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【連載版】ループを繰り返した令嬢は、死の運命を回避するため家出を決意しました  作者: 日之影ソラ


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3/7

3.逃げた先で

 季節はめぐり、春の早朝。

 小鳥の囀りが聞こえてのどかさを感じ、窓から差し込む陽気の温かさで春の訪れを感じる。

 自分の体に馴染んできたベッドから起きた私は、大きく背伸びをして窓の近くに歩み寄る。


「んぅ~ 今日も良い天気だ」


 風を感じ、清々しい気分を噛みしめる。

 私は服を着替えて支度を整えてから、階段を降りて一階の台所へ向かった。

 もちろん服は、男用の服。

 先生はまだ起きていないらしい。

 いつものことだけど、先生は朝が苦手だ。

 と言ってもまだ朝も早い。

 朝食の準備を済ませた頃には、ひょっこり起きてくるかもしれないと、半ば期待しながら料理をした。

 始めたばかりの頃は不慣れで、よく指を切っていた包丁も、今ではそれなりに慣れてきた。


「よしっ」


 朝食の支度は終わった。

 時計を見て、先生の席を見る。

 案の定、先生はまだ起きてこなかった。

 

「仕方がないなぁ」


 そうぼやきながら、私は二階への階段をのぼる。

 嫌々しているわけじゃない。

 むしろ、起こしに行くこの時間は、ちょっぴり好きだったりもする。


 トントントン――


「先生、朝ですよ」

 

 返事はない。

 これもいつも通り。

 一回声をかけたくらいじゃ起きてくれない。


「入りますよー」


 ガチャリと扉を開けて、ベッドに寝ているその人の顔を見る。

 私よりも白い肌に純白の髪は、一目見た時に女性と間違ったほど綺麗だ。

 何より寝ている顔が穏やかで幸せそうだから、こっちまで良い気分になる。

 だけど私は、毎朝のように心を鬼にして呼びかける。


「先生、朝ご飯できてますよ」

「ぅ~ もうそんな時間なのかい?」

「はい」


 身体を揺すってようやく目を覚ました。

 眠そうに瞼をこすり、ゆっくりと重たい身体を起こす。

 大きな背伸びと一緒に特大の欠伸をして、スッキリした顔を私に向ける。


「おはよう、アレン君」

「はい。おはようございます。レイン先生」


 先生を起こした後は、先に私一人で一階へ降りた。

 遅れて着替えた先生が降りてきて、一緒に食卓を囲む。

 美味しそうな顔をして食べながら、先生は何気なく私に言う。


「今日も美味しいね」

「ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのはこちらだよ。いつもありがとう、アレン君。私は物作りこそ得意だが、料理はからっきしだからね。君が来てくれて助かるよ」

「そんなっ! 感謝しているのはボクのほうです! 路頭に迷っていたボクを拾ってくれたから、今もボクは生きてるんです」

「はははっ、それは大袈裟だよ」


 そう言って先生は笑う。

 大袈裟……確かにそう見えるかもしれない。

 だけど、私にとっては大袈裟なんかじゃないと思う。


 家出をした私は、王都から遠く離れたこの小さな街リルドにやってきた。

 お金も用意していたし、働く場所を見つけてるための準備をしていたけど、現実はそこまで甘くないと実感させられた。 

 用意した手は悉く失敗してしまったんだ。

 今から思えば当然だ。

 素性も知れない人を簡単に雇ってくれるはずもない。

 そうして路頭に迷って、半ばあきらめかけていた私の前に、先生は突然現れた。

 三か月前のことを、今でもはっきり覚えている。

 今日のような晴れ晴れした日とは真逆の曇天。

 暗い路地でうずくまっていた私に、先生は声をかけてくれた。


 こんな場所に一人でいると危ないよ。

 そうかそうか、行くところがないのか。

 もしよかったらウチの御店に来てくれないかな?

 小さなアイテム屋さんを営んでいるのだけど、一人で切り盛りするのは大変でね。

 

 事情も深くは聞かず、先生は私を自分のお店に招いてくれた。

 名前を偽り、性別を偽り、何もかも騙している私の言葉を疑わずに聞いてくれた。

 それがどれだけ嬉しくて、安心したかを伝えられないのが心苦しい。

 せめてもの恩返しに、私にやれることは何でもしようと誓った。


 いつの間にか食べ終えた先生が、手を合わせる。


「ごちそう様。じゃあ私は、先にお店のほうを準備しておくよ」

「はい。ボクも片付けが終わったら行きます」


 先生が先に部屋を出ていく。

 私もせっせと朝食の片づけを済ませて、その後を追って家を出た。

 お店は家の隣にある。

 木造の喫茶店みたいにおしゃれな建物で、濃い茶色の木の看板には『マジックオーダー』とお店の名前が書かれていた。

 玄関から入ると、カランカランとベルが鳴る。


「アレン君だね」

「はい。ボクは店先のお掃除をしてきますね」

「頼むよ。終わったら商品の整理を手伝ってもらえると助かる」

「わかりました」


 掃除道具を持って私は店先へ再び出る。

 使い古された箒で玄関の前を掃いていると、ふとお店の看板が目に入った。

 マジックオーダーと聞いて、最初に何を連想するだろう。

 このお店では、魔導具からポーションまで様々なアイテムを販売している。

 街の人たちからは、困った時の何でも屋さん、と呼ばれていたりもした。

 一番の特徴はこのお店で売っている商品は全て、先生が自らの手で作った物だということ。

 そう、先生は魔導具師だった。


「すごいなぁ先生。魔導具師なんて王都でも数えるくらいしか聞かないのに」


 そう言って、感心しながら思うことがある。

 先生は一体、何者なのだろう。

 私のことを先生が知らないように、私も先生のことを知らない。

 このお店はいつから経営していたのか。

 その前はどこで何をしていたのか。

 私を見つけてくれたのは……本当に偶然だったのか。

 聞きたいことはたくさんあって、知りたいと思う気持ちも本物で。

 だけどそれを聞いてしまったら、今の関係が壊れてしまうような気がするから。

 私は感じた疑問をそっと胸にしまい込んで、掃除を終えた。


「先生、終わりました」

「ありがとう。じゃあこっちも手伝ってくれるかい?」

「はい」


 棚に並んだ商品を綺麗に並べ直す。

 小瓶に入ったポーションは割れないように丁寧に。

 魔導具も、効果別で探しやすいように並べていく。

 見習いになったばかりの私には、ここにある商品のほとんどが新鮮で、手が届かない代物だ。

 でもいつか、先生のようにいろんな物を作れるようになって。

 そうして先生の役に立ちたいと思う。

 どれだけかかるかわからないけど、時間をかけられるということは、私にとっては幸福で――


 カラン。


「ん? お客さんかな?」

「みたいですね」


 まだ開店時間には早い。

 時折来る急ぎの要件なのかもしれない。

 

「アレン君」

「はい」


 作業の手を止め、私が応対に向かう。


「いらっしゃいま――」


 最後の一文字を詰まらせた。

 そこに立っている人たちを、私は知っていたから。

 いいや、正確には一人だけだ。

 私が顔と名前と、性格も含めて知り尽くしている人物が……二度と会いたくない人物が、目の前に立っていた。


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