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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
狭間の話 青い兎の告解
96/194

不治

アミーさん、ディアス軍になる。

――――――――――

2020/03/01 改稿

 

 

「アミー」


「……ぁ、オリアスじゃん」


 アミーが片目を焼いて数日。


 誰もが忘れた泉のほとりで療養していたアミーの元に、オリアスが現れた。


 藍色の兵士は顔を困惑に染めており、アミーは力無く口角を上げる。炎の揺らめきのように美しかった双眼の片側は無くなっており、代わりに顔の半分近くを覆う火傷痕が生まれていた。


 オリアスはアミーの近くに膝をつき、眉を寄せて友の顔色を伺っている。


「メタトロン様から聞いた。ディアス軍になったんだってな」


「……まぁね」


「この目は、その代償か」


「うん。タダで抜けられるとは思ってなかったけど、まさか千里眼奪われるとか……力も半減だよ」


「……そうか」


 オリアスは端的に返事をするだけでそれ以上のことを聞きはしない。何故ルアス軍を抜けたのか。何故ディアス軍に移ったのかと口にしない。


 アミーは木の幹にもたれかかり、枝葉の向こうの空を見ていた。


「僕に残った能力は青い炎と力が半減した千里眼……なんだかなー……この無くなった半分を補える何かが欲しい。オリアス、何か術知らないの?」


「残念だが、俺が知ってるのは空気を操る術と数秒の時間停止くらいだよ」


「時間停止! 教えてよ」


「嫌だ」


 オリアスはアミーの頭を小突いて息をつく。アミーは口を結びながら明後日の方を向き「冗談だよ」と呟いていた。オリアスは呆れながら目を伏せている。


「今は怪我を治すことに集中しておくんだね」


「もう治んないよ、この傷は」


「ならグレモリーを呼んできてあげよう。彼女は我が軍きっての医術の腕を持っている」


 そう言って立ち上がったオリアスの腕をアミーは両手で掴む。


 オリアスはアミーの顔から血の気が失せている様を見た。


「君が言ってるグレモリーって、あの噂のグレモリーでしょ?」


「噂のグレモリーだな」


 アミーは顔を青くして冷や汗を流している。オリアスは真顔で肯定し、首を横に振るアミ―を見下ろした。


「絶対嫌だ。患者を一回全解剖してから縫い合わせる医者なんて嫌だ」


 アミーの頭の中を自分が解体される映像が流れていく。


 ディアス軍の医師――グレモリー。人型は女性の姿をしており、その姿は妖艶で(しと)やか。ディアス派に信者がいる程の美貌の持ち主だが、彼女が名高いのはその治癒の腕である。


 ルアス軍にいたアミーが聞く程のサディスト。


 グレモリーは笑顔で患者の全身を解体する医師なのだ。


「大丈夫だ。きちんと縫ってくれるし怪我した部分も治してくれる。代金として内臓はいくつか無くなるが、」


「それが嫌だって言ってんだよ。珍しい治癒能力使えるなら普通に使ってくれたらいいのに、何で一回全身切り離すの」


「解剖は彼女の趣味なんだ」


「燃やすぞ」


 必死の形相のアミーに嘆息したオリアス。藍色は怪我人の横に座り直し、アミーは右目に触れていた。


 アルフヘイムの中でも珍しい治癒能力を持っているグレモリー。貴重で希少な能力がなぜ救いようのない解剖マニアの手にあるのか。アミーは隠すことなく肩を落とし、頭の中には中立者の姿が浮かんでいた。


 アミーは中立者に対する敬意を失っている。


 中立者はアミーが並べた疑問点を全て無視して軍の移動を承諾した。アミーからしてみればあの行動は、質問に答えたくなかったから申し出を受けたようにしか見えないのだ。


 怪我人は黙って思考を働かせ、未だに腕を掴まれているオリアスは晴れ渡った空を見上げた。


「何か腑に落ちないのかい」


 オリアスはゆったりとした口調で聞いてみる。アミーは唸った後、一人で考えても致し方ないと割り切った。


「オリアス、君は統治権争いの競争をどう思う?」


「どう思うの、どう、の意味が分からないな」


「おかしいとは思わない?」


 アミーは平坦な声色で質問を明瞭にする。オリアスは隣に座っている元ルアス軍兵士を見た。


「思わない訳がないだろう」


 アミーは微かに目を丸くする。


 オリアスは息を吐いており、自分の腕を掴んでいたアミーの手を払っておいた。


「この競走は効率が悪すぎる。何故数十年に一度、別の世界の子どもを戦士にし、生贄を救うか集めるかと言うルールの元に行動させるのか。何故変革の年の感覚を狭めているのか。メタトロン様とサンダルフォン様は特別仲が悪いという訳では無いのに、なぜ軍は対立しなければいけないのか。どうして住人を生贄にしなければいけないのか……挙げればキリはないが、俺が最も疑問に思っているのはルアス軍とディアス軍で規則の多さがなぜ違うのか、だ」


「規則の多さが?」


 アミーは興味深そうに聞き返す。オリアスは頷くと「ちょうどいい」と前置きした。


「お前もいずれ担当兵士に選ばれるだろうから、俺達ディアス軍に与えられたルールを教えよう」


「いや、選ばれる気ないけど……うん、よろしく」


 アミーは若干渋りつつ、興味の種を潰すことが出来なかった為にオリアスの言葉を聞く。藍色は地面に視線を向けた。


「一つ、アルフヘイムにおいて戦士との直接接触禁止。一つ、アルフヘイムの情報は与えて良いが、壊された祭壇の場所が特定出来る情報は漏洩不可。一つ、戦士の危機に対する助力禁止。一つ、期間中のルアス軍兵士との会話、及びルアス軍戦士との直接接触禁止。一つ、体感系の場合付加出来る力は一つまで」


 そこまで聞いて、アミーは「ほぼ同じじゃん」と口を挟みかける。


 しかしオリアスの口が閉じられることはなく、アミーは黙って耳を傾けていた。


「一つ、ルアス軍に寝返った戦士への制裁。一つ、祭壇を壊した戦士の抹殺。一つ、時間になってもアルフヘイムにやって来ない戦士への制裁。一つ、ルアス軍の戦士と長時間接触する戦士の重要監視。一つ、理性的範囲を超えて住人を殺害する戦士への制裁。一つ、四ヶ月を超えても競争の決着がつかない場合、祭壇の制作能力を停止する。一つ、祭壇作成停止について戦士には教えない……こんな決まり、ルアス軍には無いんだろう?」


 オリアスは自嘲じちょう気味に笑い、アミーは固まっている。ルアス軍の倍以上はある制約と、その不利な条件に驚愕したのだ。


 これではルアス軍に勝率が偏っていたのも頷ける。


 いや、これだけの不条件を持っていても勝利を掴み取った南雲はやはり狂戦士ベルセルクだったのだ。


 アミーは生唾を飲み込み、祭壇の数が増えなくなっていた期間を思い出す。


 それは簡単なことだった。増やすのを止めたのではなく、増やせなくなったから止まったのだ。


 オリアスは目を伏せて息をつくと、新米のディアス軍兵士に言っていた。アミーがどこかで気づいていた事柄を。


「アミー、この競走は――最初から勝敗が決まっている」


 薄水色の頭の中に浮かぶのは泣いていたディアス軍兵士達の顔。


 澄ました顔のサンダルフォンに、勝利に飢えたメタトロン。


 空に流れた流れ星と、歯車の部屋で頭を抱えていた創始者の背中。


 オリアスは諦めたような声で、集めた情報による事実を言っていた。


「創始者は――ディアス軍に勝たせる気がないんだ」


 アミーの中で、今まで無頓着に携わっていた変革の年の像が崩れていく。


 死ぬ間際まで友人を想っていた炎羅や、無数の墓を立てて花を手向けるディアス軍の兵士達。


 それが全て、まさか――


「仕組まれたって言いたいの?」


 問うた片目の兵士の声には刺がある。


 傍観者であれば知りえなかった競走の内面。関係者になることで初めて見えてきた不均衡のルール。


 アミーは左胸を掻き毟った。


「そうだ」


 それは聞きたくなかった肯定の返事。


 我武者羅に進んでいた戦士達に対する冒涜。


 最初から決められていた勝敗。


「そんなのあってたまるか」


 アミーの前に、笑っている炎羅と、首を自分で折った南雲が浮かぶ。


 泣いて地面を殴っていた瞳。


 血だらけになりながら祭壇を壊してきた今までの戦士達。


 勝った罪悪感に苛まれ、首を吊り、手首を切り、線路に飛び込み、生きることを諦めた子ども達。


 両者共に自分の全てをかけて競ってきた。


 それがどうだ。この答えは、この仮定は、余りにも非道すぎる。


 アミーの全身の毛穴が開いて汗が流れ出る。オリアスは息を吐くと、落ち着いた瞳でアミーを見た。


「あぁ、そうだよ。この仮定はあってはならないことだが辻褄が合ってしまうのもまた事実……気づいていたから、お前はルアス軍を抜けたんだと思ったんだがな」


「違うよ。僕はこの競争が気持ち悪くて、それ以上に自分の戦士が死んでも泣けない事が怖くなって、傍観者でいることに辟易したんだ。敷かれたレールを歩くより自分で進んでみたい。ルアス軍にいても幸せにはなれない……だからディアス軍に移ったんだ」


 アミーは前髪を掻き乱す。オリアスは肩をすくめて「そうか」と微笑んでいた。


 アミーは髪を抜けそうなほど握り込み、眉間に皺を寄せている。片目は固く瞑られ、喉からは唸り声が漏れていた。


 オリアスは息を吐くとアミーの肩を軽く殴っている。怪我人はその勢いで体を軽く揺らし「ちょっと……」と零していた。


「唸るなアミー、何か後悔でもあるのか?」


「……なんか、こう、喉の奥につっかえるものが……」


「鳩尾を殴ってやろうか」


「その長い髪が無くなるのと引き換えだよ」


 アミーは深いため息をつき、瞼の裏に自分の教育係の姿が浮かぶ。羊のような角と優美な白金の鳥の体。金色の瞳を正面からきちんと見返したことはあったかと、アミーはまた前髪を握り締めた。


 ――何を言っているんだ!! それはルアス軍に対する冒涜だと知れよ、アミー!!


「……知っているよ……知っていたさ」


 呟いた声は届けたい相手には聞こえない。


 代わりにオリアスが拾い、藍色の彼は何も言わなかった。


 アミーの千里眼は無くなった訳ではない。見える範囲が狭まっただけで、地平の先まで見ようと思えば時間はかかるが見えるのだ。


 恐らくフォーンの森にいるベルキエルを見るのは容易なことで、しかしアミーはそれをしなかった。


 それは彼の足枷であり、小さな後悔であり、恩情の残骸だ。


 アミーは久しぶりに立ち上がる。


「オリアス、僕はこんな競走を無くしてしまいたい」


 アミーの前に道は無い。


「僕らすら真意を知らない競走なんてやるべきじゃない」


 今まで歩いてきた道を彼は踏み外した。


「未来ある子ども達の明日を奪う権利なんて僕らにはない」


 アミーは木陰から出て振り返る。オリアスは仕方がなさそうに立ち上がっていた。


「敗北は死と虚無への(しるべ)。勝利は後悔と懺悔への標。この競走の先にあるのは子ども達のバッドエンドと、僕らの形無き罪が増えるだけだ」


「今まで勝ってきた奴がよく言う」


 オリアスは呆れた声でアミーを笑う。アミーは不貞腐れた顔をすると「うるっさいなぁ」と文句を零した。


「勝っても気持ちよくなかったよ……みんな泣くんだもん、鉄槌が降った時。祝福をあげた時も、タガトフルムへ返す時も、無理して笑うんだ」


 アミーは遠い昔の記憶を思い出す。


 ――負けた人にだって、生きる価値はある筈だ! なのに、貴方はまるで物みたいにッ


 病弱な少年は声を枯らして訴えていたのに、兵士はそれを受け取らなかった。


 ――なにが祝福だッ、そんなッ、こんなの! ただの呪詛(じゅそ)じゃないか!! 僕はこんなのいらない!! 嫌だ!! 元に戻せよふざけんな!!


 祝福という名の呪詛を与えた時、瞳はいらないと叫んだ。


「そう、そうだよね――瞳君」


 彼らタガトフルムの子ども達には元々炎や空気を操る力は無い。それなのに、アルフヘイムの勝手な取り決めで「祝福」を渡している。


 何故だ。


 何故、競争を終えた子どもにそんなものを与えておく。


 兵士の手から離れた力の火種は制御だって難しくなるというのに。これではただの首輪ではないか。


 アミーは分からない疑問ばかりを抱えてしまう。


 抱えた感情は重く深く淀み、時間と共にアミ―を蝕んでいくのだ。


 オリアスは答えを出せない問いに頭を抱える新入りを見つめ、腕を組んでいた。


 最初に会った時は能面のように感情を見せなかったアミーが、変わっていっている。感情を入れ忘れた人形ではなくなり、炎羅と南雲の喪失がアミーの感情の蓋をこじ開けた。


 アミーは思慮深い一面があるとオリアスは気づいている。本人が気づかないことを読み取るのが得意なのだ、この藍色の生物は。


 アミーは与えれば与えるだけ吸収出来る生物なのだろう。そして、一度決めればテコでも動かない性分も持っているように見える。それはまだ現れておらず、流れ出れば厄介だとオリアスは踏んでいた。


 アミーは競走を止めると言ったが、それはつまりこの世界の創始者と対立をするということ。


 両軍の長とも(たもと)を分かち、アルフヘイムのひずみから出来た自分達では敵わない相手を負かそうとしているのだ。


 アミーは泣きたいと思った。


 意味の無い人生を歩みたいとは思わなかった。


 自分の意思を持って、誰かを愛してみたかった。


 歪な愛の片鱗を炎羅と南雲に見たアミーは、変わりたくなった。約束を数分も守れなかった自分を責め立てた。


 野垂れ死んでいる死体を見るのはもう疲れた。


 強制的な思考の変動に着いていけず、困惑する住人も見たくなかった。


 アミーは次の変革の年、ディアス軍代表の担当兵に選ばれる。


 何故自分が選ばれるのか理解出来ないアミーだったが、メタトロン直々のお触れを跳ね除けはしなかった。


 アミーが担当するように言われた戦士は高校三年生の少女――糸原(いとはら)一希(いつき)


 誰の悪戯か、アミーがルアス軍の最初の競走で担当した糸原瞳の子孫だと調べれば分かったではないか。


「いつき、なんて名前嫌い。男子みたいだもん」


 ――ひとみ、なんて名前、好きじゃないんだ。女の子みたいでしょ?


 アミーは目の前で不貞腐れた一希と、苦笑した瞳の残影を重ねてしまう。


 あれから何年経ったのか。


 二百年は経ってしまった。


 それ以上に長い間、アルフヘイムはタガトフルムへ干渉してしまっている。


 アミーは、戦士に対して何も出来ない自分を歯痒く思ったのは初めてだった。


 四ヶ月を過ぎて祭壇が作れなくなった時、一希はアミーに詰め寄った。しかしながらアミーにはどうすることも出来なかった。


「これじゃ、もう、時間がッ」


 泣きながら走り続けた一希をアミーは映像で見るしか出来ず、出来たのは、鉄槌に貫かれた少女の涙を拭うことだけだった。


「恨んでいい、恨んでおくれ、僕達のことを、君を救えなかった僕を」


 アミーは一希の額を撫でながら願っている。


 少女の心獣であったオオヤマネコは霧となって消え、一希はそれでも笑っていた。泣きながら、泣きながら、泣きながら。


「うらま、ないよ……そんな、しにかた、したく、ないしさ……」


 そうやって、アミーが担当して負けていった戦士達は言うのだ。


 アミーは悪くないのだと。


 恨みなどしないのだと。


 アミーはその言葉を噛み締めて、一希の墓を作った。


 次に担当して死んだ猫谷(ねこたに)(そら)の墓も立てた。


 アルフヘイムに来る勇気が持てず、約束の時間を過ぎてしまった小熊野(こぐまの)美鈴(みすず)の心はメタトロンに砕かれた。


 アミーは死に触れてきた。ルアス軍では痛まなかった心が痛んでいく。


 競争を止める(すべ)は見つからない。行われる理由も判別出来ない。


「アミー、もし貴方がルアス軍に戻りたいならば戻してあげますよ」


 そんなことをサンダルフォンに言われたが、アミーは間髪入れずに拒否をした。左の胸を掻き毟りながら。


「死を無いように通過して、涙の枯れ果てた軍になんて戻らないよ」


 そう言って踵を返すアミーをサンダルフォンは見つめている。


 糸の付いた人形のようだったアミーに感情が生まれれば、彼が持つ青い業火は力を増す。サンダルフォンは頬に指を当てながら考え、しかし何も手は出さなかった。


 変革の年。


 それにアミーは負け続ける。血を流す戦士の体を抱き締めて、自分を恨まないと伝えて逝く子ども達に何もしてやれないまま。


 彼の視界は死を見ていく事に滲んでいく。何も出来ない自分に憤りが溜まり、墓を立てる度に鼻の奥が痛んでいた。


「ルアス軍の兵士が、鍵を捨てたんだとよ」


 ある年の競走でアミーはエリゴスから聞いた。


 鍵を捨てた少年戦士はモーラの孤島にいるのだとも。


 名前は――夜来やらい無月むつき


 戦士を殺す戦士だと聞いたアミーは、自分の戦士にモーラの島には行かないように遠回しに助言した。まさか死ぬ間際に女子に変身することでモーラになるなど予想外だと思いながら。


 そこにあったのも歪な愛情。モーラになって男に戻り鍵を捨てた戦士は、競争の間「生きている」と判定された。たとえタガトフルムに帰すことが出来なくとも。


 生きていたから担当兵士は無月に祝福を与えたのだ。その兵士がまさかベルキエルだなんて、アミーは小さく数奇な運命に笑ってしまった。


 アミーの戦士は鉄槌に貫かれた。


 守ろうと手を広げても遅かった。


 彼の頬に戦士の返り血が飛んでくる。


 それでも笑って逝く彼らは強く、気高く、美しかった。


 アミーの目から熱い滴がうだっていく。


 彼は、その日初めて泣いたのだ。


 自分を恨まない戦士に懺悔し、盾にすらなれない自分の存在意義を見失いながら。


 知らなければ苦しくはなかった。しかし、知らないままでいるのは何よりの大罪だとアミーは思っていた。思っていたからディアス軍にやって来たのだと、その時初めて知るだなんて。


 アミーは消えた戦士の墓を同じ兵士と共に作っていく。左目は霞んでいる気がして、アミーは呼吸の仕方を考えていた。


 このおかしな競争には救いがない。


 救いがない競争に意味などない。


「モーラとなった元戦士について、次回以降の戦士に伝えることを禁ずる」


 そんな新ルールをメタトロンから聞いた時、アミーは鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。


 知らないことは愚かなことだ。知っているのに教えないことは愚者がやることだ。


「何故ですか、メタトロン様」


 アミーは直接メタトロンに詰め寄った。だがメタトロンは豪快に笑うだけで答えはしない。それに痺れを切らしたアミーは目を潰されて以来、初めて創始者の塔へ転移した。


 扉をノックする。


 しかし、アミーの名前は呼ばれない。


 呼ばれなければ扉は開かない。


 ならばとアミーは直接部屋の中へ禁じられた転移をし、床に足を着いた瞬間――左の腕が吹き飛んだ。


 アミーは歯を食いしばり、意識が飛びそうな程の痛みを耐えて肩口を焼いた。そうすれば出血は止まるから。


 足の揺れたアミーはそれでも自立している。立って創始者の背中を見ていれば、灰色は振り返りもしていなかった。


「入る了承なんてしてないよ、アミー」


 低く冷たい声がアミーに刺さる。


 それでも言わなければ進まない。


 アミーは口を開こうとし、けれども先に喋ったのは創始者だ。


「モーラの孤島の戦士については他の戦士に教えない。決定事項だ、変わらないし変える気は無い。だから出ていけ、アミー」


「なん、!!」


 アミーが反論する前に、彼の腕と彼自身が戦士達の墓がある野原に転移させられる。


 地面に転がったアミーを見たストラス達は流石に慌ててしまっていた。


「あ、アミー! お前どうしたんだ一体!?」


「……ちょっと刃向かったら倍返しにされた」


「刃向かったって……まさかお前!!」


 頭を抱えたヴァラクにアミーはそれ以上答えない。


 斜めになった王冠を正常位置に戻すストラスに対して、術を伝授してもらう為。


「ストラス、君は結界とか修復とか、そう言うの得意だよね。その場に繋ぎとめておくことか」


「あぁ、まぁ、そういうのは……」


「僕にその術、少しでいいから教えて。この取れた腕を僕の体に繋ぎ止めておきたいから」


 アミーは体を起こしながらストラスに頼む。王冠を触っている兵士は暫し黙ると、呆れたような顔で「仕方がないな……」と息をついていた。


 アミーはその後、ストラスの鬼のような指導のもとで何とか体に自分の腕を繋ぎ止めた。取り付けたのでも再生したのでもなく、繋ぎ止めたのだ。離れていってしまわないように。


 そうしているだけで彼らの腕と言うのは動くように出来ている。


「ありがとう、ストラス」


「お前は飲み込みが遅い」


「ごめんなさーい」


 アミーは悪びれなく謝罪の言葉を口にする。ため息を深くついたストラスは、どこか危ういアミーを心配していた。


 次の変革の年、アミーは戦士にのめり込む。


 それは彼を苦しめるだけなのに。


 彼は伝えられた次の戦士を観察しながら、繋ぎ止めた左腕を摩っていた。



それはただの、悪戯なのかもしれない。


アミーさん、右目潰れて左腕も吹き飛んだ。


ブックマークが増えてて嬉しいです。ありがとうございます。宣伝とか下手なのにこうやって知ってくださる方が増えるのは感無量で御座います。


明日も投稿致します。



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