5.同じ境遇
お店は臨時休業。
札を掛けて、私たちはリビングの椅子に座る。
向かい合い、テーブルには紅茶のカップが置かれている。
互いに無言のまま時間は過ぎた。
聞きたいことはハッキリしているし、聞きたい気持ちも強い。
だけど、それと同じくらい聞きずらさも感じていて。
「あの……」
それでも口は動いた。
自分でも不思議だ。
最初に静寂を破ったのは、自分の声だった。
「先生はその……知っていたんですか?」
「何をかな?」
「……ボクが、いえ私が誰なのか。隠していることも……」
「うーん、そうだね。君が女性で、元貴族の令嬢で、悲しい運命を背負っていることは知っているよ。君の想像通りさ」
「そう……ですか」
それを聞いて、目の周りがジーンと熱くなる。
じゃあ本当に、先生は知った上で私を匿ってくれたの?
ウェールズ様の話が本当なら、先生はとても凄い人で、私の秘密なんて簡単に暴けたはず。
あの時だって、探し人はここにいると言えばよかったのに。
理由が気になった私は、先生の顔を見ながら尋ねる。
「どうして……助けてくれたんですか? あの時も、今も」
「うん」
すると、なぜか先生は申し訳なさそうに目を伏せた。
表情の意味を読み取れない私に、先生はいつもより低い声で答える。
「それについては先に謝っておくことがあるよ」
「え?」
謝るという言葉ほど、今の状況に相応しくないと思った。
だって先生は、二度も私を助けてくれたから。
動揺を隠せなくて、私の身体は固まる。
先生は改まって言う。
「私はあの日、偶然君を見つけたわけじゃない。知っていたんだよ……君のことを、君があそこにいることをね」
「し……っていた?」
「うん。君と出会う前に知っていた。私と同じような境遇の女の子がいて、苦しんでいると」
「――!?」
知っていたという言葉より、その後のセリフが頭で弾けた。
同じような境遇と、先生は言ったのだ。
「先生は……一体」
「私もね? 君のように繰り返しているんだよ」
「っ――先生も?」
「うん」
衝撃を受けた。
信じられないと思いながら、信じられてしまう同じ境遇。
繰り返す。
人生をループする。
「私の場合は死がトリガーではないけどね。今から約二年後、ある日を境に戻されるんだ。宮廷付きになった直後まで」
「そんな……どうして」
「わからないよ。色々と調べたし、試してみたけど意味はなかった。今回だって、何の成果もなくまた繰り返すと思っていたんだ。そんな折、君のことを見つけた。さっき使った水晶でね」
先生は自分のループの原因を調べるために、普段から魔術で色々な場所を観察していたらしい。
この街の中はもちろん、ずっと離れた外でも先生は見ることが出来た。
そうして先生は、私という同類を知った。
「見つけられたのは、本当にただの偶然だった。でも運命だと思ったよ」
「だから……助けてくれたんですか? 同じ境遇だから」
「うん。君のループの原因……死を回避すれば、この現象にも終わりが見えるかもしれないと思ったんだ」
「そう……ですか」
あれ?
ちょっとだけ私、ガッカリしてる?
「ただ、もちろんそれだけじゃないよ」
先生は続ける。
私を優しく見つめながら。
「同じ境遇がいることは……私にとっても救いだった。話したところで理解は得られない。この苦しみは、孤独は、知る者にしか理解できない。ずっと……寂しかった。君もそうじゃないかい?」
「私は……」
そうだ。
私も……寂しかったし、辛かった。
誰も味方はいないと知って、孤独に押しつぶされた。
「そんな時に知ってしまった。自分を理解できる人がいるかもしれない。その人も苦しんでいて、潰されそうになっているかもしれない。だったらもう、助けずにはいられない。手を伸ばさずにはいられない。私の苦しみを理解できるとすれば、君だけであるように。君の苦しみを理解してあげられるのは、間違いなく私だけだから」
「私を……先生はわかってくれるんですか?」
「ああ、私はわかるよ。その孤独も、寂しさも、後悔も」
理解してくれる。
同じ気持ちでいてくれる。
それはもう、諦めてしまっていたことだった。
だけど――
「今さらだけど、改めて言うよ。一緒に幸せを探そう。君は生きて良いんだ」
先生は、ほしい言葉をくれた。
ずっと心のどこかで、誰かにそう言ってほしかったんだ。
生きていても良いよと。
運命からはまるで、お前は死ぬべきだと言われているようにさえ思っていたから。
その一言がどれほどほしくて、嬉しかったか。
「は……い、はい」
涙が止まらない。
止め方を知らない。
何度も流したはずの涙が、今は少しだけ温かく感じる。
これがそう……うれし泣きというものか。
六度目にして、ようやく知った。
短編分はここまでになります。