1.また繰り返す
世界は理不尽で出来ている。
それを知ったのは、確か三回目の時だった。
今が五回目で、最後を迎える瞬間でもある。
燃え上がる屋敷の中に一人、私は取り残されていた。
手足の腱を斬られた上で縛られ、身動き一つとれない。
地に伏しているから煙も吸わなくて、中々死ぬことすら許されない。
熱い。
痛い。
苦しい。
もう何度も……何度も味わってきた。
繰り返せば慣れることもあるけど、死の苦しみだけは一生慣れないだろうと思う。
そもそも死の体験なんて、普通は一回しか出来ないのに。
ああ、うんざりだ。
早く……早く終わらせたい。
どれだけそう願って、涙を流したことだろう。
だけど、運命というのは残酷だ。
一人の願いなんて簡単には聞いてもらえない。
それどころか、望んでもいない力を無理やり与えられて苦しんでいる。
「何で……どうして私に、こんな力があるの?」
疑問を口にしたところで、誰も答えてはくれない。
わかっている。
誰も、何も知らないし気付かない。
教えても信じてはもらえないことは、すでに経験済みだった。
ああ、痛みがなくなってきた。
意識も薄れて、何だかフワフワする。
ようやく死ぬことができる。
今度こそ安らかに、新しい生を宿して生まれ変わりたい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして目覚める。
私の身体に馴染んだベッドの上で、見知った天井が目に映る。
「……また、戻ってきてしまったの?」
六回目。
私は死に戻りを繰り返している。
十五歳の誕生パーティーの翌日。
それが今で、ここは屋敷の私の部屋だ。
窓の外を見なくても天気はわかるし、時計を見ればいつ頃にドアがノックされるかもわかっている。
三分後。
「そろそろね」
トントントン。
ドアをノックする音が聞こえる。
声を聞く前に、メイドだということも知っている。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
「……」
「お嬢様?」
「ええ、起きているわ」
入室を許可すると、見慣れたメイドが顔を出し、挨拶をする。
「おはようございます。お嬢様」
「ええ」
「お食事の準備が出来ておりますが、どうされますか?」
「そうね。着替えたら自分で行くわ」
「かしこまりました」
彼女は一礼して、失礼しますと言い部屋を出ていく。
再び一人になった私は、大きくため息をこぼす。
そして、死の直前に浮かんだ疑問が、死に戻って改めて浮かぶ。
「どうしてこんな力が……あるのかな」
知ったのは当然、一度目を終えて二度目の時だ。
目が覚めると、私は見慣れたベッドにいた。
死んだはずなのにどうして、と最初は戸惑ったけど、すぐに過去へ戻ってきたのだとわかった。
ハッキリ言って、最初はすごく興奮した。
一度目の死に方が悲しくて、やるせない気持ちでいっぱいだったから、もう一度やり直せることに感謝すらした。
これは神様が私に下さったチャンスなのだと。
だけど、二度目も死んで、また繰り返して。
どう転んでも、私は死んで繰り返す運命にあるのだと知って、最後は絶望しか残らない。
考えて、悩んで。
結局私はそのまま着替え、朝食の席に向かった。
食堂には父と母、妹がすでに座っていて、部屋を訪ねて来たメイドも控えている。
「おはようございます。お父様、お母様」
「おはようアリシア。今日はいつもより目覚めが遅かったね?」
「昨日の疲れが出ているのよ」
上級貴族エールズ家当主レオナルド・エールズ。
その隣で微笑む女性が私の母、シェナード・エールズ。
私の両親で、とても優しい人たち。
そして、三度目の私を死に追いやった人たちでもある。
食事をしながら、お父様が言う。
「今度のパーティーはエルウィンが主役だ。アリシアを見習い、エールズ家の名に恥じない振る舞いをしなさい」
「はい!」
「良い返事だ。アリシアも、すまないが当日は支えてやってほしい」
「はい。お父様」
「お姉さまが一緒にいて下さるだけで心強いです!」
ニコニコと私に笑顔を向けるのは、エルウィン・エールズ。
二つ離れた可愛い私の妹。
そして、最初に私を殺した人。
「紅茶が入りました。お嬢様」
「ありがとう」
私の専属メイドの一人、アン。
小さい頃から一緒に過ごし、肉親を除けば一番心が近い友人のような存在。
だけど、五度目の私は彼女に殺されてしまった。
家族団らんの食事。
誰もが楽しそうに、当たり前のように過ごす日々。
私だけが知っている未来と、隠している本性。
この場にいる人は全員、私のことを殺したことがある。
そんな人たちと、私は普段通りを装って朝食を済ませた。
 





