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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
自戒する硝子人編
75/194

破壊

金曜日から投稿を引き伸ばしてしまって申し訳ございません。お読みいただければ、幸いです。


―――――――――――

2020/02/20 改稿

 

 祭壇を建て、六人の生贄を祀ればディアス軍の勝ち。


 祭壇を壊し、全ての生贄を救えばルアス軍の勝ち。


 氷雨の頭では競争のルールが回り、目の前に立つルアス軍の三人の少年と一人の少女、ディアス軍の一人の少年で視線は止まっていた。


 モーラの孤島で出会った早蕨光と鷹矢暁。


 氷雨がアルフヘイムで初めて出会った同軍の一人、紫門大琥。


 白の中にいる一人の黒に氷雨は疑問を抱くも、深く追求する余裕はなかった。


「ほな、取り敢えず壊しましょか」


 のんびりとした声と態度で喋った少女――ルアス軍、恋草(こいぐさ)茉白(ましろ)は、黒いミディアムヘアの愛嬌ある顔で笑った。


 その服装は白を基調としたワンピースにグレーのスパッツと、あまり動きやすそうとは言えない。


 それをいぶかしんだ紫翠は、どこか和の雰囲気を持つ茉白の動向を見つめていた。


 茉白は耳につけたピアスに触れながら、横目に見た紫翠に笑っている。


「容易く壊させると思ってるのかしら?」


「うちらが壊せへんとお思いで?」


 紫翠と茉白の間で火花が散ったのを、氷雨と光は見た気がした。


 茉白は手を振り上げ、地面の一部が盛り上がる。


「恋草さん、まだそれは!」


「優しすぎるんは長所であり短所ですわ、光はん。チャンスを逃してしまうんは命取りです」


 語尾の上がる喋り方をする茉白。彼女の足元には氷雨達が壊した物より格段に小さな土人形が出来上がっていく。


 光は口をつぐんでしまい、小綺麗な少女の顔には笑みがあった。


 紫翠は手裏剣を構えて目を細める。


「アイツは私が相手するわ」


「翠ちゃん」


「氷雨、闇雲、生贄を抱えてここから離れて。祭壇は壊されても建て直せる。けど、生贄を回収されたら厄介よ」


 紫翠は氷雨に伝える。彼女は祈のこともきちんと呼んだ。


 紫翠が呼び方を変えるのは――余裕が無い時だと祈は理解している。


 少年は直ぐにルタと同化する。氷雨の背中でもひぃが翼を広げ、同時にイーグが巨大化した。


 怪鳥の豪風がひぃの翼に直撃する。その強烈な勢いにより氷雨は谷の土壁に激突しかけた。


 少女は何とか体勢を変えて両足を壁に着く。強風が氷雨の自由を奪い、彼女は短刀にしたりずを土壁に突き立てた。


 どうすれば飛べるか。どうすれば生贄を守れるか。どうすれば、どうすれば、どうすれば、と。


 少女が考える中、何とか飛び上がった祈の顔には険しい色が浮かんだ。黒い翼で風に乗ろうとし、けれども体勢が上手く整わない。


 祈の帽子は風に飛ばされ、紫翠や梵、帳も体勢を低くせざるを得なかった。


「ッ、んだよこいつらッ、ふざけんな!」


 祈から羽根が溢れてイーグへと向かう。


 豪風を切り裂く刃にイーグは驚くも、直ぐに業火を吐き出して羽根を燃やした。


 祈の頬に汗が流れ、暁は舌を打っている。


「心獣と同化か……厄介だな」


 祈は祭壇の壁に着地をし、少年を見る暁には梵が殴りかかった。


 倍増化された梵の瞬発力に暁は着いていけず、目を見開いてしまう。


「しまッ」


「暁!」


 イーグが叫び、豪風が止まる。その瞬間を見逃すことなく祈と氷雨は祭壇へと入り込み、梵の拳が突き出された。


「ッせい!!」


 瞬間、梵の拳と暁の間に入り込んだ影がある。


 それは氷雨達が見たことのなかったルアス軍の青年――淡雪(あわゆき)博人(はくと)であり、彼は真正面から梵の拳を受け止めていた。


 博人の足元の地面には亀裂が入り、梵は目を丸くする。暁は直ぐに距離を取り、同軍の背を見た。


「すみません博人さん、ありがとうございます!!」


「いいんだよ!! 感謝すんのは俺の方だ!!」


 梵の拳を弾き返して博人は笑う。


 暁は直ぐにイーグと共に祭壇へ走り、光も同様に地面を蹴った。


「くそッ」


 帳は光を追い掛け、二人の瞳が交差する。


 ルアス軍の少年は歯痒そうに顔を歪め、その表情に帳は嫌気がさすのだ。


「行かせないよ」


 不意に帳を蹴り飛ばす黒があり、風が使えない少年は壁へ勢いよく激突した。


 帳は背中を駆けた痛みと振動で一瞬意識が飛びかけ、それを何とか呼び戻す。


 目の前に立ったのは、黒を基調とした服を纏う眼鏡をかけた少年だ。


「あー……堅物君じゃん。何してんのお前、ルアス軍に寝返ったわけ?」


 帳は痛む背中を無視して口角を釣り上げる。


 大琥は目を細め、その瞳が深い紫色に光る様を帳は見落とさなかった。


「違うよ。麟之介さんからの指示でね、君達を探してたんだ。その時会った早蕨君達も同じ目的で動いてたから、同行してたってわけ。祭壇も彼らと一緒には壊してないから、凩さんが前に言ってた制裁を俺は受けずに済んでるよ」


「は、ペラペラ喋るとか正直過ぎだろ平和主義者。指示とか言いながらあのモデル君に操られてんだろ?」


「なんのことだか」


「無自覚かよ」


 帳は(あざけ)るように笑い、その声は酷く感情が乗っていない。大琥は顔を(しか)めて拳を握った。


 梵は、帳と大琥を確認してから自分の前にいる博人に意識を戻す。


 左手と左足を前に出して構えをとる博人は、確かに闘志のある瞳で梵を見ていた。


「やっと会えたな、細流!」


 構えを崩さず梵に言葉を投げる博人。無表情の梵は握った拳を解かずにいた。


 帳と紫翠は、知り合いであろう青年二人を見る。しかし直ぐに自分の前にいる戦士に視線を向けた。


 博人はどこか嬉々とした顔をする。短く刈り上げられた髪が逆立つような勢いで。


「お前がこの戦いに参加してるって光達から聞いて、ずっと探してたんだ。急に大会に出なくなったお前をな!!」


 梵の眉が一瞬動く。しかし直ぐに反応という反応は消失し、それを気にしないまま博人は拳を握り直すのだ。


「勝負だ! 細流梵!! 勝ち逃げなんて許さねぇぞ!!」


 梵はゆっくりと首を傾げる。


 黒の青年は何かしら考えているようで、博人は「どうしたんだよ」といつでも動けるように軽くその場で足を動かした。


 梵は少しだけ目を伏せた後、博人を無表情に見つめ続ける。


「すまない……誰、だろう、か? お前、は」


 一瞬の静寂。


 紫翠と帳は少しだけ目を見合わせ、二人と対峙していた茉白と大琥も頭上にクエスチョンマークを飛ばす。


 博人の顔は痙攣けいれんし、その額には青筋が浮かんだ。


 梵はその表情変化を見つめながら聞いている。


「大会で、当たった、ことが、あるのか?」


 それは傷に塩を塗る行為であり、火に油を注ぐ問いでもある。


 いや、恐らく火にくべたのは油ではなくガソリンだったのだろう。


 博人の沸点は一気に爆発し、怒号が谷底に響き渡った。


「俺を忘れただとテメェ!? ふざけんじゃねぇぞ細流!! 俺よりいつも上に立ちやがって!! 涼しい顔で勝ちしやがって!! いつも決勝でお前に負けてた奴の顔も覚えてねぇなんて!! 許さねぇッ!!」


 叫ぶ博人は梵との間合いを一気に詰め、ディアス軍の戦士は瞬時に相手の突きを外受けで受ける。


 博人の空を裂く蹴りと突きの雨を的確に払う梵の目は、流れを忘れた水面のようだ。


 その瞳に、博人はまた怒りを覚える。


 いつも銀のメダルを貰う自分と、金のメダルとトロフィーを手に取っていた梵。


 感情を見せない戦い方によどみはなく、勝っても表情を変えない梵が博人は忘れられない。


 梵は博人の上段蹴りをかわし、白い服の鳩尾に拳をめり込ませる。


 博人はその勢いに吹き飛ばされて地面を滑り、体の中心から走った気持ち悪さに目眩を覚えた。


 梵はその隙を見逃すこと無く博人の間合いに入り、右足を叩き落とす。


 苛烈な踵落としを避けた博人は拳を突き出し、梵の左側頭部を狙っていた。


 それすら払い、梵は間合いを取る。


 柳のようにしなやかに、無駄な力は抜いて。それでも攻撃の隙を与えない梵の構えに博人は奥歯を噛んだ。


「ほんまに、博人はんは熱すぎるお方ですわぁ」


 茉白はため息を吐きながら頬に手を添える。彼女の前にいる小さな土人形達も肩をすくめていた。


 紫翠はそれを見つつ、構えていた手裏剣を土人形に向かって投げる。


 茉白は土人形達を直ぐに紫翠の方に向かせ、ほくそ笑んでいた。


「そないな可愛らしぃ攻撃で、うちの子達を倒せる思うとるんですか?」


「倒せる? 違うわね」


 紫翠は一直線に人形に向かう手裏剣のきっさきを見る。そこは瞬時に裂けると、人形達を締め上げて紫翠の指輪が光るのだ。


「これは捕まえる為にあるの」


 呟く少女は腕を引き、釣られるように手裏剣と土人形達も紫翠の元へ吸い寄せられる。


 茉白は目を見開き、人形の頭を踏み潰した紫翠を見ていた。


 茉白の眉が反射的に動く。紫翠は無表情のまま土を足で踏みにじった。


「足癖の悪いお嬢さんですわぁ、ほんまに」


「あら、先に仕掛けてきたのはそっちでしょ?」


 茉白の顔には笑みがある。紫翠は手に戻した手裏剣を回し、再び投擲とうてきした。今度は茉白へ向かって。


 ルアス軍の少女は笑顔のまま手を動かし、土が競り上がる。それは壁となって手裏剣を弾き、紫翠の指輪が再び光った。


 紫翠は勢いよく戻ってきた手裏剣を掴んでホルスターに戻し、横目に祭壇を確認する。


 祭壇の壁は揺れていた。


「よそ見は禁物と違います?」


 不意に、紫翠の髪を掴んだ茉白。


 間合いに入らせるほど気を緩めていなかった紫翠だが、髪を掴まれたのは仕方ないと思い直す。


 黒の彼女は茉白の腕を内側から殴打した。


 茉白が「きゃ」と悲鳴を上げて手を離すが、その顔に悲痛の色など浮かんでいない。


 紫翠は眉間に皺を寄せ、茉白の鳩尾に向かって膝蹴りを入れた。


 しかし、紫翠の膝が当たったのは硬い土。


 勢いよく当たった膝には痛みが走ったが、紫翠はそれを気にしない。


 茉白は自分を守った壁を崩し、地面に着いている紫翠の片足を蹴り払う。


 紫翠は体勢を崩しつつも茉白の胸倉を掴み、腕力だけで、茉白を自分より早く地面に叩きつけた。


 紫翠の髪を数本(むし)り取る茉白。


 頭皮の痛みに紫翠は舌打ちし、元から髪を引きちぎるつもりだったであろう茉白を睨んでいた。


 茉白は「ちょっと」と低い声を出し、紫翠に負けない鋭い眼光を目に宿す。


「酷いんとちゃいます? 倒れるあんさんの身代わりやありゃしませんのよ? 私」


「人の髪掴んでおいて、何様よ」


「ディアス軍如きが、何様のつもりです?」


 紫翠の額に青筋が浮かぶ。


 少女は平手を茉白に叩きこみ、茉白も負けじと紫翠の頬に平手を打ち込んだ。


「好きでこの軍になったわけじゃないわ」


「でも生贄を集めてはるんは事実やろ? あぁいやしい」


「は、」


 紫翠は茉白の意識を抜こうと手を伸ばす。


 望まぬ称号を口にされ、少女の頭には熱が溜まっていった。


 その向こうで、祭壇の壁にヒビが入る音がする。


 帳と紫翠はその嫌な音を聞き、直ぐに相手から身を引いた。


 茉白と大琥も体勢を立て直し、崩れる祭壇に視線を向ける。


 土埃が舞い上がった。


 祭壇は崩れた場所から光りの粒へ変換され、雪のように消えていく。


 煙の中からはウトゥックの王と無月を抱えた氷雨が飛び出し、少女は谷の壁に両足を着いた。


 それを追うように祭壇中央から飛び出してきた光。彼は少女に手を伸ばし、氷雨は壁を蹴ってひぃが羽ばたいた。


 帳はそれを見て、視界の端には自分に向かって打ち出された水の弾丸を映す。


 大琥の能力であるそれは銃弾と大差ない威力で壁へめり込み、帳は地面を転がりながら避けた。


 氷雨はそれを見てりずに言葉を送る。茶色いパートナーは直ぐに帳の前にスクトゥムとなって飛び降り、水の弾丸を受けるのだ。


「な、!」


「ふははは!! お前の水なんか、俺の前じゃお遊び同然よ!!」


 りずは高らかと笑い、その盾の持ち手を帳は掴む。大琥は悔しそうに顔を歪ませながら六つの水の弾丸を作り、再度弾き出した。


 帳は大きな盾で弾丸を弾き、その勢いのまま振り被った盾を大琥へ振り下ろした。


 眼鏡の彼は横へ瞬時にかわし、りずは地面にめり込む。帳は舌打ちしながら武器名を口にした


「ジャマダハル」


「ッ、おう!」


 りずは瞬きの間に帳が使いやすいと言った武器へ変わり、少年は口角を上げるのだ。


 その姿に大琥は疑問を抱く。帳が風を操らないから。


 その問いを口にさせる前に帳は殴り掛かり、大琥は疑問を考えるのをやめた。


 氷雨は跳んでくる光を避けつつ地面を見る。


 帳と大琥。紫翠と茉白。梵と博人。


 祭壇の残煙からは祈と暁が飛び出し、赤髪の少年は黒い羽根を打ち出した。


 その鳥の足にドヴェルグの名工とオヴィンニクの女王はいない。


 氷雨はそれを確認し、壁から弾けるように跳んできた光をかわした。


「ッ、氷雨さん!」


 ひぃが焦りの声を上げ、氷雨は振り返る。


 斜め上の壁で膝を曲げた光は、速度を上げて氷雨に急接近した。


 氷雨が理解する前に光は少女の肩を掴む。そのまま二人は、勢いよく反対側の壁と地面の繋ぎ目に激突した。


 氷雨の肺からは空気が漏れ、ひぃはうめき、らずは今にも泣き出しそうになる。


 氷雨は光を見て、ウトゥックと無月から手を離した。


 救われたとしても生贄に意識を戻せるのは紫翠だけだ。それに光達が気づけば、連れて行ってしまうことは無いと踏んで。


 氷雨は自分を掴む光の両手首を掴み、笑わないまま言った。


「……離してください、早蕨さん」


「駄目です凩さん。離せば貴方は、その人達を連れて行ってしまうんでしょう?」


 光は綺麗な瞳で氷雨を見つめる。少女は奥歯を一瞬噛み、光の手首を握る力を強めた。


「連れて行っては駄目なのですか」


 少女の言葉に少年は目を見開く。信じられないと言う顔を見た氷雨は、諦めたように笑うのだ。


 光は奥歯を噛み、氷雨の華奢きゃしゃな肩を掴む手に力が入る。


「駄目です。それは悪いことだ。誰かを犠牲にして生きるんて、そんなの正しくないッ」


 その言葉は正しいと氷雨は知っている。


 知っているからこそ、拒絶した。


 氷雨は勢いよく光の額に自分の額を打ち付け、硬いものがぶつかる音が木霊こだまする。光は予想外の攻撃にひるみ、すぐさま氷雨は距離を取った。


 ひぃの体が震える。らずの目からは涙が零れる。


 帳はりずが震えていると気づき、大琥から距離を取った。


 祈と紫翠も氷雨の異変に気がつき、相対していたルアス軍から離れていく。


 りずは消え入りそうな声を零していた。


「痛てぇな……氷雨」


 帳は目を丸くする。


 氷雨は顔を上げ、立ち上がった光を見つめた。


「――正しいとはなんですか」


 氷雨は笑みを浮かべることなく光に問う。少年は少女を見つめたまま、手を握り締めた。


「誰も悲しませないことが、誰かの為を思って生きることが、正しさです」


 光の答えに氷雨は笑ってしまう。呆れたように、さげすむように。


 いつも温和な彼女の雰囲気はそこにはなく、帳の手からりずは離れていった。


 梵もその異変に遅れながらも気づき、紫翠と帳の腕を取って氷雨の元へ駆け寄った。


 祈も四人の近くに足を着き、汗を流しながらルタとの同化を解いている。


 光の元に暁達も集まると、最初のように対峙する形となった。


 氷雨は帳達から離れるように足を踏み出す。


 光も前に進み出て、少女は奥歯を噛み締めるのだ。


「それは自己満足です」


 氷雨は言う。光は目を丸くすると、少女の声を聞いていた。


「誰かの為に? 悲しませない? そんなの偽善だ。貴方が良いと思う押し付けだ」


「偽善であろうと、それが正しく正義になるなら、みんなが笑ってくれるなら、俺は悪いとは思いません」


 光は氷雨を見つめている。


 熱の下がらない博人の肩を茉白は摩り、りずは氷雨の足元に近づいた。


「貴方達は、ディアス軍は間違ってる。どうして自分の為に誰かを殺せるんですか! どうして他の道を探そうと思わないんですかッ」


 氷雨の肩でらずが震える。少女は指の関節が白くなるほど握り締め、光の言葉を受け止めていた。


「その間違いを正す為に俺は来た」


「そうすれば、貴方は死なずに済むものね」


 氷雨は言葉を零し、光の頬を冷や汗が流れる。


 氷雨の肩でひぃは息を切らせており、少女は確かな怒りを抱きながら言葉を紡いだ。


「生贄を集めるのが間違い? そんなの分からないわけがない!! 誰かを奪うのも、殺すのも、祀るのも、好きでやってると思うなよ偽善者がッ!!」


「ッ、分かっているなら他の道を探せばいいだろ!!」


「無いからルール通りに進んでんだよ!!」


「そんなルールが(まか)り通ってたまるか!! 示された決まりにだけ従って、それは逃げてるだけで!! 正しさから目を背けて、自分の行いを正当化する言い訳じゃないか!」


 帳達の瞳が細められる。祈は足を踏み出しかけ、それをルタは止めていた。


 らずの瞳から涙が零れ続ける。


 光は理想を抱いて、叫ぶのだ。


「誰かの犠牲の先にある人生なんて幸せなわけがない!! ルールに従うだけで、生贄を集めて、その先に希望なんてあるわけない!! なんでそれに抗わないんだッ!! そんな間違った選択をするからッ、だからいつも勝つのはルアス軍だッ、今までの勝敗が現実を、」


「そんな正しさ並べんなッ!!」


 氷雨は言葉を拒絶する。彼女は自分の髪を掴み、怒鳴り返す。


 少女の頭の中で、ラドラの涙が、無月の涙が流れていた。


「正しさなんて聞き飽きたッ、自問自答も続けたさ!! それでも、理不尽が人生だからッ、覚悟決めて、悪だと言われても突き進んだッ」


 ――悪は、お前だ


 ウトゥックの言葉が氷雨を傷つける。


 少女は息苦しさで、今にも窒息してしまいそうだ。


「勝つからルアス軍が正しいのか? そんなわけがないだろッ、そんなのただの結果論だ!」


 りずが呻き、氷雨は両手を握り締める。


「正義が勝つんじゃないッ、勝つからそれが、正義になるんだッ!!」


 りずがハルバードへ、変身した。


 氷雨は握ったパートナーを叩きつけて地面に亀裂を入れる。


 その気迫に負けそうになりながら、それでも光は正しさを主張した。


「あぁ、そうだよ、世界はそうやって回ってる」


 光は氷雨を見つめて肩を震わせる。


「誰も泣かないことを望むのが偽善ならッ、俺はそれで構わないッ!!」


 少年は力強く、言葉を少女に向けていた。


「自分のことだけ考える君達になんて、負けはしない!! 悪である君達を、俺は正しさで止めてみせるッ!!」


 その言葉が――氷雨に刺さるから。


 ――緋色が崩れ落ちる。


 紫翠達は目を丸くする。


 地面に崩れ、潰れたように溶けだしたひぃだった物。


 ――甲高く硝子が砕けた音がする。


 氷雨の肩から地面に零れ落ちたのは、泣き虫の残骸。


 少女の瞳からとめどなく涙が溢れ、ハルバードを保てなくなったりずの絶叫が谷底に響き渡った。


彼女の心は、何だったか。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿、致します。

今度は引き延ばしません。

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