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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
191/194

哀情

2020/05/02 改稿

 

 

 縫合された痕が残る肌が見える。


 早蕨さんと私の前に立って、光輪の直撃を受けても立ち続ける強固な存在。


 勢いに押されて地面を滑る足の裏は鋭利になっているようで、鉱石を砕きながらも持ち堪えていた。


 私は目を見開いて、早蕨さんが息を呑んだ音も聞く。


 黒い髪を揺らし、体を鋼のように固くしている彼――夜来無月さんは私達の盾になっていた。


 光輪が弾き消える。


「や、らぃ、さん」


 痛んだ喉で呼んでしまう。振り返った夜来さんは酷く呆れた顔で早蕨さんの背中を蹴り、私の足も蹴ったのだ。体に痺れが広がったが、呻くな馬鹿。


 思いながら固く目を瞑って息を吐く。それからゆっくり開ければ、夜来さんは私達の前にしゃがんでいた。


「ほんと、やーっとこっちに来たと思ったら何? その有様」


 夜来さんに軽く頭を叩かれて力が抜けていく。彼は深くため息を吐いて、私の前髪を持ち上げて落としていた。


「あの長と同格の獣と戦ったとは思えない様子だよねー。まぁあの時とは状況が全く違うみたいだし、仕方もないか」


 夜来さんは立ち上がる。彼の目はサンダルフォンさんを捉えたようで、再び現れた光輪を元戦士さんは正面から受け止めていた。


 骨が砕ける音がする。夜来さんの足が地面を滑る。


 それでも、彼が倒れることはなかったのだ。


 再び光輪が消えていく。


「モーラの戦士、そこを退きなさい」


「退かないよ」


 夜来さんの体から骨が軋みながら治っていく音がする。彼は肩を回して骨の間の空気を破裂させ、その音が私の耳には鮮明に届いていた。


「氷雨、光!」


「りず、君、ひぃちゃん」


 私達の元に駆け戻ってくれたりず君とひぃちゃん。二人は足を引きずり、体をよろめかせながらも顔に擦り寄ってくれた。


「氷雨、死ぬかと思った。お前が死んじまうと思った」


 りず君が泣いている。ひぃちゃんも泣いている。私はゆっくりと、震える体を早蕨さんと一緒に起こしたのだ。


 光弾を受けた横腹から全身に痛みが走る。それを逃がそうと足の指を丸めて手を腹部に宛がっても、痛みが消えることは無い。


 口の中にはまだ血が残っており、私はそれを地面に吐き出していた。


 あぁ、また材料が減りましたね。


「この子達を材料にするんだって?」


 夜来さんの声がする。見上げると、無表情の彼の片腕が鎖鎌に変質していた。


 サンダルフォンさんは目を細めて、ランプが揺れそうになってから止まる。


「いつから聞いていたんですか?」


「この子達が塔から出てき辺りだよ。この三週間、俺はここにずっといたんだから」


「何処かに行っていればいいものを。貴方はもう戦士ではない。自由の筈だ」


「自由だからここにいたんだよ。俺は忠犬だからね。競争が終わってないなら、祭壇に戻してくれるご主人様達を待っているさ。その結果が今ってね」


 夜来さんが首の骨を鳴らしている。


 ――死んでしまいたい


 そう言った彼は生贄になることを、死ぬことを望んでいた。それは今もきっと変わらないから、彼は私達を待っていてくれたと言うのか。


 一瞬だけ考えてしまった。きっと競争は何事もなく終わるんだと。そう期待していた。


 その期待は夜来さんの望みを叶えないことに繋がるのに。私は彼のことなど考えずに、自分に都合の良いハッピーエンドを想っていた。


 自己中だな氷雨。お前は、自分の我儘に付き合ってくれた人を(ないがし)ろにしたんだ。


「ごめんなさい……夜来さん」


 痛んだ肺を無視して項垂れてしまう。立ち上がって頭を下げたいのに、まだ力が上手く入らなくて。地面に平伏すように額を鉱石に擦りつけて。


 鎖鎌が揺れる音がした。


「頭が痛くなるような喧嘩してたよね」


 私達を見下ろした目があると気づいたから、何とか視線を合わせてみる。


 その目に怒りも呆れもないと思ってしまったのは都合のいい勘違いだろう。


「一人は仲間の為に死にたいって叫ぶんだ。自分が死んで仲間を救えるなら死んでしまいたいって。そうすれば、大事な人達を守れるから」


 早蕨さんの肩が揺れる。口の端から血が流れていた彼は、服の裾で雑に赤を拭っていた。


「一人は仲間の為に生きろと叫ぶんだ。自分達が死んだ先で仲間には痛みしか残さないから。優しいと知ってる人達を苦しめたくないから」


 私の肩も自然と揺れる。


 おかしな話だ。早蕨さんと私の根底は一緒の筈なのに、選ぶ道はいつも正反対なんだから。


「詳細は分かんないけど、この子達二人が死ねば競争が終わるってやつでしょ? はは、虫唾が走る」


 鎖鎌が勢いよく地面に叩きつけられて鉱石が抉れる。その音に私は心臓を跳ねさせて、夜来さんは言ってくれた。


「許してあげるよ凩さん。死のうと思えば簡単に死ねるんだから、別に君達だけを頼る気なんてさらさらない」


 少しだけ口角を上げてくれた夜来さん。


 私の唇は震えて、もう一度頭を下げてしまった。


 ごめんなさい、ごめんなさい……自分勝手でごめんなさい。


 夜来さんの縫い合わされた指が頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、申し訳なくて、私の目からは我慢しきれなかった雫が一粒ずつ零れてしまった。


 それを見せるな弱虫。悪いのはお前だ。お前に泣く資格は無い。


 夜来さんの手は離れていき、鎖が空気を割いて回る音がする。顔を上げれば、サンダルフォンさんと対峙している彼の背中が見えたのだ。


「あんたは二人を殺すんだろ?」


 夜来さんの声が低くなる。頭を撫でてくれた夜来さんの片手はなたに変質していった。


「本当、頭痛くなる気分だ。馬鹿で、純粋で、想いは一緒なのに喧嘩しちゃうこの子達を材料だって言うんだろ? アルフヘイムにとってはタガトフルムの人間なんてどうでもいいんだろ?」


 夜来さんが鎖鎌を回し続ける。サンダルフォンさんは目を細めており、夜来さんの鉈は勢いよく空気を切った。


「泣くほど誰かを想うこの子達を、お前達の勝手で殺すなよ」


「先に殺したのは貴方達だ」


 サンダルフォンさんの鋭く冷たい声がする。見ればランプの光りを強くする長がいて、夜来さんは鎖鎌を地面に叩きつけて威嚇を返した。


「折角、幸せだったのに。ユピテルから幸せを奪ったのはタガトフルムの人間達だ。彼の友人を違うからと言う理由で殺した愚か者達だ」


「奪われたから奪ってもいいって? 傲慢だな。この子達には直接関係ないことだろ」


「タガトフルムに生きている。それだけで憎むには十分事足りる」


 サンダルフォンさんのランプが揺れる。光輪は夜来さん目掛けて迫り、避けかけた彼がそれを止める姿を見てしまった。


 私達がいるからだ。


 後ろに私達がいるせいだ。


 動け氷雨。


 痛くても、苦しくても、なんでも。


 こんな痛みなんて我慢しろッ


 私は足を立てて踏み出し、りず君がスクトゥムに変形してくれた。


 夜来さんの前に飛び出せ。足手まといにはなるな。守られるだけの存在なんて許さない。


 りず君を地面に勢いよく立てる。体の節々が痛んで眩暈がしたが、りず君に直撃した光輪の勢いで全部吹き飛んだ。くそッ


 腕が震えて視界が霞む。自分の体が揺れたのも分かり、それを押さえてくれた二本の腕には驚いた。


 それは、顔から血の気が引いている彼の手。


 早蕨光さんが、りず君を支えてくれていた。


 だから私は腰を落として盾を支え続けられたのだ。


「ほんと、良い子過ぎて驚くよ」


 夜来さんの声がする。鎖で頭を柔く撫でられて視界が滲めば、先輩は言ってくれたのだ。


「君達はどっちも正しいと思うし、やっぱりどっちも馬鹿だと思う。お互いが一人で決めて一人で進もうとして、お互いを守るのに自分は守らないなんてさ」


 早蕨さんの腕が震えて、私の腕も痙攣けいれんする。盾が一瞬傾いたから体ごとぶつけて立て直すのだ。


「まぁ凩さんの台詞聞いて、どっちかって言うとこの子の肩を持ちたくなるよね」


 夜来さんが元に戻した両腕を押し付けて盾を支えてくれる。早蕨さんはより深く腰を落として、光輪から弾ける輝きが目に毒だった。


「そうだよね。世界を救うとか英雄になるとか、そんな大それたことは出来る奴がすればいいよ。君達はちっぽけな子どもなんだから、自分の命と引き換えに誰かを守るなんてしなくていいさ」


 あぁ、その言葉は。


 笑った私は零れそうになった涙を堪え、自分の泣き虫加減を笑ったのだ。


「受け売りなんです。大事な、大事な……私の兵士さんからの」


 ねぇ――アミ―さん。


 首から下げた小瓶と鍵が揺れる。


 貴方が残してくれた言葉は、確かに私を救ってくれていたんです。


 光輪が弾け消える。それは光りの粒子として宙に飛散し、私はりず君にハルバードになってもらうことを願っていた。


 鋭く研ぎ澄まし、何をも砕く刃となれ。


「あぁ、なるよ氷雨。俺はお前を、生かす為に生まれてきた」


 ハルバードになってくれたりず君を回して構える。


 背中に捕まってくれたひぃちゃんは深呼吸を一つして、翼を広げてくれたのだ。


 速く、迷いなく、溶かして進む翼となれ。


「なりますよ氷雨さん。私は貴方を、守る為に生まれたのだから」


 ひぃちゃんが私を浮かせてくれる。


 あぁ、大丈夫だ氷雨。


 お前には、自由も、速さも、武器もある。


 サンダルフォンさんは微かに眉間に皺を寄せて、鎖鎌が回される音が耳に入った。


「氷雨さん……夜来さん」


 早蕨さんの迷った声が聞こえる。私は横を見て、顔を歪める白の戦士を見たのだ。


「サンダルフォンさんと戦います。そうすれば貴方は、死ななくて済むでしょう?」


 貴方が死んで競争が終わっても、誰も幸せにはなれないだろ。


 私は満足して生きていたいんだよ。仲間と生きていたい。明日が欲しい。友達には笑っていてほしい。


 私一人がどうこうなるとか考えること事態が、傷つけるって知っている。


 ―― 間違えて、傷ついたって気づいても……後になったらもう……遅いんだから


 そう言って、一人残ろうとした私を止めてくれた友達がいる。


 ―― 一人で、頑張らないでくださぃ


 そう言って、壊れかけた私を支えてくれた友達がいる。


 ―― 氷雨ちゃんは悪くない


 そう言って、泣いていた私を抱き締めてくれた友達がいる。


 ―― そんな、に、頑張ら、なくて、いい


 そう言って、迷っていた私を慰めてくれた友達がいる。


 知ってるよ。私が勝手に自分で死ぬ道なんて選んだら、それで彼らだけを生かしたら、ずっと後悔して泣かせるから。


 だから泣かせるな。


 大事な友達には、笑っていて欲しいんだからッ


 夜来さんが一番に地面を蹴って、ひぃちゃんも続いて羽ばたいてくれる。


 風を切るだけで体の節々が痛んだが、そんなことで眩暈を起こすな、戦うことを止めるな。


 生きろ、生き延びろ、明日は自分の手で掴みとれ。何かを成すならば、それは自分で成せねば嘘になるッ


 夜来さんの鎖鎌を躱し、滑るように地面を移動するサンダルフォンさん。無駄のない長に切りかかる夜来さんの口からは銃口が覗き、銃弾はサンダルフォンさんのこめかみに直撃した。


「軽い」


 けれども長は倒れない。鎖で首を絞められても、夜来さんが引く力よりも強くサンダルフォンさんが鎖を引いてしまう。


 夜来さんは宙に体が投げ出されても銃を乱射し、それでもサンダルフォンさんの肌に傷がつくことはなかった。


「貴方も鉱石になればいい」


 そう言って鎖が振られ、夜来さんの体勢が歪む。夜来さんは眉間に皺を寄せて鎖鎌にしていた腕を元に戻していた。サンダルフォンさんの手から抜ける為に。


 しかし夜来さんが着地する前に光弾が打ち出され、華奢な彼の体が塔の外壁にめりこんだのだ。


「あーぁ……頼むよー」


 夜来さんの声を聞いて、サンダルフォンさんの背後からハルバードを叩き落とす。夜来さんが作ってくれた時間の中で、ひぃちゃんが動いてくれたから。素早く的確に、最短で。


 りず君がサンダルフォンさんの肩を傷つける。


 いや、皮膚は裂けてない。服だけかッ


「アミーは、貴方を殺せば怒るのでしょうね」


 サンダルフォンさんの言葉に一瞬動きを止めてしまう。揺れた青い髪の奥にある瞳は、決して怒ってなんかいなくて。


 泣きそうだと思ったのは、私の勘違いだろうか。


 サンダルフォンさんのランプが揺れかけて、反射的に彼の手首をハルバードで叩く。切る気で振り抜いたのに傷はつかない。


 メタトロンさんと同じ皮膚の固さ。それに舌打ちしたくなって、私の足が地面を滑った。


 まずはあのランプを壊せ。


「あの子は良い子だった」


 サンダルフォンさんの口がまた動く。


 私の瞼の裏に浮かんだ人。優しかった人。言葉をくれた人。底抜けに明るいかと思えば、私達の為に泣いてくれた尊い人。


 あぁ、アミーさん、私はまだ貴方に、「ありがとう」をちゃんと伝えていなかったのに。


 傷を治そうと叫ぶだけで、嫌だと泣くだけで、貴方に大事な言葉を伝えなかった。


「だからこそ、あの子を死なせる原因を作った異端である貴方を、私は嫌悪するのだ」


 サンダルフォンさんのランプを持っていない掌が向けられる。


 今まで見た中で、一番歪んだ彼の顔。


 打ち出された光弾はひぃちゃんが無理やり躱させてくれて、私は膝を深く曲げた。


 下から、全身全霊。やれ、壊せ、壊せ、壊せッ


 胸が痛んで唇を噛み締める。


 そうだ、そうだよ、アミーさんが死んだのは私のせいだ。私の弱さが彼を死なせたんだ。


 視界がまた滲んだ。


 呼吸が早くなった。


 それでもランプを壊そうと腕に力を入れて、膝を伸ばそうとしたのに。


「あ、ッ」


 膝が笑って心臓が凍り付く。


 腕が伸びない、膝が立たない、体が上手く動かない、痛みが、ッ


「愚かな子だ」


 サンダルフォンさんと目が合ってしまう。


 ひぃちゃんの翼が光弾に撃ち抜かれ、伸びていた夜来さんの鎖鎌が光輪に弾き飛ばされる。


「ひぃ、ちゃ、ッ」


 息が詰まった。冷や汗が溢れて、このままハルバードを振り抜いても躱されるのが目に見えた。


 飛び出した白を見るまでは。


 地面を蹴って、サンダルフォンさんに向かう早蕨さんの姿がある。


 私の頭は直ぐに切り替わり、りず君の形が変わった。


 細い刀身の短剣。慈悲なんていう意味を持った剣――ミセリコルデ。


 腕を振り抜いてりず君を投げる。


 早蕨さんに一瞬気を取られたサンダルフォンさんの掌は向きが変わり、私は体の位置を無理矢理ずらす。


 ミセリコルデになってくれたりず君を早蕨さんは掴んでくれて、防御の為に出されたサンダルフォンさんの腕を薄く傷つけた。


 サンダルフォンさんの横を通り、早蕨さんが地面に足を着く瞬間。


 ミセリコルデが振られ、刃がランプに当たる。


 サンダルフォンさんが目を見開いたと同時に、ランプが砕かれる甲高い音が響いたのだ。


 早蕨さんが地面を転がり、美しい青のランプの破片が地面に落ちていく。


 サンダルフォンさんは目を丸くして手に残る持ち手を見下ろし、首をゆっくり傾げていた。


「氷雨さんが俺を死なせないって思ってくれるなら、やっぱりどうして、俺も氷雨さんを守りたいって思うから」


 震えた足を叩きながら立ち上がる早蕨さん。私は今にも吐きそうなほど緊張しており、それでも聞き逃さないように彼の言葉を聞いていた。


「絶対、殺させたりしない」


「どこまでも……愚かな子ども達」


 ランプの持ち手が地面に落とされる。サンダルフォンさんの掌はこちらを向いて、顔を歪め続けていた。


「貴方達が傲慢で、自分の事だけを考え、優しさなどなく、本当の愚者であれば……どれだけ良かったか」


 サンダルフォンさんの手は光弾を形成する。


 躱せ、動け氷雨、次あれが直撃したら二度と動けなくなるからッ


 思って冷や汗が溢れたのに、サンダルフォンさんが光弾を打ち出すことはなかったのだ。


 彼の手は滑らかな動作で下ろされる。


 その時。


 早蕨さんと私の目の前には漆黒と、桜色を抱えた灰色が現れたのだ。


「もういい、サンダルフォン」


「はい、ユピテル」


 サンダルフォンさんが(ひざまず)き、ユピテルさんを転移させてきたメタトロンさんも膝を着く。


 私の足からは力が抜けて座り込んでしまい、無意識にひぃちゃんを抱き締めてしまった。


 早蕨さんは私の前に来てくれて、ミセリコルデのままのりず君を構えてくれる。深く咳き込んで、肩で息をしながらも。


 夜来さんが塔の瓦礫の上からこちらを見つめているのが視界に入る。


 私は視線を動かして、こちらを見下ろすユピテルさんで目を止めた。


 どういうことだ。ユピテルさん直々に現れる意味。殺しに来た。殺される。材料に。彼はアルフヘイムが大事で、だから早蕨さんと私は。


 ユピテルさんが歩いてくる。その歩みは落ち着いており、私の頬からは冷や汗が流れたのだ。


「ルアス軍、早蕨光。ディアス軍、凩氷雨」


 ユピテルさんに呼ばれる。早蕨さんは私を背に隠すように動いて、口の端からは血が流れていた。


 あぁ、駄目だ氷雨、守られるだけでいるな。立て、立て、立て、立てッ


 膝に力を入れる。ひぃちゃんの背中に手を置いて、歯を食いしばって。


「いいよ、座ってて。もういいから」


 意を決してたのに、ユピテルさんに肩を軽く叩かれたら驚くわけで。彼の紫の瞳が困ったように笑うのも見えるから、余計に驚いてしまうのだ。


 足に入っていた力が抜ける。早蕨さんも地面に座ってしまい、彼の肩も叩いたユピテルさんは目を伏せていた。


 心臓が嫌に穏やかに拍動する。りず君は針鼠に戻って肩に来てくれた。


 殺される。材料にされる。死んでしまう。明日が欲しかった。生きていたかった。殺される、殺される、殺される、終わる、呼吸が、命が。


 本当に――そうだろうか。


 私はユピテルさんの向こうで微笑むメタトロンさんを見て、口を固く結んでいた。


「俺は、タガトフルムが嫌いなんだ」


 ユピテルさんはそう言って、抱えた桜色の鉱石を撫でている。


「この鉱石も元々は俺の友達だった。タガトフルムの子だ」


 その言葉に目を見開いてしまう。御伽噺おとぎばなしにいた友人を大事に抱える貴方は、本当に優しい顔をしているから。


「……良い子だった。俺の知らないことを教えてくれて、笑ってくれて、怒ってくれて」


 ユピテルさんは伏せていた目を開ける。紫の双眼の感情は読み取ることが出来ない。


「この子を殺したのは同じタガトフルムの人間だ。だから俺はタガトフルムが嫌いになったし、そこで生きる人間の事も嫌いになった」


 言葉の一つ一つが重たく染みてくる。彼の感情や思いを間違えることなく全て理解なんて出来ないけど、それでも聞き続けることは出来た。受け止めることに努力した。


「だから、君達を材料にしようっていうサンダルフォンの意見に賛成出来たんだ」


 りず君が動きかけて、ひぃちゃんも片翼を広げる。それを見たユピテルさんは首を弱く横に振って続けていた。


「でも、メタトロンやディアス軍の意見も大事だった」


 音がする。


 鉱石の地面を大きく踏み荒らして駆ける、異様な姿の住人が近付いてくる。


 天からは、黒い髪と白い翼を持った彼女達が。


 四足で駆けてくる月白色の住人さんもいて、私の心臓は握り締められるように痛んだのだ。


「だから判断することにしたよ。ルアス軍の戦士とディアス軍の戦士。それぞれがどう動くか」


 急ブレーキをかけて止まったのは、厄災を教えるシュリーカーさん。


 鉱石の地面に足を着いたのは、空の秩序を守るペリさん。


 (うやうや)しく(こうべ)を垂れたのは、命の鉱石の番をするガルムさん。


「俺だけで決めるのは止めた。俺が作った最初のみんなと一緒に、これからを決める」


 空が波打ち、地面に波紋が広がる。


 そこから吐き出される黒がいて、白もいて。


 私は、ひぃちゃんとりず君を力強く抱き締めていたのだ。


「さぁ、時間だ」


さぁ、最後の審判をしよう。


明日も投稿致します。

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