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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
188/194

打開

白の長は、アルフヘイムの平穏を望んでいる。

――――――――――

2020/04/30 改稿

 

 

 目の前に光輪が迫る。


 それを躱せば後ろの牢屋の鉄格子が砕けて、この階全体に揺れが走った気がした。


 天井に靴裏を着く。世界が逆さまになる。


 ひぃちゃんが強く翼を広げて支えてくれた。だから私は膝を曲げることが出来るのだ。


 天井を思い切り蹴ってサンダルフォンさんにハルバードを振り下ろす。


 彼の瞳は刃の動きを確実に捉えて、柳のように躱された。揺れた白い裾を優雅に押さえる、気品ある動きに鳥肌が立つ。


 床にりず君を叩きつけてしまって動きが遅れる。その間にサンダルフォンさんは腕を緩く振り、私の鳩尾に光弾がめりこんだ。


 あばらが軋み、内臓と筋肉が圧迫される。


 足はいつの間にか床から離れていおり、気づけば鉄格子に激突していた。


 あ、これ、ヤバ、ッ


 思った時には既に、床に俯せに倒れ込んでいた。


 足が震えて、立ち上がれと頭は叫んでいる癖に体が言うことを聞かない。背中のひぃちゃんも震えていることが伝わって胸が痛む。ごめんひぃちゃん、私のせいだ。


 自分の反応の遅さに苛立ち、お姉さんに対する申し訳なさが募る。


 りず君を離していたと知ったのはそれから数秒が経ってからだ。


「そろそろ大人しくしてくれる気になりましたか」


 サンダルフォンさんに聞かれ、返事の代わりに咽せてしまう。目の前まで近づいていた彼の足音は聞こえなくて、素早くりず君へ伸ばした手の甲が踏み潰された。


 皮膚が擦れて骨が鳴る。喉から漏れかけた呻き声を堪えれば、りず君が彼自身の意思で動いてくれた。


「てめッ、いい加減にしろ!」


 針鼠に戻ってジャンプするりず君。彼は素早く剣に変化すると切っ先をサンダルフォンさんに向けていたんだ。


「持ち主のいない刃など、ただの棒入れ同然でしょう」


 目を細めたサンダルフォンさんがりず君を払い落とす。


「ッ、りず君!」


 床を滑ったりず君を呼んでしまう。それを我慢は出来なかった。だから動きかけたのに手の甲を再度踏み直されるから、立ち上がることすら出来なかったのだ。


 馬鹿、馬鹿、馬鹿、動け氷雨ッ


「退きなさいッ」


 ひぃちゃんの牙から酸性液が溢れて、彼女の熱が背中から離れていく。勢いよくサンダルフォンさんの顔に向かって牙を向き、酸性液を吐いたお姉さん。サンダルフォンさんは淀みなくひぃちゃんの攻撃を躱して彼の足も少しだけ浮く。


 その間に体を横に転がして立ち上がれば鳩尾が痛んだが、りず君を掴むことは出来た。


「ひぃちゃんッ」


 鳩尾を押さえつつお姉さんを呼ぶ。彼女は宙で後方に一回転して光輪を躱し、私の背中に舞い戻ってくれた。


 サンダルフォンさんと目が合う。彼のランプが揺らされる前に飛び上がれば、壁や天井を跳ね回った白を見たのだ。


 早蕨さんが拳を握り締めて、サンダルフォンさんの背後を取っている。


 私は反射的に長に向かって床を蹴っており、サンダルフォンさんの足を狙った。


 りず君がハルバードになってくれる。ひぃちゃんが羽ばたいてくれて、私の体は床と水平に倒れていた。


「すみませんッ」


 拳を振り抜く時に謝る早蕨さん。理解が足りずに戦っている今の状況で謝る貴方は、優しすぎる人だよ。


「許しましょう」


 サンダルフォンさんは呟いて、流れるような柔らかい動作で掌から出した光弾を投げてくる。ひぃちゃんは直ぐに躱してくれたが、空中にいる早蕨さんに翼はないからッ


 考えて、小さい盾(カエトラ)になってくれたりず君を勢いよく早蕨さんに投げる。光弾と彼の間に入り込んだりず君は自力で向きを正してくれて、私は滑りながら床に足を着いたのだ。


 光弾が当たって飛ばされるりず君と、私のパートナーを受け止めてくれた早蕨さんが一緒に壁に激突する。


「りず君、早蕨さん!」


 二人を呼んで腕を振る。ひぃちゃんは瞬時に飛んでくれて、床を滑った私の足はうずくまった二人の前に止まった。


「氷雨さん、りず君ごめん」


「いいえ、動けますか早蕨さん」


「光、立て、俺は大丈夫だから」


 りず君を持った早蕨さんが立ち上がる音を聞き、ひぃちゃんは力強く翼を広げてくれる。


 サンダルフォンさんは常に無表情で何を考えているのか分からず、首を少し傾けていた。


 私の体の軸や考えが安定しない。分からないからだ、この状況が。


 なんでこんな牢屋がある場所に連れて来られたのか。零時はまだ来ていなかった。これは何だ。競争が再開されたにしては異質すぎる。帳君達が来た様子もないし、どうして早蕨さんと私だけがここに来た。


「早蕨さん、貴方はどうして今日アルフヘイムに?」


「サンダルフォンさんに呼ばれていたんです。俺の鍵から急に出てきて、宝石が輝いた時に来るようにって」


 早蕨さんが来た理由もサンダルフォンさん。どういうことだ。兵士の人達は何をしている。ここまで長が簡単に出てきて行動するだなんて、競争なんて眼中にないと言っているようなものではないか。


「氷雨さんは、どうして?」


「私は強制的にこちらに来たんです。元々メタトロンさんと話していたんですが、サンダルフォンさんが現れて穴が繋がってしまった」


「私は、貴方達二人が来てくれたらそれで良かったので」


 早蕨さんとの会話に入ってきたサンダルフォンさん。彼の感情と言うのは一体どこにあるのか。全く持って読み取れないから、私は質問をするのだ。


「何が目的ですか、サンダルフォンさん。これは競争と全く関係ありませんよね」


「全く、とまでは言いませんよ」


 サンダルフォンさんに訂正される。私は彼を見つめて、針鼠になって肩に乗ってくれたりず君の重さに安心していた。手は自然と首から下げた小瓶を握ってしまう。


 サンダルフォンさんは続けていた。


「自分達が生贄だと知って、貴方達は競争を続けることが出来ますか」


 問われる。酷く平坦な声で。


「敵軍の戦士を殺せますか」


 その目はまるで値踏みをするよう。


「誰も殺さなくていい方法が見つかったのなら、競争など止めてしまいたいと思いませんか」


 息を呑む。


 音が無くなる。


 蝋台の明かりだけが頼りの部屋で微かに聞こえていた呼吸の音や、蝋台の火が爆ぜる音。


 それが全部消えた。


 頭の中を言葉が駆け巡る。


 誰も殺さなくていい方法。


 競争が――止められる。


 止められる、止められる、明日が来る、殺さなくいい、殺さなくていい。友達を、兄さんを殺さなくていい。一緒に、一緒に生きて、あ、あぁ、殺さなくていい、もう、もういい、大丈夫、もう大丈夫、殺さなくて、いいッ


 腕に鳥肌が立った。


 体内に一気に蔓延した歓喜が爆発しそうになって、暴れて、暴れて、口角が上がるのを抑えることが出来ない。


 喉が震えて視界が滲みそうになってしまう。


 ずっと待っていた幻想の答え。閉じ込めて圧縮してきた妄想の産物。


「そんな方法が、あるんですか」


 今にも心臓が破裂しそう。今にも肺が叫びだしそう。額から流れ落ちた汗は、舞い上がりそうな感情を抑えた代償だ。


「えぇ、ありますよ。それは貴方達が引き金を引いてくれたのですから」


 サンダルフォンさんの言葉を一言一句漏らさず聞いてしまう。


 あぁ、正の感情で体のバランスを崩しそうになるだなんて、本当にあるんだ。


 思った時に体が傾いてしまい、そんな私を後ろから支えてくれた腕がある。


 見ると早蕨さんが輝く瞳で、我慢しきれないと言った笑みと声でそこにいた。


「どうすれば良いんですか、どうすれば、みんな生きてッ!」


 言葉が纏まらないまま話している早蕨さん。彼の腕は震えており、それは決して恐怖からではないのだと分かる。


 私は早蕨さんからサンダルフォンさんへと視線を向けた。


 私達が引き金を引いたこと。


 それはきっと、神様を塔から連れ出して、スティアさん達に協力を願い出たことを指している。


 ――血でも爪でも髪でもいいから、戦士の何かが欲しい。


 鉱石実験を早急に進めてくれる返事をくれたスティアさんの手紙には、そう書かれていた。だから私は爪を、髪を、血を渡しに行った。


 そうすれば実験に兆しが見え始めたそうだが、私のだけでは足りなかった。


 爪や髪や血なんてそんなに大量に提供することは出来なかった。だから帳君は海堂さんに会いに行ってくれたのだ。帳君と二人でいる時に貧血でフラついたのがきっかけだったけど、それが功を奏してしまった。海堂さん達がアルフヘイムに足を運んで、神様の塔まで来てくださったのだから。


 あの時打上げられた輝石きせきが、本当に鉱石として役立つのだとしたら。


 それは本当に、救いになるから。


 サンダルフォンさんは続けていた。


「サラマンダー達が作り上げた特殊砲台によって鉱石の製造に兆しが見え始めています。純度はオリジナルにまだ負けていますが、量だけならば文句のつけ所がない」


 サンダルフォンさんは手に持つランプを見下ろして、抑揚のない声で続けている。


 私の早まっていた心臓は少しだけ落ち着き始めて、不意に(うなじ)が引き攣るような感覚を覚えたのだ。


「貴方達がタガトフルムに戻ってから、七日七晩。鉱石の雨がユピテルの塔を中心とした一帯に降り注いだのです」


 ユピテルと言う名を聞いて、空を見上げて泣いていた中立者さんを思い浮かべる。


 あの時ユピテルさんは、サンダルフォンさんとメタトロンさんに「神などやめてしまおうか」と言われていた筈だ。


 七日七晩あの流星が空を埋める光景を思い浮かべる。それはあまりにも非現実的なのに、誰もが待ち望んだ光景だと勝手に思っていたよ。


「そこから今日まで、ルアス軍とディアス軍全体での話し合いが続いています。ディアス軍は競争を止めてしまおうと主張し、ルアス軍はその主張に頷けないままです。もしもそこで頷いてしまえば兵士の使命が無くなってしまうのですから」


 サンダルフォンさんの声に少しだけ抑揚がつく。


 ルアス軍の兵士さんの使命。それは一体何なのだろう。


 サンダルフォンさんの言葉が饒舌になっていく。


「競走をやめてしまうことをユピテルは悩んでいます。鉱石を作ることにして大丈夫なのか。統治権の争いという名目だった競争を終わらせることを、どうやってアルフヘイムの住人達に伝えればいいのか。鉱石がなくなってきていることを伝えて不安を広げてしまうのではないか。今までを変えるには、余りにも不安要素が多すぎるのではないか」


 メタトロンさんの言葉を思い出す。


 私の(うなじ)が再び引き攣るような感覚を走らせた。


「だから私は提案するのです。競走と言う概念はそのまま残せばいいと。タガトフルムから戦士を選び、連れ込んで――その血肉全てを材料に投下すればいいと」


 私の肌が泡立って、りず君をハルバードに変える。


 待て、待て、待て待て待て、待てよ。


 さっき、サンダルフォンさんは何て言った?


 ――誰も殺さなくていい方法が見つかったのなら、競争など止めてしまいたいと思いませんか


 誰も殺さなくていい方法。


 けれどもそれは、()()()()()()()()()()()ではないのではないか。


「アルフヘイムに統治権争いが変わると伝えなくていい。決着が着くまでの時間を短縮することも出来る。四ヶ月などと言う縛りも考えなくてよくなり、勝敗のつけ方はより早く相手軍の戦士を殺すことにでもすればいい。ユピテルはこれ以上鉱石が減ることを恐れなくていいし、タガトフルムの人間を殺すことも出来る」


 サンダルフォンさんのランプの明かりが強まった気がする。


 四ヶ月の縛りとは祭壇の作成能力の停止のことだと思う。確かにそうだ。この競走は鉱石を多く作ることは出来るだろうが、余りにも期間が長すぎる。効率性に欠けている。


 連れて来て殺すだけなら時間はきっと短くなるのでしょう。


 あぁ、また貴方は、兵士さん達に身を焦がすほどの苦痛を与えるというのか。


 私の中に浮かんでいた感情が色を変える。


 早蕨さんと私は唇を結び、一瞬顔を見合わせてしまったのだ。


 白の長は続けている。


「けれども、それでは戦士を殺しすぎだとメタトロンが言うのです。もう殺したくないなどとディアス軍の兵士達は言うのです」


 ランプが揺れる。サンダルフォンさんの顔が青白く照らされる。


「アルフヘイムの平穏の為ならば、タガトフルムの命などどうでも良いでしょう。ユピテルを悲しみの底に突き落としたタガトフルムの者達の命など、我らが世界の住人達と平等なわけが無い」


 サンダルフォンさんの声は大きくなっていく。


 そこにある感情は分かる。


 それは――怒りだ。


 紛れもない怒りだと分かるのだ。


「だが、ユピテルは優しいから決めきれない。続けることも変えることも不安で心を痛めている。しかし、これ以上競争を中断していても何も解決はしないでしょう」


 白の長は言う。「だから考えたのだ」と。


 誰も殺さなくていい方法。


 今回のこの競走を終幕させる打開策を。


「三週間前の鉱石製造実験で使用した血液量は千ml」


 確認するように言われる血液量。千mlで七日七晩、鉱石の雨は降り続けた。


「仲間の為に、同じ戦士の為にと奔走出来る早蕨光」


 早蕨さんの肩が揺れる。


「未来を心配する、優しさと意思を持った凩氷雨」


 過大評価を貰って指先が震えてしまう。


 サンダルフォンさんは私達をランプの光りで照らしてきた。


「二人合わせた()()()()は身長と体躯から考えて、少なく見積もっても八千mlはあるでしょう。それだけあれば、暫しのアルフヘイムの平穏は守られる」


 この人は、早蕨さんと私を――殺す気だ。


 それくらい分かる。話の流れで理解させられる。


 先程の歓喜は無駄だった。あれはただの、私達の早とちりだ。


 私は腰を落としてハルバードを構えたけれど、早蕨さんは直立のまま目を見開いていた。


 その姿に私は違和感を抱いて仕方がない。


「さぁ、英雄になりましょう」


 サンダルフォンさんがランプを揺らして光輪が迫る。


 私は反射的にハルバードで光輪を力一杯殴り上げ、軌道が少しだけ変わったのを確認した。


 膝を曲げて光輪を躱す。


 それでも早蕨さんは動かなくて、私は無意識に彼の腕を引いて床に倒してしまったのだ。


「何してんだ光!!」


 りず君の苛立った声が叫ばれる。


 早蕨さんは目を見開いたまま私達を見つめてきて、「なんでって……」と呟いているのだ。


「だって、これ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 困惑した早蕨さんに私も不安を掻き立てられる。


 何を言っているんだ、この人は。


 攻撃を避けなくて良かったって、光輪の威力は壁を抉るほどのものだぞッ


 ズレていくような感覚がする。早蕨さんと私の間で。


「気づいてくれたようですね」


 サンダルフォンさんの声がする。私は反射的に立ち上がり、早蕨さんも急いでいない早さで立ち上がったのだ。


 なんだ、何に気づいた。この目の前の白は私達を殺す気だ。私達二人の血液全てを使って鉱石を作ろうとしている。


 私達二人の。


 私達、二人……()()の?


 違和感に全身を包まれる。


 なんでここに呼ばれたのは私達二人なんだ。


 打開策って、二人って、英雄ってッ


 脂汗が流れていく気がする。


 これは、この人が言う打開策は、真綿で私の首を締めてくる。


 サンダルフォンさんは私達を見つめて口を動かした。


「今回の競争を、貴方達二人の血液及びその体を構成する全てを提供してもらうことで終了致します。他の戦士は解放しましょう」


 言葉が私の頭を殴りつける。


「貴方達二人が死んでくれることで残り三十二人の戦士も、アルフヘイムの住人達も救われる」


 体が軋んでいく音がする。


「貴方達はアルフヘイムと選ばれた戦士達の明日を守る、英雄になるのです」


 喉が締められる。キツく、キツく、真綿でキツく。


 私の呼吸は浅くなり、早蕨さんと同時に言葉を叫んでいたのだ。


「そんなこと、出来るわけないじゃないですか!!」


「俺だけでいいです! 俺の全部を使ってください!!」


 体から血の気が引いた。


 信じられない顔をする早蕨さんと目が合った。


 呼吸が余計に浅く、早くなる。


 早蕨さん、早蕨さん、早蕨さんッ


「氷雨さんは死ななくていい。俺だけを使ってもらいましょう」


 晴れやかに笑う早蕨さん。そこに恐怖や嫌悪の色なんて無くて、本当に、心の底から喜んでいる声色に吐き気がした。


 誰かに必要とされていたい。


 捨てられたくない。


 正しくありたい貴方は、なんて、あぁ、あぁッ!!


「貴方って、人はッ!!」


 自分の髪を掻きむしってしまう。


 サンダルフォンさんの口角が少しだけ上がる。


 早蕨さんは幸せそうに笑っていた。


「俺の命で大勢が救われるなんて、本望です」


ぬか喜びをして、突き落とされた。


仲間の為に死ねるのか。


それは英雄なのか。


明日も投稿致します。



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