3.やはり、ついていけないようです
なんか暖かくて気持ちがいい。この肌触りがいい物から馴染みの、でも懐かしいような匂いがする。
ああ。
これ、お日様の匂いだ。
独り暮らしな生活と一年中花粉症に悩まされているせいで久しく外干しはしてないような。
なんか…ちょっと頭が痛い。
「あっ! あの石頭!」
「失礼な奴だな。会話を可能にしてやったのに。しかも俺のほうが腫れている」
男の声に一気に覚醒し、おでこにそっと触れれば腫れているのか膨らんでいた。はらりと手元に落ちたのは濡れた白いタオル。
「冷やしてくれて有り難うございます」
私は悪くないはずだけど、なんとなくお礼は言っておく。
「ちょっと待ってろ。これ書いたら終わりだから」
「はぁ」
返事をしながらも、今いる場所を確認する為に周囲をみた。大きな上部がアーチ状窓が二つあり、そこから入る日差しで部屋はとても明るい。広さは15畳くらいだろうか。
艶々な棚には本がびっしりつまっており入りきらないのか、その隣のおそらく花を飾るようなテーブルにまで、よくバランスがとれていると感心するくらい芸術的に積み上がっている。
そして私が寝ていたのはベッドのような居心地がよすぎるソファーだった。背の部分は波のようなデザインで曲線が美しい。明らかに年代物である。
私、汚してないかしらと気になりクッション部分まで確認するも無傷のようだ。よかった。
一通り眺めて最後にたどり着いたのは、斜め右奥にいる人物。
これまた立派なダークブラウンの木の机を前にガッチリとしたインパクトの強い人だ。
真っ赤な髪は、量が多いのか嵐が去った後なのか? というくらい元気に自由に上を向いている。それとは対象的なのが、今は睫毛に隠れぎみの青い瞳だ。
ぼーっと眺めていたら、大きな手は突然動きをやめたかと思えば、隠れていた青い瞳が此方というか私を見た。
強い視線に負けたのは私の方だった。乾ききった口の中を潤したい。何か飲み物が欲しい。そうだ。最近好きな小さいペットボトルのあの味のやつは売り切れてないかな? と考えて、そこで思考は止まった。
「私は、ドアを開けただけなんですが。ここは何処ですか? いえ、先に聞きたいのは」
聞かなければ、状況を把握しなくてはいけないはずなのに私は言葉がでなかった。
「今、部屋を見ただけでもわかっただろう? ここは、アンタがいた場所じゃない」
確かに部屋の隅のアイアンに留まっている生き物は見たことがないほど美しく、それだけではなく半分透けているし、いやに年代物の家具の数々は、私がいた会社でお目にかかれるような品々ではない。
「そうですけ」
「だから諦めろ」
またもや被せてきた男の顔をムッとしながら見れば、真剣そのものなので抗議をしようとしていた口を閉じた。それを見計らったように立て続けに切り込まれた。
「ナツ、アンタは帰れない」
「そんなのやってみないと分からない」
「無理なんだよ」
「なん」
「帰れた者は誰一人いない」
ペンを置くと立ち上がり長い足のせいか、たった数歩で私の前に来ると、おもむろに片手をとられ、怪しい模様をなぞられ鳥肌がたつ。
「お前は自由を選んだ。だから今日から俺の妻だ」
パンッ
手のひらに感じた気持ち悪さと、のたまう台詞に今度こそキレた私は、その端正な顔に平手をお見舞いした。
「そんなの自由とは言わないわよ! ていうかべたべた触るな!」
その時、ドアのノックと同時に新たな登場人物が顔を出した。
「ぼっちゃま! じぃは、女性をさらうような当主にお育てした覚えはございません!」
騒ぐ年配の男性と雑な男の言い合いが目の前で繰り広げられ始めた。
カオスだ。
私は、息を目一杯吸い込むと怒鳴った。
「だれかいませんかー? 会話成り立つ人来てくださいー!」
マトモな執事だという男性が来るまで、よくわからない、けれどはた迷惑な彼等の言い合いは続いた。