7.出発前夜 ~リードside~
「あー、やっと終わった。ねみぃ」
早急の案件以外を溜め込んでいたせいで随分かかった。
「明日、本当に登城されるのですか?」
真夜中だというのに引退した前執事の姿勢のよいこと。羨ましいぜ。
「年寄りにはこの時間はキツいんじゃないのか? なぁセバール」
「ぼっちゃま!」
うるせぇな。
しかし俺を含め三人の男がいるわりに部屋がやけに広く感じるが気のせいだろう。
俺の茶をすする音しかしないなか痺れをきらしたのはセバールだった。
「リード様は、まだ忘れられないのですか?」
「当たり前だろう。お前は?」
「…覚えております。ですが」
珍しく迷いをみせる異世界人が「じぃ」と呼ぶジェラルの息子セバールは、この屋敷を取り仕切る現執事。本来主に従う者であり意見をする立場ではないが。
「今は、俺達だけだ。好きに言えよ」
セバールとは幼い頃によく遊んだなかで対照的な性格なわりに仲がよかったのが今でも不思議だ。
「彼女は、あの方と違います」
どんな言葉を仕掛けてくるかと思えば。
「わーってるに決まっているだろう」
どんだけ深刻な顔してんだよ。
「ですが、今度こそ反逆者扱いになりかねません。なによりリード様は、現当主」
小娘一人に対し領地の民、砦の兵達を危険に晒すのかと言いたいのだろう。
「息子よ、それは違うぞ。人一人守れなくて領土の民を守れるわけがないわい」
「現に無理だった。デイジー様は──」
そうだな。
「ああ。俺が殺したようなもんだな」
二人は再び黙りこんだ。
『俺が守る』
『絶対に帰してやる』
『だから泣くな!大丈夫だ!』
若く浅はかな愚か者の俺は何の根拠もなく自信に溢れていた。
もう遠い昔の話だ。
手元で音が鳴った。
「お高いカップを割っちまったな」
砕けても美しい欠片は、かつての少女のようだ。流れるような金の線が描かれた破片を摘む。
『リー! 大好きよ!』
風に舞う彼女の金の髪。
「今度こそ終わらせる」
この腐りきった理を。
握った破片は粉になった。
「──楽しくなりそうだ」
言葉とは裏腹にリードの顔は無表情だった。
既に手遅れか。
止める事は不可能だと悟った二人の親子は同時に深いため息をついた。