囮として用意されたのは
ミミイのかわりに引き渡すのはマダラだった。
マネキン人形でも、という話しだったのに、これはどういうことだ?
「どうしてマダラは死んだんだ? この前、飼育小屋にいったときに挨拶したら、ガオッっ元気な返事をもらったのに」
「まあ……寿命?」
「なんで質問の答えが疑問形なの? しかも寿命って……」
「以前ちょっと説明したけど派手に遺伝子をイジられた実験体は、いつ、どんなタイミングで死ぬかわからない。はっきりわかっているのは自然に生まれた個体と比較して寿命は短いということだけ。まあ、飼育委員が引き取った遺伝子強化体は失敗作と認定されたものだけだから、そのデータに偏りがあるかも可能性は高いし、成功した遺伝子強化体は寿命の点でも最高レベルのパフォーマンスを備えているかもしれないけど」
どうかな? とルイは首を傾げる。
人間の遺伝子強化体を製作するとして、それを兵士としてデザインするなら30歳か、せいぜい40歳くらいで死んでくれれば退役後の再就職先を探す手間もないし、もし労働者としてデザインするならプラス20歳ほど長く寿命を設定しておけば退職金も年金も不要になるわけだから、国にとっても企業にとって便利だよね、と。
「それは便利とか不便で語るべき問題じゃないだろう」
「経済効率で語るべき問題なのよ、この島では。知らなかった? 早めに成長させて、なるべく病気にならず、全盛期の時間をできるだけ長くして、老化する前にコロッと死ぬように遺伝子編集するのが理想とされているんだから」
「……知ってた………………知ってた、つもりだった」
「その上にマダラは成長促進剤を大量に投与されているって、ジブンは話したと思うけど」
「……聞いた」
「品種改良なんて昔から人間が絶え間なく続けていることの1つでしょ。野菜や果物とか、牛や豚の肉をおいしくなるようにしたりね。おいしく食べられる人間を作ってるわけじゃないだけ少しはましだって思わないと」
「直接的ではないにしても搾取の対象なのは同じだろ。むしろ長期間に亘る分、いっそう質が悪いぞ」
口に出してしまってから、僕はごめんと謝った。
こんなの八つ当たりでしかない。
マダラが死んだのはルイのせいではないし、そもそも彼女自身が遺伝子強化体なのだ。
しかし、ルイは気にした様子もなく、話しを続ける。
「マダラには悪いけど、ちょうどいいボディがあるから、この際、ミミィは死んだことにしようと思う。つまり、これがミミィの遺体ね」
「ということはマダラの死亡届は出さないでおいて、ミミィを今後はマダラということにするのか?」
「最初から死亡届なんていらない。実験動物で、しかも書類上はとっくに処分済なんだから」
「ミミィは?」
「同じ。人間としての戸籍もないし、死んでいようが、生きていようが、届出もなにも必要ない。小学校で勉強する権利もないかわりに、いくら稼いでも納税の義務もない……まあ、義務教育すら受けてない実験動物を雇う会社はないと思うけど」
「そういえばミミィは小学校にはいってないみたいだな」
「ジブンたちが教えればいい」
「そうだな」
「時間よ」
「いこう。マダラの遺体をミミィだと偽って渡してみる。バックアップ頼むよ」
「頼まれた……まあ、頼まれなくてもミミィはやる気満々みたいだし」
「それは心強いな」
「殺る気満々」
「それは怖いな」
「ダディーに近づく女はみんな殺すって」
「なんか僕がいつの間にか浮気したことになってないか?」
「生徒会長公認でハニートラップの食い散らかしOKなんだし」
「食い散らかしてなんかいないんだけど」
「気をつけなさいよ」
「つまり口説くんだったら私だけだよ、と遠まわしに催促しているわけだ」
「してない」
その瞬間、足首に激痛が。
ルイのローキックだ……たぶんローキックだと思う。
今回も目で追えないほど速かったので見えなかったが。
「なんですぐに足が出るのかな?」
「殴ったら手が痛くなるからよ」
「手が痛くなるという理由で安全靴の鉄板が入った爪先で蹴るのか?」
「早くいきなさいよ、ミミィはすでに配置についてるわ」
今度は背中を押される。
しかし、その通りだ。
ミミィには一網打尽が目標だから犯人が全員集まるまで、または鈴木英子さんの単独犯だと確定するまで尾行のみで、手を出すなと強く言い聞かせておくことを頼むと、僕はマダラの遺体をブルーシートで覆って背負子に固定して飼育小屋から外へ出た。
マダラは長身なのに、いやに軽かった。
待ち合わせ場所には事前にミミィが身を隠して見張っているが、いまのところ連絡がないということは罠が仕掛けられているとか、包囲網に絡めとられるということはないはず。
呼び出すと思わせて途中で接触――襲撃も含めて、なにかしてくる可能性を考慮してルイが少し離れたところから僕の後ろをついてくることになっていた。
しかし、何事もなく待ち合わせに指定されていた鉄塔のところまでやってくる。
すでに待っている鈴木英子さんのファッションをチェックすると今夜は水色の作業着だ。
八島重工の生産現場で普通に使われているものだから、人混みに紛れ込むには最強の服装だ。
髪もまとめて帽子をかぶっているので(もちろん、その帽子も八島重工の作業帽だ)この戦艦島に数万人ほどいる作業員Aや作業員Bとそっくりで、特に後ろ姿だと見わけをつけるのが大変そうだ――そして、もちろん尾行はたいていの場合、背中を追いかけることになる。
まあ、その前にマダラの遺体をミミィだと納得して受け取ってくれるかが問題だが。




