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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
ウトゥック・シュス・ノイン編
19/194

自由

遠回しの流血と軽い胃液表現ありです。本当に軽めではありますが、読んでいただける際はお気をつけ下さい。よろしくお願いします。


――――――――

2020/01/23 改稿

2020/01/29 ルビ訂正

 

 結目さんと細流さんと離れて、私達はシュスの反対側へ向かう。ひぃちゃんに適度にスピードを出してもらい、らず君とりず君は肩に捕まってもらった。


 一人で飛ぶのは好きだ。無駄な音を拾わなくて済む。誰にも呼び止められることが無い。自由に、何処へでも行ける。これは正に多幸感。


 だけれども、今肌で感じているのは刺すような緊張感だ。多幸感なんて有りはしない。


 花火を上げ続けるシュスは私の神経を逆撫でている。


 塀の上に足を着く。体勢を低くして中を確認すると、そこには煩雑はんざつに家々が並ぶ様があった。


 フォーンさんやブルベガーさんのシュスは全て規則正しく並べられていたが、ここは正反対。好きな大きさで好きな向きに家を建てている感じだ。


 そのせいで道の広さも長さも均一性がなく、もしもあの間を飛ぶことがあれば苦労することが目に見えた。


 シュス内は花火の轟音とウトゥックさん達の歓声で騒がしい。二度言うが騒がしい。


 ひぃちゃんやりず君は耳を塞いでしまう程だ。らず君は震えていて私も耳を塞ぎたい。


 その気持ちを我慢して、私はウトゥックさん達を視線で追った。


 道を歩くウトゥックさん達は手に鎖を持って、その先にはくすんだ色の服を着た、ウトゥックさん達ではない誰かが繋がれていた。両手両足を鎖で繋がれ、まるで引かれるように歩いている。


 ウトゥックさん一人につき少なくても一人、多くて、今見た限りでは三人の方が歩かされている。


 あれがきっと、奴隷と呼ばれる人達だ。


 知って、見て、吐き気がする。


 今にもその鎖を切り壊したいが、それをし始めたら本当にこのシュスの全員を自由にしなくてはいけなくなる。


 そんな技量は私には無い。それを行う最適な手段を私は知らない。


 ないを重ねて逃げる自分は、何と醜いことか。


 嫌悪して心臓が痛くなる。


 謝罪をしたいのは何に対してだ。誰に対してだ。私に謝る権利などありはしないだろうに。


 頭が微かに痛くなり始めた時、反対側の塀から破壊の音が響き渡る。顔を上げると、砂埃を上げ、重い音を響かせ、崩れ落ちる城壁が目に入った。


 えーっと……。


 私の頬を冷や汗が落ちていった。顔は引き攣って笑う。


 恐らく、と言うか十中八九細流さんだ。ウトゥックさん達の歓声が疑問に変わり、伝染するように怒号へと変化する。彼らは壊された塀の方へと飛び、鎖で繋がれた方々は地面を駆けた。


 それを見た私はシュスの中へと飛び込む。


 ひぃちゃんに建物の間を縫うように飛んでもらい、ウトゥックさん達の鎖の先を確認していった。道が果てしなく入り組んでいる為スピードは出せないが、今は好都合だ。


 壊れた塀の方角からは様々な音が入り交じって響いている。


 細流さん、本当に大丈夫なんだろうか。


 いや、今は心配すべきではない。不安は噛み砕いて飲み込んでおけ。


 自分を叱咤して進んでいく。手掛かりが少な過ぎて胃は痛いけれど、女の子は茶髪を結った、私と同い年か少し上くらいの子だとは分かっている。


 昨日捕まって一度私達の世界へ帰っていても、また同じ場所に吐き出されている筈だから逃げられてはいないと思うと、細流さんは言っていた。


 女の子が逃げられていないならば、その原因は私や結目さんのように空から落とされるではなく、地面から吐き出される形でアルフヘイムへ呼ばれてしまうことだ。


 前日と同じ場所へ吐き出され、戦士の女の子を捕まえたウトゥックさん達はそれを待ち構えていればいい。


 細流さんに初めて聞いたが、彼は空から落とされたことは無いと言う。


 思えば簡単だった。結目さんや私は飛ぶことが出来る。けれどもそれは与えられた力がそう言ったものだったからだ。飛べない人だっているに決まっている。


 自分を基準にして相手に「なぜ出来ない」と問うことは愚行だ。


 それでも、私はそれが念頭から外れていた。愚かしい。


 手を握り締めて、考えて、探して、冷や汗が流れていた時、下から風がやってくる。翼がはためく音と共に。


 それを反射的に左半身を傾ける事によって避けると、舌打ちをする声が聞こえた。


 眼球を動かして「風」を見る。


 いたのは鷲に見える頭と、男性だと判断する体を持ったウトゥックさん。手には鎖を三本持っている。


 それを理解した時、肝が冷えた。


 ここは空中だ。


 貴方が空を飛ぼうものならッ


 私の視線は鎖の先へと向かう。


 そこでは繋がれた人達が、首を締められるように宙で足をばたつかせている光景があった。


 あぁ、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿野郎!


 私の頭に一気に血が上り、ウトゥックさんの目も血走っていた。


「戦士、戦士の奴隷、それは強さの証としてッ!!」


 ――うるさい、お前はそこを退け。


 彼は叫んで飛び込んでくるから、私は頼れるパートナーの名を呼ぶんだ。


「りず君!」


「あぁ!!」


 りず君が光ってハルバードになってくれる。らず君も輝いてくれる。


 私はウトゥックさんの突進を避けて、彼の手に繋がる鎖を切り落とした。


「ッ、ぅあ!」


 捕まっていた人達の悲鳴が聞こえる。私はりず君を下へと投げて地面に突き立てた。


「ごめんキャッチ!!」


「まっかせんさい!!」


 りず君が光ると同時に大きなクッションへと変わってくれる。それに奴隷になっていた人達は沈み込み、目を瞬かせていた。


 耳がとがった人。小さな体躯に髭を蓄えた人。


 あぁ、一人はブルベガーさんだ。


 それを確認して奥歯を噛み、私は後ろから伸びてきた手を避けるんだ。


「よくも、俺の証を!!」


「ッ、それは、すみま、せん!」


 口で謝りながらウトゥックさんの拳を弾く。


 手が痺れた、あぁ、嫌だ。らず君が輝いてくれるから私の身体能力は上がるけれど、戦えるけれど、それでもやっぱり、嫌だよ。


 ウトゥックさんとお互いの両手を握り潰す勢いで組む形になる。


 痛い。彼の長い爪が皮膚に食い込んで、あぁ、痛いのに!


 私は声を絞り出した。


「奴隷が、この場所の風習であることは知っています。奴隷を多く連れている者が、より強いとされることも!」


「ならば何故奴らの鎖を切ったのだ! あれらは俺の所有物! あれらがなくては、俺は弱者になってしまうというのに!!」


 りず君が助けた三人を連れ戻そうとするウトゥックさん。それを、両腕が震えるほど力を込めて止める。


 至近距離にある怒気が、強まる両手の力が恐ろしく、私の体を竦めてしまった。


 押し負けてはいけない。私が折れてはいけない。ここで逃げることは、この先進めなくなる足枷になってしまう。


 それだけはいけない。逃げるな、負けるな、凩氷雨。


 どんなに元が弱くとも、私の仲間は強く支えてくれるッ。


 私は奥歯を噛み締めた。らず君が光って、ひぃちゃんが羽ばたきを続けてくれる。


 ありがとう、本当に。


 このシュスでの強さの象徴は奴隷の数だ。多く連れている者がより強い。強ければ裕福でいられる、他者より上でいられる。


 奴隷の質が良ければ尚良し。珍しい種族ならそれだけでブランドになる。


 目を充血させて、私を見つめるウトゥックさん。


 腕が震えて、怖くて、それでも、だから――笑うんだ。


「私は、私が一番可愛い。だから自己満足できる行動を取るんです! 彼らの首が絞まっていた! それは命に関わることだと判断した! だから切った!! それだけです!!」


 そう、それはあの場の判断だ。


 けれどもやっぱり、それ以上に。


「奴隷なんて、虫唾が走る! そんな強さ認めない! これは私の意見だ! 理解してもらわなくて結構! 貴方達が思う正しさと、私が思う正しさが違うだけなんだから!!」


 ウトゥックさんの鳩尾だと思われる部分に膝蹴りを入れて、手が離れる。そのまま頭上から聞こえた呻き声を気にしないように宙で体を回し、腹部を押さえていたウトゥックさんの頭を蹴り落とした。


 足に乗る重たい感覚。思い切りウトゥックさんを地面へと叩きつけて、私は痺れている指を握りこんだ。


 らず君のお陰で私の身体能力は向上している。普段出来ないことも今なら出来る。


 あぁ、それでも、何て後味の悪い。


 彼らには彼らの生活があり、その考えを正しくないと私が否定する権利などない癖に。


 目眩がしそうで、それを振り払って、地面で噎せているウトゥックさんの元へ降りる。


 りず君が駆け寄ってくれて、私は彼を抱き上げた。


「ありがとう、りず君」


 りず君は嬉しそうに笑ってくれて、だから私も微笑むことが出来る。


 私は視線を動かし、蹲るウトゥックさんに近づいた。


 何て言おう。何を聞こう。私はなんで、此処にいる。


 輝くらず君に落ち着かせてもらい、私の口角は微かに上がった。


「……教えてください。昨日、戦士の女の子を捕まえた方を、知りませんか。私は別に、このシュスを滅ぼしに来た訳ではないんです」


 ウトゥックさんがせながら見上げてくる。その目には怒りがあったが、私の問いでどこか呆れたような色へと変わった。


 彼は口角を釣り上げると、吐き捨てるように言うんだ。


「駒であるお前に、答える義理はない」


 顔が固まる。


 薄く上がった口角を下げたいけれど、駄目だ、半笑い。


 この人も、私達を駒だと言うんだ。


 息をゆっくり長く吐く。「ありがとうございます」を口にして。


 さぁ笑え。気持ち悪い時こそ笑い飛ばせ。


「では聞きます。ここで一番、悪人だと思われるのは誰ですか?」


 答える義理がないと言うことは、女の子について知っている可能性がある。しかしそれを吐いてもらう術を私は持っていないし、知ってもいない。だから生贄探しに焦点を変更した。


「……悪人?」


 ウトゥックさんは呟き、私は頷いた。


 彼はまた鼻で笑う。私を見上げて、歪めた笑顔で。


 ウトゥックさんの口は、確かに私の問いに対する答えを吐いた。


「お前だ」


 ――頭が一瞬白く染まる。


 足先から、指先から、冷える感覚がした。


 あぁ、そうか。


 悪は私か。


 私は――悪か。


 足元が揺れた気がする。気の所為かもしれない。


 眩暈がした気がする。それも気の所為かもしれない。


 頭が痛いかもしれない。


 大丈夫、それも気の所為だよ、悪者。


 私は事実を受け止めて、頷こうとする。彼にもう聞くことは無い。


 私の目は、歪んだ笑顔を向けてくるウトゥックさんに焦点を合わせた。


 その時、目の前で。


 肉が切れ、骨が折れる音が響く。


 ウトゥックさんの――首が飛んだ。


 鮮烈に。洗練に。


 血走り輝く赤の瞳がそこにある。


 血飛沫が上がって、頭が地面に転がり、私の頬に生暖かい返り血が飛び散った。


 首の切れた部分と、頭の切れた部分。元々繋がっていた所から赤が流れ出て、私は体全体が急速に温かさを失う感覚に襲われた。


 目の前で、音を立てて胴体が崩れ落ちる。


 力なく、まるで糸が切れた人形のように。


 先程まで自立出来ていたそれからは、流れ出る赤と共に生気まで抜け出ているようで。


 膝が笑った。


 呼吸が徐々に徐々に早くなり、額から汗が吹き出していく。


 倒れたウトゥックさんの胴体の後ろにいたのは、ブルベガーさん。カウリオさん達を思い出し、記憶の彼らより目の前のブルベガーさんの体躯は一回り大きい印象を受けた。


 彼の右手が、私の足元に広がる赤と同じ色に染まっている。


 それが認識出来た時、胃の中にあるべきものが競り上がってきた。


 今日は駄目だ。本当に。何でこんなに気分が悪い。


 口の中に広がり出てきた不快感を、近くの建物の影へと駆け込んで吐き出す。吐瀉物の音はうるさい筈の周囲に負けることなく私の耳に届き、膝からその場に崩れ落ちた。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


 目頭が熱くなって、足が震えて立ち上がれない。


 目の前に吐き落とした黄色い液体は、私の胃が空っぽであったことを示していた。


 あぁ、駄目だ。顔が引き攣って笑ってしまう。


 顔色は悪いだろうに。私の表情筋、大丈夫か。


 怖い、気持ち悪い、もう嫌だ、嫌だ、なんだ。命はあんなに、容易く無くなるのか。あぁ、あぁ、怖くて怖くて、堪らないッ


 だから笑えよ、戦士。


「氷雨!!」


「氷雨さん!!」


 りず君とひぃちゃんの声がして、らず君が光ってくれる。そうすれば体の震えや嫌悪感、頭痛や目眩が全て収まっていくから。


 息をしよう。


 ゆっくり、確かに、呼吸をしよう。


 空気を吸って、震える息を吐き出して、口の周りを拭う。右手を宙で振って汚れを飛ばせば、私は立ち上がって振り返れた。


「大丈夫」


 呟いて。


「みんな、ありがとう」


 立ち止まるな。


 お前にそんな時間はない。


 戻った先に広がるのは、赤く染った地面と、転がった頭と胴体を見つめるブルベガーさん。


 耳が尖った、小説に出てくるエルフのような人も、白雪姫に出てくる小人のような人も、生気の抜けた肉塊を見つめていた。


 りず君とらず君を一緒に胸に抱える。ひぃちゃんは私の喉に尾を巻いてくれた。


 大丈夫。前を向け。時間は有限だ。


 ブルベガーさんの鎖が鳴って、彼の澄んだ赤色の目と視線が交わった。彼はゆっくり頭を下げる。


 何故ですか、止めてください。


「ありがとう、選ばれし戦士よ。私達に走る自由を与えてくれて」


 低い声が柔らかく響く。彼の腕から血が滴り落ちる。


 何故殺してしまったのだ。殺す理由があったのか。分からない、目の前の彼はウトゥックさんを殺した人であるのに、私は何故それを恐れないのか。


 あぁ、どっかの神経壊したのかな。


 私は自然と背筋が伸びて、どうしようもなくて笑ってしまった。


「……それだけの強さをお持ちなのに……今まで、何故……」


 繋がれたままだったのですか、なんて聞けない。


 散漫になっている私の頭ではいい言葉を排出できない。


 貴方程の方ならば、きっと今でなくても殺せた筈だ。


 あぁ止めろ。そもそもそれを聞く権利など私は持ち合わせていないのだから。


 ブルベガーさんは自分の首輪に繋がる鎖を持って、目を伏せていた。


「この首の鎖は、電流を流し、それでも抵抗すれば首に埋まって死をもたらす。だから戦士、君が首の鎖を断ってくれたお陰で……私は雪辱を果たすことが出来た。そして、再び自由を再び得ることが出来たのだ」


 彼はまた頭を下げてくる。私は奥歯を噛んで、無理矢理笑っておいた。


「……いいえ、まだ、自由では無いですよ、ね……りず君」


「あぁ」


 りず君が(まさかり)に変化してくれる。私はそれを右手に持って、ブルベガーさんの足の鎖を叩き切った。


 彼は目を丸くして、私は微笑みながら住人さんを見上げる。


「手を」


「……すまない」


 彼は鎖に繋がれ、血を滴らせる両手を胸の前まで上げる。


 この手をよく、振り抜いたんだ。


 思いながら鎖を切る。


 断ち切ろう。ここに何も、残さないように。


 ブルベガーさんは両腕で首輪を持ち、砕き壊していた。


 負の象徴は落下して、金属が地面とぶつかる音が反響する。


 腕輪も足枷も壊した彼は自分の両腕を見て、空に向かって掲げ、「あぁ……」と声を漏らしていた。


「――幸せだ」


 その呟きに、胸が締め付けられる。


 今、私はどんな顔で笑っているんだろう。


 両腕を胸へと当てて、抱き締めるように背を丸めたブルベガーさん。私はその姿を目に焼き付けて、小人さんを見る。彼は私と目が合うと、静かにゆっくりと両手を前に出してくれた。


 私はりず君を振り上げて小人さんの鎖を砕き切る。彼は自分の体を見て、皺のある顔に笑い皺を増やしてくれた。


「ありがとう、戦士のお嬢さん」


「……いいえ」


 答えて、微笑んだ。


 私は耳の尖った男性を見る。彼は私を見ると、両手を胸の前に組んで目を伏せた。


「私は、このままで結構です」


「……え、」


 首を傾げてしまうではないか。


 貴方の言葉の意味が分からなくて、見つめてしまう。


 銀色の髪から反射する太陽光がお美しいですね。


「私は他者の為に生きる献身者として生まれた身。それが私の今生の宿命であり、奴隷であるという使命が付加されているのです。そして私の主人は今死した。ならば私も後は死ぬのみ。鎖を断って頂いたところで、私は何も出来ません」


 ――ルアス派


 最初に浮かんだのはその単語。


 その次は「ふざけるな」だった。


 自分に与えられた宿命を遂行する宗教。目の前のこの人は、自分は奴隷として生まれたから、奴隷として生きることが正しいと言っている。


 森を育むことでも、戦士を愛することでも、湖を清く保つことでもなく、彼は自分の宿命を奴隷であり続けることだと信じて疑わず、誇らしくすら思っている。


 それを私は、正しいとは思わないけれど。


 彼にかける言葉も持ちえていない。どうするべきがいいのかも判断しかねる。


 いいやそんなのは決まってる。彼を置いて私は飛び立てばいいんだ。それだけでいい。彼の主人を殺す原因を作ったのは私なのだから、これ以上彼の望まない事をするべきではない。


 それでも貴方には、貴方の人生があって。


 だからこそ私が口出しをしてはいけなくて。


 遠くでまた、崩れる音がする。


 あぁ――飛ばなくては。


 あの自由な空に飛び立たなくては。


「お嬢さん」


 渋みを含んだ声がする。小人さんだ。


 彼は私を見上げて、穏やかな笑みをくれた。


「あんたが背負い込まんでいい。ここの事はもうお気になされるな。彼は私達が話をつけよう。それでも動かなければ、それまでのこと。あんたは飛びなさい。その緋色の翼を広げて。大丈夫、あんたはディアス軍の戦士なんだろう? ならば、思うままに生きなさい」


 その言葉が、染みてしまう。


 ブルベガーさんが頷いてくれる。


「貴方の運命は貴方が決めたらいい。私はディアス派の信仰でね。自由に戻れたことが今は嬉しくて堪らないんだ。だからありがとう、選ばれし戦士よ。私は貴方の行動を、正しいと主張する」


 その台詞が、呼吸をさせてくれる。


「私も貴方を責めているのではないのです。ただ私の生まれがルアス派のシュスで、ルアス派の信仰で、私は奴隷である自分が誇らしいから、鎖に繋がれることを望むのです。さぁ、行きなさい、生きなさい、敵軍の戦士。運命に抗う者達の哀れな駒よ。貴方の運命に、幸があるとよろしいのだが」


 その願いが、私を救う。


 奥歯を食い縛ってしまう。


 笑え。笑い飛ばせ。私にはそれしか能がない。


 きっと、醜い笑顔だろうね。


「ありがとうございます」


 地面を蹴る。


 ひぃちゃんは翼を力強くはためかせて、私を持ち上げてくれた。


「さよなら」


 笑って言おう。


 そうすれば三人共、頷いてくれるから。


 前を向け。


 さよならなんて、そこら辺に転がっているのだから。


 ディアス派の方にとっては望んだことでも、ルアス派の人にとっては望まれないことを私はした。全ては私の自己満足だった。それは分かっている。分かっていながら実行した。


 それなのに、私の心配も緊張も不安も消えはしなくて、悶々と考え続けてしまう頭の中が気持ち悪くて、とてもしんどい。


 楽になることは無くて、私は私の足を重たくしただけだった。


次回、救出。

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