すてきな朝がやってまいりました
おはようございます
八島重工宇宙開発事業部か八島警備保障宇宙課なのかはわからないが、早朝からロケットを打ち上げたらしく、その発射音で目が覚めたら父親のお布団に8歳の娘が勝手に潜り込んで寝てました――文字にしてみると、ちょっとSFっぽい雰囲気の親子愛のほのぼのストーリーだ。
しかし、ダディーが高校1年生で、スゴく成長の早い娘と一緒に寝てるとなると、急に危険な雰囲気になってしまう。
R-18っぽい感じに、ね。
ミミィは僕の右腕を抱きしめるようにして寝ていて、つまり僕の右腕にはミミィの体が押しつけられているわけで、しかもスゴく成長の早い部分が特に僕の右腕に密着しているのだった。
暖かくて柔らかい。
布団の中に女の子のにおいが籠もっているし。
ヤバい、と逃げ出そうとするも、ミミィががっちり抱え込んだままで、どうしても右腕が抜けてくれない。
というか、隣でモゾモゾ動いてるんだ、そろそろ普通は起きるだろう、
なのに、すやすやと気持ちよさそうな寝顔だし。
時計を見ると午前5時半。
いくらなんでも非常識な時間かな、と思いながらも音声電話をかけると、相手はちゃんと出てくれた。
「ルイ、なんで僕の部屋にミミィが勝手に進入しているのか説明してくれないか?」
「………………コンペはジブンのことをどう思っているのか、まずそっちを説明してもらいたいんだけど。専用の解説係? 人生の困りごとをすべて解決してくれる説明書?」
「事情を知ってそうな人に質問しているだけだけど」
「………………知らないわよ、ミミィのやることなんて。推測するならにおいで追跡してコンペのアパートを割り出して、万能キーで部屋の鍵を開けたんじゃないの?」
「僕の部屋も万能キーで?」
「コンペにも支給したでしょう、セキュリティーレベルBまでなら開けられる万能キー。それとも、コンペの部屋はレベルAクラスのセキュリティーゾーンなの? 学生専用アパートなんて最低の電子錠なんだからセキュリティーのクラスも最低のEで、委員会に支給されているレベルの万能キーで自由に開けられる」
「そんな……」
「だから、鍵だけでなく、チェーンがついてるんじゃない」
いや、しかし。
確かチェーンはかけたはずだ。
アルバイト・エージェントにすぎないが、いちおう防諜の仕事についているだから、それなりの用心はしている。
鍵やチェーンのかけ忘れなんて初歩的なミス、やるわけがない。
腕をとられたままで身動き難いが、なんとか顔を上げてドアを見る。
ちゃんとチェーンはかかっていた――引きちぎられていたが。
「壊したみたいだな」
「あの子の力だとボルトカッターがなくても両手で引きちぎれるわね。バカだけど、力はすごいのよ」
「……バカって」
「年齢は8歳だけど、知能レベルは幼稚園児かな?」
「母親なんだから勉強くらいみてやれよ」
「犬の遺伝子のおかげで運動能力の底上げができたけど、知能のほうがね、ちょっと残念で」
「それじゃあ失敗だろ」
「……コンペがどんなふうに考えるかは自由だけど、ジブンの前でミミィのことを失敗作と呼ばないで!」
「いや、本気で失敗と思ってるわけじゃないから。そこまで真剣に怒られても……」
「運動能力は本当に上がってるんだから。学生専用アパートのセキュリティーでは細いスチールのチェーンなら一発。マンガン鋼やボロン鋼のような強度の強い特殊鋼なら少し時間がかかったと思うけど」
僕のアパートのセキュリティーを何度こき下ろせば気が済むんだろう?
だいたい、いくらなんでも娘に甘すぎるんじゃないかな?
「それでどうする? やっぱり飼育小屋から勝手に逃げ出したらマズいんだよな?」
「この戦艦島のルール的にいうと騒ぎにならなければ問題はない。騒ぎになったとしても、それを上まわる成果があったのなら不問に付す、といったところかな。例えばコンペが学校で人を10人くらいまとめて殺したとしても、それが八島グループの利益になる行為であれば――つまり殺害した相手がスパイとかなら退学や停学にならないのはもちろん、反省文の提出とか、教師の叱責とか、そんなものすらないと思う。逆に報酬を払ってくれるかも……ああ、そういえば昨夜の分は振り込まれてるから確認して」
「ああ、いま確認した。結構な大金だな」
枕元にあった生徒手帳を広げると、液晶画面に新着情報があると標示されていた。開けてみると僕の電子マネーの残高が5314円から75314円と7万円アップしている。
これまで稼いだ日給の最高額だ。
しかも2位以下に圧倒的大差をつけている。
移動時間はともかくアパートに突入してから計算すると実質10分で稼いだことにもなり、時給換算すると、つまり60分で計算すると42万円!
時給42万円の仕事を8時間やったとすると日給336万円だ!
いや、まあ、あれが連続して8時間とかありえないけど。
たぶん途中で死んでるな。
いきなり大金を手にして、ちょっと、僕、混乱してます。
「死んでたかもしれないと考えたら、そこまで大金ではないと思うけど。それでミミィには帽子でも買ってあげれば? 耳を隠してしまえば大丈夫。尻尾はスカートやスボンの中に隠せるし、犬の遺伝子混合体だとバレないようにね」
「もしかして、これは手間のかかる娘の世話を旦那に押しつける、という構図か?」
「コンペはジブンの旦那じゃない!」
「……ごめん。僕もルイのことを妻だとは思ってない」
「当たり前じゃない!」
「そうだな、当たり前だ。当たり前だよな」
「話を戻すけど、世話を押しつけられたと受け取るのは勝手だけど、ミミィがそれなりに満足しなければ明日も明後日も同じようなことになるかも。なにも甘やかす必要はないけど、登校時間になるまで結構あるんだから、少しだけでも遊んであげたら?」
「見た目はアレだが、8歳だったよな」
「犬の遺伝子のせいで人間と比較すると成長が早いんでしょうね。もともと遺伝子強化体は肉体の全盛期が長くなるよう早めに成長して、逆に老化のほうを遅くなるようにして、使用できる期間をできるだけ長くしよう設計されているせいもあると思うけど」
「そういうことか……精神年齢はどうなんだろう?」
「いくら遺伝子を操作して切り貼りしたところで生後1年の個体は1年分しか経験を積めないんだから、8歳は8歳よ。こんな時間だと子供が遊べるような施設は開いてないだろうから、一緒に朝食でもとればいいわ」
「朝食か……」
「ついでに運動してきてもいいし。ミミィは散歩が好きだし、コンペは鍛える必要がある。ジョグで10キロね」
「10キロのジョギング? 無理言うなよ」
「無理なら半分の5キロなら?」
「それだって、僕にしたら大変だ」
「わかった。朝5キロ、放課後5キロにする」
「結局10キロじゃないか!」
「飼育委員の新人研修としては最低メニューだけど」
「陸上部とか、サッカー部じゃないか!」
「だいじょうぶ。射撃や格闘技もあるから」
「なんの安心材料になってない!」
「そうそう、車の運転も教えると約束したはず」
「ああ、そうか……そういえば新人研修的ななにかがあるような話をしていたような。受けないわけにはいかないんだよな?」
「別にやりたくなければしかたないけど、生存確率がかなり落ちることは覚悟してね」
「そういう覚悟は嫌だ」
「無事に卒業できないことが多い」
「高校中退なんて勘弁して欲しいんだけど」
「本当なら高校くらい出ておかないと、これからの人生でいろいろ苦労する場面がある可能性もあるんだけど、この場合は将来を心配する必要はないし」
「そもそも将来がないんじゃないか」
「なら、ジョグ5キロね。ミミィと一緒に走ったら楽しいよ、たぶん」
「しかし、ミミィの奴、どうも起きる様子がないんだが」
「寝たふりかどうかも見抜けないの? 人間の耳では聞き取れないレベルの微かな物音がしても耳がピクピクして音の方向と距離、そして危険度を判断するくらいなのに」
それだけ言うと、電話は唐突に切れた。
ルイとしたら早朝から僕と付き合うのもここらへんが限度ということだろうか。
まあ、早朝にかけた電話をとってくれるだけで充分にありがたい、と思っておこう。
お読みいただきありがとうございます




