便所掃除1週間よりキツそうなペナルティ
今日は少し遅いですが、更新します
あっさり生徒会長から本名と違うと言われてしまい、顔が熱くなってみたり、背中に冷や汗が流れてみたり、僕の体は結構大変なことになっている。
しかも、こっちは必死に身元を隠して、バレたら縛り首とか斬首まではいかないとしても厳しい尋問くらい――あるいは拷問くらいは覚悟していたのに、エイト会長にしてみれば軽く笑う程度のことだったらしい。
入学式でも、そのあとの教室でも問題になるような言動行動はなかったはずだと油断していたけど、身元の偽造は除籍処分のはず。
やっぱり中学生のお小遣いで買える偽造戸籍ではダメなのか? がんばってお小遣いやお年玉をためて買ったんだけど。
しかし、それは置いておいて、こうやって話し合いの席が設けられているのだから、ちょっとしたペナルティくらいで許してくれそうな雰囲気でもある。
いきなり除籍処分で学校から追放だったら、なにも生徒会が呼び出すわけがない。
重い処分が学校側がくだすはずだし、生徒会のペナルティなら便所掃除1週間?
それはそれでイヤだけど。
「あ……あ……あ……。でも、僕は佐藤玉です」
「それでは佐藤くんと呼ばせてもらおう。戸籍をイジったのは自称プロフェッショナル(笑)程度の人物だろうね。くだらないことに君が大金を使ったのでないければいいが。それとも自分が凄腕だと勘違いしているアマチュアに安くやってもらったのか、あるいは君自身がそういう手合いなのかな?」
さわやかな笑顔でキツいことを言い、どうしたものかと首をかしげた。
「まあ、事情はわからないではないが、まったく不問にするというのも難しくて、ちょっとばかり頭を悩ませてるんだよ」
「ということは、助かる余地が残っている、と?」
「さっきも言ったように俺は純粋実力主義者だからな。過去あったこととか、家族のこととか、どうでもいい。本人に実力があって、この高校に忠誠を――いや、忠誠までは求めてもしょうがないか。最低限の裏切りをしないというのなら、まあ、それはそれでいいと思っているんだよ。だけど、学内にはそういうことを気にする人もいるんだな、残念ながら。そして、もっと残念なことに俺は生徒会長でしかないから、この件は忘れろと校長や教頭に命令する権限がない」
「やっぱり退学とか?」
「ところが、彼女がなんとかしろと命令するんだ。俺は生徒会長だから、この学校の生徒の中では一番偉いはずなんだけどね」
部屋の隅で丸椅子に座ったまま人形のように身動き1つしない女子生徒のほうを向く。もちろん、僕も部屋に入った瞬間に気づいていた。
あれは廃棄品のロッカーの中で見つけた、昨夜僕が拾った女の子だ。
より正確には拾おうとして、逃げられた、かな?
個性的なソーイングキットの使い方をさせたら戦艦島一番な彼女。
黒いニーソックスを履いているから負傷した部位がどうなっているのかわからない。足を組んで編上長靴をぶらぶらさせているので少なくとも痛みは感じてないようだ。
そして、昨夜は暗くて気づかなかったものが見えていた。
セーラー服の裾から出ている右手の皮膚はオレンジ、左手がブルー。
猫っ毛であちこちに飛び跳ねている髪は純粋なホワイト。
右目はゴールド、左目はシルバーの瞳をしていた。
瞳にカラコンを装着したり、両手に色を塗っているのでなければ――彼女は。
昨夜は暗くて気づかなかったが、僕はとんだ有名人を拾ったようだった。
さっきエイト会長がファーストと呼ばれる生徒がすでにいるようなことを口にしたが、この女子生徒のことだ。
「助けてくれたそうじゃないか」
「本当に助けが必要だったか、いまでは疑問ですけど」
「必要だったと思っておけばいいよ。そして、貸しを1つ作った。で、その貸しは容赦なく取り立てていいわけで、つまり佐藤くんが昨夜助けたから、今度は彼女が佐藤くんを助ける。こういうときはね、素直に貸した分を返してもらっておけばいいのさ。利息としてアルバイトも紹介しよう。といっても、彼女の仕事の手伝いだけどね。相棒になるのか、助手になるのか、ただの使い走りや弾除けかは、佐藤くんの能力次第だが、そう悪くない報酬は払えると思う。昨夜は生徒会主導の作戦で、あんな結果になったのだ。俺も生徒会長として君に借りがあると思っているし、返す気もある」
「まあ、経済的には困っていて、割のいいアルバイトを探しているところだから助かりますけど――この話の展開だと、そのアルバイトまで含めて僕の意思に関係なく断れないんですよね?」
「そんなことないよ。気に入らなければ退学を選んで、この戦艦島から出ていってもかまわない」
「それ、事実上、僕に選択肢がないじゃないですか」
「2択では気に入らないというのなら、3択目として、ここから逃げ出してコロニーのどこかに潜伏という選択肢でも加えようか? 公式には認めてないが、脱走者とか何人かいるよ」
「脱走って……潜伏できるんですか?」
「できるんじゃないの? やってる奴がいるんだから。カラスと喧嘩して勝てば美味しい生ゴミが手に入るから食ってはいける……とはいっても、まあ、さっきもいったように公式には脱走者はいないことになっていて、その帳尻をどうやって合わせてるかといえば、もちろん死んだことにしているわけだ。つまり、そんな奴を見かけたら殴っても蹴っても、金や物を奪ってもかまわないし、もちろん殺しても咎められることはない。死人に人権はないんだから」
そういう連中のことを溝鼠と呼ぶのだとエイト先輩は教えてくれた。
日本に帰る金もなく、帰る場所もない連中。
授業についていけなくなって学校にはいけない。
かといって、家族の期待を背負って島にきたからには成績不振で退学になったと自宅に帰るわけにもいかないという、そんな生徒が毎年何人か出るそうだ。
同じことが工場のほうでもあって、やはり毎年何人か仕事に出てこなくなり、しかし正式に辞めて日本に帰るわけでもない人がいるとのこと。
「そんなサバイバル生活あまりにも嫌過ぎじゃないですか。でも、僕をアルバイトに雇うって、詳しい仕事の内容はわからないですけど、いろいろ推測すると身元を偽って入学したような奴に任せたらマズい性質のものだと思うんですけど」
「俺は信用しているから問題ない」
「例え使い走りでも僕に彼女をサポートするだけの力があればいいですけど、単なる足手まといになるかもしれないですよ」
「それについても信用してる。問題ない」
いくらなんでも信頼厚すぎだと不思議というか、むしろ不気味だったが、そのとき丸椅子に座ったままだった女子生徒が立ち上がった。
「いかにも信用ならない奴の目の前に、つい裏切りたくなるエサをぶら下げてテストして、もし不合格なら殺せばいいから問題ない。実力のない人がジブンと組んだらすぐに死んでいなくなるのでやっぱり問題ない」
甘くて柔らかい、いかにも女の子らしいかわいい声なのに、その内容は苛烈なものだった。
「おいおい、世の中には本音と建て前というものがあるんだぞ」
苦笑しながらエイト会長が窘める。
まあ、どうせそんなことだと思っていたので、なんとも感じない。
エイト会長はアルバイトの内容を説明してくれた。
っても素敵なアルバイトは……防諜工作の下っ端工作員だった。
うん、だいたい知ってた!
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