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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
ウトゥック・シュス・ノイン編
20/194

落下

人は一瞬の間にどれだけ思考できるのだろう。


――――――

2020/01/24 改稿

2020/01/29 ルビ追加

 

 空を飛び回ってどれほど経ったか。


 鎖の先にいる人達を見て、戦士だからと追いかけてくるウトゥックさん達をまいて、悲鳴を聞いて、怒号を受けて、宙ずりにされる奴隷の方々だけは鎖を切って。


 どれだけ彼らの手足の鎖を切ったのか。どれだけウトゥックさん達に罵られたか。


 痛くて、痛くて、痛いのは嫌なのに痛くて、体の動きが鈍くなるような錯覚に襲われた。


 また、鎖を壊す。斧となったりず君を使わせてもらって。彼はずっと武器となり、私がしたいことを察してくれていた。文句も言わず、蔑みもせず。「無理だけはすんな、氷雨」と労いの言葉をくれる始末。


 優しすぎて鼻の奥が微かに痛んだ気がしたけれど、よくある気の所為だ。


「あぁ、なんてことだ……」


 そう言って嘆いたルアス派の人を見た。


「ありがとうございます、勇敢なる戦士様!」


 泣きながらお礼を言うディアス派の人を見た。


 うるさい、うるさい、気持ちが悪い、あぁ、畜生が。


 思って、笑って、どんな反応に対しても嫌悪する自分がいた。


 私は一体何がしたいんだ。どうなれば満足するんだ。もう全て無視して女の子だけ探したいのに。苦しそうな声を聞いて放っておけないだなんて、善人ぶるのもいい加減にしろ弱虫が。


 これは救いではない。


 これはエゴだ。


 やっとの思いで中央のお城の屋根に辿り着く。凹凸のある作りだから、突起になっている煉瓦の一つに捕まってひぃちゃんの羽休めをした。


「ひぃちゃん、りず君、らず君、ありがとう。少し休もっか」


「氷雨さんこそお疲れ様です……それでは、少しだけ」


「疲れたぁぁ……あー、みつかんねーなぁ女の子」


 ひぃちゃんは翼を畳み、りず君は私の掌で針鼠へと戻る。らず君も頷きながら私の肩で息をついているのが聞こえてきた。


 私も息をつき、それでも視線を動かすことは止めない。


 女の子は何処に居るのだろう。


 最初のウトゥックさんが知っていたということは、あの近辺の方に捕まっていると言う可能性があった。


 けれどもその後に問いかけたウトゥックさん達も同じように、知っているという雰囲気を出していた。


 つまり、このシュスの誰もが女の子が捕まっていることを知っているのではなかろうか。


 もしもそうならば、あの子を捕まえたウトゥックさんは九人の王様の中の誰かなのではないだろうか。


 頭をぎった考えが、自然に私にお城を見下ろさせる。


 冷や汗が流れた。シュス内の騒音が少しだけ遠くなる。


 落ち着け、この考えには確証がない。シュス内を見尽くした訳でも無い。お城にはいないかもしれない。


 忍び込むにはどうしたらいい。早くしなくてはいけない。お城に来たのならば潜入も視野に入れて、


「あぁ、落ち着けって」


 口から言葉が零れて、首を傾げたりず君の頬を撫でておく。遠くでは大きく何かが崩れる音を聞き、私は顔を上げた。


 細流さん、結目さん、彼らは今どこだろう。


 駄目だ、駄目だ、私が見つけなくてはいけないのに達成出来ていない。やるべきことをやれていない。時間がかなり経っているのに、何も出来てやしない。


 自分をかして呼吸が浅くなる。見つけなくてはいけないのに、私が見つけなければいけないのに。どうしたらいい、どうやって探したらいい。あんなボランティアに時間をとるべきではなかった。もっと非道になれよ自分。


 いや、今更そんなことを嘆いたって後の黙阿弥。前だけ見なくては、探さなくては、見つけなくては。


「行こう、ひぃちゃん」


「はい、氷雨さん」


 少し疲れていたひぃちゃんが顔を上げてくれる。私は「ありがとう」を伝えて、ひぃちゃんは「いいえ」と言う明るい声を返してくれた。


 私は自然と笑いながら手を離し、落下をする。ひぃちゃんは翼を広げて、また私に空を飛ばせてくれた。遠くにあった破壊音が近づいてきている。


 細流さん、結目さん、無事ですか。


 あぁ、心配するな愚か者。


 気にしないように努めて、突然お城の中から飛び出してきたウトゥックさん達をどうするかということに意識を向けた。驚きで喉が締め付けられる。


 駄目だ息を止めるな。


 ウトゥックさんは全員プロテクターを服の上から身につけた、兵士のような方達。ような、ではなく、きっと兵士なんだ。


 誰も奴隷は連れてない。目の下の隈が酷い。目が今まで会った誰よりも血走っている。


 ここでは奴隷がいない人は弱者のレッテルを貼られるから。手に槍しか持たない貴方達は、その貼られたものを剥がしたいのではないですか。


 りず君は槍になってくれる。らず君は首元で光ってくれる。ひぃちゃんは姿勢を正しく整えてくれる。


 それでいい、ありがとう。


 りず君を構える腕が震える。


 逃げ出したくて心拍が上がる。


 それでも向かってくる敵意があるなら、私は戦わねばならない。


「戦士!!」


「戦士だ!!」


「シュスを脅かす者の仲間か!?」


「そんなことはどうでもいい! 捕らえろ! 捕らえた者の奴隷にする許可は降りている!!」


 背中に鳥肌が立つ。シュスを脅かす存在かもしれないのに、それをどうでもいいなんて。それよりも奴隷を優先するだなんて。


 あぁ、本当に、どうして、どうしてさ。私に価値などないと言うのにッ


〈戦士〉と言うブランドが彼らの目の色を変える。こんなレッテル、私が望んだものでは無いにせよ。私にその器量がある訳でも無いけれど。


 りず君とウトゥックさんの槍が激突する。横からも一人、後ろからは二人。遠くにはまだ見える。


 駄目だ数が違う。


 体が冷えて、音を聞いて、槍を弾いて手を躱す。


 冷や汗が流れ落ちて、髪の毛が数本切られるのが見えた。だがその程度気にする間もない。息すらつけないのだから。


 りず君の硬度は私の集中力によって変化させることが出来る。柔らかくては弾ききれない。


 もっと硬く、より鋭く、気を散らすなよ凩氷雨。


 自分を叱咤するのは苦手だけれど、しないと死ぬならば、私は嫌悪も吐き捨てる。


 槍を回して牽制し、空気に響く鋭い音に鼓膜を揺さぶられる。相手が立ち替わり入れ替わり、左の二の腕が切られた。右の太腿も。


 赤黒い血が飛んで焼けるような痛みが走り、痛いを吐き出す為に声を上げる。右手を勢いよく振り上げて。


「ひぃちゃん!!」


「はい!!」


 ひぃちゃんは垂直に上昇してくれて、私は四方八方から伸びていた手から逃れることが出来た。


 ウトゥックさん達はお互いにぶつかり、数人は罵りあい、けれどもすぐに全員で私達を追いかけて来る。私は左の腕を押さえながら飛行した。


 生温かい液体は私のものだと嫌でも実感させられた。痺れるような感覚が広がって傷口の周りが熱い。


 あぁ嫌だ、アドレナリンよもっと出ろッ


 お城の外壁を沿いながら速度は上がり、りず君が傷に巻き付く布になってくれた。引き千切られた髪の一部が痛む。至る所の薄皮も切れた。右腕に鬱血も出来た。太股の出血は止まらない。


 少し振り返って、鬼の形相で追いかけてくるウトゥックさん達を見る。


 人数が増えた。兵士は無数か。どうする、このままでは永遠と追いかけっこが続いてしまう。


 遠くで爆発音が響いて、カラフルな火花が飛び散ったのが見えた。花火が地面に向かって弾けるだなんて、くそ、嘘だろッ


「細流さんッ」


 声が溢れてしまう。


 駄目だ、行きたい、でも行くな。私の仕事はそれではない。行ったところで何も出来ない。それでも、いや黙れッ


「あぁ、くそ!! ひぃちゃん!!」


 右腕を振り抜き降下の合図を出す。


「了、解!!」


 ひぃちゃんは直ぐに垂直落下をしてくれた。頭を下にして、緋色の翼を畳んで。


 街の間を縫って動けば、まだ追跡を回避出来る可能性が上がる。


 でも彼らの方がこの街を知っている。


 それでも逃げなければ女の子だって探せない。


 このやり方では袋の鼠になりかねないぞ。


 ならば、それならば。


「戦士ぃ!!」


 私の思考を遮って、お城の階下の窓から飛び出してくる兵士達。


 あぁ、まだいるのか!!


 私は舌打ちしたいのを我慢して、右に腕を振り抜いた。ひぃちゃんは即座に旋回してくれる。


 体が痛かったかもしれないが、そんなの気の所為だッ


 急な方向転換はスピードが出ていたウトゥックさん達を撹乱かくらんすることに繋がったようで、彼らが再度ぶつかる音が聞こえた。


 少しでいい。一瞬でいい。ひぃちゃんは、私の翼は、誰よりも速いのだから。彼らを突き放すことだってしてくれる。


 ウトゥックさん達と距離が出来る。このまま上昇して、お城から離れて、その先でまた急降下しよう。


 上下左右と体にかかる負荷は無視して、撹乱するのがいい。


 私は戦いたくない。傷つけたくないし傷つきたくない。


 ひぃちゃんは斜めに進み、徐々に私は空へと近づく。また爆発音がした。息が苦しい。


 人を助けたいって、人を救いたいって、何でこんなにしんどいんだろう。


 私は悪人になりたい訳では無いのに。私は自分が正しいと思うことをしていたいだけなのに。


 私を――嫌いになりたくないのに。


 苦しくて、息を止めていたと気づいた時、目の前に影が出来る。


 ――上


 そこにあるのは窓が開け放たれたテラス。


 はためく黒い上着と、金属音を響かせる手足の鎖。


 重力に揺れるのは茶色い髪。


 テラスの手摺を蹴って、背中から飛び降りたその子は――


 あぁ、どうして、貴方が、あぁ、あぁ、もう、訳が分からない!!


 彼女に手を伸ばすウトゥックさん。豪華絢爛な服を着て沢山の鎖を持った、きっと王様。


 止めろ、その子を落とすな。それでも貴方は触れるななんて、あぁ、くそ、ふざけんなッ!!


「戻れ戦士!!」


 王様の叫ぶ声がする。


 あの子は、笑っているようだった。


「――私が欲しければ、(こうべ)を垂れて懇願なさい」


 落ちてくる華奢な体。


 私は両手を広げて、角度を変えて、あの子に手を伸ばす。


 間に合え、間に合え、間に合って!!


「――楠さんッ!!」


 彼女の見開かれた目と視線が交錯する。


 まるでスローモーションのように感じられた一瞬は、私の肝を冷やすには十分過ぎた。


 伸ばした指先が楠さんの服に触れて、掴むことなくすり抜ける。


 ふざけんな、こんな結末許さないッ!


 楠さんは手を後ろに回して、鎖で固定されている。あれでは手を伸ばしてはくれない。足の鎖を掴んでも落下の衝撃が彼女にかかる。


 だから、それは駄目だからッ


 私は手を振り下ろして、ひぃちゃんの翼は畳まれた。


 急降下、急降下、急降下。


 あぁ、もっと早く落ちなければッ


「りず君!!」


「っしゃこいやぁ!!」


 りず君に再び槍になってもらい、私は彼を地面へ勢いよく投げる。


 楠さんの横を猛スピードで過ぎたりず君は地面に突き刺さり、大きなクッションへと変形してくれた。最初に鎖を切った三人の時のように。それでも彼は保険だ。


 私は腹を括る。


「ひぃちゃん!!」


「ッ、行きます!!」


 肩にしがみつくらず君をひぃちゃんに移動させ、お姉さんは私を楠さんに向かって投げ飛ばす。その勢いは落下も相まって豪快で、私は楠さんにぶつかりながら抱き着いた。


 無理矢理体の位置を上下反転させる。


 私が下に、楠さんは上に。これでいい、これがいい。


「ちょっと!!」


 楠さんの声を聞きながら、私の背中が柔らかく反発するりず君に包まれ、弾かれる。


 体が少し軋んだ。左腕が痺れた。


 それでもいいさ。


 りず君が一気に空気を抜いて萎んでいくのが目に映る。


「ひぃちゃん、ごめん!!」


「何の、ことでしょう!!」


 ひぃちゃんが私の浮いた背中に滑り込んで服を掴み、尾で小さくなったりず君を回収してくれる。私はまた腹部が地面に向く形に修正してもらい、楠さんを横抱きにした。


 肩に戻ってきてくれたらず君は震えている。


「ごめんらず君、怖かったよね」


 脈が早いまま謝罪すると、震える彼は首を横に振ってくれた。


「追え!! あの戦士達を追え!!!」


 怒号が響いて鳥肌が立つ。さっきの王様の声だとはすぐに分かった。兵士のウトゥックさん達は追いかけてきて、私はりず君に何とか腕に捕まってもらう。


 彼は大きなメガホンに変わってくれた。


「耳、塞いでてくださいね!!」


「ちょっと、何言ってッ」


 楠さんの言葉を無視して、私はシュスを囲む塀へと向かう。何も探す必要が無くなった今、ひぃちゃんが速度を上げない理由は無い。


 風を切りながら塀へと近づいて上昇し、シュスの中に向かって、さぁ――叫べッ


「見つけましたぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 全力で、全霊で。


 お腹の底から声を出す。


 聞こえますか、私の声は。貴方達に、私は成果を届けたい。もう戦わなくていいと伝えたい。


「ッ、誰に言ってるのよッ!?」


 楠さんは叫ぶけれど、謝るのは後にさせてください。


 私はウトゥックさん達から壁沿いに逃げ、細流さんと結目さんを探した。


 後は鉱石の谷へ行かなければッ


 その時、風が変わる。


 それを頭で理解する前に私達の体が竜巻に巻かれ、塀の外へと吹き飛ばされた。


 揺れるピアスが脳裏を掠める。


 本当に、あの人はッ!!


 楠さんやりず君達と一緒に叫びながら、超強風に吹き飛ばされる。


 私達は湿地を超えて鉱石の谷の方へと向かい、回る目の前の景色に吐きそうだった。


 シュスは遠のき、谷に差し掛かると風は止んで、私達は重力のままに落下する。


 あの人は、なんで、こうッ


「ッ、ひぃちゃん!」


「大丈夫です!」


 ひぃちゃんが翼を広げて羽ばたいてくれる。私達の落下速度は落ちてため息が零れた。楠さんもそれは同様のようで、綺麗な目を伏せているのが目に入る。


 そのまま谷の底まで降りると、光が弱く微かに肌寒かった。周囲の白や赤銅色の鉱石は淡い光を反射して、そこにいることを教えてくれている。


 騒音が耳につかない。静かな空間に耳鳴りがしてしまいそう。


 久しぶりに落ち着いて深呼吸をする。


 心臓が痛かった。その時間もやっと、終わったね。


 楠さんを下ろして、微かに彼女を見上げる。彼女も私を見下ろすと、綺麗な二重の目を細めていた。


「こ、こんばんは、こんにちは、楠さん……先程は、すみません……」


 恐縮しながら頭を下げる。楠さんは何も言わず、私の手の中でりず君が斧になってくれた。


「その……鎖を切っても、いい、ですか……?」


「……」


 楠さんはやっぱり何も言わない。だから私もそれ以上口を開くことをせず、彼女の足と手の鎖を切った。


 重たい金属音と共ににびいろの鎖が砕けて安堵する。


 楠さんは背中に回されていた手を顔の前に持ってくると、開閉を繰り返して動きを確認しているようだった。


 ……駄目だ、ここから先の流れが分からない。どうしよう、何か話すか。楠さんも戦士だったんですねって。馬鹿か止めろ空気まで読めなくなったら本当に終わるぞ。


「助かったわ、ありがとう」


 言われて、伏せていた視線を上げる。


 お礼、くれた。


 あぁ、それでも、そのお礼は、


「いえ、お礼を言われるのは私ではなく、この子達であり……この作戦を考えた方かと」


「は?」


 物凄く訝しんだ顔をされる。


 折角の美人が台無し……にはならないところが楠さんらしい言うか、流石としか言い様がないというか。どんな表情もお美しいですね。素敵です。


 楠さんは私の顔をただただ真っ直ぐ見つめてた。


「そのドラゴンと針鼠は貴方の心獣でしょ? なら何も間違ってないわ。私は誰でもない貴方にお礼を言ったの。変な低姿勢やめてくれないかしら」


「ぅ、ぁ、は、はい、すみません……ぁ、ぃや、ありがとう、ございます? あれ……?」


 ド正論を言われて謝罪して、それが駄目だと思ってお礼を言って、それでもやっぱりお礼も違う気がして、焦ってしまう。


 吃った口に嫌気がさして、抱えたひぃちゃん達に視線を落とす。りず君達は笑ってくれて、私はそれだけで安堵することが出来た。


 だからもう一度楠さんを見ると、彼女は何を考えているか分からない目をしていた。


「……貴方、本当にそういう人なのね」


「……すみません……?」


 そういう人とは、どういう人でしょうか。


 分からなくて首を傾げてしまう。顔は力なく笑って、昼間の体育館裏を思い出した。


 ――いつも笑顔の凩さん


 彼女はもう一度、あの名で私を呼ぶのだろうか。


 それは絶対嫌だと思って、楠さんを観察してしまう。


 楠さんは手についている鉄製の腕輪を外そうとして、私はらず君に光ってもらった。


 その腕輪も首輪もあってはいけないものなのに、行動が遅くてごめんなさい。


 謝る勇気が無くて、両腕に力を込めながら彼女の足に触れた。そのまま力任せに砕き壊す。


 ……自分でもあれだが、恐ろしい筋力だな。


 目を瞬かせてしまい、楠さんはもう片方の足を私の方に出してきた。だから壊す。


 立ち上がると、無表情に私を見下ろす彼女がいた。どうしたんでしょうか。


 微笑みながら彼女の首輪に触れると、髪が風に遊ばれた。


「あ、」


「……今度は何」


 私は反射的に空を見て、楠さんも一緒の方向に顔を向ける。そこには笑顔の結目さんと、無表情の細流さんがいた。


 安堵する。


 安心する。


 私の顔から、力が抜けた。


「お疲れ様、です。ご無事で」


「あったりまえじゃん」


 目の前に足を着いた結目さんは私を見つめてから、呆れた声で笑い飛ばしてくれた。


 細流さんは頷いて、楠さんを見下ろしている。見られている彼女は目を丸くして、綺麗な唇から声が零れていた。


「貴方……」


 細流さんは何も言わずに楠さんを見つめている。私は静かに足を後退させて、細流さんは目を伏せていた。


 彼は静かに、抑揚のない声で言っている。


「良かった」


 彼は手を伸ばして楠さんの首と両手首についている鎖の輪を砕き壊す。彼女は自分の喉に触れ、赤い宝石のついたチョーカーを指先で撫でていた。


 細流さんは楠さんを見つめながら、感情の失せた声で伝えている。


「助けてくれて、ありがとう」


 楠さんはその台詞に、苦虫を噛み潰したような顔をする。それから腕を組んで凛とした声色で言っていた。


「こっちの台詞よ」


次回、作戦会議

を、したいけれど、彼のご機嫌が悪いようです


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