16.まさかの迫られる選択
「ギャッ!」
ゴンッ
「痛いっ!」
尻もちをついたままのけ反れば頭を柱にぶつけたらしく一瞬、星が飛んだ。
「マジか!本物じゃないの!」
頭を擦りながら、もう一度見れば、やはり知った顔が。こんな濃い奴はそうそう見かけない。
「氷姫、いえナツ様。それ以上外れてしまうと帰れなくなります」
「えっ?」
自分の周りを見れば丸く刻まれている陣が光っている中になんとか収まっていたので慌てて中心に移動した。
「神官長さん?」
「はい。ナツ様、お久しぶりです」
見上げれば、変わらず若いイケメンの神官長さんが微笑んでいた。いや、以前、腰以上はあったであろう髪がショートカットになっていて首が露になっており、なんかセクシー。
「おい、俺という伴侶がいながら余所見をするな」
頭をわし掴みされ強引に首を動かされた先には、パーソナル空間を無視しきった距離に彼の顔が。さっきより更に近い。
「痛い! それより何なのよ! あれ? なんかあなたまで髪形変えた?」
炎のように上に伸びていた髪がいまや襟足にまである。彼は鼻をならし私を睨んできた。
「そりゃあ、半年経てば髪は伸びる」
「半年? いや数日しか経ってないはず」
「こちらとナツ様のおられる世界とでは流れる時間が異なるようです」
神官長さんの言葉に私は現実に戻る。
「なら、このまま帰れば問題ないって事? 私、職場だったのよ! 掴まないで!」
リードがまた私の頭を捕まえようとしてきたので避けたはずが…。
「ちょ」
頬に大きな手が触れてきた。
「何で勝手に帰った?」
「なんでって…まっ」
まるで確認するようにほっぺたをなぞられ、こめかみや瞼に軽く柔らかいものが掠めていき。
「印をつけていてよかった。でなければ二度と会うことは叶わなかった」
右手のひらに口づけされたまま強い視線が私を包む。
「…いきなり何?」
その目は冗談にはみえなくて。
「私は、デイジーさんじゃないんだけど」
自分の出した声が冷たすぎて、私が驚いた。ハッとなり彼の表情が気になり思わず様子を窺ってみると。
「当たり前だ。ナツだろ」
「わっ」
握られていた右手を強く引かれて前のめりになり慌てるも。
「まっ」
「待てない」
口が強く塞がれた。腕で胸を押すも唇を舐められ抵抗する力を削がれる。
「はぁ」
やっと解放された時には、力が抜けきっていた。
「なんか、苦いのに甘い」
それは珈琲砂糖たっぷりを飲んでいたから! というかパンをまだ食べてなくてよかった!
「いやいや! 違うわ!!」
「相変わらず騒がしいな」
煩そうな声にイラッとした。
「元はといえば貴方がっ…」
先に立ち上がっていたリードを睨みつければ彼は濡れている唇を手の甲で拭っている最中だった。
「? 何だよ?」
ああっ。またもや不可抗力とはいえディープなやつをしてしまった!
「楽しんでいる所を悪いが時間がない」
時間?
「その陣が光っている間ならナツ様はご自分の世界に帰れます」
濃厚シーンをバッチリ目撃していたはずな神官長様が冷静な声で教えてくれる。
「ナツ、この半年でまだ混乱はあるが国内は落ち着いた」
リードの頭に鈍い銀色の冠があるのは、気づいていた。シンプルで飾りもない、いや、よく見ると中央に寄り添うように水色と黒い石がはまっている。
ようはあの時、リードに投げ捨てた台詞を実行したんだろう。しかし、だからって私が関係あるのか?
「俺は、嫌々ながらこれを手にし成果を最短で出した。だから、今度はナツの番だ」
腕を掴まれ立たされた。
「俺の側に来い」
陣が、点滅し始めた。片足を陣の中にしっかりと入れる。もう片方も…。
「俺は、ナツが欲しい」
私は、思わずリードの目を見てしまった。
「デイジーじゃない、俺が生涯を共にしたいのは、ナツ、お前だ」
ゴクリと私の喉が鳴った。