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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第二章 剥奪する努力家編
51/194

義憤

今回は三人称的書き方をしました。ちょっと氷雨ちゃんの一人称では語れないことを書きたかった。


ーーーーーーーー

2020/02/09 改稿

 

 焦っていたのだと、紫翠は思っていた。


 自信が無かったということも頭の片隅で分かっていた。


 彼女の結晶化の能力は最強ではない。


 多対一の場合では完全に不利であるし、防具などで武装されたら結晶化させる為の時間が倍以上かかる。


 目の前のグローツラングのように巨大で近づきにくい相手には触れるという行為すら難しくなり、両手の自由を奪われたら負けが見える。


 だから紫翠は自分の能力が好きになれなかった。


 正直に言えば嫌いだった。


 運動は出来ても戦闘は経験のない女子高生が、相手の頭や鳩尾に入れるまで近づくことなどまず不可能に近いのだ。


 彼女は、鎖骨の間が宝石に変わってしまった様を視界に入れる。滑らかな肌触りのそこは服も皮膚も関係なく別の物質へと変化させられていた。


 紫翠は頬を伝った汗を手の甲で拭い、肩で光り疲れてしまったらずを撫でる。


 紫翠が身を潜めているのは最初に狙いをつけたグローツラングから二十mも離れていない木の影。


 彼女は息を深く吐き、宝石に変わっている束ねた毛先を背中へ払い除けた。


 両手を合わせて深呼吸をする。


 彼女の能力は奪う能力だ。相手の視力を、聴力を、嗅覚を、触覚を、意識を、特性を。


 それを最初説明された時、紫翠は心底落胆した。こんな欠点しかない力を何故与えるのかと担当兵を罵倒しかけた程に。


 けれども彼女は受け入れた。能力も、この競走も。


 生きていたかったから。


 人生に悲観している訳では無いし、自分を無下にすることは二度としないと彼女は自分に誓っていたのだ。


 両親に自分を見て欲しくて、良い子ではないのだと知ってほしくて、自分に優しくしてくれた他者を利用した中学三年から高校一年の間。


 その結果、傷ついたのは彼女自身である。


 今もその経験を引きずる紫翠は、もう傷つきたくないと強く思った。傷つけたくないとも酷く思った。


 だから彼女は自分以外の誰かと必要に関わることも、自分と他人を比べることもやめた。


 直ぐに躍起やっきになる性格は閉じ込めて、冷静でいようと努めてきた。もう傷つかないように一人努力を重ねてきた。


 勉強も、運動も、見た目も、何もかも。誰にも認められなくていいと自分に念じて、誰も自分の中に踏み込ませないように壁を築いて前だけ向いた。


 前を向いていれば横にいる誰かを見なくて済むから。


 背筋を伸ばしてさえいれば、自分を律することが出来たから。


 紫翠は息を止めて木の影から出ると、目の見えないグローツラングの背後へと駆け抜けた。


 苔の生えた木の根を滑り、途中で掴んだ石を自分とは反対側へ投げて音を立てる。


 グローツラングの気を引く為に。


 だが、紫翠は失敗するとも考えていた。


 そして予想は現実になる。


 音の方をグローツラングが見たにも関わらず、その宝石の瞳は直ぐに紫翠の方へと向いたのだ。


 紫翠は舌打ちしたくなるのを堪えて、光りの弾丸が掠めた左頬に眉をしかめる。


 彼女は再び木陰に隠れると流石にため息をついた。心臓は早くなり、悔しさが紫翠の思考を鈍くさせる。


 紫翠は不可思議でならなかった。目が見えない筈のグローツラングが音に翻弄ほんろうされず、背後にいた自分に瞬時に気づくなど。


 どう考えても聴覚だけではない何かで探知されている。しかしその何かが分からない。


 唇を噛んで紫翠は考える。


 恐らく氷雨の仮定は半分当たっていて、しかしそれだけが本質ではない。


 紫翠はその本質を探ろうとするが、喋れないらずと自分しかいない現状で冷静な判断は難しかった。


 らずは一度光るのを止め、紫翠は小さな頭を撫でる。


 反対側の木陰から飛び出した梵がグローツラングの視線を集めて交戦するが、グローツラングの動きは余りにも的確過ぎた。


 梵は自分の左腕を盾にする。その腕はもう不要だと言わんばかりに。


 紫翠はその戦い方を見て、奥歯を噛んだ。


 自分に倍増化の力を使ってくれた梵はあれほど戦えている。しかし紫翠は、グローツラングに触れることが出来ていない。


 基本的な身体能力に大きな差がある二人では、結果的な力にも差が出る。それは当たり前と言えば当たり前だ。


 それを埋める為にらずを借りた紫翠だったが、彼女は直ぐに後悔した。


 氷雨の心獣の中で今能力を使えるのは、らずだけであるから。そのらずを借りてしまっては、本当に氷雨が無力になってしまうから。


 しかし、もう戻れなかった。戻る暇があったら特性の宝石を奪わねばならないと考えた。


 紫翠は早くなる鼓動に嫌気がさして、後方で別のグローツラングと対峙している祈達を見る。


 形成不利なこの状況。それでも撤退は出来ない。


 遠目に見ても祈とルタは戦力外に近くなり、氷雨の宝石になってしまった面積も増えている。


 帳と梵、そして紫翠自身も宝石になった面を持ってしまった以上、結局はグローツラングに向かわなくてはいけないのだ。


 ならば一度で決めなくてはいけない。


 自分が決めなくてはいけない。


 紫翠は自分に強く言い聞かせて木陰から飛び出した。らずは力を振り絞って輝き、紫翠の足が地面を抉る。


 しかし、何故なのか。


 彼女が木の影から出た瞬間。グローツラングは紫翠が出た方を向き、見透かしたように彼女の右足に光りの弾丸を当てるのだ。


 紫翠は避け切れずに地面に倒れ込み、それでも直ぐに起き上がる。らずは肩にしがみついて半泣き状態だ。


 紫翠はグローツラングを見上げて息を詰める。宝石の目は輝いて、今にも弾丸が発射されそうな状況だ。


 何処を狙われるか。足か、体か、頭か。この際手以外の場所なら構わない。


 紫翠は動かしづらくなった右足を引きずりながら、グローツラングに向かって駆け出した。


 自殺行為ではあったが、彼女の手さえ目の前の住人に触れさえすればいいのだ。


 蛇の形をしているグローツラングに鳩尾が無いことは知っている。そういった相手はアルフヘイムにいるとも聞いていた。


 その場合、彼女は目を使う。


 彼女の目は結晶化させる為の場所が分かるようになっているから。それも含めたのが「結晶化」と言う力なのだ。


 だから紫翠には見えていた。


 グローツラングの顎下目測五十cm。その部分だけ紫翠には赤く映り、彼女はそこに手を添えることを目指している。


 紫翠はグローツラングの懐に駆け込み地面を蹴った。幸い彼女の利き足は左だ。


 紫翠の手が目的の位置に伸びる。激しい鼓動は彼女の耳の中で大きく響き、滞空時間が長く遅く感じられる現象が起こった。


 触れば勝てる。触れば救える。触れば、奪えば、それだけで。


 紫翠の気持ちだけが先へ進もうとする。


 だから彼女は――降ってきたカーバンクルにまで気が回らないのだ。


 白い兎のような生物は紫翠に向かって勢いよく飛び降りる。


 カーバンクルは落下の勢いのまま紫翠の胸部に蹴りを入れ、グローツラングへ向かうことを妨害した。


 紫翠はせこみ、空中で体勢が崩れる。


 カーバンクルは容赦なく追撃する踵落としを彼女の頭に入れ、紫翠は地面に激突した。


 受け身が取れなかったせいで体全体が痛みを訴え、呼吸が乱れる。


 うずくまってしまった彼女を補助しようとらずは輝くが、直ぐにその光は消えてしまった。


 氷雨から離れている状態では、らずは本領を上手く発揮出来ない。


 紫翠はそれを知っていた。だから、らずを責める気持ちはなかった。


 恨んでしまうのは自分の不甲斐ふがいなさだ。


 彼女に武器はない。ハンヴェルに注文した武器はまだ出来たと連絡が無いから。


 彼女に飛ぶ能力はない。ひぃやルタのような心獣も、帳のような能力も無いから。


 彼女は強くない。彼女は元来、冷静と言える性格ではない。覚悟は決めたが勝利への道がいつも見えない。他者に自分の中に入ってきて欲しくない。勇気がない。力がない。優しくされたくない。死にたくない。


 紫翠の足が重くなる。ないばかりを並べ始めてしまった自分を止められない。


 人を羨むことが嫌いで、自分が正しいと思うことをしていたい心が軋んでしまう。


 チームメイトを助けたかった。自分の力で。自分の弱い力で。


 けれどそれを達成する為には、自分は非力過ぎた。


 紫翠の心が泣きだしそうになる。


「紫翠」


 そんな静かな声と一緒に紫翠の前に立ち、グローツラングの弾丸を受ける梵。その背中は広く頼もしく、少女の心が軋み続けた。


 体を抱えられて木陰に避難をさせられる。梵の左腕から左頬にかけてが完全に宝石に変わってしまっており、それでも彼は無表情だった。


 梵はいつも紫翠を助けようとしている。


 疑い無く彼女の後ろに控えて、(さなが)ら騎士でもあるように従順に。その姿勢が紫翠は嫌いで、申し訳なくて、自分の弱さが際立つような気がしていた。


 今だって言葉が出てこない。


 梵は紫翠を見下ろして、大きな手で少女の頭を撫でた。柔らかく叩くように、落ち着かせるように、穏やかに。


 その伝わる優しさに、紫翠の胸が締め付けられた。惨めさが溢れ出た。


「優しくしないでッ」


 彼女は梵の手を力強く払い除け、鋭い眼光で見上げる。梵は目を瞬かせて、隠れている木に激突した弾丸を無視していた。


「何に、焦る」


「ッ」


 梵の目は揺るぎない。紫翠は核心を突かれた問いに奥歯を噛み締め、盾となる木が再び揺れたのを視界の隅に入れた。


「紫翠、らしく、ない、な」


 その言葉が紫翠を傷つける。


 らずは針のある背中を震わせて、雰囲気が変わってしまった紫翠を見上げた。


 少女の整った顔にいつもの知的な無表情は無く、あるのは悔しさに歪められた――泣きだしそうな表情だった。


「私らしさって何よッ」


 紫翠の手が梵の胸倉を掴み上げる。少女の空気には鬼気迫るものがあり、目には怒りの色が燃えていた。


 盾となっている木が完全に宝石と化してしまう。


 それが砕け、崩れ、淡い太陽光を反射した。


「紫翠は、いつも、冷静だ」


「それはそう繕っているからよ! 繕って、努力して、気を張って!! そう見せているだけで、貴方は私の見える面しか知らないじゃない!! 私のことなんて、何も知らないじゃない!!」


 紫翠の右のコメカミと梵の左のコメカミに弾丸が当たる。


 紫翠の体が震え、梵は彼女を守ろうと腕を上げた。


「守らないでッ」


 梵の動きが止まる。


 紫翠は震える唇を噛み締めて血を流し、鋭い言葉を梵に向けた。


「私は救わなきゃいけないの! 凩さんを、貴方達をッ、私自身を!! 私がしなきゃいけないのよ!」


 その言葉は彼女自身を縛る鎖だった。


 自分がしなくてはいけない。ここで逃げれば二度と前に進めなくなる。


 再び自分の前に現れて、優しく歩み寄ろうとする「彼」から逃れられなくなる。


 それは堪えがたいことで、だからこそ、この場で紫翠は強くなりたいのだ。


 それが自分自身のかせになっていると気づかずに。背負い込みすぎたものが邪魔になっていると分からずに。


 少女に再び光りの弾丸が向かう。それに顔を向け、彼女の足は逃げることをしなかった。


 救わなければいけない。自分がしなければいけない。いつも守られて、救われる自分がしなくてはいけない。役に立てていない自分がしなくては。迷惑をかける自分が。弱くて仕方がない自分が。


 救うと言ったのだ。


 救わせてくれと、頼んだのだ。


 臆すことなく一人で飛び込む少女を救わなければ。いつか潰れて、傷ついてしまうことが見えている同級生を助けなければ。


 そう決めて、その気持ちだけで向かっていた。


 その足が、心が止まりかけてしまう。


 紫翠は自分の能力が、自分自身が大嫌いだった。


 そんな自分を打ち壊したいのに。


 弾丸と紫翠の間に――緋色のドラゴンが飛び出した。


「ひぃッ!!」


「ッ、あ!」


 ひぃに弾丸が直撃して、生きていた右翼と胴体の半分が宝石に変わってしまう。紫翠は首を弱く横に振り、顔を覆った。


 突風が吹き、紫翠の元に現れた氷雨。


 彼女はひぃを抱き締めて、後から続いてきた帳と祈はカーバンクルを抱いていた。


 そのまま強風は紫翠と梵も攫い、別の木の影へと五人を集めてしまう。


「五人とか……」


 帳はどこか疲れた声色で呟き、氷雨は心配そうに微笑みながらグローツラングの様子も伺っていた。


 グローツラングの攻撃は止まり、背中のカーバンクル達と話しているのが黒髪の少女の目に映る。


 帳もそれを確認して静かに息をついた。ひぃは氷雨の腕の中で申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません氷雨さん、やはり加護の環が反応するのは悪意ある攻撃のみのようです」


「だね……ごめんひぃちゃん、ありがとう」


 氷雨は全てが宝石になりかけている顔で笑った。


 動かない筋肉もある為、いつもの可愛らしい笑顔ではないけれど。その笑顔は優しいから。


 氷雨は振り返り、紫翠と梵を見上げていた。


「助けに来ました。楠さん、細流さん」


 その笑顔が、言葉が――紫翠の焦りを増幅させる。


 彼女の頭には血が上り「なんで……」という言葉が漏れていた。


「グローツラングさんの目になっていたのはカーバンクルさん達です。カーバンクルさん達が森に散らばり、宝石を使って私達の位置を教え合っていたんです」


 紫翠には、氷雨の声がどこか遠くから話されているように聞こえてしまう。


 帳や祈の言葉も聞こえにくくなっていく。


 カーバンクルが目の見えないグローツラングに自分達の位置を教えている。


 教えているから反応が早い。


 だからグローツラングには自分達の位置が筒抜けである。


 そんな事実、今の紫翠にはどうでもよかった。


 何か策を練ったであろう氷雨や帳、祈の考えも、今の彼女には届かない。届けられることを紫翠自身が拒否しているから。


 自分が救わなければいけないのに、救うと決めたチームメイトに「助けに来た」と言われてしまった。


「楠さん?」


 氷雨が紫翠を見つめている。


 紫翠はそんな同級生に、自分に無い強さを持つ少女に――嫉妬した。


「なんで、助けに来るのよ……私が助けなきゃいけないのにッ」


 紫翠が悲痛な声で訴えて、氷雨は目を丸くする。


 紫翠の赤くなった目元が釣り上がり、氷雨の肩に少女は力任せに掴みかかった。


 その怒りは氷雨に対するものでは無い。自分に対する怒りだった。


 それを紫翠は制御出来ない。


「楠さ、」


「私が助けなきゃいけないの! こんな奪うだけの力で、やっと誰かを救えるの!! それなのにどうして助けに来ただなんて言うのよ!! 冷静でも、強くも凛々しくも無い私がそんなに信用出来ない!? いつもと違う私が信頼出来ない!?」


「ちが、あの、」


「違うなら退いていて!! 私の力でしか貴方達を救えないんだからッ、救わなきゃ、私は前に進めなんだから!! だから助けないでッ、守らないで!! 我武者羅がむしゃらでも成功させてみせるから!!」


「落ち着いて、ッ」


「落ち着く?  無理よ!! こんなに時間がかかって、全員一部宝石に変わってッ、これ以上情けない自分には耐えられない! 強い自分を装うなんて不可能よ!!」


「ッ、い、から、強くなくて、良いから!!」


「いいわけないでしょ!! 強くなければ、何の意味もない!!」


 紫翠は泣き出しそうな声で訴える。


 瞬間、氷雨は紫翠の首を引き――彼女の額に頭突きを御見舞した。


 固いものがぶつかり合う音が響き、祈達は目を丸くしながら肩をすくめてしまう。


 氷雨は顔を赤くしながら肩で息をし、紫翠は流石に額を押さえてしまった。


 見たことがない氷雨の奇行。だが、今そんなことを驚く余裕が紫翠にはない。


「何すんのよ!」


「強さで自分を、殺すんじゃねぇよ!!」


 紫翠の目が丸くなる。


 少女は額を押さえたまま、目の前で肩を怒らせる同級生を見ていた。


「楠さんは、完璧じゃなくていいッ、強さと強がりは違うと気づけ! 貴方が私達を助けようとしてくれるから、私達も貴方を守りたいと思って何が悪い!! 対等に仲間としてッ、友達として、貴方を思うことは余計なことか!?」


 少しだけ迷ったように口にした「友達」と言う単語。


 氷雨の目の奥ではどこか不安そうな火が揺れて、紫翠はその火を確かに見つけていた。


 紫翠の心に入り込もうとする。


 それを拒みたくて、逃げたくて、それでも紫翠は氷雨の言葉を聞かずにはいられなかった。


「チームなら助け合うものなんでしょ!? 楠さんがそう教えてくれたから、私達を助けてくれようとする貴方を私は助けるさ! 助け合いは偽善でも美談でも馴れ合いでもねぇし、利益も見返りも何もいらない! そうしたいからって言う心があれば十分だ!」


「ッ、」


 氷雨は紫翠の目を見つめている。


 自信がなく、いつも何かを心配する目ではない。


 助け合いを紫翠は偽善だとは思わないし、それでもやっぱり助けられることは自分の弱さを象徴するようだとも思う。


 紫翠はもうこれ以上、弱い自分を知られたくなかった。知られれば付け込まれる気がした。


 過去に自分の前に立った男のように。弱くてはいけないと、自分は自分で守らなければいけないと、強く在らねばならないと。


 努力して、努力して、努力して。


 そして、紫翠は周囲から逃げた。本当の自分などさらしたくないから。


 それを氷雨は否定する。


「楠さんは、そのままでいいんだよッ馬鹿!!」


 楠紫翠を肯定する為に。


 氷雨は息を荒らげながら言い切って、紫翠だけでなく、男子達も唖然とした顔をする。


 カーバンクルも目を瞬かせ、氷雨は気がついたように手で顔を覆っていた。


「……口が悪い……すみません……」


 そう、酷く後悔した声を絞り出す氷雨。


 彼女は意外と口が悪いと、紫翠は何となく察していた。


 今目の前で仮面が崩れたのを垣間見た。


 紫翠の中にあった焦りの火が消えていく。


 しなければならないと言う鎖が解けていく。


 帳は氷雨を見下ろして、無表情に言っていた。


「凩ちゃんの口から暴言」


「でも、言ってることは正しいと思う」


「あぁ、そう、だな」


 祈と梵は頷きあい、紫翠を見る。


 彼女は息を整えて、氷雨を見下ろした。


 氷雨の目に先程の真っ直ぐとした強さはなく、今あるのは申し訳ないと言う負の感情一択だった。


 それを感じて紫翠は息をつき、静かに口を開く。


「ごめんなさい、ありがとう」


 氷雨の目が丸くなる。


 紫翠は同級生を見つめた。見られている少女は口をつぐみ、ひぃやりずと共に忙しない雰囲気を溢れさせる。


 その口からは、ぎこちない言葉が零れていった。


「一緒に今の状態を、解決しましょう。是非」


 氷雨は勇気を持って伝え、紫翠の肩から力が抜ける。


 帳は無表情のまま氷雨を見下ろした。祈と梵は顔を見合わせて、ルタは紫翠を一瞥する。


 ふくろうと茶色い針鼠は深いため息をついていた。


「頭が冷えましたか、楠さん」


「あんまし背負い込むなよ」


「……そうね。先走ってたわ、色々なことを」


 紫翠は氷雨と梵の肩を軽く叩いて息を吐く。


 それから彼女は顔を上げて、聞いていた。


 その目にもう、焦りは無い。


「何か作戦があるんでしょ?」


 そう言われて、顔を見合わせる氷雨と帳。


 帳は口角を歪に上げると、再び震え始めたカーバンクルを持ち上げた。


「まぁね、簡単なカーバンクル作戦さ」


 カーバンクル作戦。


 帳以外の四人は、彼と祈の腕の中にいるカーバンクルに視線を集めて、宝石を持つ住人は震えていた。


 紫翠の呼吸が楽になる。


 彼女の心音は落ち着き始めて、思考にも余裕が出来始めた。


 (――大丈夫)


 彼女は心中でそう呟き、拳を握っていた。

何も気にせず滅茶苦茶に、感情に任せて口にした時の言葉こそ、真に相手に届くのだと信じてる。


剥奪する努力家編ではもう一回三人称的書き方をする予定です。


作者は若干スランプ気味だと最近気が付きました。多分薄明前後から。時々お休み日を入れつつ投稿します。子どもである戦士達を今後とも、よろしくお願い致します。


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