鬱憤
今回は祈君を見る話。
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2020/02/13 改稿
闇雲祈は黒い手によってタガトフルムへ強制送還させられ、ルタと共にベッドへ放り出された。
先程までシュリーカーの厄災を止めようと尽力していた彼であったが、結果は惨敗。ローンの塩湖は腐臭を漂わせる泥沼へと変化してしまった。
どれだけ叫び、攻撃しようと止まらなかったシュリーカー達。
祈は自分の無力さに呼吸を乱し、目からは涙が零れ落ちた。
外れていたフードを被り直し、必死に嗚咽を飲み込もうとする祈。
その我慢は彼に息苦しさを与え、熱い涙は頬を伝った。
ルタはパートナーの頭を優しくつついてやる。痛みを与えない行為は祈を思ってのものだ。
「……祈、支度をしよう。じゃないと鳴介が起こしに来る」
「……るた、」
祈は涙声で心獣を呼ぶ。ルタは目を伏せ、諭すように伝えていた。
「泣いたって……どうにもならないよ」
「ッ、分かってる」
声を荒げた祈は頭を抱える。フードで顔を完全に隠した少年は止まらぬ涙を流すのだ。
ルタは仕方なさそうに首を横に振り、自分に準備された猫用ベッドに移動する。黒い梟は少し毛繕いをして眠る体勢に入っていた。
祈はそれを感じながら、黒いカーテンの隙間から射し込む朝日にも気づいている。
その光りから隠れたくて少年は背中を丸めた。
彼が全てを見ることを止め、泣き続けて何分経ったか。
部屋の扉をノックする音を聞いて祈は肩を揺らすのだ。
「祈、起きてるー?」
男性独特の低さを持った明るい雰囲気の声がする。
祈は鼻を啜りながら涙を拭き、フードと帽子を外していた。
泣き腫らされた目には生気が無く、開けた口は小さな声しか出せないでいる。
「起きてる……」
「ほんと? 元気ないね、入るよー」
祈は「起きてるって言ってるだろ」と口の中で毒づき、開いた扉を見もしない。
気怠げにベッドに座る祈は壁に左肩を預けた。中途半端に染められた髪で顔を隠しながら。
入ってきたのは、綺麗にアイロンのかかったワイシャツとブレザータイプの制服を着た男子。
黒い短髪の彼は祈を見て、仕方が無さそうに笑っていた。
「朝ご飯、出来てるよ」
「……後で行く」
「遅刻するよ」
ベッドの縁に腰掛けた少年。祈は鬱陶しそうに彼に目を向け、優しく笑っている相手に胃が痛くなった。その痛みは祈に居心地の悪さを与え、自分の領域にいる異物から目を逸らしたくなる。
泣いていたことだけは気づかれたくない少年は、前髪が目にかかるように手で下ろしていった。
「泣いてたの?」
そんな祈の努力も虚しく、黒髪の少年は眉根を寄せる。彼は祈の前髪に手を伸ばした。
その手を祈は払い、少年を見ることはしない。
「何でもいいだろ」
「よくないよ……何があったの? 最近朝はずっと目が腫れてる」
「ッ、兄貴には関係ねぇだろ!」
自分の髪を掴んだ祈は、兄――鳴介を拒絶する。
鳴介は少し黙って弟を見つめると肩を竦めて笑うのだ。
「分かった、もう聞かないよ」
「……学校行く準備するから、出てけ」
祈は兄を見ることなく伝え、鳴介は弟の頭を撫でかける。
しかし鳴介は手を止めて、祈の髪の間から見える装飾具に触れていた。
その行動に祈の鼓動は早くなる。
耳と首にある装飾具はアルフヘイムの戦士に与えられる物で、何も知らない者が見ても特別な物だとは思われない。
しかし同時に、朝から装飾具をつけている理由を直ぐに祈は吐き出せない。
祈の目が鳴介を見ると、兄は眉を下げて笑ったのだ。
「綺麗だね」
その言葉に祈の中が傾いてしまう。
中学生がこんなものをつけてと言うなじりでもなく。朝からどうしたのかと言う疑問でもなく。与えられたのは装飾具に対する感想。
祈はシーツを握り、奥歯を噛み締め、自分の枕を力強く掴んだ。
それを鳴介の顔に叩きつけた弟は叫ぶ。
「出てけクソ兄貴!! 俺に構うな鬱陶しい!!」
「ちょ、いの、祈ッ、なん、」
「出、て、け!!!」
「分かった、分かったから!!」
慌てて祈の部屋から飛び出した鳴介。
兄は扉の隅からもう一度だけ弟を見たが、祈は扉に枕を投げつけて強制的に退場させた。
激しい呼吸をした祈はベッドに再び倒れ込む。そのまま少年は目を固く瞑り、夢の中へと逃げ込むのだ。
* * *
結局、祈が起きた時には午前九時を過ぎていた。
耳と首の装飾具を外しながら起きた祈は、目を閉じているルタを見下ろす。ルタは祈が起きたのを感じ取ると顔を上げていた。
「起きたのか、祈」
「うん……」
「完全に遅刻だね」
「……別にいいよ」
祈は前髪を掻き上げて息をつく。ルタは体勢を変えて再び眠る姿勢に入り、祈は羨ましげにパートナーを見ていた。
「いいよなぁ、ルタは寝られて」
「僕は学校に行かなくていいからね」
「……俺も行かない」
「馬鹿言ってないで、そろそろ準備しなよ。今起きたんなら二時間目には間に合うんだから」
ルタはため息をつき、自分の為に祈が買ってくれたベッドから降りる。
床を跳ねて移動した梟は壁にかけられた学生服をパートナーの頭上に落とし、落とされた方は唸っていた。
「祈」
「行きたくなぃ……」
「気持ちは分かったから」
ルタはベッドに飛び乗り、制服を抱えて倒れたパートナーの頭に片足を置く。
「早くその腕を隠したいんだろ? 足の裏だって洗わないといけない」
「分かってるよぉ……」
祈は小さな声で言い返し、何とかベッドから這いずり降りる。それから制服を腕に抱えて浴室へと向かった。
脱衣所の扉を閉めて鏡の前に立つ祈。
視界に印象的に入り込むのは赤い毛先で、祈は苦虫を噛み潰したような顔をした。
それから簡単に汚れと汗を流し終わると、鏡を見てはまた眉間に皺を寄せる。
頭頂部は黒く、毛先に向かうにつれて赤くなった髪の毛。母親似の顔立ちは中性的で、男子にしては大きめの目と色の白い肌が祈は嫌いだった。
髪を適当に拭いて部屋に戻った祈は、専用のベッドで眠るルタに息をつく。
学校に行かずに自分も眠りたいと強く思ってしまう少年は、ラップがかけられた朝食を台所で見つけるのだ。
置かれたメモは母の文字。
眠る自分を確認だけして仕事に行った両親を祈は思い、メモを握り潰した。
「学校、行けたら行ってねとか……笑う」
祈は眉間に皺を寄せながら呟き、台所に立ったまま固くなったパンを齧る。
仕事をしながら家のこともする両親を凄いと思うと同時に、自分に気を使いすぎる二人に少年は確認してみたかった。
(子どもなんて一人で良かっただろ。兄貴だけで良かったんだろ……出来の悪い弟に気を使って、何してんだか)
祈は牛乳を口に含み、気持ち悪い感情と共に飲み込んだ。そのまま彼は食器を洗って身支度を整え、部屋に鞄を取りに戻る。
「気をつけてね」
ルタは目を開けないまま伝えた。祈は生返事をして家を出る。
高層マンションの上階に住む祈は、何となく近い空を見上げて目を細めた。
学校までの道を歩きながら祈は喉を摩ってしまう。
最初にルタが見つかった時、「怪我してたからほっとけなかった」なんて嘘をついた自分を思い出したのだ。
頭がいい筈の家族は祈の言葉を鵜呑みにし、餌は何が良いかと大真面目に会議したのは遠い記憶だ。
――ルタの面倒は俺が責任をもって見る
そう宣言した時、母は泣いて喜んだと祈は頭の片隅で思い出した。
病院と大学でそれぞれ働く両親に、成績優秀な兄。そんな「出来た」家族の中で祈はいつも疎外感を抱いてしまう。
自分の意味を見いだせず、息苦しいまま祈は自室に籠るしかない。
休み時間を見計らって学校に着いた彼は教室に行き、自分の席に鞄を置いた。座った祈の顔を赤い毛先が隠している。
クラスメイトは彼を横目に見るだけで、まるで関心を示さなかった。
二時間目の数学の授業は前回の小テストの返却。名前を呼ばれ教卓までテストを貰いに行く生徒達は、一人一人出来の善し悪しを教師にコメントされていた。
「おしかったな闇雲、一問だけ減点だ。だがクラスの最高点だ。おめでとう」
笑顔で讃える教師は「遅刻は駄目だぞ」と念を押す。祈は返事をせずに頭だけ下げ、自分の席へと戻って行った。
どこかで聞こえる「態度悪いのに」と言う声。祈は奥歯を静かに噛み、答案用紙を握り潰した。
――祈は頭のいい生徒で、消極的な性格であると言うのが教師やクラスメイトの評価だった。
しかし彼はある日髪を真っ赤に染めて登校し、遅刻が増え、消極性に磨きがかかった態度を取るようになった。
中高一貫校に通う祈の態度は必然的に兄と比べられる要因になる。
品行方正な兄に対して、度量の狭い弟。
その程度の評価で十分だと思いながら祈は授業を聞いた。
一度聞けば大概の事は理解出来る飲み込みの速さと、記憶力も優れている祈。しかし彼にとって勉強は今のところ義務であり、自分に必要なのは強さと優しさだと感じていた。
シュリーカーを止められなかった無力な自分。
悲しみを訴える被害を受けた住人達の姿。
救いたいと思った。自分にも救える強さはあると思っていた。シュリーカーが許せなかった。
だが対面してみればどうだろう。
シュリーカーには手も足も出ず、ローンの塩湖は腐り落ちた。
その現実が祈の心を締め上げて四肢を重くし、倦怠感を体内に蔓延させる。
辛くて仕方がない現実は、まだ十四歳の少年には重たすぎるのだ。
祈は黒板の文字をノートに書き写し、一人静かに給食を食べ、苦手な美術の授業を二時間受ける。
祈が彫刻刀で削る盤面にはバランスのおかしな梟が描かれ、少年は今すぐ彫刻刀を投げ捨てたくなった。
「闇雲君、それ梟?」
不意に声をかけてきたのは隣の席の女子生徒。黒い髪を一つに結っている少女は可愛らしいが、祈にとっては只のクラスメイトだ。
祈は一瞬だけクラスメイトを見て、また手元に視線を落とす。その口は億劫そうに返事をしていた。
「まぁ……そう」
「ヘぇ、梟好きなの?」
終わらなかった質問に祈は曖昧に首を傾げておく。
梟をテーマにしたのはルタが身近にいる為で、特に好き嫌いの感情を持って選んだ訳では無い。一番想像しやすかったのが梟と言うだけなのだ。
「……飼ってるから」
「そうなんだ! ねぇねぇ、どんな子? 可愛い?」
祈の眉間に微かに皺が寄る。クラスメイトは興味津々と言った雰囲気で返事を待っているようだ。
少年の頭に氷雨が浮かぶ。
自分の頭をフード越しに撫でてくれる彼女の手は優しくて、それでもどこか自信がなさげで、祈はあの手が好きだった。
祈の周りに氷雨のようなタイプの人間はいない。それが余計に少女を印象づける。
祈はそのことを理解しながら目を伏せた。瞼の裏に黒い梟を思い浮かべて。
「別に……可愛くはない」
祈はクラスメイトに答え、それ以降質問に答えることはしなかった。女子生徒も徐々に祈の反応がないことを理解して、逆隣のクラスメイトに話し相手を変えている。
祈はそれに安堵して彫刻刀を押した。その鋭利な刃先の殺傷力を考えながら。
自分の羽根が、もっと鋭くあればいいのにと願いながら。
「――やぁ、雛鳥君」
祈が平坦な声に呼ばれたのは放課後の校門前でだった。
ガードレールに腰掛けて、祈の学校とは違うブレザーの制服を着ている少年。
――結目帳は綺麗な笑顔でそこにいた。
赤髪の少年の肩から鞄の紐がずれ落ちる。
茶髪の少年は自立すると、祈の肩に腕を回して笑って見せた。
「アルフヘイムの話、聞かせろよ」
それは拒否を許さない命令の言葉。祈は口を引き結び、視線を明後日の方に向けていた。
「学校来んなって言ったのに……」
「そんなこと忘れたね。で? シュリーカーはどうだったわけ」
帳は祈の前に軽い足取りで進み出る。紐を伸ばしたリュックサックを背負う帳は、気だるい雰囲気を纏うのに制服を着崩してはいない。
チグハグ性が健在な彼を見た祈は、取り敢えず学校から離れたかった。
祈が視線で訴えれば帳は後ろ向きに歩き始める
通じたことに驚いた祈ではあったが、何も言わずに続くことにした。
帳は質問の答えを待っており、赤髪の少年はため息をつく。
「……シュリーカーには負けたよ。ローンの塩湖は、駄目になった」
「ふーん、そうなんだ」
聞いた帳はさして期待していなかった雰囲気を出している。
祈はその態度に眉根を寄せて、低くなった声で問い返した。
「……それだけ?」
「ん? まぁ今までの奴とレベルが違うっぽいし、捕まえるのは簡単じゃないだろうなーとは思ってたよ」
「ローンについては?」
祈の視線には鋭さがあり、それを受ける帳は目を細めていた。彼は口角を上げているが瞳は無機質で、何にも関心を寄せていないと言っても過言ではない。
その目を見つめながら、祈は奥歯を一瞬噛むのだ。
「被害を受けたローンについては何も思わねぇのかよ」
「別に? 逆に何を思えって言うのさ」
帳は笑顔で首を傾げる。見下ろす瞳は本当に何も分かっていないと主張して、祈の頬が熱くなった。
夕焼けは二人の影を濃く伸ばす。道行く人々は立ち止まった少年二人を気にもかけず、波の中にある岩のように避けていくのだ。
「何をってッ!」
「悲しめって言うの?」
大きく出された祈の声にチグハグの声が重なる。
帳は満面の笑みを浮かべて、口を噤んだ祈を無感動に見つめていた。
「俺が悲しんでなんかなる? あぁすれば良かった、こうすれば良かったなんて反省会したって起こった事実は変わらないのに、心痛めてるどうすんだか。家が壊れた? 住処が酷いことになった? でも命はあったんだ、それでいいじゃん」
「お前、ホントに心がねぇのかよ!」
祈は我慢ならなくなり、帳の襟元を掴んで睨みつける。
周囲の人は一瞬二人を見たがやはり口は出さずに過ぎて行く。
帳は微笑み、震える祈の手を叩き落としていた。
「他人に心削って良いことなんてねぇだろ」
吐き捨てるように言った帳はそれでも笑顔だ。
祈は一瞬たじろいて唇を噛み締める。
帳の言葉は正しいのだ。
どれだけ嘆こうとも過去は変わらない。それならば前を向くしかない。しかしその正しい行動をするには、人の心とは厄介すぎる。
祈の心は帳のように現実だけを受け止める強さを持っていない。誰かの悲しさを感じた時に無視が出来ない。
だから苦しくて、悲しむ誰かに優しくしたくて、涙を増やさせるシュリーカーを許せないのだ。
帳は踵を返すと、適当に手を振って歩き始めていた。
「シュリーカーは捕まえられなかった。それだけ分かったらいいよ。じゃあな雛鳥、また夜に」
「なッ……ッぅ……」
祈は両手を握り締める。
関節が白く浮いた拳は震えており、帳は振り向きもしなかった。
纏まらない言葉が祈の中に溜まっていく。
溜まったそれは肺を満たし、冷や汗を流させ、祈の鼻の奥が痛みを訴えた。視界が滲み、それを拭って祈は家へと向かう。
夕焼けに照らされる高層マンションは輝いていたが、祈は気にせずエレベーターに乗り込んだ。
指を噛むことで、祈は息苦しさを痛みとして消化する。
自分では無く装飾具を見た兄に対する怒りを。影でしか物言わぬクラスメイトに対する不満を。帳の相容れない考えに対する苛立ちを。祈は自分の指にぶつけている。
祈はエレベーターを降りると何とか指を口から離し、家のドアノブを掴んでいた。
それは抵抗なく下げられ、玄関にあるハイヒールを少年は見る。
それは彼の母のもの。帰っていることに驚きながら祈は靴を脱ぎ、自室の扉が開いている光景を見た。
別にそれに怒りはない。親が自分の部屋に入ることはよくあるのだ。その度にルタは普通の梟の真似をする羽目になっているが。
祈は挨拶をしようと部屋を覗く。
そこにあった母の背中。祈の机に向かっている彼女は何かをしており、祈はその背中を見つめていた。
ルタは猫用のベッドに行儀よく座り、祈と母を見比べる。
母は祈に気づかないまま振り向くと、そこにいると思っていなかった息子を見て目を見開いた。
祈は帰った挨拶をしようとして、母が持っているものを見る。
あるのは参考書。
付箋が貼られた新しい物。
祈が挨拶をする前に、母は笑顔で言葉を紡いだ。
「祈、この参考書なら分かりやすいと思うの。前のは解説が難しかったよね。新しいの買ってきたから使ってね。あ、この付箋は祈の定期テストとか見て、苦手そうなところにつけておいたから――頑張ろうね、祈」
母は笑って応援する。
祈の中では感情が崩れてしまう。
ルタは目を見開いて、鞄を落としたパートナーを見上げていた。
――それからの記憶が祈にはない。
気づけば一人暗い部屋の中で足を抱えており、爪先にはルタが乗っていた。
母が付箋をつけていた参考書は床に落ち、鞄も部屋の隅でへしゃげている。枕も床に落ちており、勉強机の椅子はバリケードのように部屋の扉を塞いでいた。
祈は抱えた膝に顔を押し付ける。ルタはパートナーを見つめていた。
「お母さんに怪我は無いよ。祈が部屋から無理矢理追い出しただけだから。この部屋の惨状はその後だ」
「……あ、っそ」
祈の目から涙が零れてしまう。
挨拶をしたかっただけなのに。「ただいま」に「おかえり」が欲しかっただけなのに。どうしてこうも噛み合わないのかと。
少年は自分に――意味が欲しかった。
頭のいい兄と幼い頃から比べられ、両親は勉強の手伝いを率先してしようとする。
周りは皆、兄と弟を比べて兄を選び、祈が安心出来る居場所が無い。
だから祈は助けたかった。
悲しんで、痛みを知っているアルフヘイムの住人達を。
悪を捕まえるという氷雨達とならばそれが出来ると信じていた。
しかしそれは甘かった。
叫び散らすシュリーカーは無慈悲に幸せを奪っていき、祈は自分の無力に傷つけられる。
あの悪を捕まえたかった。
捕まえて、住人達に少しでも幸せになって欲しかった。
それが自分に出来ることだと、自分の意味だと思いたくて。
祈は頭が良くなりたい訳ではない。
親に期待されることも嫌いで、兄に心配されることも耐え難い。
彼は優しくなりたかった。優しい人になりたいのだ。
だから少年はシュリーカーを捕まえると決めている。
誰かを泣かせる悪を捕まえて、泣いてる誰かの優しい人になりたいから。
その為ならば彼は何も厭わない。
祈は自分の指を噛み、今日も行く。美しく残酷な異世界に。
優しい人になる為に。
少年の満たされない心は、ただその理想だけを抱いていた。
優しい人になりたいと思うその裏に、彼は何を望むのか。




