ファースト先輩ってどんな人?
おはようございます。
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遺伝子強化体――簡単にいってしまうと遺伝子を切り貼りする、いわゆるゲノム編集で戦闘に特化した形で人間を再構成しようという、表向きには国際的に非難を浴びまくっているが、裏ではどこの国も欲しがっている八島製薬による最高の研究成果の1つ。
人為的に優秀な兵士を作ろうという倫理を無視した計画だが、当初から成功したわけではなかった。
遺伝子を切ったり貼ったりして、人間という生物の能力の上限まで引き上げるなんてことが簡単にできるわけがない。
ましてや他の生物の遺伝子を、人間の遺伝子に切り貼りして、うまく定着するか、したとして能力が上げられるか、計算通りにいかなかった失敗作を大量生産したあげく――やっと想定したポテンシャルを発揮できた最初の成功例が彼女、初穂友華だ。
俗にファーストと呼ばれていて、いろいろ噂になっているから僕だって知っている。
すごい有名人だし、はっきり言えば彼女を誘拐してどこかの国に持ち込めることができれば宝くじの1等賞に100回当選した程度の金持ちにはなれるらしい。
つまりは生まれた瞬間から伝説を作り続けている女の子。
ファーストを計測すれば人間が到達できる限界点がわかるとまで言われていた。
例えば陸上の100メートル走の世界記録は調べれば簡単にわかるが、人類の出せる最高タイムがどこまで縮まるかはわからない――わからなかった。
だが、ファーストに100メートル走をやらせて、それを計測すれば人類の出しうる最高タイムが推測できる。
そんな初穂友華にまさか裏仕事をさせているとは……さすがは戦艦島というところか。
まあ、生死を問わず他国に奪われるわけにはいかない貴重な成功例なのだから、海外の戦場に送るわけにもいかないし、しかし実戦テストはしてみたい、とそんなところだろう。
まあ。
それはともかく。
コミュニケーションの能力は人類の最高到達点とはいかないらしい。生徒会室を出てから、ずっと無言ですたすたと歩いていく。
「ところで初穂という名字、おしゃれですよね」
無言で廊下を歩いていくのに耐えられなくなって、ちょっと僕のほうからコミュニケーションを試みる。
これから一緒に仕事をするのなら、少しは仲良くならないといけない……と思う。
「おしゃれ? どこかの田舎の農家の出らしい名字だとは思うけど」
「いやぁ、実り豊かで縁起がいいというか……友華という名前のほうはかわいいですよね」
「ジブンのまわりに華やかな友人関係は存在しない。そもそも友達は1人もいないから」
完全に感情を消したというか、単なる事実として返事をしてくる。
まあ、そうだろうな、と思う。やっぱりコミュニケーションの能力は人類の最高到達点ではないらしい。
むしろ最低点かも。
しかも、そうやって喋っているのが怒ってるわけでもなく、不快という雰囲気でもないのが逆に怖い。
それでいて、声だけ聞くとかわいいんだよな。
「初穂委員長の実家は農家なんですか?」
「もしジブンに実家があるとすれば主に試験管の中だと思う」
「飼育委員長をやっているということは、もしかして動物が好きなんですか?」
「実験動物を愛玩する趣味はない」
「いや、犬とか猫の話なんですけど
」
「それもこの戦艦島では実験動物でしかない」
淡々と答えが返ってくる。
この人、本当に怖いよ。
学年としては1年先輩だけど、年齢はいくらもかわらないはず。
5月生まれの僕はクラスメイトたちより早めに誕生日を迎えることが多いし。
「それより、委員会活動中にジブンのことを初穂委員長と呼ぶのはやめて」
委員会活動中に、その委員の長をやっている人物に委員長という敬称をつけるのは普通だと思うんだけど。むしろ、それ以外にどう呼んでいいかわからない。
しかし、彼女の言う『委員会活動』というのは防諜活動中という意味だと説明してくれた。
だから、本名ではなく、敵に知られてもいい名前――偽名というのか、コードネームという奴だ。
「ジブンはルイ。あなたは……佐藤だからシュガー?」
「佐藤で砂糖はやめましょうよ。本名を推測できてしまったらコードネームの意味ないし。ちなみにルイさんはなんでルイさんなんですか?」
「ファーストを直訳すると一塁。その後ろ半分をとってルイ。それからルイと呼び捨てにして。敬語も禁止。交戦中の敵に会話を聞かれたとき、どちらが上の立場か知られるとジブンに攻撃が集中してしまう」
「指揮官から潰せ、か……了解。呼び捨てタメ口で」
「そうして。生徒会長が直接現場に出てくることは少ないけど、そういうことがあったらビーね。エイトで8で蜂。あなたの言う通り本名が用意に推測されたらコードネームの意味がなくなってしまうけど、まったく関係ない名前だと慣れるのに時間がかかる」
「最初のうちは自分のことと気づかないことがあるかもしれないけど……」
「慣れるまで敵が手加減してくれるといいよね。例えば今日、自分の名前を呼ばれたことに気づかなくて死んでしまえば、わざわざ覚える必要はなくなるんだけど」
「……わかった。すぐに覚えられるもので」
「佐藤で砂糖が駄目なら、玉でボールとか? エッグでもいいかな?」
「僕の場合は佐藤玉はここに入学するために用意した名前で、別に生まれたときから親しんでいるわけじゃないけど……コンペというのはどうだろう? 砂糖の玉で金平糖。それじゃあ長いから略してコンペ」
「わかった、ジブンも今後はコンペと呼ぶ。あとで生徒会に届けておくから」
「わざわざ届けることなのか?」
「他の委員会や部活と共同作戦もあるから。そういう共同作戦中はクラスや本名ではなく、飼育委員のコンペとしか呼ばれない」
「もし同じクラスとかで顔を知っている生徒がいたとしても、コードネームで呼び合うわけですね?」
靴箱で外履きに履き替えて校舎から出て、体育館やクラブハウスの向こう、工場のような建物に入った。
体育館より広い建物で、しかも3階建てだ。どれだけ大量の実験動物がいるのやら。
別に荒事を好むわけではないし、むしろ避けたいと思うのだが、普段の仕事がビルとかマンションと呼びたくなるような飼育小屋で餌やりとか掃除だとしたらもかなりうんざりする。
「ここが飼育小屋」
動物を飼育している場所というだけでなく、飼育委員会に所属する場所を全部まとめて飼育小屋と呼んでいるらしい。
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