5.違う種類のダメージをくらう
「あのなぁ、あからさま過ぎだろ」
あらら。どうやら挑発作戦は失敗らしい。
「コイツなめてんのか? 新入りでもやんねーだろ」
なめてませんよ。呟くなら小さく吐き出しなさいよ。丸聞こえなんですけど。いや、わざと聞かせてるとか? ありえそう。
「いやー、昨日みたいに危機が迫ってきたら使えるかなと思って」
ニヘラと笑っておく。いちいち苛立っていたら先へ進まない。今は大人になろうじゃないか。
「そんな事か」
「え、ちょっと」
気づいた時にはリードさんは目の前にいて。
「んっ」
口が何か柔らかいモノに塞がれた。というか、これ…私の声?
リードさんの力強い目は閉じられていて意外にも長い睫毛でその色が赤茶色なんだと知った。
不意に見ていたのに気づかれたのか、開いた青い瞳と合ってしまった。これほど近く人と接触した事は今までなかった。それにキスがこんなにも気持ちいいものだなんて知らなかった。
「つ!」
私を私の中を見透かしたように彼は口許だけで笑った。キスしたまま笑うってどんな芸当なのよ。
「はぁ」
わざとであろうリップ音の後、解放された。息、出来なかった。
「なんだ、てっきり凍らされるか水でも降ってくるかと思ったんだが」
荒い息を整えるために胸に手を当て足の力が抜け座り込んだ私の頬を太い指が撫でていく。
「アンタ、可愛いな」
覗きこまれ言われた。この人、私を酸欠にするつもりなの?
「煩いっ!! セクハラ大王!」
「真っ赤だぞ?」
「だ、誰のせいよ!」
この後も暫く言い合ったけど、私の顔のほてりが落ち着くことはなかった。
* * *
「ったく、アイツのせいで貴重な時間が台無しだった」
あれから力をなんとか出そうとしたけれど、動揺のせいなのかヘロッヘロな動きの雪ボールが1つ作れただけ。
「不味いな~。そもそも攻撃技じゃなくて、ひたすら防御したいのよ」
はなっから、この変わっている世界に馴染むつもりはない。一に防御二に防御。身を守るべし。
「…なんか癖になりそうだな」
自分の唇を無意識になぞっていたらしい。かなり重症だ。
「初めてだったなんて言えない」
いや、絶対言わない。色々恥ずかしい。
「もう、とりあえず昼間の事は忘れよう。これを読んでみるか」
ランプの淡い灯りのなか、私の手元には古い本が一冊。そっと開いてみた。
「えー世界のバランスが崩れる時に異なる世界にいる者を喚ぶ。その存在がいるだけで膨大な力が広がり尽きる頃、再び平穏が訪れるであろう」
なんじゃこりゃあ。
「その者、水を操る乙女…おとめって寒い。寒すぎる台詞。これ、読み間違いとかじゃないわよね?」
まだ呼び名はあった。
「氷姫。ダッサ! ていうか姫じゃないし」
31歳会社員には厳しい。
「…寝よ」
今日は、精神的なダメージがひどすぎた。
「寝たらいつもの朝になってないかな」
疲れていたのか枕に頭をのせた瞬間睡魔が襲いそれにあらがうことなく私は眠りについた。