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彼女はソーイングキットを愛用している



 元の場所まで引き返し、例のロッカーを開けると女の子がうめき声を上げていた。


「うっ……う…………」


 おお!


 やっぱり生きているようだ。


 手遅れだったら最低限の埋葬をしてあげようと思っていたんだけどね。


 みんなからゴミ捨て場と呼ばれているZ地区に動物の死体を放置すれば野良犬や野良猫の餌だし、カラスが突っつくし、ネズミが齧るし、それでも残った腐肉はコキブリとウジ虫のご馳走になるだけ。


 死んだ後ならどうでもいいという人もいるみたいだけど、たいていは終活する時間が欲しいんじゃないかな。スマホやパソコンの中とか、ベッドの下とか、念入りに掃除しておきたい場所もあるしね。


 死体も同じで、一番安いのでいいから棺に入れて火葬にしてもらいたい。


 しかし、これなら助かるかもしれない。


「だいじ――うわっ!」


 声をかけようとして、慌てて身を反らす。 


 さっきまで僕の顔のあった場所を彼女の右手が通過していった。


 すごい勢いで。


 肘にロケットでもついてて、ブーストされた一撃じゃないの? と思わず錯覚してしまうほどのスピードだ。


 しかも人差し指と中指を立てていて、その指先は僕の眼球を抉る位置だった。


 ええっと……僕は知ってる。人差し指だけで人間の眼球を抉ろうとすると、相手が顔をそらして額や頬に指先が当たると骨折する可能性があるんだよね。


 だから、眼球を抉るなら2本が正解。


 正解したからといって豪華景品がもらえるわけじゃないけど。


 それに、僕としては眼球を抉られるわけにはいかない。


 かわいい妹が両目を失明して、だけど僕の角膜を移植すれば再び見えるようになる、という場面なら「目は2つあるからかまわないさ、1つ上げよう」なんてお兄さんぶってかっこつけるけど、こんなゴミ捨て場でたった2つしかない眼球を1つだってうっかり落すのはもったいないし、だいたい僕には妹はいない。


「いや、味方だから……あーっと、いきなり味方はないか。でも、君に危害を加えるつもりはないので、できれば君のほうも僕に危害を加えないでくれると嬉しいな」


 両手をあげてみた。


 さっきの機械化改造体、この子を狙っていたんだろうな。


 最初の1人に襲いかかったとき、相手は僕を見て一瞬気持ちを緩めた。


 女の子を追っていたら男が出てきたから関係ない一般人だと判断したのだろう。


 ところが、僕は身元がバレたと勘違いして本気でデッキブラシで殴ってしまい、そうなると相手も僕のことをこの女の子の仲間かなにか、少なくとも自分たちの敵だと認識して戦闘になった――危なく入学式もまだなのに、あやうく高校にいけなくなるところだった。


 かわりに天国に逝くところだった。


 しばらく彼女は黙っていたが――負傷のためか、僕の言葉が信用できるか考えていたのかは不明だが、しばらくすると足をやられたと答えた。


「ちょっと診てくれる?」


 膝上までのスカート。


 ニーソックスのせいで素肌は見えない。


 足元は編上長靴ワークブーツでかためていた。


 僕は危害を加えないと約束しただけで、怪我の治療をするとは言ってない。


 そもそも医者じゃないし。


 できることといったら、せいぜい救急車を呼ぶ程度だ。


 あるいは負傷の程度が軽いならタクシーで病院に運ぶか。


 もし歩いていける範囲に名医がいるなら、おんぶでもいいけど。


 だけど、そういう言い訳をする前に彼女はポケットから小さなケースを出して僕に押しつける。


 まあ、いまはちょっとした裂傷なら医療用ナノポリマーのシートで傷口を覆ってしまえばすぐに塞がって出血は止まるし、そのまま2週間は持つから充分に筋肉や皮膚が癒着する時間はある。


 開発された当初はもっと性能が低かったせいで超スゴいバンドエイド(主に値段的に)と揶揄されていたらしいが、最新の製品なら10針も縫わなければならない程度の怪我でも普通に使えるし、病院で専門の外科医の手にかかれば百針でも200針に該当していようとナノポリマーだけで治療可能らしい。


 さて、この裂傷の状態が素人の僕の手に負える10針以内くらいだといいな、と思いながらスマホのディスプレーを最強にして足を照らしてみた。


 黒いソックスが太腿のあたりまできていて、その太腿のあたりが破れている。


 スカートが邪魔だけど、ここで捲り上げたら怒られるかな? と妄想しながらも、なんとかスカートにさわらずソックスを下ろしていく。


 でも、スカートにさわらないことを意識し過ぎたせいで太腿には何度も指先が当たってしまう――さわったわけではない。あくまで『指先が当たった』だけだ。


 でも、肌がすべすべなことはわかった。


 そのすべすべの太腿に暖められたソックスは生暖かい。


 ケガの治療だ、と自分に言い聞かせているのに、女の子のソックスを下ろすのが、こんなにもエロい気分にさせられるとは想像もしなかった。


 これだって女の子の服を脱がしているといえば脱がしていると言えなくもないし、少しはおかしな気持ちになってもおかしくない……と思う。


 男の子なんだし。


 今夜のオカズありがとうございます! と礼の一言も口にしたなら殴られてもしかたないが、こっそりメモリーに記憶しておくだけなら問題ない、はず、だ、たぶん。


 ドキドキと胸を高ぶらせてソックスを膝まで下ろして、太腿を確認すると――真っ赤だった。


 ディスプレーの光が届く範囲、全部が赤。


 一瞬、心臓がドキッと跳ね上がったが、全部が血というわけではないようだ。


 刺青?


 染料?


 兵士が顔にカモフラージュのペイントをするようなものなのか、足そのものが赤いようだった。


 そして、そこにえぐったような傷がある。


 撃たれたのではなく、金属片でも刺さったみたい。


 幸い、そんな深く刺さったわけではないようだ。


 重傷というほどではないが、ツバでもつけておけば治るようなものでもない。


 そして、そのディスプレーの光を自分が手にしたケースのほうに向ける。


 あっ、この青いケース。僕知ってる。家にあるから。


 100円ショップで売ってるよね、ソーイングキットという名称で。中身は白黒赤青紫の5色の糸が各10メートルずつ。針が長中短の3種類で、それぞれ2本入り。針通しや、安全ピンや、小さなハサミまでも入ってて、しかも専用ケースつきで100円なんだからコスパ最強だ。


「ええっと……これで僕にどうしろ、と?」


「縫って」


 彼女は簡潔に答えた。


 まあ、青いケースを見た瞬間そういう答えが返ってくるのは想像がついたので、その想像をできるだけしないように努力していたんだけどね。


 まさか、夜中のゴミ捨て場で、負傷している女の子が、一発ギャグのために捨て身で笑いをとりにきたわけではないだろうし。


「これは人を縫うものじゃない。選択肢1は救急車。選択肢2はタクシーで病院。選択肢3は僕がおぶって病院に運ぶ。どれにする?」


「選択肢4、縫った後おぶってジブンの家まで運ぶ」


 自分? 僕の家のことかと思ったけど、一人称がわたしでもあたしでもうちでもなく、ジブンなのだろう。軍人とか警察官が使いそうなイメージだが、体育会系女子とか、そんなカテゴリーに属している女の子かも?


 まあ、それはともかく家まで送れというのなら、しかたないので、そうしてやりましたよ――もっとも、彼女の自宅まで運ぶ必要はなかったけど。


 縫った後、おぶってZ地区を出たあたりで装甲車2台と、自動小銃アサルトライフル短機関銃サブマシンガンで武装した20人ほどのガタイのいいお兄さんに囲まれたから引き渡した。


 この島の治安維持をしている八島警備保障の装甲車だったし、お兄ちゃんたちはやっぱり八島警備保障の制服を着ていたし、だいたい彼女が「お迎えがきたから、ここでいい」と言うのだから引き渡すしかないだろう。


 その前から「おんぶしてもらってるのに悪いが、臭い」と文句を言われていたし。


 汚物が服を着ているみたいだ、と。


 いや、服に汚物がついているだけなんだけど。


 それでも駄目ですか? そうですか。


 だから、迎えがきてくれて好都合。


 僕を巻き込まないため渋々敵方に身をゆだねたという雰囲気ではなく、本当に迎えだったみたいだしね。


 まあ、違ったとしても僕1人で戦えるわけじゃないし。


 引き上げたのを確認していたから、自分の両目でほとんどの情報を集め、飛行船や防犯カメラの画像をまともに見てなかったのは反省すべきところだ。


 背中に柔らかく、暖かい感触があって、ちょっと集中力を欠いていたという事情もあるが。


 ゴミ捨て場で女の子を拾うなんてこと一生に一度だってあるとは思えないなんて、そんなことを考えていたし。


 まあ、結局はかわいい女子高生とアパートで同居なんて素敵イベントにはつながらなかったけど。


 もし迎えがこなかったとしても、ゴミ臭い男子とボロくて狭いアパートで同居したがる女子高生なんているはずない。


 同級生たちには内緒の同居生活とか、ちょっと憧れるけど、お金ないから、何日もしないうちに食費でつまづいただろう。


 リアルなんて、こんなものさ。








評価してくれた方がいらっしゃったようで、ありがとうございます!

とても嬉しかったです

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