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僕はなにと戦っているのでしょうか?



 ここらへんを溜まり場にしている不良グループが目をつけた女の子を追いかけまわしているとか、おとなしそうな新入生をハタいて財布をいただこうとか、そういうことではないみたい――ちなみに、おとなしそうな新入生というのは僕のことね。


 もっとも、壊れた椅子でも拾えないかとゴミ捨て場をうろうろしている経済状態なので、萎びた財布しか持ってないけど。


 しかし、その予想は大幅に修正しなければならない。


 敵の手首がカタッとずれたと思ったら、そこから銃口が現れて、いきなり銃撃された。


 機械化改造体、という奴だろう。


 噂には聞いたことがある。主に戦闘に特化するため人体に武器類を埋め込んだ戦闘のプロフェッショナルだ。


 四肢欠損した兵士の社会復帰のため、義手や義足の研究から派生した鬼子とも言われている。


 義手や義足に武器を内蔵すれば社会復帰どころか、戦場復帰できるんじゃね? と勉強できるバカが思いついて、ただのバカの思いつきならよかったのだが、あいにく勉強できるタイプのバカだったから実現してしまいました! という感じ。


 お国のための戦争で大怪我したんだから、あとは年金でも支給してあげて、ゆっくり休ませてやれよ、と思うけど。


 しかも、最初期のものは武器ではなく爆発物内臓だったと聞く。


 いまの技術では銃器を内蔵させて継続的戦闘能力を付与するのが難しいから、かわりに人間爆弾を作りました!


 これだから勉強できるバカは……早く死ねばいいと思うよ。


 むしろ僕が殺そうか?


 いや、いま僕のほうが殺されかかってるんですけどね。


 しかも、こいつら、よく見ると最新型っぽいぞ。


 初期のものは不細工というか、機械化した部分が太過ぎたり、肌から金属製のパーツが見えていたり、ちょっと人間を辞めてしまったレベルで、もろに戦闘用アンドロイドみたいだったが、現在の最新型は普通の人間にしか見えないところまで発展している。


 そして、事前に防犯カメラの画像でチェックしていたのに気づかなかったということは、この連中は機械化改造体で、しかも新型の高級品ということだ。


 少なくとも、そのあたりを歩いているなんてことは絶対にありえなかった。


 機械的なサポートで人間の能力を嵩上げするのは珍しくないが、武器は普通に小銃や拳銃を使う。


 なにも人体に武器まで埋め込む必要はない。


 こんなのは自衛隊の特殊作戦群か、公安警察とか、厚生労働省の麻薬取締官で潜入捜査の専門家とか――逆に大規模な犯罪組織とか、テロリストくらいだ。


 テロ警戒注意報ではなく警報が出ている夜に出歩いた罰なのか?


 右手の手首が180度折れて、そこから銃口が覗く。


 前へ出るとフェイントをかけて、左に旋回する。体勢を低くしたまま、2歩だけ間合いを詰めた。


 一瞬そらされた銃口がこっちに向かってくる。


 薙ぐように膝を狙ってデッキブラシを振った。


 インパクトの瞬間、あえて振り抜くイメージで叩きつけた。


 外していたら、引いて再び構えるまで時間がかかりすぎて、やられていただろう。二


 の太刀のない、捨て身の一撃ともいえるが、僕には当てる自信はあった。


 両方の目で見て、周囲の防犯カメラの多視点があり、飛行船からの俯瞰風景を組み合わせて、それを高速処理して敵の動きを読んでいるのだ。


 そのまま全力ダッシュ。


 なんとか包囲網を突破した。


 敵が不良グループくらいなら――武装としては安物のチャチなナイフとか、特殊警棒とか、せいぜい釘バットが相手なら、2人に挟まれてもそうそう負ける心配はない。


 だが、機械化改造体みたいな戦闘特化型を相手にするなら1対1でも生身の高校生が勝てるわけないのに、前後を2人、左右を4人に囲まれてまともに戦えるとは思えない。


 骨格や筋肉を人体の何倍も高性能な機械に置き換えた手術を受けたり、刃物や銃といった武器を体内に埋め込んだ強化人間とデッキブラシ1本で喧嘩なんて命知らずもいいところだ。


 いまやらなければならないことは、全力で距離を取ること――はっきりいえば逃げる。


 このまま隣の地区までいけば通行人もいるだろうし、目撃者がいるところでは正体不明の敵対勢力アンノウンエネミーもそうそう暴力的な手段はとれないだろう。


 しかし、それは不可能だと飛行船からの俯瞰風景が伝えてきた。包囲網を脱出したと思っていたら、さらにもう一段、遠巻きに包囲網が完成していた。人数は……30人以上?


 次々に防犯カメラの画像を切り替えていくが、遠巻きに包囲している連中は全員が同じ野球帽のようなものをかぶっている。


 近所で野球帽のバーゲンセールでもやってない限り、これが偶然だとは考えられない。


 そして、今朝の新聞には野球帽のバーゲンセールなんて折り込み広告はなかったのだ。


 機械化改造体が集団で非正規戦闘をするのが戦艦島なのか?


 朗報があるとすれば、その30名以上の包囲部隊は待機命令でも出ているのか、その包囲網を狭めようとしたり、こちらを攻撃できる距離まで前進する様子がないところだ。


 もっとも、逆に考えれば包囲網に隙ができそうなチャンスがなく、どうやっても逃げ出せないことになるが。


 かつては巨大なパラボラアンテナだったであろう残骸の横を抜け、6輪トレーラーのボンネットに飛び降り、尖ったものが落ちてませんように、と神様に祈りながらゴミ袋の山に飛び降りたら生ゴミで、体中から腐敗臭を撒き散らしながら逃げる、逃げる、逃げる。


 臭くても死なないが、撃たれたら死ぬのだ。


 だから、逃げる。


 全力で逃げる。


 全身全霊をかけて逃げる。


 ジグザグに走ったり、ゴミの山に潜ってやりすごそうとするが、どうしても振りきれない。


 機械化は武装だけでなく、眼球のかわりに暗視装置ナイトビジョン熱感知装置サーマルビジョンでも装備しているのだろう。視力に限らず、聴力や嗅覚も機械的なサポートを受けている可能性が高かった。


 植込型端末サイバネティクスフォンでネットに接続してZ地区の地図を呼び出し、GPSで現在位置を確認しながら僕を追跡しているらしい。




 つまり――。


 そう遠くない将来、包囲されるか、追いつかれるか、先回りされるか、すでに詰んでいるのだろう。


 ただし、それは敵の計算の中での話。


 といっても、僕のほうの計算でも勝ち目は存在しない。負けないとか、相打ちなら、少しは可能性が。


「ちょっと泣きたくなってきた~」


 こういうとき、ちょっとくらい愚痴を零しても許されるだろ?


 全長10メートルくらいはありそうな人工衛星か、宇宙船の残骸の脇を走り抜けて、その奥へ。


 うっすらと刺激臭がする場所には無数のドラム缶が積み上げられていた。


 そいつを引っくり返し、押し倒し、崩しながら、さらに奥へ。


 しかし、そこまで。


 機械化改造体に追いつかれる。


「おい、撃ったらドカンだぞ」


 振り返って、僕の背中を照準していた機械化改造体に告げる。


 頭を丸坊主にした厳つい大男で、機械のサポートなんかなくても充分に強そう。


 途中でかんばって振り切ろうとしたが、こいつはしつこかった。


 そして、1人でも追いつかれたのなら、すぐに他の連中もやってくるだろう。


 だが、とりあえず銃を封じることはできた。


「?」


「ここらへんは危険物の保管場所だ……まあ、実際は廃棄した有機溶剤や燃料が放置してあるだけだけどな」


 建前上【再利用品一時保管場】に『リサイクル予定品』が保管してあることになっているが、塗料の剥離に使って汚れたシンナーとか、不純物が混じったガソリンとか、ここは『火気厳禁』なブツの保管場所となっていた。


 その積み上げられたドラム缶の一部を崩して、可燃性危険物がドボトボと周囲に撒き散らしてやったのだ。


 実質的には捨てられているのだから、品質的に劣化したり、なにかで使った廃油なのだろうが、静電気がバチッと弾けた瞬間に宇宙までブッ飛ばされるレベルの危険物。


 そして、いま僕を包囲している連中は雷管とか、火薬とか、そんなものを大量に身につけているらしい。


 一方で僕の武器は強化プラスチック製のデッキブラシの柄だから、しくじって地面を派手にドツいたところで、手が痺れるだけで、火花が散る心配はない。


 おまえら、ここに土下座、と地面を指して、もし従わなかったらデッキブラシの柄でボコボコにしてやんぜ! と強気な交渉をしようとしたら、敵の手にはナイフが握られていた。


 僕のほうが土下座したほうがいいですか?


 手首に仕込んだ銃を元に戻し、かわりにポケットに入っていたのか、ベルトに挟んでいたのか知らないけど、刃渡り15センチくらいの刃を黒染めしたナイフだ。


 人間の指にしたら数本程度の面積が銀色にピカピカ光るのが許されない場所で使うように黒染めしてあるんだろうけど、いったいソレどんな場所だよ、って思う。


 ここの上空を無人飛行体が旋回していて、搭載されたカメラの画像を読み取ると、6人全員が僕の前に現れるのも時間の問題だ。


 間合いを潰して振り上げたデッキブラシで殴りかかった。


 もちろん、敵は簡単にかわすが、そもそも殴りかかったこと自体がフェイントだ。


 敵の頭のある位置で両手にブレーキをかけると、首のあたりでデッキブラシは停止した。


 ほぼ同時に前に突き出す。


 喉を押し潰す感触が……に伝わってきた。


 しかし、皮膚の表面を傷つけることはできても、致命的なダメージには程遠いとも感じられた。


 飛び道具を封じてしまえば、ナイフとデッキブラシのリーチの差で僕が有利――なんて甘いことを考えていた時代もありました。


 軍人なのか、テロリストなのか、敵の正体は不明だが、すごく鍛えた体をしているのは確実だった。


 素人が掃除道具で襲撃して倒せるようなレベルではないほどに。


「ほら、撃てよ」


 なにも言わず、銃を撃たせて一緒にドカンと無理心中しておけばよかったのかもしれない。


 いまさら引金を引くように挑発してみたところで、上手くいくとは思えなかったが、いちおう口にしてみた。


 もちろん、発砲してくれるはずもなく、ナイフを構えて距離を縮めてきた。


「もういい、やめておけ」


 追いついてきた仲間の1人が制止した。


 他の連中が20そこそこに見えるのに、こいつだけ30はいってそうだから、現場の指揮官なのだろう。


「捕虜にでもするつもりか? 悪いけどなにも知らないよ」


「なにを知らないんだ?」


「さあ? いきなり追いかけられたから逃げただけで、そっちの事情はさっぱりわからない」


 指揮官らしき男は僕を凝視する。


 なにか透けて見えるような義眼でも入れてるのか?


 下着とか、あるいはその下までスケスケになっているとか。


 男子高校生の服を透視してみたところで、そんなおもしろいわけないと思うけど。


「少年、動きを見ても素人臭いし、またまたいてはいけない場所にいた普通の学生さんなのかな?」


「ゴミ捨て場がいてはいけない場所だなんて、いまはじめて聞いたよ」


「人のいない場所は、人がいないだけの理由がある、と思ったほうがいい」


「勉強になるよ、次に気をつける……次があれば、だけど」


「一番いいのは戦艦島から去ることだな」


「悪いが、それは無理だ。大学の入試に失敗して浪人する奴はそこそこいるし、とりあえず予備校にでも通っておけば格好がつくけど、高校に入れなくて浪人はキツいから」


「ここで学んでいるのなら、とても優秀なんだろうね。せっかく出来のいい頭があるんだから、自分の目で見て、耳で聞いて、その上で考えてもらいたい。来年まともな学校にいけよ。ここは君のような才能のある子供がいていい場所じゃない」


「どういう人間ならいていいんですか?」


「この戦艦島はミンチにされてドッグフードになるのがお似合いな、クズだけの楽園なんだよ」


「楽園って、もっと素敵な場所だと想像していたけど」


「大切なことだから二回言っておこう。戦艦島から去るのが一番いい」


 そして、周囲の仲間に「いくぞ」と声をかける。


 殺されかかったことに不思議と腹は立たなかった。


 むしろ、ホッとしたというのが本音だろう。


 ああ……助かった。


 あやうくパンツの中でうっかり漏らして、アパートに帰ったら泣きながらスボンを洗濯しなければいけなくなるところだった。


 というか、いま足がふるえてきた。


 膝が笑ってる状態だーーいきなり銃で襲われるなんて笑えない話なんだけど。


 ヤケクソになってるつもりはないけど、実際にはなってるのかもね。こんな勝ち目のない喧嘩をわざわざ買ったのだから。




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