歪な世界
乱暴に牢のようなところに投げ込まれ、数時間が経った。
鉄格子のはめられた小さな窓から見えていた外の光も、いつのまにか見えなくなっている。日が落ちたのだろう。
ここへ連れてこられる途中、水だけは飲ませてもらうことができ、その時に確認できたのだが、やはり顔はこちらに来るまでと変わらないようだ。
妹も同じだった。つまりこれはパラレルワールドでの自分の身体に転移させられたということなのかもしれない。
なんにせよ、ここから出られない限り、どうしようもないのだが。
頭の中に聞こえた声は、あれっきり聴こえなくなったわけだが、あれは恐らくこの身体の主の声だったのだろう。
失敗したと伝えていたが、わたしがこの身体に入っているということは、本当は成功しているということで。
彼女はなぜ、失敗だと言ったのだろう。せめてそれを教えてくれないとこの先どうしたらいいかすらわからないのだが。
「というか、失敗したって言わされたってことは、本名は名乗らない方がいいって事だよね」
わたしの本名は、神崎幸乃な訳だけれど。それを名乗ってしまうと成功したことがバレてしまう。
妹の扱いを見るに、成功していた方が待遇が良さそうではあるが、あの部屋の惨状を思うと、そう素直に成功したことを言っていいのか、待遇の良さには裏があるのではないかと思えて仕方がない。
そんなことを考えながら、牢の隅にある硬いベッドの上で足を抱え座り込んでいると、不意に、ガシャンと乱暴に鍵が開く音が聞こえた。
「クローゼ! 無事かい!?」
その声と共に、やはり乱暴に扉が開けられる。
クローゼ。というのがわたしの身体の名前なのだろうか。
もしこれで別人と間違えられていたら取り返しがつかないわけで、とっさに反応ができない。
現れたのはキラキラとした金髪に青い瞳をした青年だった。
「えっと。その」
「もしや、どこか怪我でも……」
「あ、アルバート様! 大丈夫です! わたしは大丈夫ですから!」
返事を躊躇っていると、今度は彼の名前が頭に浮かんできた。
彼女の声は聞こえないが、なるほど、思い返してみると彼女の持つ情報は頭の中に残っているようだ。
だから、言語も違うであろう、この世界の言葉もわかる。
わたしの名前も、クローゼで間違いなさそうだ。
「ならよかった。もう大丈夫だ、クローゼ。あとは彼女が龍神を鎮めれば、この国に平和が戻ってくる。君が魔物と戦う必要はなくなる」
この世界は、二十年ほど前から龍神に支配され、その配下である魔物達からの侵攻に怯えていたこともしっかりと記憶に残っている。
そして、この危機を凌ぐための方法も。
「それより、アルバート様は何故ここに」
「巫女の召喚に成功したのだから、君が捕らえられたままでいる必要はないと思ってね。司祭に直談判をして解放してもらいに来たんだよ。君は大事な妻の親友で、フォンティーヌ伯爵の令嬢だ。本来ならこんな扱い許されることではないだろう」
君が双子でさえなければ、こんな目に遭う必要はなかったのに。
と、彼は続ける。
龍神の巫女を異世界から降ろすことができるのは、双子の姉妹だけと決まっていたからだ。
だから、国中の双子の姉妹が首都である、ここ、セントリアに集められ、その殆どが召喚の失敗で命を落とした。
「君の迎えに、レイも呼んでおいた。伯爵も心配してらっしゃるから、すぐに屋敷に帰りなさい」
レイというのは、わたしの護衛のことみたいだ。
そしてこのアルバートはこの国の皇太子であり、わたしの親友、サリアの夫である。
彼と共に外に出ると、アルバートは魔術で、みすぼらしい姿をしていたわたしをドレスへと着替えさせる。
「君があんな格好をさせられていたなんて、伯爵が知ったら卒倒してしまうだろうからね」
ああそうだ。この人はそういう人だった。
そもそも、王様は龍の病に伏せられていて、実権は彼が握っているのだ。
わたしの身体があんな目に遭っていたのも、基本的には彼の指示のはずなのだ。
今のも、つまり。わたしがどんな扱いをされていたか隠そうとしてのことだろう。
隠せという。無言の圧力なのだろう。
どうやらこの国は、相当腐っているようだ。