心覚
幸せになりたい男の子の、昔話をしよう。
ーーーーーーーー
2020/02/17 改稿
結目帳に両親はいない。
彼が小学三年生の時に母は浴室で手首を切り、三年後には父も同じ場所、同じ形、同じ方法で死んだのだ。
第一発見者は共に帳。
彼は母を見つけた瞬間理解が追いつかずに放心し、父を見つけた時には嫌な予感が当たったと涙した。
両者共に遺書を残さずしての自殺。帳は父親の弟に引き取られるも、少年の心は完全に鍵がかけられてしまった。
母は帳と同じ暗い茶髪の猫っ毛を持ち、物静かで真面目な人だった。学生の頃はよく学級委員をしていたと言う話を聞き、料理だけは少し苦手だった印象を帳は持っている。
父はおおらかで、帳と母を大事に大事に扱っていた。望む物は全て与えられ、叱ることはせず、いつも笑顔で帳の名を呼ぶ声は幸せそうだったと息子は記憶している。
夫婦円満、家族団欒。特別裕福という訳ではなかったが、帳は家族が大好きで、何の心配も不安もなく育っていた。
転機が起こったのは――とある夜のこと。
眠っていた帳は頭を撫でられる感覚で目覚め、寝ぼけ眼で母を見た。帳に準備された子ども部屋のベッドの横に膝をつき、愛おしそうな瞳で帳を見つめていた母。彼女は息子が起きたのを見ると、泣き出しそうな顔で笑っていた。
帳は母の言葉を聞く。
静かな声は帳の心を穏やかにし、再び夢へと誘った。
それが余りにも穏やかな眠りだったが為に、目覚めた時、母の姿がリビングにない事を少年は不思議に思った。
父と一緒に家の中を探し、帳は浴室の扉を何の気なしに開ける。
そこに赤く染まった水と――カッターナイフを持った母の姿があるなどとは思わずに。
その後の記憶が帳は曖昧だ。気づけば父が泣き崩れ、母の亡骸に縋っていたのは覚えている。
そして帳は知った。父の愛情というものが、世間一般、平均的な愛とはズレていたと言うことを。
彼の心が――傷だらけであったことを。
父は優しかった。
どこまでもどこまでも優しく、帳を構い、甘えさせ、慈愛と加護の檻に閉じ込めた。帳は父の目の中に揺れる不安と恐怖に気が付き、しかしそれを口にすることなく、自分を甘やかす父を嫌悪した。
帳が傷ついているのを知っていて、その傷口に父親が持てる温かさを与えてくる。それは父自身の寂しさを紛らわす為なのだと敏い帳は知っていた。
しかしそれをやめさせる方法は知らなかったが為に、少年は父親の押しつけに近い世話を受けたのだ。
ドロドロに溶けた過剰な愛は帳の体に染み込み、直に少年の思考を麻痺させ、体の自由を奪っていく。
服も食事も学校も、行事も休日も、父は帳に一生懸命だった。
もう二度と無くさないという決意と不安が帳には伝わっており、大事にされ過ぎるという生活は確実に少年を蝕んだ。
帳は気がついた。父のこの重すぎる執着が、母を追い詰め憔悴させたのだと。父はずっとそうだったのだと。
父が祖父母と連絡を取ろうとしないこと。自分や母と会わせないようにしていること。それが彼の傷の根本的原因だと考えられること。
母が受けていた愛着を今は自分が受けていると小学六年生にして気づいた帳は、家の家具の八割を破壊するという暴挙に至った。
我慢の限界だったのだ。
閉塞的な愛着によって縛り上げられた現状に。
父の愛情過多な態度が少年には耐えきれなかった。息子を癒して守るふりをして、自分自身を癒そうとしている父が許せなかった。
罵詈雑言を吐いて父を怒鳴りつけ、食器という食器を割り、家具を倒し、暴れ回った帳。
父の顔は青ざめていたと少年は気づいていた。気づいていたが止めはしなかった。
母が死んだのは父のせいだと思ったから。
暴れて泣いて、泣き疲れて床で眠った帳。目が覚めると自分のベッドに寝かされており、父が運んだのだと少年は分かった。
暴れ回った部屋はそのままで、これを今日は父と直すところから始まるのだと帳は考えていた。
冷静になった少年は、やり過ぎたことを謝ろうと思っていた。
思っていたのに、謝罪をしようとした相手は――手首を切って浴室にいた。
その光景を見て帳は頭を掻き毟り、理解し、涙ながらに家を飛び出して保護された。
その後、父の弟に引き取られることになった帳ではあったが、叔父は父と似ても似つかないほどに感情の起伏や執着がない人物であった。
帳の砕けた心はその環境では修復されず、彼は暴力と言うものに目覚めた。
癇に障る相手は殴って黙らせ、耳に安全ピンでいくつも穴を開け、そんな自分を教育という名の元なじる教師も言葉の暴力で説き伏せた。
叔父はそんな帳を見兼ねていたが、独身の彼は子どもに対する接し方を知らなかったのだろう。
帳はそれを察して、食事を取らず、体重は減り、ただ壊れた人形のように笑うようになった。
笑いながら人を殴り、蹴り上げ、瞳孔を開く帳。
彼は感情の表し方が分からなくなった。顔は笑みだけ浮かべ続け、言葉はまるで教科書の朗読のように平坦になった。
人に対する気遣いというものは一切捨てた。帳に話しかける者もおらず、触れれば破裂する爆弾のように扱ってくる周囲を少年は景色の如くやり過ごした。
高校に進学する時に叔父の家を出た。生活費などの工面だけしてもらう形となった少年は一人で歩み続けた。
死を選んだ両親を憎むこともせず、帰ってこないことへの焦燥感は捨て、優しさや愛情というものを嫌悪した。
死んだ者は戻らない。死を選ぶことなど愚行に等しい。
帳は思いながら時を過ごし、とある夕暮れにオリアスと出会ったのだ。
――おめでとう、そしてすまない、結目帳。君はアルフヘイムの戦士に選ばれた
最初は流石に夢か何かだと思った帳ではあったが、最後には「あ、そう、分かった」で全てを飲み込んでいた。
帳に死ぬつもりは無かった。
自分を置いて死んだ両親のようにはなりたくないと考えていたから。一人でこの先も歩み続けることが出来ると自負していたから。
名前を呼ばれるのは嫌いだった。
両親が大切そうに呼んでいたものだったから。自分自身を殺すことを選んだ二人を思い出してしまうから。
アルフヘイムで最初に出会った麟之介達が名前を呼んだ時には取り敢えず殴った。女子であった譲も、年下の創も関係なく。
――名前、次呼んだら殺すぞ
伝えた帳は惰性で四人と行動を共にし、アルフヘイムを観察して行った。
その中で出会ったのが――凩氷雨である。
小動物のような見た目と自信がなさそうな態度。穏やかな笑みは何かを隠していると帳は察していた。
帳の氷雨に対する印象は「教室の隅の花かな」である。黒い髪と大人しそうな見た目で分かりにくいが、氷雨の容姿はとても整っていると帳は思っていたのだ。
今まで彼が自分から誰かの顔を認識することは無かったのに対し、氷雨は直ぐに覚えてみせた。
そして、少女の言葉や姿勢も帳にとっては好感的な部類であった。死や決別を理解していない麟之介達とは違い、氷雨は前を向いていたから。自分の命を想っていたから。
生きるということに執着するその姿が、帳に氷雨とのチームを考えさせたのだ。
それからずっと帳と氷雨は共にあった。自分に対して反抗しない氷雨は使いやすかったが、その優しすぎる性格は難あるものだ。
自分より誰かを優先してしまう。
その姿勢が帳は嫌いだった。彼の母も、父が傷つくからと本当のことを言えなかった。父は家族を愛するが故に優しくし過ぎて、その反動が大きすぎた。
優しさは凶器である。
時に他者を、自分を、優しさは傷つける。
だから帳は、祈が目指す「優しくなりたい」という願いも許せなかった。
優しさが行き着いた先を知っているから。そこにあるのは折れてしまった人間の亡骸だ。
帳は生きたかった。生きていればいつか再び幸せが訪れると信じていたから。
叔父との絆を築けずとも、学校で友人が出来ずとも、教師に見放されても、帳は幸せになれると信じていた。
しかし、それには帳の努力が不可欠であるとも薄々気づいていた。
気づいても尚、帳は自分を変えることが出来ず、変えたいとも思わず、アルフヘイムの戦士という立場で願いを放棄した。
戦士ならば目指すのは生きることでいい。生き残った後で幸せになる方法を探してみせよう。
だが帳は気づいてしまった。悪を探してやってきたガルムの洞窟で、命の鉱石の前で。
――あぁ、俺は……死にたかったのか
帳は知って、それを助けに来た氷雨に伝えた。
彼女の純粋に揺れる瞳を見ることは出来ないと知っていて、少女の目を隠してから。
氷雨の綺麗な黒髪は一部が短くなっており、何とも思っていないように笑う少女の姿が帳には耐えられなかった。
「俺は死にたかった。だから、助けになんて来なくてよかったんだよ、凩ちゃん」
「結目さ、」
「帰って、アイツらの所に。俺はもう一緒に先へは進めない」
「何をッ」
氷雨は自分の目を塞ぐ帳の手を剥がそうとする。しかしそれを帳は許さず、取れないと理解した少女は言うのだ。
「結目さん、どうして、死にたいって何ッ」
「そのままの意味だよ。凩ちゃんはここに居るの、苦しいよね?」
帳は、冷や汗を流している氷雨に確認する。少女は口を噤むと少年の手に爪を立てるのだ。
帳はそれでも少女の瞳を見ようとしない。
「それが何だって言うんですか」
「ここの鉱石は死にたいって気持ちと、生きたいって気持ちを探るんだよ」
帳は伝え、氷雨は肩を揺らす。
帳は目を瞑った。鉱石に触れた時に聞こえた、知らない誰かの声を思い出しながら。
「生きたい奴は鉱石に近づけないように危険を植え付け、死にたい奴は呼び込んでいく。それがこの鉱石だ。命の鉱石は、死にたい奴の願いを叶える宝石だった。ガルム達はその番犬。生きたい奴が近づいたって意味は無いからね。死にたい奴だけ歓迎する」
「だから、この違和感を感じなかった結目さんは歓迎されたと?」
「そういうこと。鉱石に触るまで、ここに来たがってた自分の意味が分かんなかったけどね」
氷雨は自分の中に生まれた食い違いを無視していく。
帳は目を伏せて伝えていた。
「だから帰りな。俺はここから離れる気が起きない」
少年は少女の目から手を離す。
その目が諦めてくれていることを期待して。
しかし、氷雨の目は未だに光りを失っておらず、帳は視線を逸らすのだ。
「その言葉では、帰れません」
「凩ちゃん」
「帰りません」
今まで見たことが無いほど頑なな氷雨。帳は顔に笑みを貼ると「だってさ、」と平坦に続けた。
「俺がいなくなるんだよ? 誰か困る奴いる? 誰もいないよね。君も自由の身だし、鉄仮面や雛鳥、毒吐きちゃんだって清々す、」
「そんな訳ない!!」
帳の言葉を強く遮った氷雨。
帳は突然のことに目を丸くして笑みは落ちていった。
氷雨は肩を怒らせて、帳を真っ直ぐ見つめている。
「ここに来たのは私の意思だし、翠ちゃんが、祈君が、細流さんが、私の背中を押してくれたからだ!! 貴方がいなくなることを誰も望んでいないからだ!! それに気づけよ馬鹿ッ」
氷雨は帳の胸倉を引いて訴える。その声は悲しさを隠したようだと帳は気づき、体を震わせる少女を見下ろすのだ。
「……馬鹿って」
「……謝りませんからね」
「別に、いいけどさ」
「……貴方はいつも、隠してばかりだッ」
帳はその言葉に驚き、胸の奥がさざ波だっていく。
氷雨は顔を両手で一度覆い、深呼吸してから手を下ろす。見えた顔には笑みが無く、少女は帳に問いかけた。
「どうして死にたいと思ったのか……聞いても、いいですか?」
氷雨は、感情を隠した声で言葉を選んだ。
その肩では今にも泣き出しそうな心獣が震えており、氷雨の手は自信を喪失した動作で帳の服の裾を引く。
帳は少しだけ目を伏せると、無表情のまま言葉を吐いた。
「俺、親がどっちも死んでるんだよね」
氷雨の肩が揺れる。それ以上先を自分が聞いてもいいのかと不安がる雰囲気だ。
帳はそれに気づき、前置きをしておいた。
「聞いていいよ。俺が勝手に話すんだから。俺が死にたい理由が知りたいんでしょ?」
「……はい」
氷雨は息を吐いてから、決めたように返事をする。
少年は笑うことなく、短くなった少女の髪に指を差し込んだ。
「どっちも自殺だった。遺書も残さないでさ、風呂場で手首切って……まぁそこはいいや。母さんが死んだ時俺は小三で、父さんの時は小六だった」
氷雨は静かに聞いている。澄んだ少女の瞳が帳に落ち着きを与え、少年は軽く氷雨の髪を指に絡ませた。
「それを見て、俺は自分で死んだりしないし、長生きして、絶対幸せになってやるって決めたんだ。自分で自分を殺すなんて、色々考えた結果なんだろうけどさ。残された方がどんな気持ちか考えろって思うし、ふざけんなって思うわけだし」
地面を抉った帳の片手に、氷雨はぎこちなく触れておく。帳はそれを拒絶せずに氷雨の短い髪を軽く引くのだ。「でもさ、」と続けながら。
「俺はどっかで――親がいる場所に行きたいって、思ってたんだ」
氷雨はその言葉を聞いて、目を見開くことはしない。
ゆっくり目を伏せて、自分と額を合わせてきた帳を受け入れるのだ。
少女の黒髪と少年の暗い茶髪が混じり合う。
その距離をお互い気にせずに、帳は続けていた。
「死んだ奴のことなんて忘れちゃいなよって凩ちゃんには言ったくせに、俺の方が忘れられてなかったんだ。死んだ奴は戻ってこない。死人に心を割いたって自分が苦しいだけなのに。なんでだとか、ふざけんなとか、本当にって思うのに……ッ」
いつか言った自分の台詞を帳は繰り返す。氷雨は黙って聞き続け、少年に送る言葉を考えた。
それでも正答が導き出されることは無く、帳の額は氷雨の鎖骨の間へと落ちていく。
一致しない感情と考えに肩を震わせた少年は、今にも折れそうだ。
氷雨はそう感じるからこそ睫毛を揺らす。命の鉱石が輝く様を視界に入れながら。
土を抉っていた帳の手はより強く握り締められ、少年は重苦しい心を吐露するのだ。
「……ッ、俺は、可哀想なのかよッ」
悔しさと苛立ちを孕んだ声がする。
彼の表情は氷雨からは伺えないが、少年は少女の髪も握られた手も離さずに、叫び出しそうな声を必死に抑えているようだった。
「この感情が邪魔をして、生きたいのに死にたくて――堪らないッ」
氷雨は帳の言葉を受け止めて、らずは少年の肩に飛び移る。それでも輝くことはせず、帳の髪に鼻先を埋めるのだ。
氷雨は上を見て一度奥歯を噛む。彼女の顔に笑みは無く、帳の手に重ねていた掌には力が入った。
「結目さんは、可哀想ではありません」
帳は目を見開いて、口を結ぶ。
少女は、声が震えてしまわないよう体に力を入れた。
「可哀想と言うのは、少なからず相手を下に見た言葉だと私は思っています。あの人のようでなくて良かった。私はまだ幸せだと」
少女の言葉に悔しさの色が滲むのを、帳は聞き取る。
ゆっくり顔を上げた少年は、自分に目を向けてくれた少女に魅入るのだ。
「そんな言葉、聞かなくていい。勝手にレッテル貼る奴なんて無視していい。その言葉に惑わされないでッ」
氷雨の手が帳の頬に触れる。
その温かさは、結目帳を溶かしていく。
「貴方は、貴方のままでいい」
氷雨は笑う。
その笑みは今までにないほど儚く、花が綻ぶように艶やかなもの。
「そう言ってくれた貴方に――私は救われたんです」
目を丸くした帳は少女を見つめ、輝く青空を思い出した。
頬を撫でた風は錯覚だが、それでも確かに帳は覚えている。
自分が、ただ競争を優位に進める為に手に入れたと思っていた駒。
強く、賢く、可憐な戦士。
――大好きよ、帳
母の最後の言葉を帳は思い出す。
それは呪いだった。
残した自分を苦しめる、酷い呪いの言葉。
――帳
自分を呼ぶ父の声を帳は思い出す。
名前を呼ばれる度に頭に浮かぶ幸せだった光景は、帳を弱くする足枷だった。
父は自分自身の傷を治す為、必死に帳に優しくした。そんな彼を死なせる引き金を引いたのは帳だという事実。それは二度と消せない罪となる。
帳は聞いた。笑顔を付けられないまま。
「俺は、救えたの? 凩ちゃんを」
それを聞いて氷雨は伝える。彼女がずっと思っていたことを。
「はい。だから私は、結目さんに着いて行こうと思えるんです。だからここに来たんです」
少女は笑う。
自分は救われたのだと教える為に。
「ずっと私は変わりたくて、それでも……自分を肯定されたいとも思っていて。だからあの言葉は、結目さんにとっては何でもないものであったとしても、私は嬉しかったんです」
帳の視界が微かに滲み、らずは微笑む。
氷雨は戦いの音を微かに拾いながら、息苦しさも諸共せずに笑い続けた。
「生きていて良いんです、結目さん。生きてはいけない人なんて、いないんです。だから一緒に、帰りましょう」
氷雨は帳の手を握る。
奥歯を噛み締めた帳は、華奢な手をゆっくりと握り返していた。
彼の心の鍵が微かに緩む。それは彼の人間たる感情を、思い出させるきっかけであった。
帳は望んだ。
幸せだった過去を不幸せで塗り潰されてしまわないことを。
好きで堪らなかった――名前を呼んでもらうと言うことを。
「呼んで、凩ちゃん、俺の名前」
切願する声がする。
氷雨は目を見開くと、顔を俯かせている帳に笑うのだ。
「――帳君」
帳の目から涙が零れる。
それを氷雨は見ずに目を伏せ、少年の頭に手を乗せるのだ。
彼の痛みが治ることを願って。
ここに自分が来る為に、背中を押してくれた仲間を想って。
その時不意に足音が響き、氷雨と帳は顔を上げる。
視線の先にいたのは二体のガルムであり、その敵意無き視線に氷雨は息を吐くのだ。
二体は頭を下げ、少年と少女を自分の背中へと誘っている。
帳と氷雨は顔を見合わせると、月白色の背に乗って洞窟を後にすることにした。
氷雨は横目に帳を確認し、少年の目にまだ迷いがあるのを見ていた。
それでも、その背に乗ることが出来るのならば。
考えた氷雨は何も言いはしなかった。
ガルムはひぃとりずの居場所も知っており、心獣を回収してから洞窟の外を目指して行く。
敵意が消えたガルムは何を思っているのか。
語ることの出来ない彼らに氷雨は首を傾げ、自分を運んでくれる住人にお礼を告げた。
「ありがとうございます、ガルムさん」
勿論のこと、ガルムは返事をしない。だがその四つの目は優しく揺れて、氷雨と帳は外へと飛び出した。
火の海が広がる世界へ。交戦を続けるガルムとオヴィンニクが視界に入る。氷雨と帳はガルムから降り、二人を運んだ住人は山を下りて行った。
それを見送った氷雨の横に、紫翠と祈が降りてくる。
四人は顔を見合わせると再び業火に目を向けて、橙と紫の混じり始めた空に照らされるのであった。
幸せを探せ。悪を求めよ。生きることを、願っていろ。
明日、明後日は投稿お休みさせていただきます。
5/1に投稿します。




