飼育委員会の飼育動物について(その1)
ターゲットを拉致するのかと思ったら、あっさり轢くと、またしてもスピーカーからエロい声がした。
『両足骨折。心肺は問題なし』
「えっ? えっ? どうなったの?」
「拘束対象は荷台に積んだ」
「どうやって?」
まさか自動の死体収納装置なんてついているわけないだろうし……いや、いちおう殺してはないはずだから、重傷者回収装置か?
まあ、どっちでもいい。どんな装置だ、それ?
「これは荷物を運ぶトラックではなくて、どちらかというと兵員輸送車とか作戦指揮車みたいになってる。荷台にも人が乗ってて、情報を集めるための電子機器も設置してある」
「飼育委員が他に?」
「委員はジブンとコンペの2人だけ」
「他の委員会とか部活が協力してくれてるとか?」
「そんなわけない。生徒会室でエイトから聞いたでしょう? 情報漏洩を防ぐため、小さな細胞で活動しているって。ジブンたちに他の部隊が協力することはないし、私たちもどこかに協力することはない。まあ、生徒会が直接関与する規模の大きな作戦なら例外的にそんなこともあるけど、そういうときだって極力、他の部隊のメンバーと顔を合わせないように配慮されるし、ジブンも他の人たちとなるべく顔を合わせないようにしている」
「それなら誰なの?」
「飼育委員会に所属しているのは委員だけでなく、飼育されている動物もよ」
「……動物。だけど実験動物がドアを開けたり閉めたり、電子機器を扱ったりはできないだろう」
「マウスとかモルモットとか、犬や猫ではね。だけど、こういう実験動物ならドアの開閉でも、パソコンの取扱だって人並み以上にできる」
ルイが一瞬だけ道路から僕に視線を向けて、自分の顔を指す。
「実験動物? ルイが……」
「コンペのお父さんがやっていたことじゃない」
ああ、そうだ。僕の父親は科学者で戦艦島の研究所で遺伝子強化体の実験に参加していた。
去年から行方不明になっているけど、それまでは科学の力で人間の能力の限界を引き出せないか、ずっと研究していた――人間を実験材料にして研究していた。
そして、ルイはファーストと呼ばれる最初の遺伝子強化体の成功例。
まあ、実験動物といえば実験動物だ。
だけど、ファーストの前だってあった、とルイは言った。
「いきなり成功するわけない。だから、ファーストになれなかった初期の遺伝子強化体とか、その後ファースト以上の遺伝子強化体を製作しようとして失敗した実験で生まれた個体とか、本当なら処分される予定だったもの。いま現在だって戦艦島のあちこちにある研究所でいろいろな実験が行われていて、その結果として死んでしまう個体もあれば、不要として廃棄される個体もある」
「……それを……飼育委員会が?」
「実験終了した披検体を処分するのも飼育委員の仕事の一部で、そのときまだ生きていたら焼却炉に放り込むのではなく、ベッドや食事や薬をあたえる。ジブンの眷属だから」
「実質的にルイが保護してて、こういうときに手伝ってくれる?」
「まあ、だいたいそんな認識でいいと思う。ただし、それは本当はやってはいけないこと。処分を頼まれたものは、きちんと処分しなければならない。だから、ジブンはおおっぴらにはしない、向こうは黙認する、そんな関係かな? 逆に言えば戦艦島や八島グループにとって役に立たないと判断されれば、その時点で処分されてしまう。だから、ジブンたちは敵を倒し続けなければならない」
「僕を飼育委員に誘ったのは、父さんのやった実験の責任を取れということ?」
「それも理由の1つ」
「他には?」
「コンペが遺伝子工学を専攻したいらしいから、たぶん異形の生物を見ても嫌悪や無用な恐れを抱かない――ジブンの希望的な見方だけど。もっと希望的な見方もある。何年先の話になるかわからないけどコンペが遺伝子工学者として頭角を現してくれれば、将来は処分予定の実験動物に関して、なんらかの権限を持つ立場になるかもしれない」
「それは、また……気の遠い話だな」
「ジブンでもそう思う。だけど、打てる手があるなら、とりあえず打っておくのが正しい。もっと重要なことは――」
もっと重要なことがあるのか、と僕はルイのほうに顔を向けるが、なぜか彼女は真っ赤になって口ごもる。
「もっと重要なことって?」
「おしゃべりの時間は終了。戦闘準備。ブラボーが向かっていた目的地。つまりアルファの潜伏先はここ」
そこはB地区の外れにある隔離施設――刑務所だ。