決心
大切そうに、黄色い花を植えていたね。
一応R15にご注意ください。
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2020/02/14 改稿
呼吸が苦しい。
鳩尾が圧迫されたように痛んでいる。
私はムリアンの岩石地帯から飛び立ち、ただ一直線にフォーン・シュス・フィーアへ向かっていた。
ここからフォーン・シュス・フィーアまでの距離。大丈夫分かる。ブルベガーの丘。時間は。しんどい、速い、胸が苦しい。行って何を、何、なんで、どうして――メネちゃん、ヴァン君ッ
ひぃちゃんが今までにない速度を出してくれて、りず君とらず君が肩にしがみつく。
ムリアンの岩石地帯から何も伝えず飛び立った私は、理由も無くフォーン・シュス・フィーアへ向かっていた。
いや違う、理由ならある。
今すぐアンリクシスを撤去してくださいと伝えに行きたいのだ。
フォーンさん達が知らない訳がない爆薬の花。それを彼らは大切そうに植えていた。
なんでだ。どうしてだよ。貴方達の宿命は、森を育むことではないのですかッ
きっと何かしらの理由があるんだ。
なんだよ理由って。
彼らが決めた何かで、私は知らなくても良いこと。だから知らないふりをして進めっていうのか。
あぁそうだよ、それがいい。
そんなの、私の偽善的な心が耐えられない。
何も言わず自分勝手な行動をして、結目さんはきっと怒るのだろう。
だがそれでも、今行かなければ一生後悔してしまう。胸に巣食って呼吸を乱す不安を消さなければ、前になんて進めない。
――さようなら。どうか貴方に、幸あらんことを
どうして今、ヴァン君の声が回るのさ。
私は轟々と響く風の音に鼓膜を犯され、ブルベガーの丘の上空を一瞬で超えた。
下に広がるフォーンの森。ムリアンの岩石地帯とここが近かったことを喜ぶべきか、まるで仕組まれたようにシュリーカーさん達の言葉を聞けたことを疑うべきか。
そんなことを考える暇はなかったと――燃え盛る森の一部を見て悟るのだ。
フォーンの森で二番目に大きなシュス。それがあるべき場所には赤々とした炎と爆煙が上がり、私の体から一気に血の気が失せるのだ。
違う、あそこではない。私が行きたい場所は、目指した場所はあそこでは――
「ッ、氷雨!! あそこだ!! 間違いねぇ……ッ、燃えてるあそこなんだ!!」
信じたくなかった事実をりず君が突きつけてくれる。
私は燃え盛るシュスを見て膝から崩れそうになった。空を飛んでいるのだから膝はどこにもつかないが。
あぁ、それでも、私の四肢からは力が抜ける。
なんで、どうして、嫌だ、あぁッ
「ッ、嘘だ!!」
誰でもない自分の目を信じることをせず、私は腕を思い切り前に振る。
ひぃちゃんは即座にシュスへと向かい、眼下に広がる火の海を私は凝視した。
記憶にあった大理石のような美しいシュスはそこにない。
あるのは紅蓮の炎と肌を焼く熱の温度。
私の目は乾燥して瞬きを繰り返し、舌や喉が渇いていった。心臓の鼓動も早まって目の前が発光する。
なんでこんなことに。分からない、分かれない、分かりたくないッ
両手で頭を抱えて自然とメネちゃん達の家を探す。
あの場所は何処だっけ。
見つけてどうする。
もしかしたらまだ。
ふざけるな危ない。
だってこんなの。
止めろお前には関係ない。
そんな訳ない。
私は自分の記憶をなぞって、手を振り下ろす。
ひぃちゃんは一瞬躊躇した後に急降下してくれて、私達は火の海に突っ込んだ。
溶けた鉱石の地面と崩れた家の壁。真っ黒な煤となってしまっている方や倒れて燃えているフォーンさんが目に入り、吐き気が喉元まで上がってきた。
鼻をつくのは火薬の匂い。目は熱さによって涙を浮かべ、空気は全て熱されて息苦しい。
それでも飛び立つ気は毛頭ない。それを分かってくれたひぃちゃんにりず君、らず君は私と共に居てくれる。
それには感謝しかなくて、私は一つの角を曲がるのだ。
視線を動かし腕を振って、探して止まない彼らを見つける為。
願って目に飛び込んできたのは、崩れそうな家の前で蹲っているフォーンの子ども。
その子達と目が合って、私の心に喜びが蔓延した。
「メネちゃん! ヴァン君!!」
喜びを吐き出す為に大きな声を上げる。
メネちゃんもヴァン君もこれでもかと目を見開いて、私は崩れた家の外壁を見るのだ。
「りず君!!」
「よっしゃぁ!!」
りず君を瞬時に掴み、鞭になった彼を思い切り二人に向かってしならせる。
りず君は綺麗にメネちゃんとヴァン君を掴むと、崩れる外壁の下からこちらへ引き寄せてくれた。
滅茶苦茶な体勢で力を込めてしまった。だからひぃちゃんと私の体勢は崩れて、フォーンの二人は倒れ込んでしまうのだ。
ごめんなさい。
思うのに、その言葉すら今の私は吐けなくて。
膝から力が抜けて、メネちゃんの前にしゃがみこんでしまう。
熱い空気が肌に纏わりついて全身焦げてしまいそうだが、そんなことすらどうでもいい。
「ヒサメちゃん……」
メネちゃんが震える声で呼んでくれる。
私は顔を上げて、口角は自然と上がっていた。
「メネちゃん、ヴァン君」
二人の名前を呼び返す。
メネちゃんは眉を下げて泣きだしそうな顔になり、ヴァン君はお姉さんの肩を抱いていた。
彼の目も私に向いて、信じられないものを見る色をしている。
「どうして、君がここに……」
「シュリーカーさん達に教えて貰ったんです。あの、黄色い花の名前を」
私の視界の端でアンリクシスが揺れて、爆発する。
その音に鼓膜は驚いていたが、私の目は二人から離れることは無かった。
メネちゃんとヴァン君も顔を見合わせて「シュリーカーが……」と呟いている。
「……本当にいたのね、シュリーカーなんて」
「御伽噺の妖精だと思ってたな」
二人は穏やかに笑っている。
その表情は今の場面と合わなくて、針鼠に戻ったりず君が叫んでいた。
「そんなことより、何してんだよお前ら! 知ってたんだろ!? あの花のこと!!」
「……あぁ、知ってたよ、勿論」
ヴァン君の返事に私の呼吸は早くなる。
手は震えてしまい、靴の裏が焼けている気がした。
鉱石のお城が崩れる音がする。掲げられていた旗は炭となり、橙色になりかけている空に舞い上がった。
私は生唾を飲み込んで質問を考える。
どうして花を植えていたのか。なんでシュスが燃えているのか。何故今君達は、そんなに穏やかに笑っているのか。
質問は浮かぶのに、それを口にするのが恐ろしい。だから私は無駄に口を開閉させてしまうのだ。
ヴァン君は優しく笑うと、火傷している手を摩り合わせた。
「王様がね、死んだんだ」
――王様
結目さんが愚者だと言った火刑の王。
今にも息絶えそうだった彼が死んだ。
私はその事実を飲み込み、メネちゃんは続けた。
「だから燃やしたのよ、アンリクシスを」
「ッ、どうして!」
「罪滅ぼしさ」
穏やかな声がする。全てを受け入れて、これこそ正しいという声が。
その声を零したのはヴァン君で、私の耳はおかしくなってしまったのだろうかと錯覚する。
何が罪滅ぼしだ。貴方達の罪は――
「今まで僕達は戦士を火刑にしてきた。王様から付加された使命を持って、宿命を果たさない戦士を捕まえて」
「でもね、もう王様が死んだから、その使命は無くなったの」
「だったら尚更こんなことッ」
私はメネちゃんの手を取って、優しい彼女は握り返してくれる。
生暖かい感触は煮えたぎった血で、私の腕には鳥肌が立った。
見ればメネちゃんもヴァン君も何処かしら怪我をしており、こんな所で話をしている場合ではなかったと馬鹿な私は気づくのだ。
私は立ち上がって、メネちゃんの手を引いた。
「話は後で。離れましょう! ここは危ない!!」
「ううん、駄目よヒサメちゃん、私達は行けない」
「どうして!」
声を荒らげる自分に驚きながら、メネちゃんの手を握り直す。ヴァン君の腕にも触れたが、二人は頑なに動いてくれなかった。
微笑みながら首を横に振るだけで、その目は慈愛の色をする。
その姿に私の焦りは増長されて、またどこかで爆発音が響いていた。
周囲の温度が上がっていく。
呼吸が苦しい。
「信じてもらえないかもしれないけど……王様はね、悪い人じゃないの。あの人はただルアス派として、守るべきものを守ってくれていただけなの」
「それは……ッ」
メネちゃんが私の手を撫でてくれる。
私の手には熱い血が付着したが、そんなものはどうでもいい。簡単に手折られてしまいそうな儚さを持った彼女は、弟君の肩に頭をもたげていた。
ヴァン君は微笑みながら私の手を握ってくれる。
「僕達はみんな王様が好きだった。だから決めていたんだ。彼が死んだ時は共に燃えて朽ちて行こうって」
私の頭が鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
目の前で笑うヴァン君とメネちゃんは、これ以上ないと言うほど優しい声で続けていた。
「私達は守るべき森で火を焚いて、戦士の子達を殺してきたわ」
「それは僕らの罪で、死ぬ時は憎むべき火で死ぬべきだ」
「大丈夫。火が広がらないように術をかけてあるし、きっとこのシュスの灰は森を育む肥料になってくれるから」
「僕らは森と共に生きて行くんだよ」
「ッ、ふざけんな!!」
二人の手を握り締めて叫んでしまう。
目を見開いたメネちゃんとヴァン君は唖然とした様子だ。
私の頭には血が上り、二人に懇願してしまう。
胸がいっぱいで、苦しくて、理不尽な世界が嫌になりながら。
「何が罪だッ、罪滅ぼしだッ、そんなの自分の勝手で、死に逃げてるだけじゃないか!! なんで生きて償わないんだよ!! どうして命の終わりを選ぶんだよ!! 貴方達には無条件で明日があるのにッ、私はこんなにもッ、生きていたいのに!!」
こんなの不公平以外の何物でもない。
安心して明日が続くであろう二人は自分達で死を選び、明日も生きているか分からない私は命を掴み奪おうとしているのに。
私の目の前は滲み、流れた涙は熱で蒸発していった。
「お願いだから、死なないでッ」
二人の手を握る力を強めて、私は今にも倒れそうになる。膝を曲げて再びしゃがみこんだ自分が情けない。
メネちゃんとヴァン君は口を噤み、それでもやっぱり笑うんだ。
「ありがとう、ヒサメちゃん」
「やっぱり僕もメネも、優しい君が大好きだ」
メネちゃんとヴァン君の手が私を抱き締めてくれる。優しく頭を撫でられて、ひぃちゃんの翼も撫でてくれて。
その温度は熱くて、熱くて、仕方がない。
あぁ、なんでだよ。優しくするなよ頼むから。
私の視界は滲みっぱなし。届かない声が歯痒くて、二人を救える方法ばかり模索してしまう。
二人は決めてここに居るのに、その覚悟を壊したくて仕方がないだなんて。私はなんて我儘で貪欲なんだ。
それでも諦めたくない。諦めて欲しくない。
私は二人の腕に触れて、震える声で呟いていた。
「生きて……くださいょ……」
二人に聞こえない筈がないこの懇願。
私は「お願いだから……」と願い、けれども二人は笑うだけだ。
こんな状況で幸せそうに、鈴が転がるような声を零しながら。
「やっぱり優しいね、ヒサメちゃん」
「君はずっと、出会った時から変わらないなぁ……」
あぁ、違う、そんな答えが欲しいのではない。
私は奥歯を食いしばり、首を横に振る二人に落胆していく。
「でも……ごめんね、行けないよ」
「一緒にいかなきゃ……王様が可哀想だ」
その言葉と同時に、二人は私を突き飛ばす。
私は突然のことによろけて、背後から回ってきた手に目を見開いた。
「ッ、何やってんの! 凩ちゃん!!」
抱き締めてくれたのは、たった数時間、たった一日であるけれど、私と一番長く歩んで来てくれた人。
一緒にこのシュスに来た人。
いつも笑顔の――チグハグさん。
私は結目さんを見上げて、彼の頬からは玉の汗が落ちていた。
その向こうには翠ちゃんに闇雲君、細流さんもいて私の鼻が痛んでしまう。
「結目さんッ」
「ふざけてるッ、さっさと逃げるよ!!」
「そんな、メネちゃん、ヴァン君!!」
私の腹部が抱き締められ、足が浮いてしまう。
待って、止めて、お願いだからッ、ここで二人を置いていくだなんて私にはッ
結目さんも二人に気づいたようで、一瞬浮遊する高度が下がる。
メネちゃんとヴァン君は笑うばかりで、怪我した手を柔く振っていた。
「よかった。もう、一人じゃないんだね」
「一人で飛んでないんだね」
そんなことを言わないで。
優しい言葉なんてかけないで。
私は結目さんの腕の中で暴れ、抜け出せない力で抱き締めてくる彼を無視するのだ。
ヴァン君は嬉しそうに、これでもかと言うほど優しい声をくれた。
「ありがとう。ヒサメちゃんが手を治してくれたから……僕は遅れず、種を植えることが出来たんだ」
――手、本当にありがとう……これで僕は、種を植え続けることが出来る
違う、違う違う違うッ
血で汚れた手を伸ばす。
それに二人は伸ばし返してくれなくて。
違う、違う、違うんだッ
こんな未来、私は望んでいなかったッ
森で火傷していた君を助けたのは。泣きだしそうだった貴女を助けたのは、こんな今の為だったか!?
私は二人が憎くて、悔しくて、今までにないほど思いを乗せて叫ぶんだ。
「――死なせる為に、助けたんじゃないッ!!」
どうか届けよ、私の言葉。
どうか伝われよ、私の想い。
メネちゃんとヴァン君は手を振るのを止めて、何か言いたげな顔をする。
今にも泣き出しそうで、それを堪えて笑みを浮かべて。
「ヒサメちゃん」
メネちゃんが遠くなる。
目の縁から涙を零したあの子は、嬉しそうに笑っていた。
「怪我、しないでね」
そんな言葉は欲しくない。
ヴァン君はお姉さんを抱き締めて、儚く笑ってくれていた。
「ヒサメちゃん」
彼の目元に涙が浮かぶ。
それを零さないまま、彼は穏やかに言ってくれるんだ。
「どうか貴方に、幸あらんことを」
彼の懐から種が出る。
それは光って黄色の花となり、ヴァン君はそれを地面へと落とした。
――嫌だ
その言葉が出る前に、目の前で肉塊が弾け飛んだ。
頬に付着した生暖かい感触。
遠くなる周囲の音と燃え盛る熱。
私の目が抱き締めてくれている人によって塞がれ、体は灼熱から離された。
気がつけば私は芝の上に立ち、視線の先には燃え盛るシュスがあったのだ。
頬から生暖かい赤が流れていき、顎を伝って地面に落ちる。足はふらついて地面に崩れ、私の肩を誰かが支えていた。
黒い翼が見える。
私の視界は黒に染められ、赤は何処かに隠れてしまった。
泣き声がする。
それは私の肩にいつもいてくれる子達の泣き声で、今はその重さがない。
見ると、細流さんの腕の中でりず君とらず君が泣きじゃくり、翠ちゃんの胸ではひぃちゃんが肩を揺らしていた。
「無茶、しないでくださいよ」
頭の上から声がする。
見れば赤と黒の髪を持つ闇雲君がいて、私の口角は無理矢理上がってしまうのだ。
「……ごめんなさい、闇雲君」
馬鹿をやった。
皆さんの時間を奪って、危ない目に合わせてしまった。
全ては私の我儘のせいだ。堅い覚悟を砕ける力など私にはなかったと言うのに。
貪欲な私を闇雲君は叱りもせず、眉間に皺を寄せて、大きな翼で包んでくれた。
「そんな顔で笑わないで……氷雨さんは悪くないよ」
優しい声がする。
私は奥歯を噛み締めて頬を両手で引っ張り、目を細めておいた。
笑わなければ崩れてしまう。
笑顔でいなければ、私は私を守れない。
シュスが崩れていく音がする。
空の色が変わっていく。
――もう、怪我、しないといいね
そう、言ったじゃないか。
私達の体は黒い手に掴まれて、無慈悲に引き上げられてしまうのだ。
ヒビが入る音が、響いていた。
明日は投稿お休み日。
明後日投稿、致します。




