから数えていない」
ひゃ、百!?
そんなにも繰り返して……
私なら、もっと早く諦めて自分で終わりを選んでしまいそうだ。
「先生は……強いんですね」
「違うよ。私だって何度も諦めたし、死にたいと思ったさ。だけど、私の身体は不便でね? ある魔術実験の副産物の影響で、寿命以外では死ねないんだ」
「し、え? それって不死?」
「ううん、死の概念はある。ただ再生し続けるんだ。首を撥ねられても、毒で溶かされても。そういう身体だから、自死も試せない」
「そ、そうなんですね……」
驚くことが多すぎて、頭の中がグルグルとかき回されているみたいだ。
ループしていることだけでも驚いたのに。
いいや、それよりも。
先生でも自死は試せていないことが……
「もしかして、君も自死を試そうと思ったことがあるのかな?」
「え? あ、はい……でも……」
「踏みとどまったんだね? それが正解だ。というより、おそらく意味がない」
「意味が……ない?」
「ああ。君のきっかけは死、殺されることにある。自死も結局、自分で自分を殺しているに過ぎない。試したところで失敗して、余計苦しむだけだ」
先生にそう教えられて、どこかホッとしている。
もし、ループを抜け出す方法が自死なら……と考えていたこともあって。
そうじゃなくて、安心した。
自死が抜け出す方法なんて……まるで、自分で勝手に消えてしまえと、誰かに言われているみたいで……悲しかったから。