4.再会
「ウェールズ……様?」
「おや? 僕の名前を知っているとは感心だね」
さわやかに笑う彼に、思わずぞっとする。
忘れるはずがない。
忘れたくても、忘れられない結末が脳裏に過る。
「ん? うーん……君は……」
彼は顔を近づける。
しまったと、今さら思っても手遅れ。
思わず名前を声に出してしまったことも相まって、疑われているに違いない。
私が誰なのかを。
「君、名前は?」
「ぼ、ボクはアレンと言います」
「アレン……そうか、ならば違うな。少し似ているが、青年とあらば人違いだ」
私は心の中でホッとする。
どうやら人違いで納得してくれたらしい。
今の私はちゃんと青年に見えているみたいだ。
あれ、でも待って?
何でウェールズ様はここに来たの?
「あ、あの……どのようなご用件でしょうか?」
「用があるのは君にじゃない。レイン殿を呼んできてくれないか?」
「は、はい」
先生に用事?
浮かんだ疑問の答えを探す様に、先生の所へ向かう。
先生は変わらず商品の整理をしていた。
そこに話しかける。
「先生、その、先生にお客様です」
「私に? 誰だい?」
「えっと……ウェールズ・ダンデイン様、です」
私が名前を伝えると、先生の表情が少しだけ強張ったように見えた。
でもすぐに普段通りの穏やかさを取り戻して、作業の手を止める。
「わかった。すぐ行くよ」
私は先生の後ろをついていく。
変に目を合わせないよう、背中に隠れながら。
玄関へ向かい、先生とウェールズ様が顔を見合わせる。
「おお! 貴方がレイン殿かな?」
「はい。この店の主レインです」
「お初にお目にかかる。僕は由緒正しきダンデインの家名を持つ者、ウェールズ・ダンデインだ」
「王国の貴族様ですね? そんな方がわざわざ何用でここに? 私のような一介の商人に御用があるとは思えませんが」
ウェールズ様が小さく笑う。
「ご謙遜なされるな。王国において……いや、貴族や王族で貴方のことを知らぬ者はいないよ。元宮廷魔術師にして、王国最高の魔術師と謳われた貴方を……」
「元……宮廷魔術師?」
またしても、思わず声に出てしまった。
それにウェールズ様が反応する。
「おや? 君は従業員なのに知らないのかい? 彼ほど優れた魔術師はいないよ。戦闘においても、技術面においてもね」
「……」
凄い人だとは思っていた。
けど、そんなに凄い人だったなんて予想外すぎて、声もでない。
「その様子じゃ本当に知らなかったようだね」
「今の私は、ただの店主ですよ」
と、先生が口を開く。
「王国とも関係ありません。ですので、用件が国のゴタゴタならばお引き取りください」
「いや違う。依頼はあるが、それはあくまで個人としてだ」
「個人ですか」
「ああ、実は探してほしい人物がいてね」
ドキッと、嫌な予感がする。
いやいっそ、予感ではなく確信だろう。
「私の縁談相手、婚約者になるはずの女性が行方不明になっていてね? 名前はアリシア・エールズという。そう、ちょうどそこの彼のように綺麗な金色の髪をしている女性だよ」
指をさされて焦る。
出そうになった声を、必死に抑え込んで平静を装う。
やっぱり、私を探しに来たんだ。
「人探しであれば、私でなくともよかったのではありませんか?」
「何を言う。貴方に任せれば確実であろう? 宮廷付き時代、賊の潜伏先を探し出し、古代の秘宝すら容易く見つけ出した貴方の魔術なら。逃げた女一人くらい、簡単に探し当てられるであろう?」
「……わかりました。居場所を見つければいいのですね?」
「ああ。どこで何をしているのか、教えてもらえればそれでいいよ」
ど、どうしよう。
話が進んで、私は一人焦る。
先生に私の正体がわかってしまう。
嘘をついていることが知れてしまう。
ウェールズ様に見つかれば、私はまた繰り返す。
あの悲劇を……死のループを。
「アレン君、準備を手伝ってくれ」
「……」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
また死ぬの?
せっかく逃げて来たのに、最初に戻されるの?
「アレン君? アレン君?」
嫌……嫌だ嫌だ嫌だ。
もう死にたくない。
殺されたくない。
一人になりたくない。
焦り、不安、恐怖……絶望。
負の感情と記憶が頭の中を支配して、現実から目を背けてしまう。
聞こえてない。
何も、誰の声も聞こえない。
そんな私の肩を――
「アレン君」
先生は優しく、支えるように掴んだ。
「先……生」
「大丈夫。私に任せなさい」
「え?」
それって、どういう……
「準備を手伝ってくれるかい?」
先生は普段通りに落ち着いた顔で、私に呼びかけてくれた。
もしかしたらと、期待が一瞬浮かぶ。
不確定な予想でしかないけど、先生の言葉を信じたいと思った。
「……はい」
だから私は答えた。
先生に言われた通りに準備を手伝う。
水晶と、赤色の布。
占いでもするかのような装いに、ウェールズ様が尋ねる。
「この水晶は特別な物なのかな?」
「いいえ、これはただの水晶です。相手を映し出すための媒体でしかありませんよ」
「ふむ、よくわからんが、それで居場所がわかるのだな」
「はい。少しお待ちください」
そう言って、先生が水晶をじっと見つめ、両手をかざす。
淡い紫の光を水晶が放ち始めたのは、その直後のことだった。
綺麗な光……でも怪しい光。
先生が魔術を使う所を、今になって初めて見る。
「――わかりました」
先生の声にぴくっと身体が反応する。
「ほう! もうわかったのか? さすがであるな」
先生……
「で、どこにいるのだ?」
「……」
「どうした? もったいぶってないで早く教えてくれたまえ」
先生は口を噤んだまま、難しい顔をする。
そしてゆっくりと、その口を開く。
「大変申し上げにくいのですが、その方はもう亡くなっております」
「なっ……」
え?
「死んでいる……だと?」
「はい」
「どういうことだ?」
「言葉通りです。死因こそ確定はできませんが、おそらく事故でしょう。ですので、申し上げ難いですがと前置きをしました」
「な、なんと……」
虚言。
先生は嘘をついた。
それが嘘だとわかるのは、この場で私と……先生だけだと思う。
「……仕方あるまい。邪魔をしてしまったな、レイン殿」
「いいえ、お力になれず申し訳ありません」
「いや、わかっただけで十分だよ。料金はあとで家の者に送らせる。では失礼するよ」
「はい」
ウェールズ様はさっさと店を出てしまった。
二人だけになる。
いつも通り……にはならない。
少し気まずい雰囲気のまま、先生が言う。
「アレン君、今日はお昼まで臨時休業にしよう」
「え?」
「色々と、話したいこともあるだろう?」
そう言って先生は微笑む。
ようやく確信した。
先生は……全て知っているんだと。