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もう1人のミミィとルイの望み



 遺伝子強化体を作ろうとした失敗作に囲まれている――いや、失敗作と言うと怒られるし、ここはルイの子供たちと呼んでおこう。


「ケージに入ってるのは? 勝手に逃げたしたりするのか?」


「人間と動物をミックスさせた場合、ミミィみたいにジブンの言うことをちゃんと聞いてくれる個体もいるけど、コントロール不能なのもいるから」


 ルイの声を聞きながら、僕はケージの1つに近寄った。


 5メートル四方の大きいケージにミミィそっくりの少女がいたのだ。


 ただし、ミミィは最初に会ったときからすごく甘えてきたが、その少女は目を大きく見開いて、歯をむき出しにし、いつでも飛びかかれるような姿勢で威嚇してくる。


「この子は?」


「まだら。いつもおこってる」


 いつの間にかミミィが僕の隣にいた。


 怒らなくてもいいよ、と僕は手を格子に近づけた。


 マダラはじりじりと後ろに下がっていく。


「怒るというより、怯えてるんじゃないの?」


「それ以上、手を近づけると噛まれるわよ。指を2、3本なくしてもいいから、どうしても頭を撫ぜたいというのなら止めないけど」


 ルイもやったきた。


 マダラはミミィ以上の戦闘能力を求めてオオカミの遺伝子を混ぜてみたら野生味が強すぎて人間に懐かなくてね、と言う。


 いつもの淡々とした口調だったが、どこかに寂しさのようなものを感じた。


「ルイに対しても懐かないの?」


「懐くどころか攻撃してくるの。危なすぎて普通に生活させてあげることはできないから檻の中に……誰にでもフレンドリーでなくてもいいけど、せめてジブンの眷属だけでもいいから親しみを感じてくれるようになって欲しいと願っているんだけどね」


「食べ物で釣っても駄目なの?」


「ミミィじゃないんだし、手の上に肉を乗せて差し出せば手首から先がなくなる」


「それは手強い。まあ、焦らず、時間をかけて……そんなの、なんのアドバイスにもなってないな」


「そうね……時間はかけられない。マダラをよく見て。実年齢はミミィより2歳下なのにもう寿命が尽きかけている」


 驚いて鉄格子の向こうを見る。


 ほとんど白い毛の中に一部黒毛が混じる頭髪はそういう毛並みだと思い込んでいたが、加齢による白髪のようだ。


 顔もいくつもの深い皺でひび割れているかのようだった。


 もともと、こういう顔というわけではないらしい。


「どうして?」


「もともと遺伝子強化体は寿命が不安定なんだけど、マダラの場合はプラス成長促進剤の大量投与のせいで極端に短命になっていると思う。推測だけど。結局は生物兵器なんだから15年も20年もかけて育てるのは効率が悪い。安く、手早く作って、さっさと実戦に投入できるほうがいいからね」


「でも、こんなにも人に馴れないのなら、訓練もしようがないし、兵器としては使えないんじゃないか……ああ、うまくいかなかったから廃棄されて飼育委員会に処理委託されたのか?」


 これはこれで想定どおりと聞いている……とルイはなにかを耐えるようにギュッと目を瞑り、そのあと小さなため息をついた。


「爆薬を詰めた首輪をつけたマダラたちを敵性勢力の支配地域にバラ撒いて、無差別に人間を襲撃させ、頃合いをみてリモコンのボタンをポチッ、で首輪の中に仕込まれた爆薬がドカン、千切れた首がゴロン。それから兵隊を送って弱体化した敵性勢力を掃討、支配地域を占領という絵図面を描いた奴がいたんだよ」


「うん、そいつを殺そう。で、どこの誰だ?」


「もちろんコンペの父親に決まってるじゃない」


「またか、またあいつか、またあいつのせいか……」


 あまりの怒りに目の前がブラックアウトしそうだ。


 いつか殺すリストに何年も前から載せておいたのに、いまだに達成できてない僕が悪いのか?


 この状況は僕が招いたことなのか?


 まあ、いますぐ殺されてまうと僕が困るけど。


「だからというわけじゃないけど……」


 ルイがなにか話しかけてきて、やっと僕は少し冷静さを取り戻した。


「もしジブンに不測の事態があったときには、みんなのことを頼めないだろうか?」


「不測の事態って?」


「さっきも言ったように遺伝子強化体は寿命が不安定でね、ひょっとしたらジブンはギネスブックの記録を更新できるほど長生きするかもしれない。人間という生物の寿命の限界まで生き続ける可能性はある。しかし、マダラのように全盛期を過ぎると急速に衰えて死ぬかもしれない。それどころか、明日の朝、ベッドで冷たくなっててもおかしくないのよ。なにしろ前例がないことだし、ジブンの命がいつまであるのか誰にもわからない」


「これまでのことを考えると人間という種の限界――120歳くらいかな? 最高に長生きしてもおかしくないよね。ただ、遺伝子治療はともかく、遺伝子ドーピングは副作用があるらしいし、あまり派手に遺伝子をイジるのはよくない可能性もないわけじゃないけど」


「ジブンが現在高校2年、コンペが高校1年、トールが中学2年だから、八島高校飼育委員会は5年間は安泰で、みんなの居場所もある。だけど、その先は? ジブンとトール以外は書類上処分されたことになっているんだし、ジブンたちが保護しないと書類に合わせて全員処分されてしまう」


「そうならないためには……」


「ジブンたち全員が高校を卒業して飼育委員会にかかわれなくなるまでの、残り5年間で戦艦島のどこかに、少なくともここと同レベルの拠点を手に入れないと。それで……なんというか……少し手伝ってもらえないかと思って」


「あといくら必要なのかわからないけど、お金を稼ぐ手伝いは――今日と同じようにやるのなら、いくらでも手伝うけど」


「お金はあと5年で目標額まで貯めるのは難しくないと思う。もちろん手伝ってもらえれば助かるけど。ただ、ジブンとしては一番の心配は保護者がいなくなることのほう」


「そっちは……いますぐに約束するのは無理だと思う。本来は退学処分になるところを飼育委員になるということで猶予をもらっているような立場だし……高校卒業後に八島大学とか、戦艦島で就職するつもりなら、いくらでも約束できるんだろうけど」


 僕は高校卒業まで戦艦島にいるかどうかもわからない、と答えた。


 そんなふうにしか言えない自分が嫌いになりそうだが、嘘をついて喜ばすことはしたくなかった。


 ルイは一瞬だけクシャと顔を歪めたが、すぐにいつもの表情の乏しい顔に戻った。


「そうね。コンペにも将来の予定があるんだし」


 少しも動揺を感じさせない平静な声だったが、傷つかなかったわけはないだろう。


 事実、僕たちの話を横でニコニコしながら聞いていたはずのミミィがワーッと泣き出した。


「ダディーのばかーばかーばかー、ずっといっしょにいるっていってよ!」


 大号泣だった。


 トールをはじめ、飼育小屋の住人たちもさっきまで新しく運び込まれた処理予定の実験動物のうち亡くなっているものは焼却施設に運んだり、生きているものを治療したり、休ませたり、結構いろいろ忙しそうだったのに、いまは一斉に僕のほうを見ている。


 ミミィと違って隣で聞いていたわけではないから、ルイがなにを頼み、僕がなにを断ったのか聞いてなかったはずだけど、どの顔も失望しているように見えた。


「ごめん、今日は帰るよ」


 泣いている女の子と、泣きそうな女の子を残して僕は飼育小屋から逃げ出した。






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