懸念
2020/02/12 改稿
闇雲君と一緒にハベトロットさんに話を聞きに行くと、何となくシュリーカーさんの見た目は分かってきた。
ハベトロットさん達には「アイツらを生贄に……」と縋りつかれてしまったが、私は頭を何度も下げながら情報をくれたことにお礼を言うしか出来ない。
胃も心も痛んだが、致し方ないと割り切る自分を嘲笑して。
闇雲君と私はシュスを離れ、シュリーカーさんの特徴を交互に確認し合った。
「大きくて丸い目に……灰色の肌」
「尖った耳に、顔の端から端まで避けたような口」
「細くて、尖った指に……」
「分厚く広い足、でしたね」
ネーミングセンスも無ければ画力もない私にはえげつない姿しか想像出来ず、闇雲君は「こっわ……」と呟く。激しく同意です。
私は頷き、闇雲君が呼んでくれているストラスさんを見た。アミーさんを呼ばないのはストラスさんと被らない方がいいかと考えた結果だ。
兵士さんは革表紙の分厚い本を捲っているようで、やっぱり王冠は斜めになっていた。それが何だか可愛いと思いながら、私は聞いてみる。
「シュリーカーさんは無宗教者なんですか?」
「無宗教者、と言えばそうだろうね」
顔を上げてくれるストラスさん。含みのある言い方に私は首を傾げてしまい、闇雲君は訝しんだご様子だ。
「どういうこと?」
「そうだね……」
ストラスさんは斜め上を見て思案する仕草をする。
「文献によれば、シュリーカーは「最初の五種族」として作られた者らしいんだよ」
「最初の五種族?」
「そう。中立者がアルフヘイムを作ったと言うことは知っているかな?」
私は首を縦に振る。思い出したのは夕暮れのパソコン教室だ。闇雲君は肩を揺らし、ルタさんは目を丸くしている。
どうやら神様らしいのです。
私は苦笑して、ストラスさんは続けてくれた。
「アルフヘイムを作った中立者は住人を生み出した根幹でもある。そして、最初に創られた五種族に含まれるのがシュリーカーだ。中立者がどうして生まれたのかは知らないがね」
……もしかして、私達は凄い人を生贄にしようとしてねぇか。
気づいて若干鳥肌が立つ。
ストラスさんは「興味深いだろ?」と口角を上げており、闇雲君はルタさんを抱き締めていた。
兵士さんは続けている。
「だからアイツらはルアス派もディアス派も信仰しない。ただ、中立者の意向だけは必ずやり遂げるって言う信念らしいね」
ストラスさんが「記述はこれだけだ」と本を閉じる。私は自分の髪を一部引き、闇雲君は指の関節を噛んでいた。
無宗教者のシュリーカーさん。
前触れなく現れて喚き散らし、厄災を呼ぶ妖精。彼らには宿命も使命も無く、かと言って弱肉強食の世界にも住んでいない。
考えていると、闇雲君の静かな声がした。
「でも、生贄にしちゃ駄目だとは言われてないよね? 最初の五種族だろうが何だろうが、シュリーカーが誰かを傷つけるのは変わりない」
隣を見る。
闇雲君は俯き加減に言葉を零し、ルタさんはパートナーを見上げていた。
闇雲君の表情は見えないけれど、体に力が入るのは見て取れる。自分の戦士を見るストラスさんは口角を上げ続けた。
「あぁ、そうだね。生贄に例外は無い。だから頼むよ、祈」
「……ん」
頷いて、闇雲君はルタさんと同化する。
私の背中でもひぃちゃんが翼を広げてくれて、ストラスさんには頭を下げておいた。
闇雲君を見るとなんとなく目が合って、自然と微笑んでしまう。
「シュリーカーさんが現れたシュスに、行ってみますか?」
「うん」
闇雲君はストラスさんにシュスの方向を聞いてくれて、私達は飛び立つ。
少しだけ振り向いて見たハベトロットの綿畑は、灰色に染まったシュスを拒絶するような空気を醸し出していた。
糸を紡いでいたハベトロットさん。
どうして彼女達のシュスに雷を落としたのか。
シュリーカーさんの目的は読めないけれど、それでも私の内心はざわついて仕方がない。
他者の幸せを奪う権利が誰かにある筈がない。
それは私も同じくせに。
私は奥歯を噛んで、闇雲君の後に続いて行った。
* * *
さて。
ハベトロットの綿畑を離れて――かれこれ十日。
左手首はすっかり治り、痛みはない。そして同時に収穫もない。
どれだけ飛び回って飛び回って、飛び回っても見つからないシュリーカーさん。
その現状に闇雲君と私は頭を抱えていた。
思い出されるのは、無駄ではないと信じたいこの十日間の出来事だ。
――まずシュリーカーさんに厄災を呼ばれたシュスを訪ねてみたが、皆さん立て直しの最中で話を聞かせてもらえる雰囲気ではなかった。
鉱石でシュスの形を整えて、怪我をした人の手当をし、右へ行って左へ行って。戦士には目もくれず動くと言う感じ。
シュリーカーさんは一箇所に長く留まらないとアミーさんは教えてくれた。
厄災を起こせば直ぐに走り去ってしまったのだと、とあるシュスの住人さんも教えてくれた。怪我が酷かった為、らず君の補助を使った時のことだ。
綿畑のように雷の雨が降った所。地が裂けてシュスが陥没した所。作物が突然爆発して毒を撒き散らした所。強い酸性の水が湧き出た所。
その他諸々の厄災は住人さんを傷つけてシュスを破壊し、被害を受けた方々の顔を暗くしていた。
シュリーカーさん達は見つからない。どうやったら見つかるのかも自信が無い。
翠ちゃんや細流さん、結目さんも「進展無し」とのことで、私は久しぶりに祭壇を建てておいた。
ダミー祭壇は厄災を起こされたシュスとは離れた場所に作らせてもらい、息をつく。
振り返って闇雲君を見てみるが、彼の指の関節を噛む癖はこの所悪化していた。
ルタさんが肩に留まって闇雲君の側頭部をつつき、ストラスさんは黙って行動を見つめている。当の本人は指を噛むのを止めはしない。
私は彼に近づいて、噛まれる指の手首に触れてみた。
闇雲君の口が止まる。赤くなった関節は今にも血が出てしまいそうで、私は故意に微笑んでしまうのだ。
「闇雲君」
「……はい」
静かに返事をしてくれる。彼は自分の手の指を組んだり離したりして、酷く自信がなさそうだ。
十日という期間を闇雲君と過ごして、彼の行動には自然と慣れていた。
指を噛んでしまうのは迷っている時。シュリーカーさんを探している今が正しいのかどうなのか、自信がなくなってしまった時。
彼は容赦なく自分の指を噛んで、けれども血が出る前には止めることが出来ている。
それが――境界線。
血が出ても噛むのを止められなければ、その時は力づくで止めた方がいいのだと思う。
噛んでしまう原因を解決する前に行動を止めるのはストレスだろうが、やり過ぎは止めなくてはいけないだろう。
私は地面を靴の裏で意味なく慣らし、光りの粒が微かに舞うのを見る。色々なシュスに行ったが、地面に残るシュリーカーさんの足跡は本当に大きかったと思いながら。
「これからどうしますか、凩さん」
闇雲君が聞いてくれる。
彼の手は再び口に向かいかけ、それを彼自身が反対の手で止めていた。
私はその行動を目で追いながら口を開く。
「他の厄災があったシュスは遠いですよね」
闇雲君とストラスさんは首を縦に振ってくれる。
これ以上時間をかけてどうするのかと言う所ではあるが、少しでも手掛かりがあるであろう場所に行くことが正しい気がする。
けれども長距離移動をするのは時間が惜しいし、でもそこを惜しんでも仕方がないか……。
考えているばかりでは答えは出ない。分かっているけれど解決策が見い出せない。
知能の足りない頭を捻りながら髪を引くと、闇雲君は提案してくれた。
「遠くを見通せる住人とか、いないんですかね……」
自信がなさそうな声で彼は的確なことを言ってくれる。
私は目を丸くして、画期的な案をくれた闇雲君は萎みそうな声を出していた。
「ぃや、アルフヘイムだし、そう言う力の住人とかいそうな気がして……そんな都合よくいるわけないですよね、すみません」
「謝ることなんてないですよ」
頭を下げそうな闇雲君を止める。
彼の視点は私の見えない所を見てくれて、とても助かるものだから。申し訳なさそうになんてしないで欲しいと思って。
私はメモ帳を取り出して「見てみますね」と笑った。
ストラスさんがいるのだから彼に聞いた方が断然早いと気づいたのは、一頁目を捲った瞬間だ。
失敗した。余計なことしか出来ないのか自分。
一人内心で恐縮していると、ストラスさんが言ってくれた。
「遠くを見られる住人はいるが、シュリーカーを見ることは出来ないだろうね」
「え、なんで」
闇雲君が訝しんだ声で聞いてくれる。
ストラスさんは王冠を直しながら「前に言っただろ?」と小首を傾げていた。私の手も止まる。
ストラスさんは何故か楽しそうに笑っていた。
「シュリーカーは最初の五種族だ。その潜在能力は後続種よりも純粋で強く、淀みがない。だから潜在能力が劣る方の発信を、シュリーカーは拒否することが出来るのさ」
なんという事だ。
私は流石に肩を落としてしまう。灯りかけた希望が消されたショックのせいだ。振り出しに戻ったと称しても過言ではない。
「――強い奴は、弱い奴を拒否していいの?」
不意に、低い闇雲君の声がする。
私は彼の方を向き、ストラスさんを睨んでいる闇雲君を見た。
その空気には鋭利な棘が見え隠れして、噛まれる指から骨が鳴る音がする。
あぁ、それは駄目だよ。
私が手を出しかけて、けれどもそれに一瞬戸惑ってしまう。
止めていいかどうかが分からないから。
心臓が痛みを訴えた時、私の肩から茶色い手が伸びてくれた。
りず君が闇雲君に前足を伸ばしてくれる。先をぎこちなく人の手のような形にして。
闇雲君は茶色い手を見ると、指から口を離してくれた。
「手、繋ごうぜ、祈」
りず君が笑う。
闇雲君は全ての動きを止めると、側頭部をルタさんにつつかれていた。
フードの奥の目に見られて私も笑う。おずおずと言った雰囲気でりず君と手を繋いだ闇雲君は、肩から力が抜けたように見えた。
それに私は安心する。
闇雲君は恥ずかしそうに口を結び、りず君と繋いだ手を揺らしてくれた。
らず君とひぃちゃんも嬉しそうにする空気が伝わってくる。
ストラスさんはズレた王冠を直していた。
「いいかい、祈、氷雨ちゃん。シュリーカーはとても未知数の存在だ。どの文献を見ても詳しいことは書かれていないし、私も会ったことがない。正直に言えば、他の生贄を探すことこそ賢明な判断だろうな」
「それだと駄目なんだ」
ルタさんが言い切って、澄んだ瞳がストラスさんを見つめる。
私は黒い梟さんに視線を向けて、凛々しい顔つきを確認した。
「誰かを悲しませる奴だからこそ捕まえなければいけない。その上限が一人であろうとなんだろうと。そうしなければ、悲しみを癒すことが出来ないのだから」
ルタさんは「な、祈」とパートナーさんのフードに頬を寄せる。空いている方の手でルタさんを撫でた闇雲君は、確かに首を縦に振っていた。
悲しむ人の為に生贄を。
彼らが望む悪を生贄に。
あぁ、やっぱりどうして、君は優しい子なんだな。
勝手な判断をして口角が緩んでしまう。
闇雲君とルタさんは首を傾げていたけれど、私は「なんでもない」と伝えるのだ。
その時突然――私の鍵からアミーさんが映し出された。
私とりず君からは奇声が上がり、青い兎さんはピースサインをする。何事ですか。
「やぁやぁお困りだね氷雨ちゃん可哀想に!! だが安心しなさい!! お助けキャラが参上してあげちゃったからね!! 大船に乗ったつもりでいなさいよ!!」
元気に明るく溌剌と。
そう表現出来る勢いでアミーさんは笑い、私は安堵してしまう。彼の弾けるような明るさは確かに元気をくれるから。
同時に一抹の不安を抱いた私は、まずはお礼を伝えようと思うのだ。
しかしそれより早く、ストラスさんが口を開く。
「アミー、ルールを忘れたのか」
その声はどこか怒っているようで。
ストラスさんは厳しい表情でアミーさんを凝視していた。青い兎さんは陽気に笑い続けているのに。
二人の間の空気には酷い温度差が出来ている。
私はまた、数日前のオリアスさんの言葉を思い出した。
「もーやだなーストラス、覚えてるよ! 賢いアミーさんを舐めないでよね!!」
「覚えているなら自重しないか。お前にはもう後がない。自分の状況を好転させる為にも、」
「そんなこと今言わないでくれる?」
ストラスさんの声を遮るアミーさん。
青い兎さんは私に顔を向けたまま、とても低い声を出していた。
その声は酷く真面目な空気を纏い、ストラスさんにそれ以上の発言を許す気は無いと伝わる。
ストラスさんは両目を閉じると、深く息をついていた。
アミーさんの表情は見えない。いつも彼は隠すから。
その兎の中に隠した顔を私は知らない。知らなくてもいいと思うのに、それでも今は気になってしまった。
それなのに、彼は私に問わせてくれないのだ。
「さ!! 氷雨ちゃん!! シュリーカーの居場所、見つけたから教えてあげる!!」
「――え?」
アミーさんが声高らかに言ってくれる。
私は虚を突かれてしまい、疑問詞が口から零れた。アミーさんは「あー疲れた」と兎の目を擦り、ストラスさんの厳しい声がする。
「アミー!」
「なーにーストラス、まだ文句?」
「それはルール違反だ。どうしようもないほど大きな違反を、お前はしているんだぞ」
――ルール違反
その言葉が私の心臓を締め上げて、アミーさんを凝視してしまう。
アミーさんはまるで、聞かなくてもいいと言うように私の両耳を塞ぐ仕草をした。
あぁ、アミーさん、貴方は何をしたのですか。
「もー、言わないでよストラス。言わなきゃバレないってのに!」
「いいや、言わなくともバレるよアミー、分かっているんだろ?」
「んふふ、さーて、なんのことだか」
ストラスさんは顔色を悪くしてアミーさんを見つめる。
その目は信じられないものを見る色をしているから、私はアミーさんが心配になるのだ。
貴方は何をしてしまったのか。どうしてシュリーカーさんの居場所が分かっただなんて言うのか。
その先を知りたいのに、聞くのが怖くて喉が渇いた。
アミーさんは楽しい声で、無邪気な空気で笑っている。
「もう言わないでね、ストラス。僕の可愛い氷雨ちゃんが混乱しちゃうから」
おどけるように私を引き合いに出したアミーさん。彼は私を見たまま、優しく言った。
「さぁ氷雨ちゃん、教えちゃうよん、シュリーカーの居場所」
「ッ、まってくださいアミーさん。ぁの、ルール違反って、何をしたんですか? 貴方は一体、何を!」
私の質問にアミーさんは答えてくれない。首を傾げた彼は陽気に笑うばかりなのだ。
「なんと! 僕の目はシュリーカーさえ映しちゃう千里眼なんだぜ!? 驚いたでしょー! こんな目を持ってる奴は僕以外いないかんね!! 片目しか機能してないから探すの手間取っちゃったけど、そこはご愛嬌ってやつ!」
アミーさんの言葉を聞く事に私の頭が混乱していく。
なんだよ千里眼って。片目しか機能してないって何。シュリーカーさんは最初の五種族で、強くて、拒絶出来て、でもそんな人をアミーさんは映せて。
多くの疑問が溢れそうになるのに、アミーさんは聞くことを許してくれそうな空気ではない。
彼は優しさに満たされた声を私にくれた。
「質問は無しでいこうね、氷雨ちゃん。君は生贄を探して、祭壇に祀ることだけ考えればいい。僕のことはどうでもいい。さぁ、進めよ僕の愛しき駒。君の為に、僕は全身全霊でサポートしてあげるから」
その言葉がどれほど私の心配を煽るのか、知らない癖に。
知る気もない彼に、私は聞いてしまうのだ。
「アミーさん、貴方に酷いことは起こりませんか?」
青い兎の頭は傾げられる。
そのまま肩を竦めた彼は、明るい声で言い放った。
「起こらないよ! 大丈夫!!」
その言葉を信じたい。信じていたいのに。
貴方の顔が見えないから、目が見えないから――私は不安で堪らない。
「今、シュリーカーはね――」
教えてくれたアミーさん。
私は頷き、闇雲君に視線を向けた。りず君と手を繋いでいた彼も頷いてくれる。
私の背中では、お姉さんが翼を広げてくれた。
青い兎はおどけてみせて、本音を隠して飲み込んだ。
フードの少年は自信を持たず、ただ下を向いて自分を傷つけてみせるのだ。
明日は投稿お休み日。
明後日投稿、致します。よろしくお願いします。




