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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
モーラ・シュス・ドライ編
29/194

感傷

ディアス軍ばかりではないよ。


――――――――

2020/01/29 改稿

2020/04/29 句読点訂正

 

「誰か、いないか!!」


 そんな、誰かの声がする。


 楠さんと私は顔を暗がりで見合わせて、細流さんが私達の前に立ってくれた。


 羽ばたきが聞こえる。私は細流さんの向こうの暗闇に目を凝らして、震えるらず君とりず君を抱き竦めた。


「あぁ、いたぞ無月(むつき)!!」


 闇から出てきたのは、一羽の立派な鷲だった。焦げ茶の羽毛に黄色い嘴。多分、オジロワシって言われる種類の、あれ。


 その鷲が喋った。「いたぞ無月」と。


 と言うことは、その無月と呼ばれた誰かはきっと。


 芝生を踏み歩く音がして、視線を鷲から音の方へと向ける。


 暗がりの中でまず判断出来たのは、足音を立てた人の服が白色だと言うことだけだった。


 らず君の額を少しだけ撫でて光ってもらう。微かに明るくなった中に浮かび上がったのは黒髪短髪の男の子で、彼は目を輝かせて私達を見つめていた。


「あぁ、本当だ、良かった! ……って、あれ……もしかして……ディアス軍?」


 低い声。背はそこそこ高めで体躯は細身。白いパーカーのファスナーを上まで上げて、土で少し汚れた白地のスニーカーが目につく。


 私達がディアス軍と分かった彼は、明るかった顔に緊張を走らせていた。


 私の目も彼を観察するように動いてしまう。


「そういう貴方はルアス軍ね?」


 楠さんが言って、細流さんの横に出ながら確認した。


 私もいつまでも庇っていただいては申し訳ない為、楠さんと反対側に出て細流さんの横に並ぶ。


 白い彼は頬を掻くと「まぁ……」と言葉を濁して、その肩にはあの鷲さんが止まっていた。


「ルアス軍、だけど……一応」


「無月、今はルアス軍もディアス軍も関係ないと思うぞ」


「そう、うん、そうだよね……うん、確かにそうだ」


 鷲さんと話す彼は無月むつきさんと言うのだと勝手に知る。


 無月さんは一人腕を組んで頷くと、真っ直ぐ私達を見つめてきた。


「悪いけど、力を貸してもらえないかな? 向こうでルアス軍の戦士が一人捕まってるんだ。僕ともう一人で助けようとはしてるんだけど、二人共細かい事が出来る力じゃなくて、困ってて……」


 彼は「頼めない?」と眉を下げる。私はらず君達を見下ろしてから、細流さん、楠さんと顔を見合わせた。


 ルアス軍を助けること。それは別に兵士の方に止められている訳では無い。現に私だってフォーン・シュス・フィーアでルアス軍の方を助けたわけだし、ルアス軍に寝返りさえしなければ制裁は無いだろう。


 しかし、手を貸す時間はあるのだろうか。


 私はモーラさんを引きつけるよう結目さんに言われていて、今もまだそれは、一応ではあるが継続中のはずだ。


 モーラさん達に追われていないから今は立ち止まっているわけであって。もしかしたらモーラさん達はお城に行ってしまったのかもしれない。そうなれば大変だ。お城には結目さんが向かっている筈なのだから。


 もし囮をこなせなかったことで不機嫌にさせてしまったら。もしルアス軍の方に手を貸したと知ったら。彼はどうするだろう。


 もし今、彼がモーラさん達に取り囲まれて困っていたらどうしよう。


 不安が荒波のように押し寄せる。


 ルアス軍の方を助ける手助けは出来ないわけではない。けれども結目さんの方も心配で、助ける義理立ては無いといえば無い。


 だが目の前で懇願されているわけだから、でも、だから、待って、あぁ苦しい。


 考えろ。ここで、手を貸さなかった後のことを。


 結目さんは強いんだから。


 だから。


 らず君の光が強くなった。


「手を貸しても……いいかと、思うのですが、どうですか?」


 私は、口角を釣り上げて楠さんと細流さんに聞く。


 二人の考えが知りたい。残念ながら私には今の状況で、何が正しいかなんて分からないから。


「俺も、いいと、思うぞ。あぁ、でも、結目は、どう、だろうか」


「私も構わないわよ。エゴのことなんてほっときなさい」


「おぉ、そうか」


 のんびり言葉を紡ぐ細流さんに、腕を組んで肯定してくれた楠さん。


 私は安心して笑い、無月さんは顔に笑顔を浮かべてくれた。


「本当!? 助かるよ!! こっちだよ、一緒に行こう!」


 無月さんはそう言って走り出そうとする。


 あぁ、でも、それは待って。


 私は彼を呼び止め、りず君とらず君を抱き締めた。ひぃちゃんが私の首に尾を巻いてくれる。


 目を瞬かせる無月さんは幼くて、私は微笑んだ。


 貴方はルアス軍だ。


 私は、ディアス軍だ。


 私はもう、間違えない。


「捕まっている方は、怪我を、されていますか? 死にそう、なんですか?」


「え? あー……いや、服に血はついてたけど、塞がってるっぽい。触った感じ血は乾いてたし、息も整ってたよ」


 あぁ、それならば、良くはないけど、良かった、怪我をしていないならば、時間に少しだけの猶予はあると考えられる。


 そして今の言い方だと、無月さんとその捕まっている方はここが初対面だ。捕まった経緯を知らず、ただ「捕まっている」という理由で彼は私達の手を借りようとしている。


 だから私は笑って「よかった」と答え、自分の不利にならない言葉を口に出すんだ。


「ならば今は本当に、拘束されてるだけなんですね」


「そう、周りにはあの、モーラっていう子達もいなかったし。けどいつ来るか分からないからさ。早めに対処しなくちゃいけないと思うんだ」


 それは正しいと私も思う。モーラさん達が捕まえたであろう誰かを放っておくとは思えないから、時間をかけるのはやめたほうがいい。


 そう思うなら黙って今すぐ走り出せ。


 ボランティアじゃないんだ、私には私の進むべき道がある。


 私は笑って「ごめんなさい」と口にした。


「手を貸す代わりに、条件を出しても、いいですか」


「条件?」


 無月さんは首を傾げて、鷲さんが「言ってみてくれ」と低い声で先を促す。


 私はお礼を言って、微笑み続けた。


「助けることに、手を貸します。その代わり、私達がこの島で生贄を捕まえることを、止めないでくれますか?」


 息を呑む音を、私の補助された耳は拾う。


 細流さんと楠さんの方は向けない。


 これは私の独断だ。


 無月さんは目を丸くして、傍から見ても狼狽うろたえているのが判断出来る。彼は「それは……」と言葉を濁していた。


 これは酷い提案だ。


 知っている。


 助ける代わりに、貴方達の首を絞めろと言っているのと同義だ。


 けれども助けるだけでは、減っていたかもしれない敵戦力を回復させるということにも繋がると思う為、私は無条件で囚われた誰かを助けることは出来ないのだ。


 無月さんの目に見える葛藤が私を嫌いにさせていく。


 何て酷いことを言うんだ。誰かを助けることに理由付けするなんて、それこそ悪だ。一体私はいつからこんな性格になった。非道、外道、最低。


 それでもいいよ、私は私が一番可愛い。モーラ・シュス・ドライには生贄を探しに来たのだから。そこで敵軍を助けて生贄を捕まえられなくなったなんて、本末転倒もいいところだ。


 私は勝ちたい。生きていたい。だから生贄を捕まえるし、ルアス軍である彼らを殺すのだ。


 それは結果であって、今は関係ない。今は無条件で助けたって良いのではないか。


 今があるから結果が生まれるんだ。


 求める結果が変わらないならば、どんな今を辿ったて良いではないか。


 良くねぇよ。非道であれ、凩氷雨。


 フォーン・シュス・フィーアでだって、助けたではないか。


 あれは私に戦士としての甘さがあった。だからもう、間違えないって決めたんだ。


 無月さんは口を結び、髪を掻き毟っていた。


 悩んで当然だ。折角の助けられる筈の手綱は刺だらけだったのだから。掴むも掴まないも貴方次第だ。


 私は微笑みを張り付けたまま答えを待つ。らず君は痛がりながらも輝きを維持してくれて、それに内心で安堵していた。


 細流さんも楠さんも何も言わない。


 その態度が、私の質問は正しいと肯定してくれているのだと信じていよう。今だけは。


「その条件、生贄を「探すこと」に変えられはしないか」


 無月さんではなく、鷲さんに言われる。彼の猛禽類独特の瞳は私を見つめて、一点の濁りも無かった。


「探すこと」と「捕まえること」は大いに違う。


 捕まえることを止めないのは目の前で生贄が決定しても何も出来ないということだが、探すことに変われば、()()()()()()()()()()()()()()()()


 鷲さんは頭がいい。いや、彼が無月さんの心獣であることは明白だから、きっと彼の頭の片隅には浮かんだ譲歩案だったんだろう。


 捕まえることを止めないという条件ならば、私達が探すことを止められる。


 けれども私達の生贄の条件を知らない以上、誰が生贄にされるかなんて分からないから、止めようが無いと言ってもいい。


 だから探すことを止めないという条件ならば、私達が決定した生贄をその場で救い出すことが出来る。


 私は微笑んだまま、少しだけ目を伏せた。


 彼にとってまだ自信があるのが、探すことを止めないという条件ならば、それでいいよ。


 私は貴方が救いたい人を気兼ねなく救って、悪を探して、貴方達に選んだ誰かを奪われないように努力しよう。


 これは私の、決定だ。


「分かりました。では、それで」


「! うん」


 無月さんは暗かった表情に色を戻して、今度こそ走り出す。私達もその背を追い、細流さんが小さな声で言ってくれた。


「氷雨は、やっぱり、偉いな」


 その褒め言葉は、私の提案に大してだろうか。私の何が一体偉いのか、自分では皆目検討がつかないわけですが。


「非道ね」


 楠さんはそう呟いて「褒めてるのよ」と付け足してくれた。


 私は笑って、走りながら肩にりず君とらず君を乗せる。しがみついてくれた小さな手に胸が温かくなって、私は補助された体力と脚力で木の根を飛び越えた。


 もう、転びはしない。


 無月さんは足が速く、私は遠くの闇の中で、橙色の明かりを持つお城が遠ざかるのを視界に入れた。


 少し走って、出たのは円形に木々が切り取られたような開けた場所だった。


 無月さんは「早蕨(さわらび)君!」と誰かを呼ぶ。私もその誰かを探して、芝生の広場の中央にある異質に目を見開いた。


 数個灯された薪が広場を明るく染めている。それに浮かび上げられた、異様な光景。


 中央に立てられた大きな黒々とした杭と、焦げ茶の髪の男の子。


 彼は猿轡を嵌められ、両手と首は後ろ手に杭に縛り付け。胡座をかくように座らされている両足首には大きな鉄球と繋げられた鎖がついていて、白かったであろう服には乾いた血が黒く変色していた。


 その光景に鳥肌が立つ。


 彼は目を伏せていて、その前に跪いて鎖を引きちぎろうとする男の子が目に入った。


 薄い茶髪の彼は無月さんの呼び声に振り返ると、私達を見て、目を輝かせてくれた。


「よかった、お願いします! この鎖を切っていただけませんか!」


 頼まれて、細流さんと私は杭に近づいていく。手の中でりず君は(まさかり)に変形してくれて、細流さんは拳を握り締めていた。


「退いて、いたほうが、いい」


 そう呟いた細流さんの声を拾った、早蕨(さわらび)と呼ばれた男の子。彼は頷いて下がり、私の補助された腕が疼いた。


 私が面倒な条件を出していたせいで、ここに来るのが遅れた。ごめんなさい、ご無事ですか、今すぐ、その鎖を断ち切りましょう、ごめんなさい、こんな、最低な奴でッ


 ディアス軍としては正しいだろ。


 それでも、人として正しくは、


「りず君ッ」


「おう!」


 私はりず君を振り上げ、男の子の足の鎖を叩き斬る。


 同時に細流さんは杭と繋がっていた手と首の鎖を砕き壊して、前傾に倒れそうだった男の子を私は反射的に支えた。


 血が乾いて固くなっている服の感触がする。


 それに言いしれない不安が押し寄せてきて、手は真っ青な彼の頬に当てがった。


 細流さんが猿轡を外してくれて、男の子の目が開く。


 暗い目は焦点が合っていないようで、私と目が合うと、彼はゆっくり首を傾げていた。


「……俺、は……」


 ゆっくり呟いた彼は瞬きをして、自由になって動く両手を見る。私は彼の冷たかった頬から手を離し、顔は勝手に笑ってしまった。


「ぁの、ご無事……では、ないですよね。お怪我は……」


「ぁ……ぃや、怪我? ……は……ない、ありがとう」


 本当かよ。


 私は首を傾げて、きっちりとボタンが留められた血塗れの白地の上着を見る。


 これだけの大出血を治せる力、回復系だろうか。けれども確かに一瞬触った服は何処も濡れてはいなかった。本人も大丈夫だと言うのだから、そう、大丈夫なんだ。


 彼は両手を見て嬉しそうな声を出していた。その反応に安心して、私は笑う。りず君は針鼠に戻って、楠さんが近づいてきた。


 私は彼女を見上げる。楠さんは頷いてくれて、私も立ち上がった。細流さんも立ち上がっていて、早蕨さんが捕まっていた男の子に駆け寄っていく。


「大丈夫ですか!?」


「あぁ……大丈夫だ。ありがとう、本当に……助かった」


 眉を下げて笑う男の子。早蕨さんは「俺は何も」と心底安堵した顔で笑い、私達を見上げてきた。


 腕の中にいたりず君を反射的に抱き締めて、私は笑う。


 早蕨さんは男の子の肩を擦りながら、満面の笑顔をくれた。


「本当にありがとうございました。俺達じゃどうしようもなくて、途方に暮れて、焦るばかりだったんです」


 輝く笑顔で笑ってくれた早蕨さんは、男の子の肩を摩るのを無月さんと交代して立ち上がり、私達に一礼してくれる。


 私は反射的にお辞儀を返して、細流さんは「よかった」と無表情に頷いていた。


 早蕨さんは「あ、自己紹介させてください」と、眩いほどに笑っていた。なんか、キラキラした人だな。そんな、印象。


「俺はルアス軍、体感系戦士、早蕨(さわらび)(ひかる)。よろしくお願いします!」


 毒気を抜かれる。


 心底そう思った。


 花が咲いたというか、太陽が輝いたというか、後光が差したというか。そういったレベルの満面の笑顔を向けられた。


 眩い笑顔に目を細めて笑い返すが、どうにも浄化されそうでいかんなこれは。


 私は静かに早蕨さんから視線をずらして、無月さんを見ておいた。彼は気づいて、早蕨さんが「紹介してもいいですか?」と確認している。


 無月さんは頷いてから、拘束されていた男の子に微笑みかけていた。


「彼は夜来(やらい)無月(むつき)さんで、あっちは心獣のイーグ。俺もさっきお会いしたばかりなんですけど、とても優しい方なんですよ」


「早蕨君、紹介ありがとう」


 無月さんの名字は夜来さんだと知り、鷲さん (もとい)イーグさんと会釈し合っておく。


 夜来さんの肩に止まるイーグさんは私を見つめていて、何となく警戒されていると分かった。から、笑ってしまう。


 早蕨さんは私達の自己紹介を心待ちにしているような顔をしていて、気づいた細流さんが聞いてくれた。


「俺達も、自己紹介、するか?」


「よろしかったら、是非!」


 間髪入れずに目を輝かせたのは早蕨さん。夜来さんは私達を静かに見上げていて、捕まっていた男の子はぎこちなく微笑んでいた。


 細流さんは頷いて、無表情のまま首を微かに傾けている。


「俺は、ディアス軍、細流梵。こっちは、楠紫翠と、凩氷雨」


「細流さんに、楠さん、凩さんですね! ありがとうございます」


 悪意がないとは、この事だ。


 そう思わされるほど早蕨さんは純粋だった。それでいて素直で、まっさらで、綺麗な人。そんな印象を受けた私は、やっぱり彼から視線を逸らしてしまっていた。


 視線を止めたのは、微笑みながら立ち上がる、捕まっていた男の子。彼は会釈して「俺も、よかったら……」と自己紹介をする流れになっていた。


 私は、どこか朧気な目をした彼を見つめて、早蕨さんと同じタイミングで頷いていた。


「俺は……ルアス軍、鷹矢(たかや)(あかつき)、助けてくれて、本当にありがとう」


 腰を折ってお辞儀してくれた、鷹矢さん。私は慌てて頭を下げ返し、楠さんが聞いていた。


「貴方、どうしてこんな所で捕まっていたのかしら?」


「……それは……その、」


 鷹矢さんは掠れた声で、歯切れ悪く口を噤む。早蕨さんは、鷹矢さんの背中を摩り、楠さんに笑いかけていた。


「今すぐにそんなに聞かなくても、良くないですか? 今は鷹矢さんが無事だったことが何よりですし」


 無欲な笑顔に楠さんは目を細めて、本当に、呆れたような声色で「そう」と返事をしていた。彼女の視界から早蕨さん達が外れていく。


「ならばもうここにいる意味は無いわ、行きましょ」


「あぁ」


「はい」


 踵を返した楠さんの背中を、細流さんと私は追っていく。


 一緒にいる時間を増やしたところでいいことは無い。彼らと私達は敵同士で、情でも移れば最悪だ。


「ぁ、もう行ってしまうんですか?」


 早蕨さんの声がする。


 私達は振り向いて、何事も無く頷いた。


 早蕨さんは眉を下げて笑うと「そうですか……」と残念そうに肩を落としている。


 果てしない罪悪感に殴られた気分だが、ここで立ち止まったところで、だ。


 鷹矢さんが何やら口を開こうとする姿も見える。だがそれよりも早かったのは、夜来さんだった。


「待って」


 静かな、それでいて鋭い声だ。早蕨さんとは正反対の。


 夜来さんの目は私達を射抜いていて、楠さんのため息が聞こえた。


 あぁ、向き直るしかないのか。


 私達は夜来さん達の方に向き、困惑した顔の早蕨さんと鷹矢さんを視界に入れた。


「僕は君達に、着いていかせてもらうよ」


 夜来さんの肩から飛び上がったイーグさんが大きく羽ばたき、その体が膨れていく。


 その姿はとても肩になんて留まれない大きさーーいっそ怪鳥とでも言うべきが正しいーーまで大きくなり、彼の羽ばたき一つで体が吹き飛びそうになった。


 私は反射的に姿勢を低くして芝生を掴み、片手でりず君とらず君を抱き締める。


 背中にいたひぃちゃんを押さえつけるように細流さんの腕が私を浮かないようにしてくれて、反対側の手は同じように楠さんを繋ぎ止めてくれていた。


 お礼を絞り出して、頷く細流さんの向こうで薪が吹き消されていく。


「ちょ、イーグッ、夜来さん!!」


「ぅ……ッ」


 私達と同じようにしゃがみこんだ早蕨さんと鷹矢さんから悲痛な声が上がる。


 イーグさんはその声を聞いて羽ばたくことを止め、地面に巨大な足を着いた。夜来さんは息を大きく吐いて、私達を見下ろしている。


「これは、イーグが持つ三つの能力の一つ……分かるよね、連れていかせなんて、しないよ。この島からは、誰も」


 それは、確かな鋭さを持った牽制だった。


 私達はゆっくり立ち上がりながら彼を見つめる。


「約束通り、君達を止めはしない。けど、生贄になんて誰もさせない。絶対に」


 強い目だ。淀み無く輝く、綺麗な目だ。


 私はその目に縫い止められそうになりながらも、笑っておいた。


 連れて行かせないと言う心持ちで結構。私達も、自分の為に連れていこう。貴方達を押し退けて、自己欲を満たす為に。


 夜来さん、貴方が力を示すなら、私も力を示して見せよう。


 口角を釣りあげて、さぁ、彼らの敵として、弱気を見せるな凩氷雨。


「ハルバード」


 りず君が輝き変形してくれる。


 イーグさんの射殺す瞳は変わらなくて、細流さんの腕が微かに光っているのが視界に入った。私はりず君を回して、石突の部分を芝生に突き立てる。


「私達は、ディアス軍だ」


 夜来さんと視線を交える。


 彼の正義感に溢れた目は、私を嫌悪しているようだった。


 あぁ、きっとこの感覚は、間違っていない。


 貴方に嫌われたところで、私に痛みは生まれない。私がどうしても嫌われたくないと思うのは、たった二人しかいないのだから。


「祭壇を建て、生贄を捕え、殺すことが、私達の仕事なんです」


 鷹矢さんと早蕨さんに視線を向ける。青い顔をして、それでも二人とも私達を見つめていた。


 あぁ、強い人が選ばれるのだな、戦士とは。


「邪魔は、しないで、ほしいが、あぁ、でも、氷雨の、お陰で、探すことは、邪魔、出来ないん、だよ、な?」


「えぇ、守ってもらえれば、ね」


 細流さんと楠さんが私の両脇に立って、頭に手が乗る。


 くしゃりと撫でてくれた大きな手と、毛先を梳いてくれた細い指が私に笑顔でいる心をくれた。


 楠さんが言っている。


「止められるものなら、止めてみなさい」


「止めてみせるさ、何があっても」


 そう答えた夜来さんは、眉間に深く皺を刻んで、手を握り締めていた。


 あぁ、それでいい。敵にしてくれ。私達を、貴方の敵に。


 それでなくては、私の足が迷ってしまうから。


 それでいい。


 それが、いいんだ。


無駄なことは書いていないつもり。

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