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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
182/194

仲間

辿り着いたのは、一人だったかもしれないけど。


――――――――――

2020/04/26 改稿

 

 

 帳の鼓膜を揺らしたのは聞いた事がない声。


 小さな男子特有の高さを持った、彼の記憶に無い誰かの声。


 噴き出された青い業火に中立者は息を詰め、瞬時に後方へ距離を取る。微かに燃えた灰色のローブの袖を凝視して、理解することに時間をかけながら。


 痛みも怒りも、全てを帳は一瞬忘れた。戦士は中立者と同様に理解が追いつかないまま、自分の肩に乗っている声の主を見たのだ。


 そこにいる彼が聞いたことが無い声を発した者。


 聞いたことがないのは当たり前だ。喋った者は今まで誰の前でも口を開かなかった。喋る勇気がなかった者なのだから。


 透き通る硝子の体に小さな四つの足。背中に生えている針の先は丸く、目は今にも泣きだしてしまいそうな不安感と、それでも立ち向かうと決めた強さを孕んでいる。


 凩氷雨の心獣の一体――硝子のらずは、結目帳の肩に乗っていた。


「ら、ず……なんで君、ここに……」


 帳の声が驚きの余り詰まってしまう。


 なぜ氷雨の心獣であるらずがここにいるのか。


 いや、それ以上に驚くべき点がある。


 帳の目が真実を映しているならば、青い業火を吐き出したのは紛れもなくらずだったのだから。


 硝子の針鼠が、小さな口から青の業火を吐いたのだ。


 震える体で立つらずは不安そうに顔を上げ、必死に呼吸をし、帳の頬にすり寄った。


 消え入りそうな声が少年の問いに答えようと努めている。


「ふ……ふー、ど」


「……フード?」


 掻き消されそうならずの言葉を帳は繰り返し、自分のフードを確認する。らずは何度も頷き、頭の中には大好きな氷雨の姿が浮かんでいた。


 氷雨が帳の背中を押す瞬間。


 らずは、フードの中に飛び込んだ。


 着いていけない氷雨の代わりに着いてきた。氷雨とそうするように決めていたから。彼女が一緒に行けなくなった時はらずだけは共に進むのだと。りずもひぃも一緒になって決めていたから。


 らずの力は補助する力。触れて光りを浴びる者の落ち着きを、安定を、痛みの緩和を補助してみせる。


 氷雨は帳にこそらずの力が必要なのだと知っていた。


 その為にらずも氷雨から離れて紛れ込んだ。


 帳と中立者の戦いの衝撃を受け、怖がり、泣きそうになりながら。それでも隠れることを止めてみせた。


 臆病な針鼠は飛び出した。


 氷雨が少年の背中を押し出した時に忍び込ませた場所から、覚悟を持って飛び出したのだ。


「気づかなかった……フードにいたんだ。ごめん、怪我してない?」


「して……ない……よ。僕は、硝子、で、軽いし……ね。でも、意外と、最近、割れにくく、なった、から、大丈夫」


 何度も頷くらずは帳に笑う。帳はその笑顔に救われて、肩から力が抜ける心地でいた。


 硝子の体が輝く。その輝きは帳の心臓を落ち着かせ、頭の熱を引き、腕と足の痛みを和らげていった。お陰で冷静さを取り戻した戦士は額から流れていた血を拭う。


「喋れたんだね、らず」


 帳が小さな声で聞き、らずは頷く。戦士にすり着く針鼠は消え入りそうな声で伝えていた。


「喋、れる、よ……喋らなかった、だけ。怖くて、心配、で、ね……氷雨ちゃんの前でも、喋ったこと、ないん、だぁ」


 らずは一生懸命に呼吸をして言葉を並べていく。穏やかな手つきで針鼠を撫でた帳は「そっか」と、酷く優しく笑ったのだ。


 泣き出すのではないかと思うほど震えるらずの声。それでも必死に思いを伝えようとする姿は、正に氷雨のそれなのだ。


 らずは今まで一度も喋ったことが無い。言葉の理解も出来て意見も持っていたが、喋ると言う勇気が針鼠には欠けていたのだ。


 主張すること。意見を言うこと。自分を出すこと。それを恐れて全てに怯え、自信が無く、いつも心配するしか出来ない針鼠はそれでも、喋れないわけではなかった。


 喋るのが恐ろしかった。自分の言葉で誰かを傷つけてしまったら。嫌われてしまったら。泣かせてしまったら。不快にさせてしまったら。


 だから彼は喋らなかった。一言も、一音も。喋ることなく今日まで来た。


 それでも、氷雨に託された今だけは喋らないといけない。


 そうしなければ二度と氷雨に顔向け出来なくなるから。


 らずはらず自身を許すことが出来なくなるから。


 彼は自分を立ち上がらせた。


 怖がりのまま。臆病なまま。不安なまま。


 自分にいつも笑ってくれる氷雨に、彼女が心配した帳に、これ以上傷ついて欲しくないから。


「……さっきの……アミーの炎じゃないか」


 不意に中立者の震える声がする。見ればフードが落ちた顔を歪め、震え、狂乱しそうな神がそこにいた。


 その顔にはまだ幼さの影が残っており、肌は病的な白さを持っている。血の気が失せていると言ってもいい顔を見た帳はゆっくりと呼吸を正していた。


「なんでお前が、その炎を持ってるんだッ」


 中立者の考えが散らかっていると声から読み取れる。らずは帳の頬から離れ、震える四足で戦士の肩に立ち続けた。


「これは……アミーさんの、優しさだ、もん」


 一瞬、らずは再び喋れなくなりそうだった。そんな自分を奮い立たせて声を出す。いつも自分の代わりに喋ってくれるりずも、守ってくれるひぃも、優しく撫でてくれる氷雨もいない。


 だかららずは喋るのだ。恐れながら、震えながら、それでも泣くなと自分を怒りながら。


「そんな筈ないだろッ、アミーは俺のせいで、俺が鉄槌で、俺が……俺が……ッ」


 両手で頭を抱えた中立者。その顔は酷く歪み、自分を責め立てる。頭を埋めたのは意見をしてきた青い兵士で、自分の鉄槌で殺してしまったもういない彼だから。


 中立者の視界が滲む。彼は無意味に時を戻して自分の場所を変え、歯車が敷き詰められた壁を背にした。


 彼に転移の力はない。彼が出来るのは生き物を創り、時間を戻し、切り離すことだけだ。


 時間を戻せる対象は彼とアルフヘイムに生きる者だけ。焦って創り出した力は不完全ななりをしているから。だから彼は部屋の中の自分の時間を戻し、帳の風を躱し続けてきた。


 切り離すことが出来るのも自分に与えられる何かだけだ。自分の怪我や、自分に向けられたアルフヘイムの誰かの力だけ。その力で切り離した業火の兵士の腕を治すことは許されなかった。それは望まれなかった。何度時間を戻して苦痛を与えても、兵士は戦士を想うことを止めなかった。


 中立者の視野は日に日に狭くなった。狭くなり、狭くなり、狭くなった結果、彼は間違えた。


 アルフヘイムの悲鳴を聞いて、どうにかしなければ、早くどうにかしなければと。


 思った中立者は競争に関係ないことをしていると言う建前の元、戦士達を殺すように言った。


 けれどもそれはただの焦りから来た考えだった。


 アルフヘイムの鉱石が日を追う事に減っていく。世界の輝きが失われていき、陰りが出始め、彼が愛する世界が苦しみに叫んでいる。


 だから早く鉱石が欲しかった。この世界を生き永らえさせる鉱石達が。


 戦士を早く殺したかった。それを守る兵士達が許せなかった。戦士を逃がした兵士も、裏切り者の場所を吐かなかったアミーとエリゴスも中立者は許せなかった。


 とうとう痺れを切らせた中立者は自分が創り出した鉄槌で戦士達を殺そうとした。それが一番確実で早いと思ってしまったのだ。


 けれども、それを庇った音がしたから。してはならないことをしたと気づいたから。彼の中の苛立ちと後悔は彼自身を飲み込んだ。


 中立者に千里眼は無い。彼にあるのは世界の音を拾う耳だけだ。


 だから彼は二人の兵士を貫いたと気づいた時、動き出せなかった。


 転移する力が無いから。時間を戻しに行っても間に合わないと悟ったから。転移する力を直ぐに作り出せなかったから。


 中立者には出来ないことが多すぎる。


 彼は悔いた。いた自分の判断で、亡くしてはいけない者を殺してしまったことを。


 激昂したメタトロンに何も語ることは出来なかった。サンダルフォンに何か伝えることも出来なかった。


 あぁ、これは罰なのか。


 中立者は顔を覆った指の間から輝くらずを見つめる。アミーが作り出した心獣に青の炎が宿るだなんて、一体誰が思うだろう。


 らずも中立者を見つめる。光りとなって消える直前に、アミーが自分を撫でてくれたことを思い出しながら。


 優しく、優しく、ひび割れた自分に彼が宿してくれたもの。


「アミーさんは、最後の、最後に、僕に、繋ぎ止めてくれた」


 らずの体が強く光る。その穏やかな緑の光りの中には確かに青が混ざっていて、いつか氷雨が目の錯覚だと思った色だ。


 ――ごめんらず君、気のせいだ


 そう言った氷雨にらずは謝りたかった。それでも伝える勇気はなかった。伝えれば彼女が泣いてしまう気がして。傷つけてしまう気がして。硝子の彼は言えなかったのだ。


 らずの光りが強まっていく。緑に混ざった青が燃えている。


 らずは震える体の中にある、繋ぎ止められた炎をたぎらせた。


「僕は、ひび割れた硝子だからッ、ヒビを埋める為に、何かを足さなきゃいけない。そのヒビを塞いで、繋ぎ止めてくれたのが、ッアミーさんの炎なんだ!!」


 らずの体から発せられる光りは余りにも輝かしくて、中立者は目を背けてしまう。泣き出したくなってしまう。今までずっと消してきた青い炎を彼はもう消すことは出来ない。


 帳は目を見開いてらずを見つめ、自分の体の重さが増えることに気付いていた。


「帳君、ごめん、ね、遅くなって……僕に勇気が、無かったから」


 震えるらずは謝罪する。頭を抱えて、必死に酸素を求める中立者を見つめながら。


 傷つき痛んだ帳に伝える為に。今しかないと。今しか自分は頑張れないと知っていて。


 帳の傷が疼き、少年の体の負荷が増えていく。


「らず、何してッ」


 帳が反射的に動かした足に痛みが()()()()()。驚いた少年は、左腕の痛みが消えていく感覚に言葉を無くすのだ。


「みんなが君に、託したんだ。どうか神様を……捕まえてって」


 らずは輝き、補助していく。落ち着きを、安定を、帳の中にある――力を。


 集められた花がある。蕾だった力の花。


 らずはそれを開花させる。帳の力にする為に。少年が飛ぶ為の糧にする為に。


「でも、それは君に、全部を背負わせる為じゃ、ないんだよ」


 帳の治癒力が補助されて、倍に、倍にされていく。その力が、傷ついた少年の体を治していく。


 それは傷つく仲間を守りたいと願っていた、彼の力。


 ――任せた、帳


「みんな、君を心配した。一人で行かせようとして、ごめんって思ってた」


 人の特性を抜いて、植え込む力が開花していく。少年の中で特性の花が咲いていく。


 それは自分と友人の為の強さを願っていた、彼女の力。


 ――託すわ、エゴイスト


「だから、みんな考えたんだ。君の為に、なることを」


 帳の瞳が美しい青に染まっていく。相手を見通し、命を救うきっかけを作った観察眼。


 それは仲間が泣かない為の優しさを願っていた、彼の力。


 ――神様、ちゃんと捕まえないと、恨むからな


「梵さんがくれた力を、祈君とルタ君の力の欠片を、翠ちゃんが埋めてくれた」


 背中を押してくれた仲間を帳は思い出す。


 自分のことは一切考えず、仲間のことを思い続けた友人達を。


 輝く針鼠は倍増化の力を補助して、傷を治して、見るべきものを見る目を与える。


 それは愛しい仲間との明日を願った、彼女の力。


 ――帳君なら、大丈夫


 涙が溢れた。


 少年の両目から。


 呼吸が今までにないほど楽になる。


 らずは自分が出来る限り必死に輝き、残った四人が伝えたかった言葉を叫んでみせた。


 誰よりも臆病で、誰よりも心配性で、もう二度と、誰も無くしたくないと願う心獣が叫ぶのだ。


「君一人に、背負わせたりしないからッ、君一人だけで、頑張れなんて言わないからッ! 一緒に進めなかったけど、別れてしまったけど、それでもみんな、君を信じて、背中を、押したからッ!!」


 帳の鼓膜を震わせる声がある。


 少年の周りを風がうごめき、青い瞳は中立者の安定しない呼吸を捉えていた。


 彼の体の傷が、痛みが、引いていく。


 一人で最上階に辿り着いてしまった少年の背中を仲間達は押して、支え続けてきたのだから。


「結目、帳君ッ!!」


 ――ッ、進めッ!!


 帳の足が踏み出される。


 強く、優しく、今までの悔しさを、痛みを託されて。


 少年は唸る風に乗り、心が掻き乱れている中立者に迫った。


 気づいた中立者は覚束おぼつかない足取りで戦士から距離を取る。


 帳の青い瞳は消えた中立者を直ぐに見つけ、風の動きを変える。


 一人の戦士の中に埋められた複数の力。


 それらが開花した今、帳が飛べるのもあと少し。


 ()()ぎで、でこぼこで、無茶苦茶なものを託されたと帳は笑いそうになる。


 それは彼が今まで貰ってこなかったもの。無くしてしまっていたもの。


 彼は沢山のものを無くしてきた。無くして、落として、突き放して進んできた。


 親がいない自分を腫れもののように触れる周囲も、可哀想だと言いながら優しくしようとした誰かも。


 そんな哀れみからくる優しさは帳を苦しめるだけだった。


 彼はただ、誰かと笑える明日が欲しかった。それでもまた失うことが恐ろしく、自分が失わせてしまうのではないかと怖がったから。


 笑っていた。笑って一人で進んできた。


 そんな自分に、一緒に進もうと想ってくれた仲間がいるから。


 彼は飛べるのだ。


 多くの力は帳の体を壊していく。腕の皮膚が裂けて血管が切れる。血が流れて眩暈がして、それでも飛べるのはらずが輝き続けているからだ。


 肩で戦士を補助し続ける、臆病な針鼠。


 中立者はその輝きの中に残る青に締め付けられ、動きが、戻ることが、一瞬だけ遅れた。


 帳の瞳がその隙を捉える。観察眼は相手の隙すら見つけてみせる。


 戻ろうとした中立者の周囲の床にらずは青い業火を吐き出した。


 兵士が繋ぎ止めた欠片の力で。数度しか吐けない炎を惜しむことなく吐き出した。


 迷った中立者の肩を掴み、そのまま壁に激突する帳。


 目を見開いた中立者は、帳の青い瞳が深い紫色に変わるのを見つめていた。


「お前、まさかグレモリーにッ」


 体が壊れる。それだけの負荷に耐えられる筈がない。


 叫び出しそうな中立者の目を見つめて帳は口角を上げた。


 心配性の彼女のように。帳は帳に出来ることを探して、心配して、備えたのだ。


「"動くな"」


 中立者の体が芯まで固まり、帳は自分の背中から豪風を壁に向かって容赦なく当てる。


 壁一面の歯車が揺れて鳴り、ヒビが入り、それでも帳は風を巻き起こし続けた。


「神を相手にするんだ。限界位、超える覚悟はしてんだよッ」


 帳の口の端から血が流れ、壁が、歯車が、天井が砕け散る。


 豪風は、神の間を破壊した。


 回り続けていた歯車達が止まり、空へと投げ出される。


 その部屋に篭もり続けた、一人ぼっちの神様と共に。


 中立者を掴んだまま身を投げた帳はもう、風を操れない。


 中立者の体は動かないままで、二人は歯車と塔の欠片の雨の中、一緒に落下を始めていた。


 帳は中立者の肩を掴み、薄れそうだった意識をらずの補助が戻す。


 少年は幻想郷の美しさを目にして、まるで宝石が散りばめられたような御伽噺おとぎばなしの世界を小さな神様に見せたのだ。


「さぁ、見ろよ……引きこもり。お前が愛した、綺麗な世界を……さ」


 あまりにも輝かしくて、あまりにも美しすぎて、泣いてしまう世界。


 中立者は解けていく体の硬直と同時に、部屋から落とされた桜色の鉱石を見上げていた。


「……ごめん……アミー……エリゴス……」


 中立者の目の淵から涙が零れ、意識が薄れていく帳と共に落下していく。


「――雪乃(ゆきの)……」


 酷く高く、孤独な神の塔から落ちていく。


 そんな神様の脳裏をよぎった記憶は、きっと走馬灯のようなものなのだ。



一人で頑張れなんて、言わないよ。


明日は投稿、お休み日。

明後日投稿、致します。

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