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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
豪然たる守護者編
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暗闇

2020/02/25 改稿

 

 

 祭壇をウトゥック・シュス・アハトの跡地にあった地下に作り、生贄を祀り直して数日。六月も半ばに差し掛かった今日。


 私達は、ムオーデル・シュス・アインスに辿り着いていた。


 思い出すのは湿原に新たに出来ていたシュスの姿だ。


 ウトゥック・シュス・ノインには誰も残っていなくて、新たに作られたウトゥック・シュス・ツゥエーン。


 残ったウトゥックさん達は王様を作らない生活をしていた。出来始めていたのは、それぞれがそれぞれに意見を言える国。


 奴隷だった人達は自分のシュスに帰った人やウトゥックのシュスに戻って再建している人と様々で、確かに前に進んでいるのだと感じることが出来たのだ。


 彼らに声は掛けていない。遠目に確認し、生贄を捕まえた日を思い出して去ったのだ。


 瞼の裏にある情景から目を逸らし、私はムオーデル・シュス・アインスを見上げる。


 凸凹の藍鼠あいねず色の塀は結構高くて中は見えない。壁に耳を近づけても中から音は聞こえないし、シュスから生気を感じないんだよな。


 私はメモ帳を開いて自分が書いた文字を読んだ。


 ――ムオーデル・シュス・アインス


 ディアス派のムオーデルと言う住人さんが住んでいるシュス。夜に炎の馬車に乗って、稀に発見されるペリュトンさんと言う住人を探しているのだとか。


 夜にこの周囲にはムオーデルさん達の雄叫びや叫び声が上がる為、ムオーデルの広野の周辺十kmには誰も住もうとしないらしい。


 アミーさんは「ここは昼間に来てもあまり意味ない」と教えてくれたっけ。


 壁沿いに歩きながら、ふと気がついた。


 このシュス――塀に入口が無い。


 大きな外周に手をついて一周したけれど、何処にも扉らしき物は無かったのだ。


 これは入るなってことかしら。


 特に何かしらの悪を聞いた訳では無いし、いっそ通り過ぎるか。悪人と呼べる方がいないなら寄ったって意味がある気もしないし。昼の活動形態が不明の方々の所に飛び込むのは、先が見えない霧の中へ飛び込むのと一緒である気がする。


 考える私の視界に白い服が入った。見ると時沼さんが隣に立っており、視線が合う。


 私は自然と微笑んで、微笑み返してくれた時沼さんの声を聞いていた。


「どうする? 入るか?」


「んー……要相談、と言ったところでしょうか」


 曖昧に首を傾げてしまう。時沼さんは頷いて、横目に帳君が祭壇を建てたのが目に入った。


 広野の中に出来上がった祭壇は歪で、見慣れた嫌悪する空気を纏っている。


 帳君は振り返ると、人の良い笑みを浮かべながら私の髪を風で引いた。足は自然と彼の方へ向かう。


 いつもの通り、呼ばれたなって。


 ほぼ無条件反射で帳君の方へ足を踏み出せば、直ぐに腕が掴まれた。今の私の腕を掴める距離にいる人なんて一人しかいない。


 見上げれば、時沼さんに腕を引かれていた。


 その意味を判断出来なくて、私は微笑みながら首を傾けてしまう。彼は直ぐに手を離して微笑んでくれた。


「何でもない、悪いな」


 聞く前に答えられる。だから私は聞かないで「いいえ」と肩をすくめてしまうのだ。


 それから帳君の所へ向かう。足音を立てながらりず君も着いてきてくれて、私は隣にいるパートナーの頭を撫でた。


 ひぃちゃんの体は徐々に固まり始めており、短い時間なら私を抱いて飛んでくれるように最近はなっている。でも無理しないでね。


 らず君はまだ完全復帰は出来なさそうだが、少しずつ体の一部が形成されていく日々だ。


 近づいてくれた帳君を見上げて私は笑っておく。


「どうされました?」


「いや、ここは適当に祭壇建てとけばスルーで良いかなぁって思ってさ。相談」


 相談。


 帳君が。


 内心酷く動揺しながら「はい」と反射的に返事をする。


 帳君は顔から笑顔を消し、首を傾けていた。目で「何かおかしいか」と問われている気がしたが、きっと気の所為だろう。


「賛成です……今の祭壇の総数ってどうなんでしょう?」


「……あぁ、そうだね、オリアス呼ぶよ」


 少し考えたように間をとった帳君は鍵を襟から出している。私がアミーさんを呼ぶのを戸惑ったのが伝わってしまったかな。なんて。


 正直、時沼さんと一緒にいる時にアミーさんを呼ぶのは気が進まない。ルールに抵触していないとは言え、アミーさんにとっては嬉しくないのだ。


 タガトフルムで謝れば、アミーさんは私の頭をもみくちゃにした。それから抱き締めて背中を撫でてくれたのだ。


 ――良いんだよ、氷雨ちゃん。僕が大人気なかったんだ。だから気にしないで


 気にしないなんて出来ないのに。私はそんな簡単なことも口に出来ず、笑ったのだ。


 夕暮れ前を思い出し、私は帳君の前に現れたオリアスさんに視線を向ける。彼は穏やかな姿勢で教えてくれた。


「今の祭壇総数は六十二。多い方ではあるが、最大生贄獲得数は君達の四止まり。決めの一手が遠いね」


「へぇ……て言うか、条件付与してる俺らが一番って他の連中何やってんの」


 帳君は確認して、その声には呆れが含まれているようだ。


 確かに私達は生贄の条件を追加しているから、他の方々より集めるのは遅いと思っていた。しかし今では最大獲得数になるだなんて、何があったんだか。


 オリアスさんは少しだけ口を結ぶと、目を伏せながら言っていた。


「さぁ、何があったんだろうね」


 呟いた彼の声に揺れは無い。それでも何かを隠したとは感じられて、帳君は「あっそ」と素っ気ない返事をした。


「まぁいいよ。じゃあねオリアス」


「あぁ……頼むよ帳、氷雨ちゃん」


 言われて、私は頷くのを考えてしまう。それを指摘しないまま、オリアスさんは穏やかに笑って消えていた。


 あぁ、鳩尾が痛んでしまう。


 私は自分の腹部を握り締め、目を伏せた。


「アイツ、何か隠しやがった」


 帳君の呟きが耳に入る。彼は鍵を仕舞いながらボヤいていた。


「気づいた? 氷雨ちゃん」


「まぁ、何となくそうかな……とは」


 本当に、感覚だ。勘繰(かんぐ)るのではなく感じる。そう言う為の神経が私は発達したらしい。


 考えれば、帳君は「だよねぇ」と息をついていた。


「何かあったってことだよね。俺らの知らないところで、ディアス軍に」


「何が切っ掛けなのかは分かりかねますが……ルール違反か、内乱か、戦闘か」


 ――あぁ、不参加っていう選択肢はないからね!! 心獣系だろうと体感系だろうと、力を保持した君達の命は僕達が握ってる。来ない日を作ろうとしたって、零時を過ぎた瞬間にアルフヘイムにいなかったら力を砕いて殺すから!! 力を砕くってことは心を砕くってこと!! 意味分かるよね!!  戦士が逃げるなんて許さない!!


 アミーさんの言葉を思い出した自分に驚き、頭を振る。胃のあたりは嫌な予感に疼いて瞬きを繰り返してしまった。


 何で今彼の言葉を思い出したんだ。今は関係ないと思うのに。


 私は近付いてきた翠ちゃんと時沼さんを見る。その向こうでは塀の上を歩く細流さんと、その上を飛ぶ祈君がいた。


 翠ちゃんはいつもと同じ涼し気な声をくれた。


「ここに収穫は無さそうね。行きましょうか」


「見える範囲なら移動出来っぞ」


「はい」


「よろしくー。おーい、雛鳥ー、てっかめーん、行くよー!」


 翠ちゃんが流れる動きで私の肩を叩いてくれて、時沼さんは提案してくれる。私は頷き、帳君は珍しく声を張っていた。


 私も帳君と同じ方を向けば、細流さんも祈君も頷いているのが見える。


 次は何処どこへ行こうか。


 どんな悪を探そうか。


 私は働かせたくない頭を働かせながら、祈君を見ていた。


 ルタさんと同化した彼の翼が風に乗っている。


 あぁ、きょうもきれい――


 感じていた時、その黒い翼ごと――華奢きゃしゃな祈君の体を掴む赤黒い手が現れるだなんて。


 私の思考は停止する。


 巨大な手に鷲掴みにされた祈君は驚愕に顔を染め、シュスの中へ目にも止まらぬ早さで引きずり込まれていった。


 細流さんがシュスの中へ飛び込んでいく。


 悲鳴は上がらない。


 上げる暇すらない。


 私は一瞬遅れた反応をして、最大限に地面を蹴り、お腹の底から叫んでいた。


「祈君ッ!! ルタさん!!」


「そんなッ!!」


 私の肩に乗ってくれたひぃちゃんが、腹部に尾を巻き付けて塀へ飛んでくれる。りず君はハルバードの形状になりながらも残した前足でらず君を包んで、私は塀に着地した。


 祈君の姿は何処にも無い。


 塀の中にはたった一つのお城だけ。


 他には鉱石で覆い尽くされたまっさらな地面があるだけで、その何も無さにも驚いた。


 これでは隠れる場所なんてないのに。


 祈君、ルタさん、祈君、るた、さん、いのり……ッあぁ、あぁッ、嫌だ、こんなの、あぁ!!


「ッ、祈君!! ルタさんッ!!」


 叫んだ声だけがシュスの中に響く。


 どういうこと、どういう、なんで、祈君、ルタさ、なん、怖い。


 私は自分の手が震えていると気が付き、ヤマアラシに戻ったりず君も二人を呼んでくれていた。


「祈!! ルタ!!」


「どう? 氷雨」


「翠ちゃんッ」


 時沼さんと手を繋いで、一瞬にして私の隣に並んでくれた翠ちゃん。彼女と時沼さんもシュスの中を見て息を呑み、地面にヒビを入れながら着地した細流さんを私は見た。


 彼は地面を見つめている。


 それから殴り、地響きがした。


 まさか、そんな――嘘だ。


 私は顔を覆って、殴り砕かれる鉱石の音を聞く。


 嫌だ、なんで、なんで、ふざけ、返せ、返せ、返せよッ!


 叫び出しそうになって、それは背中側から両肩を掴まれることによって飲み込んだ。


 肩を跳ねさせながら後ろを見る。


 そこに居た帳君は私を無表情に見下ろしていた。


「とばり、くん……祈君とルタさんが……」


「あぁ、うん、連れて行かれたんだね」


 何でそんなに平然とする。何で真顔でいられる。


 もし痛い思いをしていたら。もし苦しんでいたら。この世界で戦士は貴重なんだ。奴隷にするも良し、崇めるも良し。


 このシュスではどうだ。何をされてる。何故連れ去った。何故、何故、何故ッ


 私は気づけば過呼吸を起こしそうになっており、両目を帳君の手に塞がれた。


 後ろから抱き締められて、頭に帳君の頬が乗る。


「落ち着きな、氷雨ちゃん」


「ッ……は、ぃ」


 落ち着け。そう、落ち着け。


 焦っても空回るだけだから、急がば回れ。冷静に、頭に上った血を落とせ。


 無理。


 やるんだ。


 息を。


 落ち着け、落ち着けよ。


 自分に言い聞かせて、私は何とか呼吸を整える。そうしていれば、何の抵抗もなく帳君の言葉が私の耳に入ってきた。


「雛鳥を助ける? 無視して進む?」


 その質問に息が詰まる。


 そんなこと確認するなよ。聞く意味ないだろ。なんで進むなんて選択が出てくんだよッ


 あぁ、けれども貴方は、最初に翠ちゃんを救うことを反対した。


 それを思い出して肩が震える。


 止めて、嫌だ、嫌だ。何が出来るか知らないけど、何も出来ないかもしれないけど、それでも、それでもッ


「助けたぃ、ですッ」


 言葉を絞り出せば、私の視界が開かれる。お城しかない寂しいシュスを見下ろした私は、自分を抱き締めている帳君の腕に触れていた。


 どうか否定しないで。


 どうか拒否しないでなんて、願ってさ。


「分かった、良いよ、行こう」


 その言葉が嬉しいなんて、安心するだなんて。


 離された腕を追うように振り向いて、私は帳君を見上げた。


「何?」


 首を傾げられて、私も同じ方向に首を傾ける。願っていた言葉を貰えれば今度は驚くだなんて、私はなんて馬鹿なんだろう。


 言葉が出なくて、りず君が私の言葉を代弁してくれた。


「帳が誰かを助けえるのに素直に協力するなんて、どうしたんだよ」


「あぁ、そういうこと。別に、そういう気分ってだけだよ」


 私の体が風で浮く。翠ちゃんと時沼さんも浮いており、私達はシュスの中へと入り込んだ。


 地面を踏んで周囲を見渡す。翠ちゃんは帳君を横目に見ても何も言わず、地面を殴り続けていた細流さんを止めていた。


 細流さんの拳から血が舞っている。


 彼の振り上げられた腕を掴んだ翠ちゃんは、目を細めながら細流さんを見下ろした。


「……そこに入っていったの?」


 翠ちゃんは確認する。


 細流さんは全ての動きを止めてから、頷いた。


 地面の下。鉱石の底。


 そこに、祈君は――


「いるんすね」


「時沼さん……」


 時沼さんは細流さんに聞いて、私は彼を呼んでしまう。時沼さんは私の方を向いてくれた。


 貴方はルアス軍だ。


 何故、祈君を探そうと言う意味の言葉をくれるのだ。


 分からなくて、不安で、私は笑えなかった。


「……何で闇雲を一緒に探すのかって?」


 確認されるから、頷いてしまう。


 時沼さんは微笑んで、私は手を握り締めた。肩ではひぃちゃんが不安そうに傾きかけている。私は反射的にお姉さんを支えた。


 時沼さんは答えてくれる。


「俺、頼まれたから。凩のことも……闇雲のことも」


 誰に。


 何を。


 どうして。


 私は質問出来ずに終わる。


 体を大きなものに包まれる感覚。


 視界に赤黒いものが入り込む。体が動かない。


 私の悲鳴は、口を塞がれた赤黒い手に吸い込まれた。


 目を見開く。りず君、ひぃちゃん、らず君。


 待って何、苦し、なに、ふざけ、うごけ、ぁ、ッ、無理ッ!!


 何も抵抗を示せないまま地面に勢いよく引きずり込まれる。


「氷雨ちゃん!!」


 帳君のつんざく声がした。


 翠ちゃんが手を伸ばしてくれたのが見えた。


 細流さんの目が見開かれて、大きな手は私に届かない。


 私は手を伸ばせない。


 視界の半分が暗くなった時、怖くて怖くて目を固く閉じた。


 冷たい地面に飲み込まれる。


 その中で感じた微かな温もりと力。


 見ると時沼さんが私の首後ろを掴んで抱き寄せ、一緒に地面に沈んできていた。


 あぁ、なんで、なんでッ


 その叫びを上げられないまま、私は時沼さんと一緒に地面を抜けて吐き出される。


「ぅわ!」


「ッ」


 りず君とひぃちゃんの声がして、私の体は赤黒い手から離される。視界の端に入れたパートナー達は地面に着地して、私を掴んでくれていた時沼さんは一緒に倒れ込んでいた。


 冷たい鉱石の感覚が伝わってくる。周囲には蝋台の明かりだけが頼りの薄暗い闇が広がっており、私は手を握り締めた。


「凩」


「時沼さん」


 明かりに照らされたお互いの顔を見合わせて、私達は存在を確かめ合う。


 りず君とひぃちゃんは急いで駆け寄ってくれて、私達は周囲を見渡した。


 長方形のような部屋に、一つだけある空いた出入口のような場所。


 ここ……何処。


 手を握ってくれた時沼さんの掌を、私は離してしまわないように握り返した。


 ひぃちゃんを肩に乗せて、りず君の頭にも片手を置いて。


 離してしまったら、この闇に飲まれてしまいそうで恐ろしかったから。


 あぁ、胃が痛い。



飲み込まれた先で何をする。


残された者は何を思う。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿致します。

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