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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
189/194

疾呼

いつも意見が合わない二人。


願うことは、一緒の筈なのに。

――――――――――

2020/04/30 改稿

 

 ―― 俺、捨てられるのが怖いだけなんです。必要とされなくなるのとか、もういらないって言われるのが怖くて怖くて……たまらない


 眉を八の字に下げていた早蕨さんを思い出す。ブルベガーの書庫の中で、貴方は酷く不安そうな声で教えてくれた。


 ―― 一生懸命取り繕って、最後はみんなが笑顔になれるようにして、そうすれば俺は必要とされると思うんです。だから頑張るんです。頑張って頑張って頑張って、吐きそうになるほど頑張って


 貴方は努力が出来る人。決して折れることはなく、理想を現実にする為に奔走し、心身がどれだけ傷つこうとも立ち続ける。


 けれども自分本位なんてことはなく、必要な時は思想が違う友人の背中だって押せる人だって知ったのに。


 頑張って、頑張って、頑張り尽くした終着点が死だなんて。そんな結果許せない。早蕨さんが許そうとも、私はそんな理不尽許さない。


 ―― みんなで生きられる道を進みたいのは本心です。ルアス軍かディアス軍かなんて、俺は選べない


 そう言っていたではないか。


 貴方はハッピーエンドが好きなんだろう。


 この話のハッピーエンドに貴方はいない。貴方の死の上にハッピーエンドが築かれる。私もそうだ。サンダルフォンさんは早蕨さんだけを選ぶ気なんか無いと、あの目が言っている。


 私はこんな条件飲めない。飲めば帳君達を裏切ることになると分かるから。私の妄想ではない。今までずっと一緒にいてくれた四人は、兄さんは、こんな結末許してはくれない。


 鷹矢さん達だってそうだろ。彼らは早蕨さんが死んだ先で、競争が終わって嬉しいだなんて言わないだろ。


 それなのに、なんで貴方は笑っているんだよ。


 私達二人の血液や体全てを使って鉱石を作れば、暫くの間アルフヘイムは安定する。それは二人で事足りる。


 一人は仲間を強く思える早蕨さんを。一人は兵士さん達の未来すら心配してしまった隙だらけの私を。


 私達が死ねば競争は終わる。鉱石が出来れば競争をする意味がなくなるから。だから仲間を救うことに繋がる。


 それを早蕨さんは直ぐに理解して受け入れた。


 喜んで、死んでしまっていいと受け止めた。


 その汚れのない輝きが、やはり貴方を聖人君主に見せるのだ。


 私は頭を抱えて髪を掻き乱す。


「早蕨さん、違う、違う、違うッ、そんな決断をして誰が救われるんですかッ」


 サンダルフォンさんが一歩近付いている。ランプの灯が強くなる。


「戦士の人達を救えます。俺と今まで一緒に来てくれた仲間も、氷雨さん達も救えます」


 満面の笑みを浮かべている早蕨さん。彼の声に淀みはない。濁りもない。


 私の呼吸は浅くなるばかりで、心臓の上の皮膚を掻き毟るように手が動く。


 早蕨さんはサンダルフォンさんの方を向いて笑っていた。


「俺だけを使ってください。人間は体重の一㎏につき、約八十mlの血液を有しています。俺の体重は六十三㎏、安易な計算でも五千四十mlの血液を使っていただけます」


「早蕨さんッ」


「だから氷雨さんは見逃してください。死ぬのは俺でいい」


 声にならない叫びが体の中で暴れ回る。一点の曇りもない目で言い切る早蕨さんは、誇らしさすら纏って笑い続けるから。


「勇敢ですね」


 サンダルフォンさんのランプが揺れる。


 私の喉が鳴って、背中でひぃちゃんが思い切り翼を広げてくれたのは同時だった。


「動け氷雨!!」


 りず君の叫び声がする。


 私は弾かれるように床を蹴り、サンダルフォンさんのランプから光輪が現れる。


 両腕を伸ばして早蕨さんを抱き締め、ひぃちゃんが勢いよく飛び上がってくれた。靴が光輪を掠めつつサンダルフォンさんの頭上を通過する。りず君は布状になって早蕨さんと私を繋ぎ、(つんざ)く声を上げていた。


「ふざけんなよ光!! お前何考えてんだ!!」


「下ろして氷雨さん! りず君、ひぃちゃんッ」


「うるさい黙れッ!」


 暴れ出そうとした早蕨さんを怒鳴ってしまう。至近距離で。


 早蕨さんは目を丸くして、私は自分のこめかみに青筋が浮かんでいるのではないかと思うのだ。


 ひぃちゃんは通路を猛スピードで羽ばたいてくれる。


 ここを出なければいけない。まずは出ること。これだけ狭く先が見えづらくてはこちらが不利だ。


 だが逃げでた先でどうする。どうやって、どうやって、あぁ駄目だ。競走の終わりは私達の犠牲の上に立つのだと言われてしまった。


 仲間の為なら死ねるだろ。


 けれども、大事な仲間の心を傷つけるとも知っているから。


 早蕨さんに腕を強く掴まれる。彼が奥歯を噛み締めた音を聞いて、私も息を吸った。


「いいや黙らないよ! これはチャンスだ!! 俺がサンダルフォンさんの相手をする! その間に氷雨さん達だけ逃げるんだ!」


「相手なんかしたら死ぬって分かってるんでしょう!?」


「分かってるから残るんだよ!!」


 早蕨さんの顔に焦りが浮かぶ。それは、サンダルフォンさんから遠ざかろうとする私達の動きに対するものだ。


 この人は本気でここに残ろうとしている。自分の全部を差し出して良いと言っている。死んでいいと、使ってくれと訴えている。


 あぁ、この人はどこまで「正しく」あろうとする人なんだッ


 頭に光景が浮かぶ。全てを焼く炎が。


 掴んでもらえなかった手を思い出す。


 私を抱き締めてくれた温かさが胸を圧迫してくる。


「犠牲なんていらない」


 言葉が零れてしまう。ディアス軍もルアス軍も関係なくなった。こんな提案をされて、早蕨さんを思わないほど人間捨ててない。


「殺させたりしない」


 もう沢山だ。散々だ。もう、誰かがいなくなるのを見過ごせない。


「死なせたりしない」


 ひぃちゃんがスピードを落とすことなく廊下を曲がり、直線状に階段が見える。


 あと数秒。あと少しでここから出られる。


「違うよ氷雨さん。俺は犠牲にはならない。俺は、みんなの明日を守るだけだ」


 あぁ、そんな顔で――笑うな。


 早蕨さんを見て奥歯を噛み締めてしまう。


 どうしたら伝わる。どうしたら彼を止められる。正しいと信じて疑わない彼に私の考えをぶつけて何になる。死にたいと思う相手をどう変える。


 変えることが正しいのか、氷雨。


 私の内情が揺れてしまう。揺らされてしまう。


 仲間の為なら死んでもいいと言う方向へ。


 お前が死ねば帳君も、翠ちゃんも、梵さんも、祈君も、兄も、友達もみんな、みんな救えて――


「違う。それは残された人達に、二度と消えない後悔を与えるだけだ」


 考えるな、傾くな氷雨。お前は知っているだろ。知ってきただろ。


 私はその後悔を、嫌と言うほど学んできただろ。


 この痛みを、苦しさを、無力さを、仲間に背負わせるな。


 早蕨さんが強く訴えかけてくる。


「みんな分かってくれる、これが最善だったってッ」


「その最善が最悪なんだ!」


「ッ、離して氷雨さん! 俺は残るんだ、残らなきゃ競争が終わらないッ!」


「打開策で終わらせようとするなよッ!」


 声を荒げて言い合いをしてしまう。早蕨さんは全く譲る気がないが私だって負ける気はない。


 いつもそうだ。目の前の彼とはいつもそう。


 お互い正反対の意見をぶつけ合って、戦って、傷つけあって、相手の意見に頷こうとなんてしてこなかった。


 彼は自分の正しさを信じているから。崇高な理想を愛しているから。


 私だって自分の意見を信じている。信じて突き通そうとして、譲れなくて、だからこうやって喧嘩になる。


 私が、彼を犠牲にして競争を終わらせるなんて間違いだと思うように、早蕨さんにとっては自分が死んで周りが救われることが正しいから。


 酷い並行的な意見の投げ合い。それでも自分の意見を曲げられない私は、早蕨さんを離さない。


 その時視界に入った牢屋には、今までの何処にあった物より拘束力が強そうな鎖があった。対面の牢屋の鉄格子は溶けていて、橙の灯に照らされた床も溶けている。


 その光景を一瞬で通り過ぎた私は、どうして青い兎さんと屈強な兵士さんを思い出してしまったのだろう。


 まさか、そんな筈はないから。


 ひぃちゃんが階段に躊躇(ちゅうちょ)なく飛び込んで、上に続く道を進んでくれる。


 閉じられた扉が見えてくる。


 りず君が布状の一部を大きく目の前に広げて、強固に変質してくれた。


 ひぃちゃんは迷うことなく扉に突進し、りず君が扉を破壊してくれる。


 薄暗さに慣れていた目が降り注ぐ明るさに一瞬ついていけない。同時に、りず君の驚きを乗せた声が響いたんだ。


「なッ、これどういうことだ⁉」


 私もりず君の言葉に同意してしまう。驚いたひぃちゃんは私達を地面に下ろしてくれて、足は固い鉱石の地面を踏んだのだ。


 目の前に広がるのは、儚く美しく、残酷な世界。


 御伽噺おとぎばなしの幻想郷――アルフヘイム。


 そこは、私が最後に見た姿とは色を変えていた。


 木々を、地面を、塔を彩るのは透明の中に赤を宿した鉱石達。


 それは本当に世界全て埋めてしまったのではないかと錯覚する光景。雪のように降り積もった鉱石に私は息を止めそうになる。


 針鼠に戻ったりず君は唖然としており、私は急いで振り返った。


 私達が今出てきた場所。そこはやはり神様の塔で、景色からして心火(しんか)の間に入った扉とは反対側。


 今しがた壊した扉は小さく、そこから上へと視線を移動させた。最上階は壊れたまま。他の戦士の気配はやはり感じない。


「これが……あの、流れ星の結果……」


 早蕨さんが呟く声がする。彼は地面の鉱石を撫でて、私はその動作を目で追ってしまった。


 目元を染めて笑っている戦士がいる。


 心底嬉しそうに、声を弾ませる男の子がいる。


 彼は立ち上がると、自分の左胸を押さえて目を輝かせた。


「氷雨さん、大丈夫です! これだけの結果が今出ているなら、俺一人の血液で十分な筈です! 氷雨さんは大丈夫! 俺だけで良いに決まってる!」


 私の手を取って喜ぶ早蕨光さん。


 私の体から血の気が引いて、体温が下がる感覚が確かにあったのだ。


「早蕨さん、嫌だ、なんでそんな、嬉しそうに出来るんですか……ッ」


 声が震えてしまう。目の前の彼が理解出来なくて、理解なんてしたくなくて。


「言ったでしょう。俺は、俺の命でみんなを救えるなら本望だって」


 満面の笑みを浮かべる早蕨さん。


 あぁ、彼はやっぱり、どこまでも主人公のようだ。


 仲間の為ならその身を犠牲に出来る。自分が死んで誰かを守れるならそれでいい。自分の命で友達が救えるならそれで構わない。そこには迷いも憂いも何もない。


 純粋な喜びを感じる。


 自分が誰かを救えるなんて、なんて素敵なのだろうと。


 なんて光栄なことだろうと。


「俺が死ぬことで仲間が救われるなんて、こんなに幸せなことはない!」


 そう言って貴方が笑うから。


 私は貴方の手を振りほどいて、拳を握りこんだのだ。


 頭が熱くなる。体が震える。血が煮え(たぎ)る。


 振り抜いた拳は早蕨さんの頬に直撃し、彼の体が傾いた。


 早蕨さんの口の端から血が流れる。


 肩が震えて息が上がり、拳が痛んだ。それでも早蕨さんの胸倉を掴む自分がいる。


 目を見開いている彼に残される気持ちを告げる為に。


 ―― 怪我、しないでね


「ふざけるのも大概にしろよッ!! 貴方が死んで、自分達だけ助かって、そんな結果を喜ぶ奴がどこにいる!!」


 こんな酷い常套句を口にする日が来るだなんて思わなかった。思いたくなかった。


 それでも伝えなくてはいけない。


 私が伝えなくてはいけない。


 生かされ続けた私が伝えなくて、彼の目の前にいる私が伝えなくて、一体誰が伝えるのだ。


 ―― どうか貴方に、幸あらんことを


「生きて欲しいから手を伸ばしたのに!! 自分でその命を絶たれたと知ったら、手を伸ばした方はどう思うッ!」


 燃え盛るシュスの中。笑った二人は、私の手を取ってはくれなかった。


 固く決意されていた二人の心を変えるだなんて出来なかった。


「自分の弱さで、遅さで、救えたかもしれない命を失ってしまった時の気持ちを考えろッ」


 泣いて、泣いて、泣く種族がいる。


 固くなった体を抱えさせて、泣かせて、愚かな自分を嫌悪した。


「もっと話をすればよかった、もっと知っていればよかった、自分がもっと強かったら、心配させなかったら、力があれば、もっと早く動いていれば、もっと、もっと、もっとと、自分の無力に打ちひしがれた時、世界がどれだけ冷たく憎く思うか知れよッ!」


 ―― 幸せで、あれ


 庇われてしまった。庇わせてしまった。守らせてしまった。愚かな私のせいで、私のせいで、私のせいでッ


 亡くした命は戻らない。


 残るのは自分の無力さに対する絶望と、変わらない過去の後悔だけなのだ。


「死んで英雄になんてなれるもんか! 貴方が死んで、それで生かされて、喜ぶ奴なんかいるもんかッ」


 早蕨さん、貴方の心は綺麗すぎる。


 共に貪汚(たんお)の間で戦ってくれた時の貴方は、希望を捨てた目なんてしていなかった。


 仲間だけでなく、自分の明日だって望んでいた。


 だから私も諦めないことが出来たのだからッ


「死んで救う心なんていらないッ、自分が犠牲になったって何も残らないッ」


 声が震えて視界が滲む。


 私を抱き締めて声を震わせたあの人は、何でもない明日を願ってくれていたのだ。


 その言葉は私に、幸せを教えてくれたから。


「生きて、生きて、大人になって、好きな人作って、普通に生活出来るくらい仕事して、笑って、時々困って、でもやっぱり笑ってッ」


 叫び散らしたい。怒鳴って説き伏せたい。


 けれどもそれでは感情が先走る。頭の一部は冷静であれ、氷雨。


 お前の言葉を、お前を救ってくれた言葉をぶつけていろ。


 自分を押し通して他者を変えたいと思うなら、そう思わせることをしなければならないのだから。


 負けるな。ここは、ここだけは、負けるなッ


「春を祝って、夏を過ぎて、秋を感じて、冬を迎えて、それでまた、春を祝う。ッ、そんなもんで良いだろ! 世界を救うとか人を幸せにするとか、億万長者になるとか、そんな大それたことはしなくていいからッ! 自分と、自分が守りたいと思う人に優しくする人生でいいからッ」


 だから、だから、だからッ


「死んだら優しく出来ないだろッ」


 気づけ、気づいて、お願いだから!


「貴方に優しくしたいと思う人達を、置いて行くんじゃねぇよッ!!」


 喉が枯れそうになるほど叫んでしまう。


 私は肩で息をして、早蕨さんは目を丸くして固まって。


「話は済みましたか」


 声がして、弾かれたように振り返る。


 私達が壊した扉の場所に立っているサンダルフォンさん。


 彼は首を少しだけ傾けて、私達を見つめていた。


「残念ながら、早蕨光だけでは満足出来ませんので」


 ランプが揺れる。


 私は反射的にりず君を手に呼び、スクトゥムの持ち手を握り締めた。


「お二人共、死んでくださいね」


 光輪がくる。だからスクトゥムを立てようとしたのに、その前に早蕨さんが出てしまうから。


「早蕨さん!!」


「逃げて、氷雨さん」


 笑うな、笑うな、笑うな馬鹿ッ


 貴方のそんな笑顔なんて、吐き気がするほど嫌いなんだ!


「俺に優しくしようとしてくれて、ありがとう」


「ふざけッ」


 顔に熱が溜まって身体中から汗が吹き出す。


 動け、前へ、前へ、走れ、氷雨ッ


 光輪が輝いて、私の手は早蕨さんに――届かなかった。


痛い程知っている。


守られて、残されて、生かされてきたから、知っている。


知っているから止めたかったのに。


明日も投稿致します。


終わりは、近い。

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