相手が悪かったな、不良グループとはゴミとカスの集まりって意味だし
パーッと視界が広がる。この戦艦島には街中に設置された防犯カメラだけでなく、飛行船、無人飛行体、さらには宇宙空間の人工衛生など、監視システムは世界一といっていいほど充実している。
ガーーーーーッと頭蓋骨内に不協和音が炸裂するけど、もちろん無視。聴覚の問題ではないから、耳を塞いでも関係なく聞こえてくるので気分はよくない。
逆にいえば気分がよくない、という程度の実害しかない……少なくとも、いまは。
そう。
この瞬間に気にするべきは、僕の脳内に溢れ出した画像。
同時に処理スピードを限界まで上げていく
意味がわからない風景がつながりはじめ、Z地区全体が僕のてのひらの上にあるような万能感と陶酔感が心を満たす。
Z地区。
正式には【再利用品一時保管場】というが、産業廃棄物や使用済み実験器具の捨て場であり、都市伝説の発祥地だ――たとえば3つ目の猫とか。
あるいは六本足の犬とか。
頭が1つなのに体が3つのネズミ。
もしくは前も後ろも頭のモルモットなど。
不気味な目撃情報多数。
ゴミだけでなく不要になった実験動物も不法投棄されているのかもしれない。
無責任な噂話に留まらず、まれに謎生物の動画や写真がネットにアップされることもあるから、ちゃんとした煙が立つほどの火元だ。
まあ、たいていはピンボケで正体不明のものが写っているだけだし、いまどきのスマホでピンボケ写真を撮るのは大変に難しいと思うのだが、そのあたりに目を瞑れば立派な証拠写真があるのだから、きっとなにかがいるのだろう。
ハリウッド映画のように遺伝子から恐竜を再生した――遊園地のアトラクションではなく、無敵の生物兵器としてだが、それが逃げ出したという説も根強い。
バカバカしい話にしか聞こえないが、なにかに食われたような痕跡がある死体が発見されたものの、そのまま迷宮入りしてしまった殺人事件とか、失踪する理由がないのに急に行方不明になる人がいるとか、バカ話を補強する噂も絶えない。
ただし、この通称『戦艦島』には、いわゆる使用不能な処分品である『ゴミ』は存在しないという建前になっていて、ここに積んであるガラクタはあくまで『リサイクル予定品』ということになっているのだが……再生できそうなものはとっくに分別済で、その残りはどうするんだろう?
知ってる人は戦艦島に1人もいないかも。
なにに使われていたのか得体の知れない機械だとか、中身を想像するのが怖い厳重に密封されたドラム缶だとか、本当どうするんだろう?
どんなにリサイクルしようとがんばっても、世の中には捨てるしかないものがあるから。
24時間365日なんとなく変なにおいが漂っていて、大量のゴキブリやネズミが徘徊し、それを餌にするムカデやカラス、野良猫、野良犬も結構いるから、誰も近寄らない――ひょっとしたら本当に恐竜に食われて行方不明になるかもしれないし。
そんなところに僕がなにしにやってきたかというと、椅子を拾いにきたのだ。戦艦島にある八島高校に日本本土から通学するのは無理だから、必然的に学生寮に入るか、自分でアパートを借りることになる。
で、僕はアパートを借りることにして、卒業する先輩たちが処分する安物の家具のリサイクル市でテーブルを買ったところで手持ちの資金がすべて溶けた。
でも、テーブルがあって、椅子がないのでは快適な学生生活は送れない。
それで、まあ、なんだ……暗くなったのを見計らって、こっそり壊れているように見えるけど実際には壊れてない椅子とか、簡単に修理できそうな壊れた椅子とか、壊れているけど座れないことはなさそうな椅子とか、そんなものをZ地区に拾いにきたわけですよ。
ほら、たとえ3本足の椅子でもバランスをとれば座れるよね?
ところが、そのかわりに女の子を発見。ちょっと壊れてる……じゃなくて怪我してたけど、高校生の男の子的には椅子より価値のある拾い物だ。
もちろん、女の子をよつんばいにして、その上に腰を降ろしたら最高の座り心地の椅子になるんじゃない? なんて思ってるわけじゃないよ。
気を失っているうちにエロいこと、いろいろしてやろう! なんて考えてもいない。
まあ、アパートに連れて帰る途中でナニカが手にさわったり、背中に当たったり、そんなラッキースケベなイベントくらいは発生する可能性はあるかもしれないけど。
いや、発生するよ、こういうときは。
ただ、まあ。
それも、これも、いまを凌いでからですな。
飛行船からの俯瞰風景では正面から2人。
左右からも2人ずつ急速接近中。
合計六6人。
防犯カメラの画像だと両手に武器を持っている様子はない。拳銃を隠し持っている(コンシールドキャリー)可能性は捨てきれないが、自動小銃や散弾銃で武装していないというのは朗報だ。
まあ、現実的には拳銃もありえないね。
なにしろ戦艦島は出入り口が1箇所しかないし、セキュリティーレベルは日本本土をはるかに超えていて、変なものを持ち込むのは不可能に近い。
それに相手はこの付近を溜まり場にしている不良グループとか、そんなのだろう。
道具らしい道具は持ってないか、ちょっと尖った危ない奴がいた場合は刃物くらいが出てくるかも。
果物ナイフとか、包丁なら、軍艦島にもホームセンターや100円ショップがあるから、入手は簡単だ。
コストのかかった死に方でないと嫌だというわけでもないが、人生のエンディングが100円ショップのグッズで殺されるというのは絶対に勘弁してもらいたい。
いくらなんでも死因が安っぽ過ぎる。
トラックに轢かれるのだったら異世界転生もあるかもしれないけど。
ないか?
ワンチャンあるよな?
昨日も今日も、そんな話が大量生産されているから、なんとなく毎日たくさんの人が異世界転生や異世界移転しているような気がするんだけど。
僕はデッキブラシを地面に何度か叩きつけるとブラシが外れて、僕の身長よりやや短い強化プラスチックの棒が手に入った。
先手必勝!
右肩に担ぐようにして突撃。僕だったら目につきやすい前方の2人は囮として戦闘力の弱い奴から選び、そっちの接近に気をとられている間に包囲網を完成して横や後ろから強襲する。
だからといって、相手もそういう戦術を取るとは限らないけど、なんにしても敵の数が多いときには早めに1人でも減らしておくほうが得策だ。
人数というのは、それだけで力となる。
もしパワーやテクニックで相手を上回っていたとしても、数で押し切られたら勝てない。
一騎当千という言葉はあるが、本当に1人で1000人と戦ったなら、普通に1人のほうが負ける。
一気に間合いを詰めて、肩にかついだデッキブラシをそのまま相手の頭に叩きつけてやった。
相手は警戒しながら歩いていたが、僕の姿を見て一瞬気を緩めた。
だが、僕が攻撃しようとしていると感じると、すぐに迎撃しようとしたが、その時にはもう遅かった。
クリーンヒットしたのにパカン! と間抜けた音がしたのはデッキブラシが人体にダメージを与えるために作られた武器ではなく、あくまで掃除道具だからだろう。
しかし、それなりの痛打になったはずだ。
なにしろ戦艦島特製の掃除道具なのだから、プラスチックの柄といえど、それなりの強度がある。
が、その瞬間。
嫌な予感が僕の脳を走る。
反射的に伏せた。
ババババババ――と頭上をなにかが通過していく。
もう1人が手をこちらに向けたのが視界の端に入ったとき、筒状のものが僕のほうに向けられていたのだ。とっさに体を投げ出したから助かったが。
な、なんだいったい?
なにが起きてる?
銃撃……だよな?
えっ、銃撃!
ひょっとして最近の不良グループは銃で武装してるの?
いや、いや、いや。
ありえないから!
不良グループが問答無用で銃殺しようとしてくるわけない。
ということは、あいつら、何者だ?