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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
欠落した寂寞者編
73/194

傲慢

2020/02/19 改稿

同日 台詞・句読点訂正

 

 

 ――影武者


 権力者の影となり、時には表に立って指示を出し、時には裏で暗躍する存在。


 日本の歴代将軍の中にも影武者を使っていた者がいるという噂はあり、それはアルフヘイムでも同様であった。


 自分を守りたがる王は自分のきょうだいや親類、はたまた自分に似ている赤の他人を影武者にすることもある。


 その話をストラスから聞いていた祈は、ラドラに対して違和感を抱いていた。優雅な言葉遣いに丁寧な仕草。しかし彼女に「王」たる風格は存在していなかった。


 嫌に小綺麗な応接室と、窓の外には荒廃したシュス。


 その差を気にする仕草を見せずプライドについて語ったラドラ。その姿はまるで子どものようだと祈は思い、同様のことを紫翠も感じていた。


 ラドラには隙が有りすぎた。ディアス軍の戦士を五人も招いたと言うのに、自分を守る同族の者を置いていない。彼女は部屋に一人だったのだ。


 その警戒心のなさは紫翠にとっての疑問であり、自分が優位であると疑わないラドラの目は嘘すら付けないものだと見抜いていた。


 勘のいい紫翠と観察力のある祈は気づいたけれども、それを二人は氷雨に告げなかった。らずにヒビが入ってからと言うもの、小柄な少女に負荷をかけてはいけないと二人の中では警鐘が鳴っていたからだ。


 紫翠と祈は、観察対象をガルムからラドラに変えた。


 対して梵は相手の力量だけを見る癖により、ラドラの強さを測ることしかしていなかった。その結果、ラドラには威厳も強さもないと彼は気づく。


 刷り込まれたような言葉遣いと動きが彼女を「王」に見せようとしていると知った梵だったが、それ以上のことを考えはしなかった。


 細流梵とはそう言う男なのだ。


 彼は氷雨を横目に見て、湿原で自分に手を伸ばした少女と、自分を地面に落とした帳の関係について深く追求しなかった。


 自分を使い勝手のいい駒と言おうと、憤りも困惑も感じない梵だ。彼にあった微かな疑問と言えば、氷雨が帳に寄り添おうとしている姿だろう。


 小さな少女は言っていた。


 ――救われたんです。彼の言葉に、私は。


 それは言わされたものでは無いと三人は理解していた。


 紫翠と祈にとって帳と言う少年は底が見えない他者であり、梵にとっては足りない自分を使う戦士だった。


 紫翠と祈はチグハグの彼を放っておいていいと考えていたし、梵も奪還の案など思いついてはいなかった。


 それでも、進みたいと、救いたいと言ったのは、三人が信じる少女だったから。


 自信を持たない彼女の背中を押し、三人はオヴィンニクとガルムの交戦を観察した。どう見てもガルムの勢力の方が上手である戦いだったが、その中で紫翠は見た。ラドラを守る者がいない様を。


 祈も気づいていた。ガルムの洞窟に近づけないオヴィンニクと、近づけるオヴィンニクがいることを。


 ラドラは近づける者だった。紫翠は洞窟から出てきた氷雨と帳にその事を伝え、帳は鉱石について伝えるのだ。


 ――選定していたのはガルムではなく、命の鉱石自体ということね


 ――そーいうこと


 洞窟から出て、ほとんど笑わなくなった帳。彼の目元は微かに赤く、氷雨は髪の毛が一部短くなっていた。


 その事柄について三人は聞かない。帳と氷雨が話したくなるまで、聞いてはいけないと思ったから。


 代わりに口にしたのは悪であろう者の仮説だった。


 オヴィンニクの中にある生と死に対する考えの違い。守られない女王と守ろうとしない民。


 ――ラドラは恐らく、女王の影武者ですね


 ――影、武者


 ――本当の女王様の保険って感じ、かな


 祈はルタを撫でながら言葉を紡ぎ、梵はゆっくり首を傾ける。氷雨と帳は顔を見合わせ、直ぐに紫翠達に顔を向けた。


 二人の目には揺らぎがある。だがそれは本人達を弱くするものではない。二人の目は、自分達の目的を見つめていたのだから。


 ――オヴィンニクは、誰かを悪だと言うのかな


 ――真の女王様は、ラドラさんが死んでもいいと思っているのでしょうか


 自分達の条件に合う者を。自分達が悪だと思える存在を。


 帳と氷雨は探し、梵は口にしない考えを脳内で反芻はんすうしていた。


(あぁ、この二人は、とても、似ている、な)


 梵は目を伏せて、夕焼け色を浴びている。


 季節が進めば、必然的に夜明けは早足で近づいてしまうのだ。


 ガルムに対する興味は既に五人には無かった。だから翌夜にはオヴィンニクのシュスへ向かった。


 しかしそこで氷雨は捕えられる。炎の壁が自分達の前に築かれた時、帳は体温が引くのを感じていた。


「追うよ」


 帳は足を踏み出し、その肩を梵は掴む。


 炎の壁に向かおうとしていた少年は、屈強な青年を睨んでみせた。


「何、鉄仮面」


 帳は同行する三人の姓も名も呼ばない。


 鉄仮面、毒吐きちゃん、雛鳥。


 そこにある確かな他人の線引きに紫翠は気づいており、反射的に氷雨に伸ばしていた手を下ろすのだ。


「帳は、ここに。俺が、行こう」


「……俺が力、使えないから?」


 帳の口角が上がり、炎の壁が徐々に小さくなっている。頬に受ける熱は彼の感情を荒らしていた。


「行くなら早く行けよ。絶対連れ戻して来て。それ以外の結果はいらない」


「その、つもりだ」


 梵は腰を低くして一度止めると、地面を抉るほどの脚力で走り始めた。


 ほんの数秒で小さくなる背中を見送った帳は、梵が駆けた風にピアスを揺らし、両手を握り締める。


「氷雨なら大丈夫よ」


「その根拠何」


 紫翠は腕を組み、冷静さの戻った頭で思案した事を口にした。それに帳は、苛立ちを募らせたと分かる低さで言葉を吐く。


 紫翠はその珍しい態度に目を細め、形のいい唇を動かした。


「あの子がこうも容易く攫われるだなんて変よ。きっとラドラと話をする機会が出来たとでも思って、自分で連れて行かれたんだと思うわ」


「それは推測だろ? 根拠を聞いてんだよ」


 帳の目が紫翠を射抜く。ルタは握り締めている少年の両手を見て、直ぐに飛び立てなかった自分を責めない祈に視線を向けた。


「あの子はそう言う子だって知っているもの」


 紫翠は真っ直ぐとした瞳で帳に伝え、帳は黙る。


 少女は続けていた。


「氷雨は自分より誰かを優先するわ。優先しなくては自分が苦しくなるから。自分の為だと言う彼女の行動は、結果的に私達の為の行動になる」


「ッ」


「あの子は強いわよ」


 紫翠は言いきり、帳が奥歯を噛む音がする。少年は握っていた手に更に力を込め、言葉と共に拳が揺れた。


「分かってる」


 太股を叩いて帳は手を開く。紫翠は頷いて歩き出し、祈も後に続いた。帳は一瞬だけ振り返り、シュスの中へと向かう。


 心配して手を握り合うだけが優しさではない。


 背中を預けて信じることも、優しさだ。


 祈はシュスに足を踏み入れて、目を細めた。


 ――オヴィンニク・シュス・ドライ


 凹凸のある道の両脇に作られている家々は、窓であろう場所に布が貼られて中がうかがえない。街を歩く者の姿もなく、どこからか聞こえる啜り泣きに祈は鳩尾を摩った。


 三人は手分けしてシュスを回ることにし、帳は一つの家の扉をノックする。中から現れたオヴィンニクは虚ろな目をして少年を見た。


「ねぇ、あんたはさ、このシュスに悪はいると思う?」


 オヴィンニクは目を見開いて息を呑む。帳は笑顔で首を傾け、泣きだしそうな住人を見つめていた。


 * * *


 ラドラには双子の姉がいる。


 名はバント。


 民が育てた食物も、作り出した装飾品も、安息すらも奪う絶対君主。


 バントは姿を現さない。彼女の指示はラドラを通して伝えられ、ガルムへの攻めも元を辿ればバントの決定だった。ラドラはそれを遂行する為の仮の女王であり、妹に従者はいない。


 バントの目的は命の鉱石の奪取だっしゅ。六番目の種族として生きる自分達の格を上げ、番人たるガルムを蹴落すための作戦。その為に民が犠牲になろうとバントは構わなかった。


 彼女が求めたのは六番目と言う汚名の返上。ただそれだけ。


「それだけで死にに行けなんて、酷いんじゃない?」


 紫翠は中央の城の女王の間で、バントを前にしていた。


 絢爛豪華けんらんごうかな衣装を纏うバントは、黒い羽根によって裾を壁に固定されていた。


 祈は大きな漆黒の翼で体を覆い、チェストのような家具の上に腰掛けている。帳はバントの横に立ち、女王の言葉を聞いていた。


「私は女王よ。民をどう使おうが自由の筈。口出しなんてしないでくれる?」


 バントは口角を上げ、窓から襲来した戦士達を嘲笑あざわらっていた。きっと今にも女王の兵達が戦士を追い出しにくると高を括って。


 しかしその考えは、帰ってきていた細流梵とひぃによって打ち砕かれる。女王の間の扉を開けたのは戦士とドラゴンだけであり、バントは目を開くのだ。


 奥の廊下には倒れている警備兵。それを見たバントは初めて奥歯を鳴らし、帳は目を細めた。


「凩ちゃんは?」


「氷雨さんならご無事です。ラドラから害を与える素振りや敵意を特には感じなかったので、その報告に私が戻って参りました」


「との、こと、だ」


 帳は眉間に皺を寄せながら「あっそ」と返事をし、ひぃは梵から帳の肩へ移っていく。


 帳は緋色の首を少し撫でると、視線の鋭い祈と目が合った。


 それを指摘することなく、帳はバントに言っている。


「民の中にはさ、平和でありたいって奴が多かったんじゃない?」


「……なんのことかしら」


「言ってたよ。シュスに住むオヴィンニク達はあんたの我儘で貧困におちいったって。奪うことが嫌いな奴は、ガルムの洞窟行ったっきり戻ってこないって」


 バントは黙り、帳の目は細められる。


 身動きを取ろうとした女王の足元には鋭利な羽根が刺さり、彼女は顔を強ばらせた。


「あんた知ってたよな? ガルムは贄なんて選んでないって。命の鉱石が、死にたい奴を呼んで飲み込んでるって」


 バントを今にも射抜きそうな瞳で帳は問う。その声には体温を奪う冷たさが乗り、紫翠はバントに追い打ちをかけた。


「ラドラは言っていたわよ。民が何人も贄としてガルムに連れて行かれたって。でも本当は、その民達は死にたいと思っていたから、ガルムの洞窟に自分で近づいたんでしょ? 奪うことが嫌いと言うオヴィンニクとしては欠点のある住人は、こんなシュスで生きていたって幸せにはなれないもの」


「教えてなかったんだよね、ラドラさんには。命の鉱石が死にたい人を呼んでいたって」


 祈は確認するが、バントは何も答えない。帳は女王の顔に近い壁を宣言なしに殴り、バントは震え上がった。


「あんたは自分の願望の為に妹と民を使ってたんだろ? 恨みを買いやすい種族だから妹を影武者にして、自分は城の奥で指示を出すだけ。欲しかったのは名誉と序列」


「ッ、戦士如きに何が分かると言うの!」


 不意にバントは叫び、目をこれでもかと見開いている。祈と梵は直ぐに動けるように体勢を整え、紫翠と帳は眉間に皺を寄せた。


「たった一つ数字が違うだけで、私達とガルムの間には超えられない壁があるのよ!! アイツらは創始者様直属の眷属! しかし私達は違う。たった少し生まれるのが遅かっただけで、私達は創始者様を見ることも話すことも出来ないのよ!」


「それが何、だから反旗? 馬鹿馬鹿しい」


 帳は言葉を吐き捨て、バントの目に怒りの感情が燃えている。


「この屈辱など分かってなるものか!! アルフヘイムの為に秩序を守り、創始者様の宝である命の鉱石を守るガルム達!! そんな崇高な姿に憧れないなんて無理なのよ!! 私達は奪うことしか出来ないのに!!」


 バントの声が大きく大きくなり、帳はひぃの背中に手を置いている。紫翠と祈の近くに立った梵は目を細め、王を見ていた。


「まるで、奪いたく、ない、と言う、言い方、だな」


「えぇ、そうよ! 出来ることなら奪いたくないわッ」


「どういうこと?」


 バントは体の震えを止めて叫び、祈は確認する。帳は面倒くさそうに息を吐き、紫翠は肩をすくめていた。


「奪うしか私達は出来ないのよ!! 足音を立てずに歩く足も、誰かの大切なものを見極める目も、周囲を燃やす能力も!! 全ては「奪う」と言う行為をよりよく成功させる為の手段だわ! 私達には生まれながらにそれがあるッ、あぁ、なんて憎たらしいッ」


 バントは訴え、部屋の温度が上がっていく。


 祈は今すぐにでも発火しそうな変化を感じ、若干後ずさった。紫翠はそんな少年の背中を勢いよく叩く。梵は目を瞬かせ、祈は一人背中の痛みに悶絶した。


 帳は肩を少し落としながら「暑いんだけど」とボヤいている。


「その見苦しい演技いいから。本音を言えよ、鬱陶うっとうしいな」


「……は?」


 バントは目を見開き、部屋の温度が一気に上がる。


 それはバントの沸点が上がった証拠だ。


 紫翠はため息をつき、梵の肩に手を置いた。気づいた青年は少女を抱え、祈はそそくさと窓から飛び立っていく。


 梵も窓枠に足をかけ、気づいた帳は顔を歪めていた。


「え、マジ?」


「口の悪いあんたのとばっちりなんて御免だわ」


「お前と心中とか、俺無理だから」


「結目、あとは、頼む」


「はは、覚えてろよ」


 口元だけ弧を描いた帳。紫翠達は話半分に手を振り、女王の間から出ていってしまった。


 帳は上がり続ける部屋の温度と、薄情な三人に気分が下がる。


 バントに向き直った少年は、今にも目が飛び出しそうなバントを見て首を傾けた。


「あんたがしたかったのは自分達の鬱憤うっぷんとか、そういうのの発散でしょ? 奪うしか能が無いとか言って、だから奪って格上げる? 馬鹿だよ本当。命の鉱石を奪おうが、ガルムに恥かかせようが、あんたがオヴィンニクってことは変わらないよ」


「この、戦士がッ」


 部屋が一気に火の海になり、ひぃは瞬時に帳を持ち上げる。


 逆さまになった少年は天井に足を着き、祈の羽根を剥がしたバントを確認した。


 憤りが溜まったオヴィンニクの顔は歪んでいる。


 帳はまだ燃えていない床に着地し、バントに向かって首を傾けた。


「憎らしいとか嘘だろ? 体の震えが急に止まったし、瞬きも減った。わかり易すぎだから」


「その仕草が何よ!! どこが嘘だと言うのかしら!!」


「あんたは別に憎んでなんか無いんだろ。自分達の奪うことに特化した特性を。六番目が悔しいとか、ガルムが羨ましいとか、創始者のお近付きになりたいとか、それは本当だろうし伝わりはした。共感はしないけど」


「ッ」


 帳がいた床が燃え、ひぃは直ぐに宙に舞う。帳は窓脇に足をついてしゃがみ、口角を上げた。


 火の海の中に、漆黒の女王が鬼の形相でたたずんでいる。


「あんたは自分を変えようとしてない。それじゃあ何も、変わらないさ」


 少年は窓枠を後ろに蹴り、バントは恐ろしい瞬発力で彼を追った。


 窓から飛び降りる帳とバント。少年は緋色のドラゴンによって宙で体勢を整え、バントは着地音をとどろかせた。


「――すまない」


 謝罪の声がする。


 抑揚のないその声の方へバントが顔を抜けた瞬間、彼女の脇腹に衝撃が走り、女王は吹き飛んだ。


 近くの家の壁に激突し、バントは地面にうずくまる。


 彼女を吹き飛ばしたのは、正拳突きの姿勢を取っている梵。彼は前に出していた足を肩幅に戻し、両腕を一度交差させてから姿勢を正した。


「えげつねぇ」


 呟く帳はバントの横に着地する。バントはよろけながら立ち上がり、少年は言った。


「奪いたくないなら変わればいいのに。奪いたくなくて、変わりたいと思った奴は命の鉱石に行って楽になろうとして。それじゃ何も変わらないよ、本当」


「ふん……奪いたくない、なんて、オヴィンニク失格、よ。奪って、上を目指してこそ生涯ッ、それを成せないならば、恥をさらさず死ぬべきよ!」


 バントは四本の足を地面に着けて自立し、帳を睨む。よく通る、大きな声を吐きながら。


「何も間違っていない! 望むものは戦場へ!! 悲願を達成する為に鉱石を奪うのよ!! 奪えない者は死ねばいい! 生きたいならば奪えばいいの!! 欲しいものは手に入れッ」


「うるせぇ吐くからもう黙れ」


 バントの言葉を最後まで聞かず、帳は女王の顔を力一杯蹴り飛ばす。ひぃは突然のことに目を固く瞑り、その翼は震えていた。


 地面に倒れたバントは動かない。腹部が動いていることで生きていることは確認出来るが、完全に意識は飛んでいるようだ。


 帳は地に伏した女王を見下ろして、誰にともなく言っていた。


「変わりたい奴をけなすなよ。その一歩を馬鹿にすんじゃねぇよ。そんな権利は誰にも無い。奪うことがオヴィンニクだとしても、その道から外れたって、何も悪いことなんてねぇのにさ」


 ひぃは目を開けて、帳を見る。少年はふと空を見上げて、色が微かに変わり始めた天に目を細めた。


「上を望むなら自分で成せばいいのに。口だけなんて胸糞悪い。その考えに、誰が着いて行こうとしてたんだか」


 帳は周囲を見て、近づいていた細身の住人達を見る。


 彼らは女王を見つめており、帳は声を上げた。手を握り締めて、前を向いて。


「お前達は、誰を悪だと思う! 奪わないことを選ぼうとした奴らか!? ガルムの所まで戦いに行った奴らか!? お前達から奪い続けていた奴か!!」


 腹の底から出される大きな声を、オヴィンニク達は聞き逃さない。


 帳は奥歯を噛み締めて、言葉を吐き続けた。


「俺達は悪を連れて行く!! シュスの誰もが悪だと言い、俺達の尺度で測った時も悪だと思えるそいつをな!!」


 オヴィンニク達が顔を上げていく。


 ひぃは勢いよく翼を広げて、祈達はどことなく満足そうに息をついていた。


「変わりたいなら変わればいい!! 望むことをしてみせろ!! 求めた未来を掴んでみろよ!! そうしなきゃ、生きてる意味なん無いだろッ――幸せになんて、なれねぇだろ!!」


 帳は言いきり、オヴィンニク達から徐々に歓声が上がる。


 彼らは言った。バントを連れて行ってくれと。


 奪いたくない者は、欠けているわけではないのだと。


 その答えだけで、帳は十分だった。


 梵はバントを抱え上げ、紫翠は意識の宝石を抜いている。


 四人はその足でガルムの洞窟に向かった。


 息苦しさを堪えて冷や汗を拭いながら。


 山の麓にはガルム達がおり、洞窟の方からは少年のような声が響く。茶色い旗が揺れていた。


「おーい!! 紫翠ー! 梵ー! 祈!! 帳ぃ!!」


「おや、りずがいますね」


「ぅ、ほんと、だ」


 ひぃは深く呼吸しながら心獣を見つけ、祈は苦しげに頷いている。


 旗になっていたりずは針鼠に戻り、紫翠の肩によじ登った。


 少女は胸焼けしそうな息苦しさを感じて、梵はバントを地面に下ろす。青年の顎も汗がつたい、祈は同化を解いた。ルタを抱き締めた少年はうずくまり、帳だけは歩き続ける。


「ここにいなよ。俺が凩ちゃん連れ帰ってくるから」


「頼むわよ」


 帳は紫翠に頷き、山頂を見る。穴が空いている頂上は命の鉱石がある場所と直結していたと思い出しながら。


 ひぃは帳を持ち上げて空へと進み、しかしその飛行は覚束無おぼつかない。


 帳はすぐ途中で足を着き、ひぃを元来た方向へ戻らせた。これ以上はドラゴンには厳しいと理解して。


 足音がする。


 帳に近づくのは月白げっぱくいろの獣。少年は確認し、頭を下げたガルムは戦士を背に乗せて頂上へ向かった。


 帳は風のように走るガルムに感心しながら山頂に着き、そのまま空洞へと飛び込んでいく。


 帳は見る。


 鉱石の前で泣きじゃくるラドラと、影武者を抱き締めている氷雨を。


 着地したガルムの背から少年は降り、少女に近づく。伸ばした手で、黒い短髪を撫でる為に。


 氷雨は顔を上げる。


 その顔にはゆっくりと笑みが浮かび、相反するように帳は無表情だった。


「帰るよ、凩ちゃん」


「はい……結目さん」


 帳の眉間に皺が寄る。


 ラドラは未だに泣き続け、しかし少年はそんなもの眼中に無いという態度だ。


 彼は息をついてガルムの背に乗る。別の穴から現れたガルムはラドラにすり寄り、氷雨は後ずさってからオヴィンニクに言った。


「生きる為に進みましょう、ラドラさん。貴方が死にたいなんて思わなくていいような、そんな場所を作る為に」


 ラドラは顔を上げる。涙の溜まった目は、その言葉に救われていると帳は分かっていた。


 ラドラは頷き、涙を流しながらもガルムに着いて洞窟を出ていく。


 氷雨はその背を見送ると、帳を乗せているガルムに近づいた。


「乗って、良いんでしょうか」


 ガルムは頷き、帳は少女の腕を引いている。


「さっさと行くよ」


「ぁ、はい、すみません」


 氷雨は慌てて帳の後ろに乗り、少年は少女の手を自分に回させる。


 氷雨は何か言おうとしたが、それより早くガルムは走り出してしまった。


 暗い洞窟へと飛び込むガルム。毒々しく輝く鉱石は直ぐに見えなくなり、帳と氷雨、らずの呼吸も落ち着きを取り戻していった。


「――帳でいい」


 走る中で、少年は言う。


 顔を上げた氷雨は、沢山のピアスを揺らす帳で焦点を合わせた。


「名前で呼んで」


 帳は自分の腹部に回させた少女の手を握り、小さく願う。


 氷雨は少しだけ黙ると、優しく穏やかに――笑っていた。


「はい――帳君」


 帳は鈴の転がるような声を聞き、少しだけ笑う。


 張り付けたものでは無い、自然体の笑みを。


 外へ飛び出すガルム。


 帳と氷雨は明るい世界に舞い戻り、その輝きに目を細めるのだ。


 明日を生きる為に選んだ生贄を、氷雨は見る。


 倒れているバントはラドラが泣いた元凶で、氷雨は奥歯を噛み、彼女の尺度でもバントは悪だと認定された。


 四人目の生贄。


 それを五人は捕まえたのだ。



幸せだって、人によって違うだろう。


これにて「欠落した寂寞者」編は終了。

次回より、新編を始めます。


明日(今日ですね)は、投稿おやすみ日。

明後日(明日)投稿、致します。


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