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英子さんの提案





 ミミィは僕のアパートにくることがなくなって、かわりになぜかトールが朝食をたかりにくるようになった、そんなタイミングでアルバイトの話が持ち込まれた。


「サルでもできる簡単な仕事だから大丈夫。あなた飼育委員でしょう? あそこで飼われてる実験動物の1頭を私に引き渡してもらいたいの」


「ペットが欲しいのか? やめておいたほうがいいと思うよ。僕もこの島にきてからはじめて知ったんだけど、どうやらこの戦艦島でペットを飼うと破産するらしい。まあ、モルモットだったらたくさん食べないだろうから高校生の小遣いでも飼えるかもしれないけど」


 いかにもうさんくさいのに彼女の持ってきたアルバイトの話を聞こうと思ったのは手配犯を捕まえるのだけが飼育委員会の仕事ではないからだ。


 まだ八島警備保障や生徒会がつかんでないスパイはたくさんいるに違いない。


 だから、怪しい話を持ちかけてきた女子生徒もパックリ咥えてやろうと狙ってみたのだが、もう少し証拠を揃えたかったし、後ろに誰がいるのかも喋らせたい――捕まえてから尋問か、強情な態度なら拷問で舌を滑らかにしてもいいが、スマートにいけるなら、そっちのほうがいい。


 僕は屋上に誘う。


「そっちの条件を丸飲みするかどうかだけで、一切交渉は認めないというのなら別だが、誰にも聞かれない静かな場所で話がしたい」


 八島高校は小さな学校だから校舎は1つだけで、屋上も1つだけ。


 階段から出る扉には鍵がかかってないし、全高1メートルほどのフェンスで囲まれているにすぎない。


 セキュリティー的にはゆるすぎるような気もするが、ちゃんと理由がある――らしい。


 噂によると、成績や進路に思い悩んだ生徒がアパートの自室で首を吊ったり、手首を切ると、掃除が面倒だから、校舎の屋上を開放しているという噂だ。


 この下はアスファルトの道路になっているから、ホースで水を流すだけで血でも、筋肉や脂肪の一部、あるいは骨の欠片でも、簡単に洗い流すことができる。


 そんな不気味な屋上だから、昼休みに弁当を食べようという生徒はいない。


「モルモットが欲しいわけじゃない。あそこにはファーストの残滓レガシーがあるはず。特に私が興味を持っているのが犬」


「犬は何匹かいたと思うけど……」


「ファーストの遺伝子を突っ込んだ犬は何匹もいないはずよ。知ってる?」


「知らなくはないけど……あれは一番お勧めしないな。餌代がスゴいよ、よほど丸々と太った財布の持ち主でないと何日もしないうちに破産する。わんこのおやつはひとつ何万円もするんだからびっくりだ」


「私は結構お金持ちなのよ。まあ、正確にいうと私のスポンサーだけど」


「スポンサー? どこの、誰さん? そういえば君の名前もまだ聞いてなかったね」


「スポンサーについては適当に想像してちょうだい。だいたい合ってるから。それから私の名前は……鈴木A子にしておこうかな」


「鈴木英子さん? やる気ない偽名だね」


「名前なんて記号なんだから、他の誰かと区別がつけばいいの。それより話を戻すけど、私が欲しいのはミミィという名前の犬だけど、知っているよね?」


「僕もミミィなら知っている」


「そのミミィを私に引き渡して欲しいの」


「だけどミミィはかわいいからなぁ……」


「もちろん、ただとは言わない。あなたにとって同じだけ価値のあるものと交換。フェアーな条件だと思うけど」


「僕の欲しいもの? ちょっと思い当たらないな」


 僕はなんだって持っている。


 ゴミ捨て場で拾えなかった椅子もアルバイトのおかげで程度のいい中古品を手に入れた。


 ちょっと危険はあるが稼げるアルバイトもある。


 知らなかった家族とも会えたし、現状で望みうる最大級に仲良くなれた。


 志望の高校に入学できた。


 学年最下位とはいえ、それは入試の成績であり、現在は留年を心配しなければならないほどではない。


 あとはなんだろう?


 アルバイトがあってプライベートも学業も充実している男子高校生の欲しいものといえば…………残るは彼女か?


 でも、なぁ。僕も認めてないし相手も認めてないが、いちおう嫁がいる。


 かわいい女の子は好きだけど、いま彼女ができたら難しいことになりそうだ。


 ルイがどう思おうが関係ないが、ミミィは怒りそうな気がする。


 噛みつかれたら痛いぞ、頭が半分なくなるかもしれない。


 しかし、英子さんは思いもかけない交換条件を出してきた。


「情報はどう?」


「情報? どういう?」


「前払いしろというの? 必ず引き受けると約束するならいいけど」


「中身は秘密のままでいいよ。だけど、その情報が詰まった瓶にどんなラベルが貼られているか教えてくれてもいいんじゃないか?」


「どうやら、そこにはあなたのお父さんの名前が書かれてるみたいよ」


「ミミィと交換にしては安いな」


「そう? てっきりそのためにこの島にきたと思ってたけど」


「いやいや、本当は欲しがっているというほど積極的じゃないんだ。まったく買い手がつかなくて在庫処分のワゴンに放り込まれると惨めだから、しかたなく息子の僕が引き取っておこうという、それだけさ。だいたい、僕の父親のことというだけで、まともな話じゃないような気がしないでもないけど」


「別に聞いたからといって、耳が腐るような話じゃないわ。いま教えてあげられるのは、あなたのお父さんは生きている。それだけ」


「なるほど。僕の父親は生きている。まあ、そうだろうね。行方不明になった程度で死んでくれるほど愉快で素敵なお父さん、というわけじゃないから当然そうなるだろう」


「どこにいるのか知りたい?」


「一人息子を心配して父親のほうが探しているという形のほうが嬉しいんだけどね、僕としては」


「贅沢はお金持ちの特権で、あなたは貧乏人。なんとか手に入るもので我慢することね。この世界には望んでいるものを手に入れないまま人生を終える人だって多いんだから」


「婚活パーティーで相手に求める条件をいろいろつけている40過ぎのオバサンほどには高望みしてないつもりだけど」


「こっちもそんなに高望みはしてないわ」


「父親がどこにいるのかという情報には値札がついているのかな? だけど、僕は貧乏人だから100円ショップの陳列棚にないものは買えないかもね」


 肩をすくめる。


 バカバカしい会話だ。


 まあ、アルバイトだから続けるけど。


 それは鈴木英子さんも同じみたい。


「電子マネーのやりとりだけが商取引というわけじゃないでしょう? 古くは物々交換だったわけだし」


「物々交換、なるほど。すると僕は君のお母さんの居場所の情報を持ってこなければならないわけだ。ところで、君の名前を訊いてなかったね、ついでに住所――戦艦島での住所と、実家の住所も」


「で、その私が教えた実家の住所を、そのまま私に教えてくれるわけだ。お母さんが見つかった! と私は泣いて感謝して、あなたにキスの1つもするわけね」


「あれ、おかしいな。いつの間にか僕は物々交換で君の唇をもらうことになっている。そんなものではなくて、確か父親の居場所についての情報だったはずなんだけど」


「ひっぱたいてあげるから、こっちにいらっしゃい!」


「ひっぱたいてくれるの? ドMにとっては最高のご褒美ですねー」


「気持ち悪い」


「女の子に罵ってもらいました! それもドMにとっては最高のご褒美です」


「……あー、頭痛くなってきたー」


「おでこをペロペロ舐めてあげよう。それで治るから」


「やめて!」


「いやいや、本当に。すぐ治るから」


「もし頭が痛いのが治ったとしても、気持ちが悪くなるから絶対にやめて」


「気持ちが悪いときは胸をペロペロしたら治るよ」 


「なんか吐きそう……」


「それはいけない。すぐにペロペロしよう。まず服を脱ぐんだ! もちろん、僕が脱がすのでもいいけど、むしろ脱がしたい」


「触るな」


 キックされた。


 彼女の足の甲が、僕の太腿に激突して、バシッと何かが破裂するような音を立てた。


 本気のキックで、すごく痛い。


 ウッと呻いて、思わず膝をつきそうになるが、なんとか我慢する。


 それどころか、ニヤニヤと口元を緩めてみた。


 心の中では痛みで泣いてるんだけどね。


「女の子に足蹴にしてもらいました! 素敵過ぎるご褒美です! 今夜のオカズはコレで決まり。こんなご馳走をいいだいたりしたら、ゴハンが何杯いけるやら」


「どうしたら蹴り技をオカズにゴハンを食べるんだよ!」


「靴を脱いで、靴下も脱いで、生足で蹴ってもらえれば、このさき一生たっぷり楽しんでも使い減りしない最強のネタが手に入ったのに、そこだけが残念だ」


 ギヤッと彼女は悲鳴を上げて、僕を睨む。


 しかし、これで僕は暴力の危険を回避できたはず。


 殴ったら殴り返すという原始的で野蛮な行為ではなく、相手の殴ろうという気持ちを萎えさせるという高等戦術をとっただけで、本当の僕はドMでもないし、ちもろんドSでもない。


 いやいや、本当に。


 そもそも暴力行為には嫌悪感しか抱けないというのが本音。


 ごく当たり前で、ノーマルで、面白みがないのが僕という人間だ。


 そういう方面で冒険的だったり、挑戦的になったりする必要はないと思っている。


「まあ、こうやって君とSMトークを続けて、放課後には高まった気持ちのまま、どこまでのプレーをこなせるか実践してみるのも楽しそうだけど、その前に僕を呼び出した用件を聞いておこう」


「だから、あなたの父親の居所よ!」


「ああ、そうだった、そうだった。ご褒美があまりに嬉しすぎてすっかり忘れてたけど、そういえば僕にも父親と呼ぶような人がいたんだった」


「居所を知りたいの? 知りたくないの? もう変態方向に脱線は勘弁してもらいたいから、イエスかノーで答えて」


「イエスかノーかということになると、やっぱりイエスかな? いちおう父親のことなんだし」


「少しは真面目に考えなさい。ミミィを引き渡すのが無理なら1日貸してくれるだけでいいから」


「島の外に持ち出して、切り刻んで分析器にかけようという話じゃないのか?」


「レンタルよ、レンタル。まあ、売ってくれるというのならありがたいけど……戦艦島から持ち出すのが難しいわね。失敗作とはいえ遺伝子強化体なんだから、盗まれたとわかったら島の出入りは厳しくチェックされる」


「でも、方法がないわけじゃない」


「例えば?」


「それを考えるのが英子さんの仕事でしょ」


「なんとかするしかないけど……それは手に入るのが確定してからでないと。お父さんの情報だけでは不足というのなら金銭での上乗せ報酬も考えるけど」


「いくら?」


「外へ持ち出すところまで協力してくれるのなら、最大で100万まで用意できる」


 100万とな?







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